ようかんのちょっとひとくち
セピアな色に染めないで

大きな煙突の下で大人たちは働いた
四本足で踏ん張るテレビが欲しくて働いた
蛇口を捻って水を出し、瓦斯を求めかまどを割った
夢を持った若人は歳よりずっと大人びていた


 共働きの家庭が増え、子供が家の鍵を持ち始めた頃、私の家にはまだ叔父や叔母たちが同居しており、私と姉は、祖父と両親、父方の二人の叔父と二人の叔母、計七人の大人に囲まれて暮らしていたことになる。

 幼い私の前で繰り広げられる叔父と叔母たちの大人の世界。
お嫁にいき遅れてはいけないと私の母が薦める縁談に、あまり乗り気ではない叔母のお見合いの様子を障子の影から覗いたときもあった。
大人たちの話す内容から漏れ聞こえてくるちょっとうふふっな話。
狭い空間で行なわれる、大人たちの妙な駆け引きに戸惑うときもあったが今では全てが懐かしい思い出へと変わっている。

 叔母の一人は他の叔父や叔母に比べるとちょっと異質な存在だったように思う。定職につかず、勤め先の社長と喧嘩したとか、他の社員がどうとかで長続きせず、最短時には勤め始めたその日に辞めてくる始末。
 そうして次の仕事が見つかるまでは家でごろごろ読書をしているか、ダンスを習いに行ったりして遊んでいた叔母だったが、私が小学校から帰るとミルクコーヒーを作って飲ませてくれたのもこの叔母だったし、気が向いた時には玉子の手作りサンドウイッチも食べさせてくれた。(私が今でもこの二品が好きなのはこの叔母の影響かもしれない。)
ダンスに持っていく、ふわっふわのスカートを履かせてくれたり、私の小さな爪にマニキュアを塗ってくれたりとちょっと大人の世界に浸らせてくれたのがこの叔母で、私にはそんな叔母の存在が眩しかった。

 叔父達の独立。若い方の叔母の婚約成立。独り残った叔母は流石に気まずいのかアパートを借り、一人暮らしをすることに・・・。

「ようかん、これあげる。」
 引越しの荷造りを静かに眺めている私に叔母が手渡してくれたのは黄色いレザーケースに入ったネイルケアセット。
 爪やすり。爪の甘皮を押すもの。甘皮を切り取るもの。
これら三本が黄色のレザーケースの中にコンパクトにまとめられている。 叔母はお風呂上りにこれを使って爪の手入れをしていた。
その様子を飽きることなく毎回じっと見つめていた私。
風呂から上がった叔母が髪にタオルを巻いた姿でこの道具を使って爪を手入れする仕草が幼い眼に羨ましいくらいに女っぽく映り、その黄色のレザーケースは、私が密かに憧れていた『大人の女の人の持ち物』だった。

 密かに憧れていた『大人の女の人の持ち物』をポン!と軽く手のひらに乗せられ、叔母が居なくなってしまうことへの寂しさも手伝い、まだ使えないから要らない、と言うと叔母は声を出して笑い、大人になるまで持っていればいいじゃないの、と半ば強引に私の手に握らせた。
 本当は欲しい気持ちでいっぱいだった、それまで眺めることはあっても触れたことがなかったネイルケアセットからはほんのりとお化粧の匂いもし、私の中でより一層『大人の女の人の持ち物』度が高くなったのを覚えている。
 それからというもの、父親の靴クリームを失敬して黄色のケースを磨いたり、中の道具を柔らかい布で拭いたりと手入れを欠かさなかった。 大人になるまで。大人の女の人になるまで持っているんだ。そう思って・・。

 (叔母ちゃん、私がこれを欲しがっていたのを知っていたのかな。)
爪の手入れをする叔母を毎回飽きずに正座して見ている私の視線に大の大人が気づかないわけが無いじゃない。知っていたからこそポンと譲ってくれたに違いない。そんな叔母の優しさに気がついたのは就職が決まった高校卒業間近。
私が憧れのネイルセットを使ったのはこのときが初めてだった。
それから何年経ったのかは秘密(笑)。

風水は関係ないと思うけれど黄色い

−− -伸び放題のロン毛にタオルを巻いても
色気は出ないと知った歳 −−
よ

招きます 筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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