ようかんのちょっとひとくち

 南の窓と東の窓に一本ずつと勝手口を出たところに一本。我が家の軒下には三本の物干し竿がある。南の窓についている竿は洗濯物専用のものほし竿。けれど、冬が来ると洗濯物は竿のずっと向こう、いちばん隅っこに追いやってしまう。私にとって冬は保存食作りの季節。冬の洗濯物を乾きにくくする、冷たい寒風が味方になるときなのだ。北風が吹くと賑やかになる南の窓。ものほし竿に大小ふたつの竹カゴを吊るし、スーパーに見切り品の舞茸があれば喜んで買い、ほぐしたものをカゴに放り込む。尻尾が萎びた人参があれば、いちょう切りにしてカゴに並べる。一本の人参をいちょう切りにして乾かせば驚くほど縮み、空き瓶一本に何本分もの人参が収められ保存場所にも困らない。干す野菜が無いときには冷凍してある残りご飯を洗って解凍し、「干し飯」を作って貯めておく。ひとつのカゴで干しあげる乾燥物は微々たる量。それでも、こつこつと作っておけば味噌汁や雑炊の具になるし、風邪をひいて買い物に行けなくなったときや財布の具合が悪いときに真価を発揮してくれるので侮れない。少しでも多くの蓄えをと、ときには寒さに肩をすくませながら、カゴの中身をとっかえひっかえすることが冬の楽しみのひとつになっている。

 東の窓には干し肉専用の短い竿。ここでおこった悲劇、目を逸らしたくなるような現実。限りなく黒に近い斑点にびっしりと覆われた生乾きの豚肉が、私の手の中にぐったりと横たわる。うな垂れるその姿は、「私はなにも悪くない。お前が塩をケチったからこうなったのだ」と訴えているようだった。過去四回に渡る干し肉の成功に驕り、塩を量らず目分量で擦りつけた自分を思い出すと涙がこぼれそうになる。異変をおこした肉を前にして思い出すのは、干し肉を作り始めて二度目の冬のこと。全身に白い粉を吹き、それが塩だと判らなかった私を慌てさせた、あの塩っ辛い干し肉が懐かしい。けれどもう、それは遠い昔の話。現実は今、私の手の中にある。熟成した匂いに混じる危険な臭い。なけなしの焼酎で洗ってみても漂う危険臭。悪あがきはやめ、肉に喰いこんだワイヤーをはずし、一切れずつ新聞紙にくるんだ。逃した魚は大きいというけれど、生乾きの豚肉もまた、両手にずっしりと重たいのだった。がらんとした殺風景な東の窓。南の窓のような華やかさがなくても、冬の東の窓には立派な主役が居たのだ。生乾きの主役を失い、はじめて、東の窓の竿に下がる豚肉は我が家における「冬の風物」になっていたことに気づかされた。そして、それに気づいたことが東の窓からもたらされた大きな収穫だったと思うのだ。

 勝手口の軒下のものほし竿。陽の当たらない端は数個ずつ束ねた玉ねぎの保存場所。その反対側、日当たりのいい方は雑巾を干すための小物用ピンチハンガーが掛けてある。といっても、勝手口を開けるたびに雑巾に顔を撫でられるのは嫌なので、竿に直接ピンチハンガーを掛けずにワイヤーハンガーを伸ばしたものを足し、低い位置で雑巾を干している。貰い物の大根があれば、イカの足のように切ったものを別の小物用ピンチハンガーに挟んで竿の中央に掛け、雑巾より高い位置に吊るす。こうして何年も干し大根を作っては大豆と炊いたり、お味噌汁に浮かべて楽しんでいた。ところが先日、こぼした水を拭くために雑巾を取ろうと勝手口を開けたとき、見てはならぬものを見てしまった。いったい、いつからこんな仲に。吹きすさぶ寒風が二人を結び付けたのか。よれよれの雑巾にしっかりと絡みつく大根のイカ足。上下に離れた位置からの抱擁に無理があるのは一目瞭然。雑巾用のピンチハンガーが逆さになり、乾きかけて縮み始めた大根のイカ足がちぎれんばかりに伸びている。浮気現場を見つけたような気まずさのあと、絡みついたまま離れない雑巾と大根を引き離し、大根のピンチハンガーを南の窓へと移動させた。新たにピンチハンガーを迎えた南の窓は一層にぎやかになり、乾きにくい洗濯物はますます隅へと追いやられるのであった。

−−  悲喜こもごもを風に乗せ、今日も竿が揺れている  −−
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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