ようかんのちょっとひとくち

 起き抜けに滑る足裏冷んやりと吾の目覚ます貧家の象徴

 早朝、布団から出て立ち上がった瞬間に、冷たいものを踏んで凍りつく。それは、寝起きでぼぉっとしている私が瞬時に目覚める瞬間。我が家の場合、寝起きに踏む冷たいものとは、私がこっそり『貧家の象徴』と呼んでいるナメクジの他にありません。跡に銀の帯を輝かせながら畳を這うナメクジ。人に見つかっても臆することなくゆっくりと動くその悠然たる姿は、人の気配がするだけでコソコソ逃げる黒い奴とは違い、『貧家の象徴』と呼ぶにふさわしい風格を持っているのです。

 気温が上がり長雨が続く頃になると、湿気に誘われるのか活発に動く彼ら。畳の隙間からだけではなく、あらゆる場所から我が家の内部へと侵入してきます。せめて視界がハッキリする昼間に行動してくれればいいのですが、そこは夜行性の悲しい性。深夜に何処からともなく這い出て来ては、部屋の中で朝を迎え、畳の上で乾燥しかけて弱ったところを、寝起きでぼぉっとしている貧者に踏まれてしまうのです。いくら明るい朝でも寝起きでは視線が定まらず、部屋を這うナメクジを見つけるのは容易なことではありません。餌を求めて這い出ただけなのに、貧者に踏まれる彼らが時折気の毒にもなります。けれど、何よりも踏んだ張本人が一番気落ちするのがナメクジだと思います。素足で踏むことが多いためリアルな感触が伝わり、疎ましささえ感じるのです。

 冷んやりぬめるあの体。足の指先にほんのちょっと触れるだけで、それと分かる感触。あの感触だけは、何回踏んでも慣れることがありません。ついうっかり、勢い余って滑るほどに踏みしめてしまった日には片足は上げたまま。心の中で叫ぶ余裕すらなくなります。片足で跳ねながら風呂場に直行し、残り湯を流しつつ風呂用タワシでこすらなければ落ちません。風呂場に向かうときには、跳ねている足で他のナメクジを踏まないように、再三の注意が必要となってきます。

足の裏を洗うのもそこそこに、傷を負ったナメクジが這い回らぬうちに大急ぎで捕獲の準備をします。使用済みの化粧用コットン、またはティッシュペーパーなどの柔らかい紙をゴミ入れから探し、食べ終えたパンの袋・スーパーの小袋といったビニール袋を用意。他に襤褸切れが三枚ほどあれば準備は完璧。
 手に袋をかぶせた状態でスタンバイ。事前に用意した紙類でナメクジ全体を覆い、ビニール袋をかぶせた手でナメクジごとつまみ取ります。つまんだ指先を離すことなく、もう片方の手でビニール袋を裏返せばナメクジは袋の中。ナメクジを袋に入れたら畳の始末。乾いた襤褸切れで大方の粘りを拭き取った後、湿らせた襤褸切れで仕上げの拭き掃除。銀色に光る帯も跡を伝いながら拭き取っておきます。拭き終えたら襤褸切れをナメクジ入りの袋に入れ、袋の口を縛ればお終いです。

 「ナメクジに塩」は多くの方が知っていらっしゃる退治法かと思いますが、部屋を這うナメクジを見つけた場合には塩を用いないほうが無難です。湿気を好むだけあって『貧者の象徴』はいつもしっとりしています。その肌はつややかでジューシーすぎるほど。塩をかけたなら、とろけるように染み出すネバネバに辟易することになるでしょう。屋内で彼らに遭遇したばあいには塩で刺激することなく、使用済みのティッシュペーパーや化粧用コットン等で、そっと摘み取るのが一番手っ取り早い方法です。  これはまだ誰にも話したことがないのですが白状してしまうと、顔に化粧水を叩き込んだあとのコットンを薄く広げてゴミ入れの縁にかけ、乾かしています。足音も立てず私の寝室に忍び込む彼らに備える毎日は、貧者の浅知恵だと笑われるでしょうか。

よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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