ようかんのちょっとひとくち

[食欲は頭で操縦するのだと腹に聴かせる献立名を]

 秋、戴き物が俄かに増えるとき。秋が来た途端、間引き菜を貰い、昆布茶を貰う幸せ。間引き菜といえば「菜めし」の私だけど、これに昆布茶があると味が格段に変わるのだ。別々にタイミングよく二品を戴き、独りにんまりと悦ぶ。この二品を使って、早速調理開始。さっと湯がいた菜っ葉をしぼり、刻んで塩をなじませておく。炊き立てご飯を茶碗によそったらご飯の表面に薄っすらと昆布茶をかける。ご飯のてっぺんに塩を効かせた刻み菜っ葉をたっぷりと盛れば「こぶとり菜めし」のできあがり。昆布茶がないときにはただの菜めしだけど、昆布茶があるときにはついついご飯がすすんでしまうので、「おかわり」を戒めるよう「小太り」と昆布をかけて「こぶとり菜めし」と呼んでいる。スティックタイプ一本分の昆布茶を振りかけた「こぶとり菜めし」は、先に全部混ぜてしまうと味が均一になって昆布茶の風味がかすんでしまう。それぞれの美味しさが引き立つように、ご飯に盛った菜っ葉を崩しながら徐々に食べていくのが好き。こぶとり菜めしは私の中で、口中調味の逸品となっている。


[高楊枝見せる相手を見定めて泣きの贅沢二度目は無きに]

 物を貰うのに慣れていても驕られるのが苦手な私に突然降ってわいた、ケーキを驕られるという悲運。驕られる相手が姉だったり、こちらの事情を知った人からの申し渡しなら喜んで受けるところだけど、相手とは知り合って間がない。当然、こちらの懐具合を知るはずもなく、驕られっぱなしにできる相手でもない。内心ビクビク、引きつる笑顔。お返しのことでいっぱいになった頭でついて行く。珈琲までご馳走になり半泣き状態。涙を隠し別れ際、「今度は私がご馳走しますね」と言ってしまった見栄っ張りで心が弱い貧者。相手の嬉しそうな顔を見てしまっては裏切ることもできない。あの手この手でケーキ代を貯め、何とか面目は保った。せめてあの時、いつもの膝が破れたジーパンを穿いていたなら、ケーキを驕られずに済んだろうか。ちっぽけなプライドをかなぐり捨て、わたしは貧者なのだと公言できれば、どんなに楽だったろう。貧の暮らしを悟られぬよう、驕られたケーキのお返しを工面しなければならなかった私の心根が、二人分のケーキ代が消え去った財布よりも貧しく思えた。


[君与うぬくもり恋し豆炭の三つ燃ゆるをそっと守りて]

 嘘のような話。以前、火鉢を手に入れた私があんなに探し回った「灰」が近所のホームセンターに並んでいるのを見かけた。二キロ入りの小さな箱が九百八十円。箱に「火鉢用」と記されているところを見ると、火鉢愛好者が増えているようで何だか嬉しい。火鉢を使い始めてからの私は「待てる女」に変わり、贅沢なひとときを楽しめるようになった。贅沢といってもお金をかけるわけでなく、「時間を贅沢に使う」贅沢さを教わったように思う。せかせかと忙しなく動く外の世界をよそに、火鉢の周りにはゆっくりと時が流れ、じんわりと融けるように燃える炭火を見ているだけで癒される自分がいる。朝晩冷え込むようになると恋しくなる火鉢のぬくもりに去年の残りの豆炭を使って初火鉢。熾した炭に食パンをかざし、こんがりと焼けてゆくさまをゆっくりと楽しむ。焼けたパンに白砂糖を塗り、珈琲を淹れる。パンに塗った白砂糖をこぼさないように気を配りつつ、黒珈琲と交互に口に運びながら大好きな本のページを捲るときが一番私らしい時間の使い方なのだ。
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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