「このバッテリー、もう使えんよ。替えた方がいいよ。」
母から譲りうけた私の愛車YAMAHAジョグ(えんじ色・両ミラー、前カゴ付)についてのバイク屋の評価であったが、あれからもう一年はゆうに過ぎている筈である。相も変わらず、バッテリーを替えず(買えず?)にいた為かウィンカー代わりの手信号で三車線を奔走する私であるが…。
人の評価とは切ないもので「え、あんな処から原付で来たの?」と、驚かれる事がしばしば。
いや、待ってくれ。こっちが驚きたいものである。交通機関をつかうと往復で千円弱のところが原付だと二往復で400円もかからないのである。しかも、荷物をメット入れに入れれて、最終電車を気にしなくてよい。駐車場も原付だと駐禁を取られることも無い。
この説明はとくとくとして(恐らく)納得してもらうのだが、流石に手信号でなんてとても言えやしない。
手信号も一年経つと手馴れてしまったものだ。手信号は確か緊急のためのものだった様な記憶があるが…、私の知ったこっちゃない。
半澤月芝
モスクワの大学寮に住んでおります。
今月は某新聞社のアルバイト料、69ドルで過ごす事に…
ドルの暴落でルーブル(ロシア通貨)も打撃を受け、最近のレートは決して良くないのですが、それでもまあ楽々クリアできるだろうと楽観的にそして順調に6日目を迎えた訳です。
が、事態は急変。
昨日中国人の友達から<マトリックス・レボリューション>のプレミアを観に行こうと誘われモスクワの映画料なんてたかが知れていると思っていた私は快く誘いに乗りました。
そして、集まったマトリックス同志は中国人、ベトナム人、アメリカ人そして日本人の私と13名。みんなで仲良く映画館まで向かったわけです。
向かった先はラディソンホテルSAS系列の4ツ星ホテルの中にある映画館。なぜかお客は皆外国人でロシア人が一人も見当たらない。
そして気がつきました。この映画館、ロシア人には支払えないほどの鑑賞料をぶん取るのです。
13人の同志はためらいも無く350ルーブル(約1400円)をレジのオネエチャンに渡してゆき、私の番に。
幸か不幸かその時の所持金400ルーブル。今更帰るわけにも行かず、エイヤ!っと支払いを済ませ。
ロビーでは何故かIBMのビジネスパーティーが催されていてVIPな気分は味わえましたが、ほんの束の間。私はこの映画(マトリックスファンでもありません)を見てしまったが為に7日間の生活費を失いました。
今夜からは棚の奥にしまってある猫缶を大事に食そうと思っています。
しかし、ロシア製を食べるのは初めてなので少し不安…。
うーん、他のアジア人の豪遊風景に驚きました。
モスクワ・小銭形平次
歯医者に行くときは貧乏そうな格好をしていくのは常識ですね。
私は今まで歯医者に行った時、自由診療の話をされたことがありません。
いつもは数百円の治療費だったのですが、ブリッジ(義歯)をいるとき、次回は○千円(1万円近い)持ってきてくださいと言われました。
いつも金の入ってない財布を見られているから、予告も無く1万円近い請求をしたら困るだろうという配慮をしたのでしょう。
良心的な歯医者です。
くらげ
子供の頃まわりはみんな貧乏でした。農家で厳しい労働に耐えても暮らしはカツカツでした。今でも忘れられない食事(?)は母が鍋で作ってくれたでんぷん掻き。鍋にでんぷんと水を混ぜたのを入れストーブの上で掻き混ぜながら熱してると透明のぷるんぷるんになってくる。それに砂糖かけてお昼ご飯にしたこともある。子供心に母さん今お金ないのかな?と思った。今にして思うと単にメンドクサカッタだけなのかもしれないがゥ(^^;)。
おやつは畑で採れたトウキビやジャガイモや南瓜のふかしたのだった。
春は苺、夏はスイカや瓜 もぎたてのキュウリやトマト。グミの木もあった。
今にして思うと逆にゼータクだったのかもしれないが。
お金の事で父母は時々激しい喧嘩をした。その姿はやっぱり悲しく情けなかったな。年末にお金が無くたって皆が健康でお餅とミカンさえあれば良いじゃないかと思った。また来年頑張ろうと思えばいいことに思えた。
電話機を壁に打ちつけめちゃめちゃに壊し玄関のガラス戸をバリンバリンに割ってたっけ・・(^^;)。只でさえものが無いのに益々減らしてた。
今にして思えば笑えるけど。ストレス解消も必要だったのかも。
すかんぽ