第六九回
【一生分の豆腐】
平成二四年八月二四日
もしかしたら私はもう、一生分の豆腐を食べてしまったのだろうか。
半丁でメインのおかずになり、食卓に鎮座する頼もしい姿とはきっぱり縁を切った。
私の腸はたびたび反乱をおこし、私をお手洗いへと走らせる。花粉に絶えかね医者へ行くと、花粉のことより先に腸の調子を整えなさいと言われ続けてきた。薬がわりのヨーグルトを食べて落ち着きを取り戻す日々。夏になり、お盆を過ぎた辺りから、再びお手洗いに走る私。年に一度の贅を尽くして身分不相応の鰻を食べ、お腹を驚かせてしまったのか。冷酒の飲みすぎだろうか。熱気あふれる個室にこもり、ありとあらゆる原因を考え、痛むお腹をさすりながら冷や汗をかく。お手洗いに奪われた水分を補給すれば食欲がなくなり、食欲がなくなると後はバテるだけ。暑さに負け、お腹に泣かされて夏が終わっていくのだった。
今年も早々と個室にこもり、例年になく激しく冷や汗をかいた。いつもなら、苦しみながらあらゆる原因を考えるのだけれど今回は違う。おぼろげながら犯人の目星がついていた。個室に入る数時間前、主食のかわりに絹ごし豆腐をたらふく食べたのを覚えていた。一日経ち、お腹が落ち着いてから試しに新しく買ってきた豆腐を食べてみた。ひとくち、ふたくち。さんくち目を食べたころ、急にお腹が膨れはじめた。満腹感とは違う。胃の辺りがむくむくと膨らんでくるような苦しさに襲われ、再び個室へと走ることになったのだ。
貧者といえども一日に一丁の豆腐を買う財力を持っていて、何かといえば豆腐頼み。果てなく続く貧的生活も豆腐さえあればなんとかなるさなんて気楽に考え、冷蔵庫に豆腐の姿が無いと不安になることすらあった。なのに何故、私の腸が豆腐だけに反応するのかが分からない。豆腐と二人三脚で歩んできたはずの私の身体は、いったいいつから豆腐を拒否していたのだろう。
貧的生活を支え続けてくれた豆腐を裏切るのはとても悲しいことだけど、豆腐を遠ざけてからの腸は忌々しいほど上機嫌なのだ。去年は叶わなかった年に一度の鰻は、ある人のご好意で三切れ食べることが出来た。鰻ごはんを食べて安酒をあおり、豆腐の親戚の枝豆をつまんでもお腹の調子がいい。沢山食べて飲んでも喜んで消化してくれているような、そんな心地の好い満腹感がある。暑いね、暑いねといっている間に立秋が過ぎ、いつもなら完全にバテているころだけれど今のところはバテ知らず。反乱をやめた腸を持ち、お手洗いに水分を奪われなくなった私は今、とても元気に残りの夏を過ごしている。食卓に鎮座する頼もしい姿に替わり、ジャガイモが登場するようになった我が家の食卓。どれだけ食べたら一生分のジャガイモを食べたことになるのかは、私の腸だけが知っている。
筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。
過去のひとくち
第一回
会長は左利き!?
第二回
知恵袋
第三回
貧的生活
第四回
小さな戦い
第五回
御利益
第六回
貧句
第七回
冬支度火鉢編
第八回
火鉢事始
第九回
文質彬彬
第一〇回
夢合わせ
第一一回
貧者の銭失い
セピアな色に染めないで
其の一
お弁当箱
其の二
遺されたもの
其の三
かめ
其の四
叔母の残像
其の五
赤いミキサー
其の六
かせくり器
其の七
薔薇のつめきり
其の八
竹行李
其の九
卓上時計
ちょっとひとくち第二部
第二一回
たまごひとつ分のしあわせ
第二二回
タオルの価値
第二三回
貧の楽しみ:花
第二四回
貧の楽しみ:家
第二五回
貧の楽しみ:衣
第二六回
貧の楽しみ:肉
第二七回
貧の楽しみ:薬
第二八回
貧の楽しみ:本
第二九回
貧の楽しみ:道
第三〇回
貧の楽しみ:髪
第三一回
貧よく暮らす:貰い物の心得
第三二回
貧よく暮らす:スーパーでの心得
第三三回
貧よく暮らす:台所の心得
第三四回
貧よく暮らす:衣類の心得
第三五回
貧よく暮らす:「鍋」の心得
第三六回
貧よく暮らす:入浴の心得
第三七回
貧よく暮らす:就寝の心得
第三八回
貧よく暮らす:春の鼻
第三九回
貧よく暮らす:飲酒の心得
第四〇回
貧よく暮らす:こころの心得
第四一回
貧よく暮らす:ナメクジの心得
第四二回
貧よく暮らす:食の心得
第四三回
貧よく暮らす:嗜好品の心得
第四四回
貧困歌
第四五回
貧困歌
第四六回
財布の御機嫌
第四七回
師走の閑話
第四八回
心の奥で想うこと
第四九回
軒下ものがたり
第五〇回
【春・貼る・張る】
第五一回
【食事情】
第五二回
【夏のつぶやき】
第五三回
【無理せず、無駄なく、欲張らず】
第五四回
【袋はひとつ】
第五五回
【贅沢いろいろ】
第五六回
【新しい住処】
第五七回
【諸事情】
第五八回
【初夏のひとりごと】
第五九回
【さよなら定額給付金】
第六〇回
【夏の夜の怪】
第六一回
【ストーブの上で】
第六二回
【つぶやく鳥たち】
第六三回
【収穫】
第六四回
【宣戦布告】
第六五回
【ストーブを点けるまで】
第六六回
【電気と暮らす】
第六七回
【拾う神】
第六八回
【冬のごちそう】
第六九回
【一生分の豆腐】
ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会 発行部数:35932冊
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