第三九回
貧よく暮らす:其の九 飲酒の心得
平成一九年四月一九日
貰い酒飲んで頬染め桜色過ぎし姿を誰にぞ見せん
日々の暮らしの中、打診も下心もない貰い物ほど貧者を喜ばせるものはありません。ある日突然、お酒が飲めない知人から自分用に買うことがない化粧箱入りの日本酒をいきなり手渡される。こんな非日常的な嬉しすぎる出来事が貧者の身におこったとしたら、どうなるでしょうか。
お酒が好きな方は、何かしら理由を見つけて飲みたがるものですが、大安売りのパック酒ですら特別な日のためにとっておく身なればこそ、このサプライズな貰い酒は貰い主の心を大きく揺るがし、自制心を失った心は酒を飲む上でこれ以上の理由を見つけることができなくなってしまうでしょう。手渡された瞬間から目はお酒の箱にくぎ付け。ししゃもを焼いたのと、大根のお味噌汁で簡単に済ます予定だった晩御飯を、目の前にある“活性にごり酒”を楽しめるものにしたいと思うのは当然の成り行きなのです。
贈り主の話に相槌を打ちながらも酒のつまみを考え、にわかに活性化する脳。ししゃもは焼くよりフライが合うかしら。大根は味噌汁にするのをやめてサラダにして添えようか。他に何か残っていなかったかと冷蔵庫の中を思い出そうと気もそぞろ、土産話を聞くゆとりなど何処かへ飛んでいってしまいます。贈り主が帰るのと同時に飛びつく冷蔵庫。野菜室から長いもを見つけ大喜び。お酒の事でいっぱいになった脳は、長いもを短冊にして小鉢に盛り、梅干しの刻んだのとわさびをのせて食べると美味しいよ、と囁くのです。
〆のおにぎりも並べて準備万端。貰い酒をひとくち含んだ瞬間に、ぴりりと舌をくすぐる炭酸の刺激、あとから広がる上品な甘味。かぐわしい日本酒の香りは長かった休肝日明けを祝いますが、祝いたいあまりに気を大きくしてパック酒を取り出し、味くらべをするものではありません。上品な酒と大安売りのパック酒、貧者の舌にも違いは明らかなのです。はじめは単なる味くらべのつもりでも交互に飲み進めるうち、パック酒はくちをすすぐために飲むお酒に変わっていくでしょう。
くちに残るししゃもの卵を流し、長いものぬめりを洗うパック酒。にごり酒を含んでは運ぶ箸。久しぶりの飲酒に喜ぶ舌、早まるペース。ふと気がつけば活性にごり酒は半分に。
「ただ酒には呑まれるな」という亡き祖父の言葉を思い出す頃にはもう、ふらふらの状態。それでも気分だけは上機嫌で鼻歌交じりにパソコンを開き、独りよがりなメールまで送る始末。布団を敷くのも投げやりに、人には見せられない姿で眠り、目覚めた時には掛け布団は遥か彼方。あわてて毛布をかき寄せて寒さに震えながら起きる破目になる貧者。
うつろな目に映るのは、中瓶とはいえ半分以上飲んでしまったにごり酒と、同じ分量だけ減ったパック酒。味くらべの結末は自身の限界を遥かに超えたものになり、「宵越しの酒は飲めねえ」と言わんばかりの飲みっぷりを恥じる事になるのです。痛む頭で夕べの失態を思い出し、せめてパック酒に手をつけなければ、と悔やんでも悔やみきれない朝を迎える貧者。息が止まるほど嬉しかった貰い酒も、飲みかたを間違えれば後に残るのは後悔だけ。風邪気味になった貧者は猛反省して祖父の言葉を肝に銘じ、残りのお酒を品よくたしなんだ後は、再び、いつ明けるともわからない長い休肝日に突入するのです。
筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。
過去のひとくち
第一回
会長は左利き!?
第二回
知恵袋
第三回
貧的生活
第四回
小さな戦い
第五回
御利益
第六回
貧句
第七回
冬支度火鉢編
第八回
火鉢事始
第九回
文質彬彬
第一〇回
夢合わせ
第一一回
貧者の銭失い
セピアな色に染めないで
其の一
お弁当箱
其の二
遺されたもの
其の三
かめ
其の四
叔母の残像
其の五
赤いミキサー
其の六
かせくり器
其の七
薔薇のつめきり
其の八
竹行李
其の九
卓上時計
ちょっとひとくち第二部
第二一回
たまごひとつ分のしあわせ
第二二回
タオルの価値
第二三回
貧の楽しみ:花
第二四回
貧の楽しみ:家
第二五回
貧の楽しみ:衣
第二六回
貧の楽しみ:肉
第二七回
貧の楽しみ:薬
第二八回
貧の楽しみ:本
第二九回
貧の楽しみ:道
第三〇回
貧の楽しみ:髪
第三一回
貧よく暮らす:貰い物の心得
第三二回
貧よく暮らす:スーパーでの心得
第三三回
貧よく暮らす:台所の心得
第三四回
貧よく暮らす:衣類の心得
第三五回
貧よく暮らす:「鍋」の心得
第三六回
貧よく暮らす:入浴の心得
第三七回
貧よく暮らす:就寝の心得
第三八回
貧よく暮らす:春の鼻
第三九回
貧よく暮らす:飲酒の心得
第四〇回
貧よく暮らす:こころの心得
第四一回
貧よく暮らす:ナメクジの心得
第四二回
貧よく暮らす:食の心得
第四三回
貧よく暮らす:嗜好品の心得
第四四回
貧困歌
第四五回
貧困歌
第四六回
財布の御機嫌
第四七回
師走の閑話
第四八回
心の奥で想うこと
第四九回
軒下ものがたり
第五〇回
【春・貼る・張る】
ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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