ようかんのちょっとひとくち

 いつもと変わらぬ静かな朝。窓を開け、薄れていく金木犀の香りを惜しむように嗅ぐ。朝食の準備へと台所に立ち、電気をつける。いつもと違う様子の台所にいちどに目が覚める。冷蔵庫の隣りに置いているカゴの中で、袋の上からひと齧りされたパンが倒れている。一本残しておいたのに皮ごと食われ、半分になってパンに寄り添うバナナ。二段になったカゴの周辺に食べかすが散らばり、見慣れた加害者の落し物が見えた。野菜カゴとして使っている下のカゴを覗くとジャガイモがひとつ犠牲になっていた。壁に立たせておいた買い置きのお米も袋の角を齧られ、お米を四粒床に出していた。

 ここに越してきて約二年。気配すら見せないねずみに油断し、自分が心地よいと思える暮らしを目指してきた。私にとって台所の演出は重要だった。簡素だけど、質素だけれど美味しそうに見える台所。全てを隠す収納より、出すところは出して使い勝手のよい「お勝手」を目指してきた。冷蔵庫の横に置いた二段のカゴはベジタブルラックの代わり。いびつな自作のカゴだけど使いやすくて気に入っていた。もらい物のりんごや玉ねぎでいっぱいになったカゴを見ると、自分で収穫した気分になれた。眺めているだけで、窓の外にあるはずの無い、りんごの木と畑がある風景が浮かんでくるのだった。そんな、楽しい台所は今日まで。今日のうちにさっさと食料を片付けないと、被害が大きくなってしまう。一度おいしい思いをしたなら、あの手この手でやってきて、何もないときには石鹸や仏壇の花まで齧っていくのがねずみ。夜行性の彼らは今夜も私が寝静まるのを待っているだろう。

 バナナとパンの残骸が残るカゴを片付けながら、これからは冷蔵庫で保管することを心に誓う。仏壇の花を片付け、石鹸箱に蓋をする。ねずみに対抗するには目につく食料をすべて隠し、食べ物の匂いすら嗅がせないことに尽きる。買い置きの主食を守るために箱型の米びつを購入。プラスチックの四角いカゴも二つ購入し、向かい合わせにして一辺をビニール紐で固定し、蓋ができる野菜カゴをつくった。思わぬ出費に驚く財布に、これは「食料を守るための必要経費」なのだと言い聞かせた。見せる収納から隠す収納へ。袋のまま保管していた押し麦や黒胡麻、スープの素などは空き瓶に詰め替えて収納した。上に炊飯器を乗せ、食品庫として使っている扉の付いたレコード棚がいっぱいになり、我が家の台所から食べ物の姿と匂いが消えていった。もう大丈夫。夜が来ても怖くない。

 あくる朝、いつもよりちょっとだけ早起きして窓を開け、勇んで台所へと向かった。電気を点けて辺りを見回し、野菜カゴをそっと覗く。うん、大成功。お風呂の石鹸も齧られていない。ねずみは賢い動物だ、我が家にやってきても食べ物が無いと覚えてくれれば他所に行ってくれるだろう。目指していたのと違う方向に行ってしまった台所も、ひとたび野菜カゴやレコード棚を開ければ賑やかになり、食べ物の色や匂いが想像力をかきたててくれるのだ。爽やかに朝食を終え、洗濯ものを干しに向かう。物干しに立ったとき、あまりのショックに変な声が出た。収穫を楽しみにしていた二十日大根の葉っぱが、たった一晩で全部消えている。柔らかな本葉も、根元に残っていたはずの双葉も全て無くなり、土の上に赤く色づいた茎が二本残っていた。未練がましく鉢を掘り返しても出てくるのは細い根っこばかり。そして、私に挑むかのように残された犯人の証拠を見つけた。味見して止めたのか、隣りの鉢のスミレの葉に小さな歯型がくっきりとついていたのだった。知恵比べになるか、根比べになるのかわからないけれど、ねずみと私の勝敗が決まるのはもう少し先になりそうなのである。
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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