ようかんのちょっとひとくち

[牛なし丼甘辛く煮た玉ねぎにたまご落とすかしばし悩みて]

 年間を通じて価格の変動が少なく日持ちがいい、貧者にうってつけの三大食物、玉ねぎ・にんじん・じゃがいも。今日はその中のひとつ、玉ねぎをだし汁で甘辛く煮て、「牛なし丼」を作ってみた。作りおきの生姜の甘酢漬けを添え、生たまごを落とすかどうかで迷い、悩むわたし。生たまごを落とせば、茶色い牛なし丼にも華が増す。口当たりもまろやかになるだろう。ああ、でも、それならいっそ玉ねぎと一緒に煮たほうがよかったかしら。いや、私が作ったのは、あくまで「牛なし丼」だ。玉ねぎとたまごを一緒に煮てしまえば、ただの「たまご丼」になってしまうではないか。迷った挙句ぺろりと平らげたのは、たまごなしの「牛なし丼」だ。それはただの「玉ねぎ丼」だろうと笑われるかもしれない。確かにそのとおりなんだけど、「牛」の文字を加えることは、せっかく作った丼物をただの「玉ねぎ丼」で終わらせたくないという気持ちの現われなのだ。もとより牛肉に負けるこの身体、本物を加えないほうがお腹には優しい。加えるのは文字だけで充分。決して、牛肉が買えない負け惜しみなどではない。


[タラレバの新米たぬきの皮算用米の分配気を配る日々]

 我が家のお米は残り僅か。買いに行こうかやめようか、悶々とする日々が続いている。毎年、新米の声が聞こえてくるとそわそわして落ち着かなくなってくる私。あの人は去年も新米を送ってくれたから、今年も忘れずに送ってくれるだろう、だとすれば、そろそろ着いてもいい頃なのだ。叶えば嬉しい皮算用に心を躍らせ、残りのお米をよりいっそう大事に使う毎日。何とか新米が届くまで古米を買わずにしのぎたい。もう、丼物を作って喜んでいる場合じゃない。お米の使用量をいつもの半分にして乗り切ることにした。昨日はお粥、今日は雑炊。明日は具沢山の炒飯にしよう。合間に挟む小麦粉料理。ホットケーキを焼き、お好み焼きを焼く。米、小麦粉、米、小麦粉の繰り返し。ああ、お米ばかりか小麦粉までもが残り少なくなりそうだ。こんなときに限って底値にならない小麦粉。鍋に浮かぶ水団には長芋のしっぽをおろして練りこみ、量を増やす。新米は何時?今日には届くだろうか、明日こそはと、新米が届けられる日を楽しみに待っている。ぬか喜びにはならないでほしいと、切に願いながら。


[空腹は恐ろしきもの百円の価値狂わせる魔物と成りぬ]

 空腹は最高のご馳走。偏食を直すにも空腹が一番だというが、貧者にとっては大敵だ。第一、お腹に力がはいらない。頭まで空っぽになり、考えることもままならない。空きっ腹をかかえてスーパーへ行ったら最後、よほど気を引き締めて買いものにのぞまないと「散財」という、空腹時での悲劇を見ることになるのだ。普段は気にも留めないのに空腹ゆえ、ついつい目が行くバターロールパン。一袋七個入りのが九十八円。ふっくらつやつや。飛ぶような売れ行きだ。我慢できなくなった私のお腹が訴え始める。
 「買わないと無くなってしまうよ、売り切れてしまうよ。」と囁き続ける。空腹に負け、袋をひとつ手に取りレジへと急ぐ。家に戻り水を一杯飲んで落ち着き、ふと我に返る私。たった今買ってきたパンは底値の小麦粉と同じ値段だ。底値になるまではと買わずにいる小麦粉を差し置いてバターロールを買ってしまうとは、何と言う無駄遣いをしてしまったのか。先にたつ後悔は無い。そのまま齧って食べられるという手軽さは、後悔という名の重圧となって私に圧し掛かる。パンの軽さと小麦粉の重さ。どちらの方が長くお腹を満たせるのかは言うまでもない。百円玉一枚により多くの価値を見い出す、という私のささやかな喜びは、空腹時における空きっ腹の囁きひとつで、いとも簡単に打ち砕かれてしまうのでした。


[留守中に届く荷物の不在票主食手にいる秋ぞ嬉しき]

 実りの秋の到来。安くなっていたからと栗のおすそ分けにあずかったり、たくさん拾ってきたからと銀杏を戴いたり。一年のなかで一番うれしい季節がやってきた。待ち望んでいた新米も無事に到着。送られてきた箱の四隅には新聞紙に包まれたりんごも入っていて嬉しさも倍増。重いので上がりかまちから箱ごと引きずってきた幸せは、我が家の台所の一角で存在感をあらわにしている。お米さえあれば、おかずが何もないといって嘆く必要もない。そんなときには、昔、母がそうしていたように、手のひらを真っ赤にさせながら、炊きたての白米を使っておむすびをつくろう。具がなくても美味しい塩むすびをつくって、できたてのあったかいのを頬張れば、お米を送ってくれた人の心遣いが私を温かく包んでくれるに違いない。パンだ、パスタだなんて気取ってみても始まらない、やっぱり、私は日本人だ。どれだけ異国の食文化に染まろうとも、いちばん飽きがこないのがお米なんだとしみじみ思う。送られてきた箱を見て頬をゆるませるときは、「ほそぼそと生きる」という言葉を座右の銘にしたいくらいの私が、裕福になった錯覚におちいるひとときなのだから。
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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