学生時代は貧乏でした。1円足りないために食事できなかったり・・・。最終的には倒れて入院しました。鉄欠乏性貧血というやつでした。鉄分が足りなかったんです。今でも貧乏ですが、もう倒れるのは嫌です。
マサトシ
今でもビンボーしてますが、今までで一番情けなかったのが、病気で40度くらい熱が出たときに、持ち金が100円くらいしかなかったんですワ。で、病院にもいけず薬も買えず、何をしたかというと、無理して商店街まで行って、手持ちの金はたいてバナナを買って、それを食ってました。病人といえばバナナでしょ、って古い? その状況を聞きつけたK先輩が家まで自動車で来て、僕をファミレスに連れてってくれて、「何でも好きなものを食え」といってくれました。折角の機会ですので、まだ40度の熱がありましたが、「トンカツ定食ライス大」を頼みました。で、残さず食いました。先輩は、僕が「中華風お粥」を注文すると予想していたみたいで、絶句していました。そのときに借りたお金、まだ返してません。K先輩ゴメン。
ハヘロ
「貧乏神髄」を楽しく讀みました。主旨に賛同します。
年金生活で楽しみの喫煙も懐を圧迫するので、マイルドセブンからバットに変えようと思っていたとき、貴書を讀み同じ考えの人もいるんだなとおかしくなりました。
私もバットに切り替えました。フィルター付きでないため、健康上次の対策を考え実行しています。
(1)パイプは壊した椅子の古材を使い手製で作った。買うと高い(安いので500円)のと、交換フィルターが必要となるため。
(2)自家製フィルターはティッシュを短冊状に切ったものを、手製のパイプの両端から、ピンセットで詰める。ただし1本喫うごとに交換。なれるとフィルター交換も気になりません。相当ヤニが付着していますので、フィルターの効果はあると思いますが、タバコに付いたフィルターとの効果の比較はしていません。ある程度の健康対策にはなったと思います。
こうして月7500円かかった喫煙費が3300円となり、4200円が好きなコミュニティーダンスにつぎ込めます。
借景100円ショップ借りる本
不況さなかに豊かな老後
自然観察公園で自然を楽しみ、図書館で本を借り、100ショップで必需品を買い、心豊かな生活をおくっています。
川上さまの100ショップ論だけには異存があります。もちろん乾電池なの必需品しか私はかいませんが。
jiji
私は愛知県に住んでいるんですが、「銭型金太郎」なる番組が存在します。
それは4人の貧乏サンが登場してその貧乏さをアピールし、勝者には賞金20万円が送られるというものです。わたしはこの番組のファンなのですが、その貧乏サンに共通して見られる傾向がありましたのでご報告します。
彼らは非常に狭いアパートに住んでいるんですが、その部屋の中は物で溢れていました。壊れて動かなくなった電化製品や、本来の使い方を全うされていない物、またゴミも山のように転がっていました。衛生状態も悪く今にも喘息になりそうです。その共通に見られる傾向とはものが捨てられないということにあります。何らかの共通した精神構造(または症候群)が存在すると考えられます。また、経済観念もあまり存在していないような感がありました。とても興味深いことと認識しております。
このホームページを知ったのは、本日の中日新聞夕刊第二面に特集が載っていたからです。縦25センチ横13センチくらいの特集記事で、キセルを持った会長の写真もありました。
私は消費に興味があります。生産者・消費者・環境それぞれ得をするような消費は存在しないのかと日々考えています。また消費は時代を映す鏡とも考えています。消費とは一生の研究テーマになりうるのではないでしょうか?
つれづれに書いて見ました。乱筆お許しください。
同志
煙草を5ミリ程吸い、鋏で先端を切り落とす。一本で半日を凌ぐ齢34の秘技は会長の煙管の前に見事、破れ去りました。
また、10年前まで住んでいた、友人から「鶏小屋」と称された月7千円の海風吹き荒む伊勢湾沿いの貸部屋は、世間体という魔物に解体されました。写真を撮っておけば..と悔やまれますが、当時そんな心の余裕もなく、精神的にも貧乏に負けていたことに今気付きました。会長なればこその逞しい想像力で、その情景を共有して頂けるものと信じます。
ふな
【海外貧乏レポート】
在米ですが我が家にコメは無く、トマトソースうすうすスープスパゲテイと本場うすうすジャガカレー汁が定番です。ところ変われば素材も変わるようです。
運動といえば大自然を味わいながら、時々空腹で気を失いそうにになりつつジョギングすることでしょうか。
知的面は無料の市内電話回線インターネットで満たしています。
洗濯機は買えないので、洗濯モノと一緒に入浴です。
こちらの人は普段は外見を気にしないので、Tシャツ5枚で、中4日のスクランブル登板がもう4ヶ月続いています。
以上、清貧を偲ぶ想いに国境なしとは思いますが、ほか、アジアやヨーロッパの同志の意見も参考にしたいところです。
在米貧乏人