第三五回
貧よく暮らす:其の五 「鍋」の心得
平成一八年一二月三一日
寒い冬。特にこの時季には人と集まり、食事をとる機会が多いものです。人数が集まれば楽しい鍋。冷え切った体に鍋料理のぬくもりは、とても嬉しいものです。独りでつつくには侘しく、仲間とつつけば楽しさも倍増するのが鍋物の特徴なのですが、人数が多ければ多いほど楽しいのか、と言い切れないこともまた、鍋物の難しいところなのです。大勢の鍋奉行を前にして、小さくなって鍋をつついた経験をお持ちの方は多いと思います。
鍋をする人数が多ければ多いほど増える、にわか鍋奉行たち。ちょっとでも腕に覚えの有る者達は皆一様に、奉行の座をめぐり、食材を決める段階から口を出し始めます。中にはワリカンなのをいいことに、海老だカニだと、ここぞとばかり身の程知らずの贅沢を云う者も現れるでしょう。それを聞いた人が、酒が買えなくなってもいいのかと声を荒げるかもしれません。葱だけは嫌だ、椎茸は入れないで、春菊はちょっと、などと奉行の皮を被った不届き者が、自分の好き嫌いを押し付けてくるかもしれません。奉行を名乗るからには、だし昆布ひとつにも一過言持っていて欲しいものですが、そんなことはお構いなし。だしが取れるとまた、騒ぎ出す奉行たち。白菜が先だ、豆腐を入れろとうるさい、うるさい。こんなことになるなら、独りでつついた方が美味しく食べられるのに・・、と思ってももう、後の祭り。
貧者が集う鍋パーティーは、和やかで楽しい集まりでなくてはなりません。メインの具材を選ぶ時にも、『牛肉』『海老』『カニ』など、贅沢品に分類される物の名を出さないのは暗黙の了解。メインはいつも豆腐に鶏だんご。あぶらあげを加えるのもいいでしょう。だしの昆布は早煮え昆布と呼ばれるもの。野菜は、そのときの値段によって白菜になったり、キャベツになったりしますが、奉行ぶって何かを言い始めるものはいません。例え、鍋の半分がもやしで埋まろうとも、誰からも文句が出ません。それは、お腹がいっぱいになるまで食べられることが、どれだけ幸せなのかを知っているものだけの集まりだからです。手土産にうどん玉や餅を持っていけば、それだけで貴方は今宵のヒーロー。
手にそれぞれ好みの缶を持ち、始まる『貧者鍋の会』。せっかく集うのですから、愚痴っぽい話も、哀しいことも、みんなで笑って忘れられるものにしましょう。仲間の話にもちゃんと耳を傾け、ひとりが話の中心になるのは避けたいものです。鍋の前にお奉行さまの姿は無く、各々、堂々と自分のペースで食べることができます。具材を食べ終え、味が染み出たスウプに冷ご飯と刻み葱を入れるとき、隠し持っていた『卵』をそっと差し出せば、仲間たちの顔が一層ほころぶことでしょう。鍋のぬくもりと、仲間達の温かい心に冷えた体と心がほぐれ、お腹も胸もいっぱいになった頃、遠くに響く除夜の鐘に耳を澄ますなら、今年も一年、幸せだったと思えるに違いありません。
筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。
過去のひとくち
第一回
会長は左利き!?
第二回
知恵袋
第三回
貧的生活
第四回
小さな戦い
第五回
御利益
第六回
貧句
第七回
冬支度火鉢編
第八回
火鉢事始
第九回
文質彬彬
第一〇回
夢合わせ
第一一回
貧者の銭失い
セピアな色に染めないで
其の一
お弁当箱
其の二
遺されたもの
其の三
かめ
其の四
叔母の残像
其の五
赤いミキサー
其の六
かせくり器
其の七
薔薇のつめきり
其の八
竹行李
其の九
卓上時計
ちょっとひとくち第二部
第二一回
たまごひとつ分のしあわせ
第二二回
タオルの価値
第二三回
貧の楽しみ:花
第二四回
貧の楽しみ:家
第二五回
貧の楽しみ:衣
第二六回
貧の楽しみ:肉
第二七回
貧の楽しみ:薬
第二八回
貧の楽しみ:本
第二九回
貧の楽しみ:道
第三〇回
貧の楽しみ:髪
第三一回
貧よく暮らす:貰い物の心得
第三二回
貧よく暮らす:スーパーでの心得
第三三回
貧よく暮らす:台所の心得
第三四回
貧よく暮らす:衣類の心得
第三五回
貧よく暮らす:「鍋」の心得
第三六回
貧よく暮らす:入浴の心得
第三七回
貧よく暮らす:就寝の心得
第三八回
貧よく暮らす:春の鼻
第三九回
貧よく暮らす:飲酒の心得
第四〇回
貧よく暮らす:こころの心得
第四一回
貧よく暮らす:ナメクジの心得
第四二回
貧よく暮らす:食の心得
第四三回
貧よく暮らす:嗜好品の心得
第四四回
貧困歌
第四五回
貧困歌
第四六回
財布の御機嫌
第四七回
師走の閑話
第四八回
心の奥で想うこと
第四九回
軒下ものがたり
第五〇回
【春・貼る・張る】
ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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