ようかんのちょっとひとくち

  貧乏な暮らしをしていても、無人島で暮らしているわけではなく、今年の流行などは遅かれ早かれ、嫌でも目や耳に入ってくるものです。誰かが購入したばかりの電化製品の素晴らしさを語っているときや、新調したブランド品を身に付けているのを見たときなど、羨ましい気持ちが湧き上がり心が揺らぐときがあります。そんなときにはお腹に力をこめて、無い袖は振れぬっ、と腹を括ることに決めています。あれもない、これもない、ないないない、と無いものねだりをすることこそ、貧乏人の恥ずべき姿なのだと自分を戒めることにしているのです。

 無いものねだりを始めた心は飢餓感でいっぱいになり、ゆとりが入る隙間さえ奪ってしまうのです。無いものねだりをせず、流行を追いかけるつもりはなくても、まわりはどんどん変化していきます。昨今ではさまざまなものが格安で手に入れられますが、少しでも世俗に追いつこうとして、安物買いに走ることはありません。「安物買いの銭失い」がどれほど貧者の財布を脅かすかは、真の貧者なら誰しも知っていることです。安物を買うのは「飽きたら買い替え」ることができる、お金持ちに任せることにしましょう。

 食べて出す、起きて眠る。暑さ寒さから体を守り、健康に気をつける。人と話し、泣いたり笑ったり、助けられたり助けたり。人が暮らしていく上での本質的な部分はそんなに変わっていないと思うのに、人のまわりにある「もの」たちはどんどん変化を遂げてゆく。せっかく、これを買うならこのメーカーのあれと決めていたのに、ある日突然に姿を消すこのメーカーのあれ、なんて話は数え切れないくらいあるのです。絶えず変化を求め、便利さを追求してきた大人たち。無いものねだりの結果は、時間の流れ方まで変えてしまったようです。心の隙間を埋めるため人々は寸暇を惜しんで携帯にかじり付く。庶民の憩いであったはずのテレビさえ早口でまくし立て、いつも何かに急かされているようで落ち着く暇もないほどです。便利さを追求した器械の類は多機能を極めており、器械音痴で単純な機能しか持たない私の頭では使いこなすのが難しくなってきました。

 新しい何かに用意されている、分厚い取扱説明書を眺めるだけで頭が痛くなるのは、器械音痴ではなくて説明書を読むのがめんどくさいだけの、怠け者の自己弁護なのかもしれない。やる気を出して、分厚い取扱説明書を熟読すれば脳の皺が増え、少しは小難しい器械を使いこなせるようになるのかもしれませんが、脳の皺が増えすぎてしまったら皺が増えた分だけ、どこかに皺寄せがくるんじゃないかと、少々不安になるのです。どうせなら、皺寄せよりも幸せが来たほうがいいし、脳の皺が増えすぎたとしたら、それはそれで心に「ゆとり」が入る隙間もありゃしない。隙間がぎっちり埋まった心はいつもイライラとして、眉間に要らない皺まで増やすことでしょう。無いものを追いかけるあまり、生活に必要の無いものまで抱え込み、あくせくするのは悲しいじゃありませんか。無いものねだりをするのはやめ、脳の皺を二、三本伸ばし、心に「ゆとり」が入る隙間を空けてみるのは如何でしょう。

よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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