第六八回
【冬のごちそう】
平成二四年二月一九日
季節は着々と春へと向かい、白菜が少しずつ値を上げ始めている。冬野菜の代表ともいえる白菜は、同じく白い野菜の大根と共に冬になると灯油代に苛まれる貧者の心強い味方で、この野菜たちが安くなってくると毎年ほっとする自分がいる。ふたつの白い野菜があれば、無理して色の付いた高い野菜を入れなくてもいい。豆腐や油揚げ、鶏肉や豚こまといった蛋白源を少量入れて鍋で煮れば、それは鍋物という立派な献立名を持つものになる。こちらの財布の事情を知らない人と会ったとき、話の種に前日に食べた物を聞かれたとしたら、鍋を作ったと答えるだけで大丈夫。たとえ白一色の鍋であろうと鍋物であることに変わりなく、鍋って温まるよね、と話もはずむ。鍋の具材を問われたときが鶏肉の鍋のあとだったら大意張りで鶏鍋にしたと答え、貧相な鍋のときだったら迷うことなく、野菜と豆腐でヘルシーにした、と言い切ることにしている。
鍋物をした日は、次の日に鍋の残り水でお味噌汁を作って〆るのがこの冬の定番になっている。具材の出汁が出た夕べの鍋をかき混ぜ、野菜が多く残っていれば豆腐を足す。豆腐が多く残っていれば葱を足す。しゃぶしゃぶ風だった鍋に豚こまの脂身が浮いていればご馳走で、コクが増すようにと油揚げを入れたりもする。くたくたになった大根や白菜、豆粒みたいになった豆腐も味のうち。みんな、お味噌で閉じ込めて仕立てなおす。元が鍋物ならではの具沢山。残り鍋のお味噌汁は主菜となって、炊き立てご飯を引き立てる。鍋物の明くる日は、他のおかずは要らない。お椀をふたつ並べるだけの夕餉だけれど、ふたつのお椀から湯気が立つのを眺めているだけで温かな気持ちになっていく。
寒がりなのに猫舌の私は、一杯のホットコーヒーを飲むのに人の倍は時間がかかる。おにぎりだけは何とか頑張って熱いのをハフハフ言いながら頬張れるのに、おにぎり以外のものは冷まさないと食べられない。食事に時間がかかるので、若い頃には恥ずかしい思いもしたけれど、最近では湯気を楽しむ時間を与えられたのだと開き直っている。食卓の上の荒ぶる熱が、猫の舌でも食べられるくらいに落ち着くのを待っている間、食卓に並べた器のうち、一番熱いのがどれかを競うように白い湯気が出ているのを見ることから私の食事がはじまる。
鍋の蓋を開けるとき。ストーブの上で蓋を持ち上げている薬缶の白湯を急須に注ぐとき。薬缶の横でホイル焼きしたバナナをスプーンで食べるとき。もう食べられるかな、と思って茶碗蒸しをひとさじすくったときに新たに誕生する熱い湯気。まわりが寒ければ寒いほど湯気は鮮やかに現われ、私の顔を撫ぜていく。猫の舌から了解を貰えるまでの間、美味しい匂いが混ざった湯気を見ていると、つくづく、冬のごちそうは湯気なんだな、と思う。白い野菜が高くなり、我が家から鍋物が消える日も近くなってきた。かわりに出てくるのは、瑞々しい新キャベツや新玉ねぎに新じゃが。馴染みのスーパーの野菜コーナーに新という漢字が目立ち始めたら、春がそこまで来ている証拠。鍋を片付けたら、今度は新しい春のごちそうをみつけることにしよう。
筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。
過去のひとくち
第一回
会長は左利き!?
第二回
知恵袋
第三回
貧的生活
第四回
小さな戦い
第五回
御利益
第六回
貧句
第七回
冬支度火鉢編
第八回
火鉢事始
第九回
文質彬彬
第一〇回
夢合わせ
第一一回
貧者の銭失い
セピアな色に染めないで
其の一
お弁当箱
其の二
遺されたもの
其の三
かめ
其の四
叔母の残像
其の五
赤いミキサー
其の六
かせくり器
其の七
薔薇のつめきり
其の八
竹行李
其の九
卓上時計
ちょっとひとくち第二部
第二一回
たまごひとつ分のしあわせ
第二二回
タオルの価値
第二三回
貧の楽しみ:花
第二四回
貧の楽しみ:家
第二五回
貧の楽しみ:衣
第二六回
貧の楽しみ:肉
第二七回
貧の楽しみ:薬
第二八回
貧の楽しみ:本
第二九回
貧の楽しみ:道
第三〇回
貧の楽しみ:髪
第三一回
貧よく暮らす:貰い物の心得
第三二回
貧よく暮らす:スーパーでの心得
第三三回
貧よく暮らす:台所の心得
第三四回
貧よく暮らす:衣類の心得
第三五回
貧よく暮らす:「鍋」の心得
第三六回
貧よく暮らす:入浴の心得
第三七回
貧よく暮らす:就寝の心得
第三八回
貧よく暮らす:春の鼻
第三九回
貧よく暮らす:飲酒の心得
第四〇回
貧よく暮らす:こころの心得
第四一回
貧よく暮らす:ナメクジの心得
第四二回
貧よく暮らす:食の心得
第四三回
貧よく暮らす:嗜好品の心得
第四四回
貧困歌
第四五回
貧困歌
第四六回
財布の御機嫌
第四七回
師走の閑話
第四八回
心の奥で想うこと
第四九回
軒下ものがたり
第五〇回
【春・貼る・張る】
第五一回
【食事情】
第五二回
【夏のつぶやき】
第五三回
【無理せず、無駄なく、欲張らず】
第五四回
【袋はひとつ】
第五五回
【贅沢いろいろ】
第五六回
【新しい住処】
第五七回
【諸事情】
第五八回
【初夏のひとりごと】
第五九回
【さよなら定額給付金】
第六〇回
【夏の夜の怪】
第六一回
【ストーブの上で】
第六二回
【つぶやく鳥たち】
第六三回
【収穫】
第六四回
【宣戦布告】
第六五回
【ストーブを点けるまで】
第六六回
【電気と暮らす】
第六七回
【拾う神】
第六八回
【冬のごちそう】
ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会 発行部数:22495冊
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