第五〇回
【春・貼る・張る】
平成二〇年四月一二日
[紫の香り閉じ込めすみれ花砂糖衣に身を隠しつつ]
デパートのケーキ売り場に何度も足を運び、砂糖衣に囲まれた紫の花に目をこらす。「お決まりでしょうか。」店員に声を掛けられて口ごもり、逃げるようにその場を離れたときもあった。あちこちのケーキ店で、生クリームに飾られた「すみれの砂糖漬け」を盗み見した日々が全て思い出に変わろうとしている。作り始めて三年目、すみれの花の砂糖漬けがやっとそれらしき姿に出来上がった。摘んだ花を砂糖に漬ければできると信じていた三年前。出来上がったものは、しおれた花から砂糖がパラパラとこぼれ落ちた。花に卵白をからませるのを知り試した去年の春。卵白をはじいた花びらは所々に砂糖衣をまといつつ、しおれた。そして卵白をあわ立てて使うのを知り、喜んで花を摘んだ今年の春。あわ立てた卵白がすみれの花にまとわり付き、粉砂糖を呼び込んで白い衣となった。できたものは、生クリームに乗ったそれには及ばない。だけど私は大満足。乾燥させたものを口に含み、そっと齧ってみる。サクッと軽やかな砂糖衣の歯ごたえ。広がる花の香りに砂糖が甘くからみつく。花の満開時に窓を開ければ台所中に広がった、あの香りが口から鼻へと抜けていく。鼻から抜けてゆくその香りを惜しむように息を吸いなおし、三年越しの願いが叶った喜びを台所で立ち尽くしたまま、何度も何度も噛み締めている私が居た。白い砂糖衣のなかに閉じ込めた紫の香りは深く甘く、私にいつまでも深呼吸をさせるのだった。
[わき腹にシップ貼る春肋骨の折れる音まだ耳に残りて]
スーパーの朝市、買いすぎたのはわかっていた。自転車の前カゴに数日分の食材を買い入れ、その上に卵入りのレジ袋を乗せる。卵入りレジ袋の手さげ部分を自転車のベルに引っ掛け、落ちないように固定する。片腕には苺の袋。荷台にお米も縛った。ハンドルを取られないように自転車を引きながら歩いて帰りを急ぐ。そのまま家まで歩けばよかったのに、なぜ途中から自転車に乗ろうとしたのだろう。跨った瞬間に取られるハンドル。倒れかかる自転車を止めようとしたけれど荷台に縛ったお米が許してくれない。その重みも手伝って加速しながら横転する自転車。ハンドルを握ったまま自転車に操られる私。そのまま右に倒れるように転び、右にあった店の看板を掲げている円柱にわき腹をぶつけて止まった。円柱と自転車に挟まれた私のわき腹から聞こえた「ポキッ」と乾いた軽い音。肉厚なのに骨細。あるかなしかの筋肉は骨を守ってくれなかったようだ。二日後、痛さに耐えかね行った病院で見せられたレントゲン写真。「折れてるね。」医師の言葉どおり、肋骨が一本台無しで、痛みが治まるまでは骨に響かないようおとなしく過ごすように諭された。リハビリに通い、一日二回シップを貼りかえ、固定ベルトを巻きつけて過ごす毎日。向こう一ヶ月間、骨が早くくっつくように力仕事はもちろん、くしゃみも咳も慎重にせざるを得ない。痛みを伴うので深呼吸すらまともにできなくて、冷凍してある「すみれの花の砂糖漬け」はおあずけとなった。今は、痛みが去り思いっきり深呼吸して、残りの春を胸いっぱいに吸える日がくるのを楽しみに待っている。
[値の張りにメタボ減るのか我が国の食事戻せよ昔のように]
花冷えの日はとことん寒く、いまだに灯油を消費する日があるというのに、灯油の悪夢が冷めぬまま始まった値上げの嵐。値上げ、値上げ、なんでも値上げ。少々ガソリン代が下がったところで自転車しか動かせない私は蚊帳の外。朝市で買いだめして転んだあげくに骨を折り、治療費まで払ったなんて話は誰に伝えても笑われることだろう。例えどれだけ周りのものが値上げしようとも貧者は貧者らしく、どん、と構えていればよかったのだと痛む肋骨をさすりながら思っている。小麦の高騰でパンが値上げするのなら、パンを食べなきゃいいだけだ。買えぬなら買わずにいよう値上げ品。貧乏人を気取って強欲になり、運べないほど特売品を買い漁るから骨を折ったりするんだ。貧者は貧者らしく、見切りコーナーにまっしぐら。手持ちのお金で買えるものをちょっぴり買い、つつましく、貧のいい暮らしをしていればいいんだ。油が値上がりしたなら、毎日煮物やお浸しを食べる。油を使わないから食器を洗うのが楽になる。洗剤も水道水の節約にもなり、エコな生活が自然と身につくだろう。油抜き生活で自ずと体重も減り、メタボリックシンドロームへの階段を上らなくてすむかもしれない。別腹の反感を買いそうだけど甘いものも少しだけ、何かの「ごほうび」として自分に与えるのなら理想的、ますます健康体へと生まれ変われるのだ。ああ、でも骨細のこの身体には何よりもまず、カルシウムが必要なのかも。だとしたら、裏庭にプランターを並べ、カルシウムがたくさん摂れるといわれている小松菜を育てればいいんだ。たくさん収穫できれば、お腹と財布の足しにもなるはず。カルシウムも摂れて一石二鳥になるのは間違いない。上手く育てば、の話だけれど。
筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。
過去のひとくち
第一回
会長は左利き!?
第二回
知恵袋
第三回
貧的生活
第四回
小さな戦い
第五回
御利益
第六回
貧句
第七回
冬支度火鉢編
第八回
火鉢事始
第九回
文質彬彬
第一〇回
夢合わせ
第一一回
貧者の銭失い
セピアな色に染めないで
其の一
お弁当箱
其の二
遺されたもの
其の三
かめ
其の四
叔母の残像
其の五
赤いミキサー
其の六
かせくり器
其の七
薔薇のつめきり
其の八
竹行李
其の九
卓上時計
ちょっとひとくち第二部
第二一回
たまごひとつ分のしあわせ
第二二回
タオルの価値
第二三回
貧の楽しみ:花
第二四回
貧の楽しみ:家
第二五回
貧の楽しみ:衣
第二六回
貧の楽しみ:肉
第二七回
貧の楽しみ:薬
第二八回
貧の楽しみ:本
第二九回
貧の楽しみ:道
第三〇回
貧の楽しみ:髪
第三一回
貧よく暮らす:貰い物の心得
第三二回
貧よく暮らす:スーパーでの心得
第三三回
貧よく暮らす:台所の心得
第三四回
貧よく暮らす:衣類の心得
第三五回
貧よく暮らす:「鍋」の心得
第三六回
貧よく暮らす:入浴の心得
第三七回
貧よく暮らす:就寝の心得
第三八回
貧よく暮らす:春の鼻
第三九回
貧よく暮らす:飲酒の心得
第四〇回
貧よく暮らす:こころの心得
第四一回
貧よく暮らす:ナメクジの心得
第四二回
貧よく暮らす:食の心得
第四三回
貧よく暮らす:嗜好品の心得
第四四回
貧困歌
第四五回
貧困歌
第四六回
財布の御機嫌
第四七回
師走の閑話
第四八回
心の奥で想うこと
第四九回
軒下ものがたり
第五〇回
【春・貼る・張る】
ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会 発行部数:12967冊
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