ようかんのちょっとひとくち

 もしかしたら私はもう、一生分の豆腐を食べてしまったのだろうか。
 半丁でメインのおかずになり、食卓に鎮座する頼もしい姿とはきっぱり縁を切った。


 私の腸はたびたび反乱をおこし、私をお手洗いへと走らせる。花粉に絶えかね医者へ行くと、花粉のことより先に腸の調子を整えなさいと言われ続けてきた。薬がわりのヨーグルトを食べて落ち着きを取り戻す日々。夏になり、お盆を過ぎた辺りから、再びお手洗いに走る私。年に一度の贅を尽くして身分不相応の鰻を食べ、お腹を驚かせてしまったのか。冷酒の飲みすぎだろうか。熱気あふれる個室にこもり、ありとあらゆる原因を考え、痛むお腹をさすりながら冷や汗をかく。お手洗いに奪われた水分を補給すれば食欲がなくなり、食欲がなくなると後はバテるだけ。暑さに負け、お腹に泣かされて夏が終わっていくのだった。

 今年も早々と個室にこもり、例年になく激しく冷や汗をかいた。いつもなら、苦しみながらあらゆる原因を考えるのだけれど今回は違う。おぼろげながら犯人の目星がついていた。個室に入る数時間前、主食のかわりに絹ごし豆腐をたらふく食べたのを覚えていた。一日経ち、お腹が落ち着いてから試しに新しく買ってきた豆腐を食べてみた。ひとくち、ふたくち。さんくち目を食べたころ、急にお腹が膨れはじめた。満腹感とは違う。胃の辺りがむくむくと膨らんでくるような苦しさに襲われ、再び個室へと走ることになったのだ。
 貧者といえども一日に一丁の豆腐を買う財力を持っていて、何かといえば豆腐頼み。果てなく続く貧的生活も豆腐さえあればなんとかなるさなんて気楽に考え、冷蔵庫に豆腐の姿が無いと不安になることすらあった。なのに何故、私の腸が豆腐だけに反応するのかが分からない。豆腐と二人三脚で歩んできたはずの私の身体は、いったいいつから豆腐を拒否していたのだろう。

 貧的生活を支え続けてくれた豆腐を裏切るのはとても悲しいことだけど、豆腐を遠ざけてからの腸は忌々しいほど上機嫌なのだ。去年は叶わなかった年に一度の鰻は、ある人のご好意で三切れ食べることが出来た。鰻ごはんを食べて安酒をあおり、豆腐の親戚の枝豆をつまんでもお腹の調子がいい。沢山食べて飲んでも喜んで消化してくれているような、そんな心地の好い満腹感がある。暑いね、暑いねといっている間に立秋が過ぎ、いつもなら完全にバテているころだけれど今のところはバテ知らず。反乱をやめた腸を持ち、お手洗いに水分を奪われなくなった私は今、とても元気に残りの夏を過ごしている。食卓に鎮座する頼もしい姿に替わり、ジャガイモが登場するようになった我が家の食卓。どれだけ食べたら一生分のジャガイモを食べたことになるのかは、私の腸だけが知っている。
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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