ようかんのちょっとひとくち
 「ひぃ〜っ」 声にならない叫びを上げる。
 触っちゃった、触っちゃった、奴を触っちゃった。
 何回見ても慣れることが無い、「ご」で始まる黒い虫。
 ホウ酸団子のお陰でカサカサに乾き始めていたものの、前足(?)がかすかに動いていた。
 新聞紙を溜め込んでいた私も悪いけれど、重ねた新聞紙の間に潜んでいたなんて。
 片付けようと持ち上げた新聞紙の間から乾いた音を立てて滑り落ちてくる奴をよりにもよって、手で受け止めるなんて・・(涙)

 ・・ごきぶりを見ると実家の近所に住んでいたおばあちゃんを思い出す。

 昔々、小さな文房具屋をやっていたおばあちゃんの家には売れ残った文房具がそのままにしてあり、私が遊びに行くたびに「何でも持っていっていいよ」と言ってくれた。
 ノートや鉛筆などは二つ返事ですぐにくれるのに、ハサミ・小刀などを欲しがるとおばあちゃんはちょっぴり悲しそうにして「刃物は縁を切るといってねぇ、大切な人にはあげられないの。家に帰って五円でも一円でも良いから持ってきて。そしたらお婆ちゃん喜んで売ってあげる」など昔の言い伝えのようなものを教えてくれたりして、祖母を知らない私にとっては本当のおばあちゃんのようにやさしい人だった。

 一人暮しも長く、独りには慣れていた筈のおばあちゃんだったけれど心細くなるときもあったようで台風が近づくと決まって私の実家に来ていた。
 もちろん私は大喜び。
 おはじきやお手玉、あや取りなど色々な遊びを教えてもらうのが楽しかった。

 ある時、台風の到来と共にやってきたおばあちゃんとおはじきをしていると、黒いものが私の後ろからおばあちゃんへ向かって走った。
(あっ、ごきぶりだ)思う間も無く、おばあちゃんの手が動き、さっと奴の方へ。
 ぴしゃっと一撃。完璧だった。手の動きに迷いはなかった。

 「ようかんちゃん、ちり紙、ちり紙」とても穏やかな声で私に言うおばあちゃん。
 驚いて声も出ない私を尻目に奴の始末を終えたおばあちゃんは手を洗いながら「これが一番早くやっつけられる」と教えてくれたっけ・・・。

 おばあちゃん、いろいろ教えてくれてありがとう。
 だけどね、あの方法だけは未だに実践してないよ。ごめんなさい。
 それどころか、顔色ひとつ変えずに奴をやっつけたおばあちゃんが少しだけ怖かったんだ。

 あれから今日まで何年経ったのだろう、私は大人になったけれど未だに奴を叩き潰す勇気は無い。
 触ることさえ出来ないような奴を相手に、[ホウ酸団子]と[ごきぶりハウス]という消極的な方法でしか戦えずにいる。
 ホウ酸団子を齧ってフラフラになった奴をごきぶりハウスに追い込むのが精一杯。

 こんな私を空から眺めながら、彼女はきっとやきもきしていることだろう。

−− やさしいだけでは生きては行けない
けれど、ごきぶりを素手で叩けなくても生きて行ける −−
よ

筆者紹介:ようかん
日本生まれ、国内在住。
図書館で出会った「貧乏神髄」に惹かれ、会長のサイト見たさにパソコンを覚え今に至る。
猫好きだが借家のため飼う事が出来ず、
二匹の招き猫と暮らしている。

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ようかんのちょっとひとくち 耐乏PressJapan.
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