ようかんのちょっとひとくち

 長かった梅雨も明け、ようやく「うめぼし」が完成した。今年は例年より多く漬けたので、保存性を高めるために、笊二杯分を干しあげた。紫蘇の葉もカラカラに干しおわり。いつもならミキサーの出番になるけれど、今年は高齢の赤いミキサーを気遣って手揉みで「ゆかり」を完成させた。残るは赤く染まった梅酢のみ。これは、暑気払いに水で薄めて飲むためにとっておく。

 思い起こせば小学生の頃、夏休みの登校日になると決まって梅酢を飲まされた。さかずきに一杯の赤梅酢をコップに入れ、水で薄める。母親がちょっぴり味見をしたコップを渡され、いちご水を髣髴させるかのようなピンク色に騙されて、口に含んだ途端に広がる梅の香り。おまけにしょっぱくて酸っぱい。飲むのをためらっていると、薬だと思って飲みなさい、これを飲めば夏に負けないと言われ、しぶしぶ飲んでは登校した。夏真っ盛りの登校日、朝礼中に一度も倒れなかったのは梅酢のお陰かもしれないと、今になって思うのである。
 梅にはクエン酸が含まれ、それには血液サラサラ効果があるというし、汗とともに流れでる塩分を補うため、塩気の多い梅酢を飲んでいたのではないか。当時の母親がクエン酸の存在を知らないままに、赤梅酢を飲んでいたのは、先代からの知恵が受け継がれていたからだろう。

 先代からの知恵は梅だけではない。ラジオ体操中に蚊に刺され、掻きながら家に向かっていると、近所のおじいちゃんかおばあちゃんが出てきて、朝顔の葉を揉んで出てきた汁を塗ってくれた。夏になると何処の家でも朝顔が茂り、すだれのように窓への直射日光を遮っていた。その庭にはユキノシタやつわぶきが植えられている。ユキノシタはむくみをとったり、熱を下げる草だと教えてくれたし、打ち身やできものが出来た時には、つわぶきの葉を揉んで青い汁を塗ってくれたりもした。薬屋でお金と交換するわけじゃなく、生活のごく身近なところに薬があったのだ。

 遠い昔の話になるが、母親の実家では、傷薬まで手作りしてあったそうだ。母の父親が何時、何処で覚えたかは不明だけど、それはなんと、かまきりのあぶら漬け。作り方は至って簡単。予め、瓶に入れた「なたね油」の中にかまきりを、捕まえて入れ、捕まえては漬け。時々かきまぜながら、しばらく置くと出来上がる・・らしい。竹やぶで遊び、竹の切り口で指が千切れるかと思われるような怪我をした少年の指が、その薬のお陰できれいに治ったと何度も何度も聞かされた。医学的根拠もなく、衛生面とか、治るまでの日数とか少々疑問もあるけれど、噂を聞きつけた近所の人々がこの薬を貰いにくるくらいだったという。

 母の父親の顔は知っていても、それ以上遡った先祖の顔はわからない。けれど、その先祖が何らかの形で知った、かまきりの油の作り方を代々教え、母方の祖父にまで伝わったとしたら、その油がまるで「秘薬」のように感じてくるから不思議だ。残念ながら、現物を見たことがないので、完成品が、どんな状態なのかが分からずじまいの、ガマの油ならぬ、かまきりの油。臆病な私は、かまきりを見つけただけでも逃げるくらいで、とてもじゃないけど、「かまきりの油」を作る勇気を持っていない。

 幸いなことに、あの傷薬は母も作る勇気がなかったらしく、わたしに梅漬けだけを引き継いだ。思いっきり薄めに溶かないと、口が曲がりそうなくらいにしょっぱい梅酢も今では慣れっこ。冷蔵庫にいれたガラス瓶の赤い梅酢を見るたびに、「よし、これでこの夏も越せそうだ。」と、ひとりでほくそ笑んでいる。熱帯夜で寝不足が続き、頭が痛くなったとき。そんなときには昔、実家の近所に住んでいたおばあちゃんの真似をして、こめかみに梅ぼしを貼るのも悪くは無いな、と思っている。


梅干し

−− 混じりっ気なしの、かまきりの油
此処の主なら試してくれそうな気がする −−
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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