ようかんのちょっとひとくち

 毎日のたんぱく源が、豆腐やあぶらげばかりじゃ身が持たない、肉らしい肉を食べたい、と思う時がある。豚汁とは名ばかりの汁に浮かぶ脂身、ジャガイモと玉ねぎに隠れる豚の挽肉。こんな隠し味的な肉ではなく、肉そのものを味わいたい、あの日も体中がそう訴えていた。
 嬉しいことに、叔父から貰ったばかりの玉ねぎと人参、ほうれん草が沢山残っていたので、野菜を買うお金を「肉」にまわせると喜んで出かけ、特売されていた「豚ばら肉の塊」を買い帰宅。
 帰宅途中、自転車を漕ぎながら決めたメインの献立は『酢豚』。冷蔵庫にはピーマンも残っているし、貰ったばかりの人参もあるから彩りは完璧。ほうれん草のおひたしを添えれば、野菜もたっぷり摂れてバランスがいい。

 普段は鶏ムネ肉を使った『酢鶏』。でも、今回は違う、豚肉なんだからっ。久しぶりの塊肉に涎線を刺激され、自転車を漕ぐ足にも自然と力が入る。帰るなり、いそいそと豚肉の下味を付けにかかる。作りおきしてある生姜醤油に料理酒をちょっと足し、薄めに切った肉をたっぷり浸す。
 野菜を切り、人参を下茹でした鍋でおひたし用のほうれん草を湯がき、甘酢も作った。豚肉もいい具合に揚がったし、そろそろ野菜を炒め始めよう。フライパンを火にかけ、まずはピーマンと玉ねぎから。ジュウッといい音。ふふっ、音まで浮かれてる。ちょうどその時、電話が鳴った。

 ・・誰よ、こんな時間に。わたしの知人達はこんな時間に電話はよこさない。平日、午後七時前後の電話はろくな相手じゃない、大抵は、「お忙しいお時間に申し訳ないのですが」で始まるセールスだ。出るか出まいか迷ったけれど、もしかして大切な人からの急用だと困る。
 野菜を入れた直後だし、火を消しても味に変わりはないだろうとガスのスイッチを押して、淡い期待を抱きながら受話器を取ったら、案の定セールスだ。空腹も相まって、刺々しいくらいの声で電話の応対。「野菜が冷えちゃうのよっ」心で叫び、やっとの思いで受話器を置く。ふうっ、野菜も冷めているだろうし、ついでに洗濯物をたたんでしまおうか、その方がゆっくり食べられる。取り込んでおいた洗濯物をたたみ始め、暫くすると何やらいい匂い。玉ねぎの甘い香り。あら、お隣も玉ねぎ料理、なんて思っていたら徐々に部屋がかすみ始めた。
 何これ、けむり?鈍いわたしの脳が何かを探り始めている。はっと気がつき立ち上がる。

 台所に駆けつけると、充満した煙で真っ白だった。それを見た私の頭の中も、一瞬で真っ白に。
 部屋から台所まで僅か数歩、小走りしただけなのに踊る心臓。もうもうと立ちのぼる白い煙。かすむ目に映ったものは、チロチロと燃え続けるガスの青い火。さっきまでジュウッ、なぁんて浮かれていたフライパンからはピチピチ、チリチリと嫌な音。ここでやっと我に返り、火を止めフライパンを流しに運び、蛇口をひねる。ジュワワッと激しい音を立てながら勢いよく白煙を上げるフライパン。蒸発しながら飛び散る水と、止まらない白煙に驚き、再び踊りだす心臓。淡い期待を抱いていただけに尚更、電話に出たことが悔やまれる。

 真っ黒。フライパンも人参も玉ねぎも全て消し炭のように黒くなっていた。真っ黒に焦げてしまったテフロン加工のフライパンは、二度と使い物にならない。洗っても、何をやっても元には戻らない。久々に肉を味わえると浮き足立った日に、フライパンを失う羽目になろうとは、誰が予測できたであろう。新聞紙の上で静かに出番を待っていた、揚げたての「豚ばら肉」と目があったのは、黒野菜を処分し、ふと、テーブルを見たときだ。あわや大惨事の中、揚げたての肉が無事だったことに関しては、不幸中の幸いと言うべきだろうか。無傷だった肉のお陰で、あくる日の夕飯には熱々の『酢豚』を頬張ることができたのだった。

 換気扇を約一時間、回しっぱなしにして煙りを逃がし、台所から臭いが消えたのは二日後。
 泣く泣く買い換えたテフロン加工のフライパン、値段は598円。もちろん豚ばらよりは高い。


ポリテトラフルオロエチレン加工のフライパン

−− 肉を手に入れフライパンを失う、
貧者の敵は夕飯どきの電話と淡い期待だ −−
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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