とりあえず書いてみました

長い沈黙という名のさぼりを経て、耐乏PressJapan.が帰ってまいりました。かといって、なにかやるにも準備が足りず、リハビリテーションと銘打ってのお手軽手段・書くだけという特集でごめんなさい。
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●なんというか、その……
大変にご無沙汰をしておりました。
いやあ、その、なんと申しましょうか、本格的な冬に突入してからというもの、書けない毎日が続いておりました。そんなことを書きますと、「忙しくなったんだね」とか「ああ、スランプだったのですか」なんて思われるかもしれませんけれど……。
怠けていただけです。
まあ、毎日が貧乏であることに変わりはなく、従いまして、ネタが尽きるということも起きてはいないのですけれど、ノートを目の前にしても、パソコンでエディタを立ち上げても、その前でボーっと汽笛の音がする、という毎日。
貧乏日記だけは、一月からなんとか書くようには心がけておりますけれど、どうにもこうにも特集が書けない。どうも、昨年の内に頑張りすぎてしまったのかもしれません。
しかしまあ、このままじっとしていても忘れ去られてしまうだけですから、そろそろ、かかりの悪いエンジンをオーバーホールして再始動。
そんなリハビリテーションを兼ねまして、今月の特集はテーマ無しに思いつくままを書いてしまおう、という逃げの一手をお贈りいたします。
●変わらぬ日々
本を出すっていうことは、いったいどういうことなんだろう。
幸い、僕は去年の九月に出版という経験をさせていただきました。本を出すと言うことがどんなことなのかをぼんやりと考えていた僕。実際、どんな変化があったかについて、まずは書いてみます。
貧乏神髄を無事に送り出してから数ヶ月、ふらりと東京に出かけ、いまだに大きな本屋さんで積まれているところなんかを見かけますと、まるで親しい友人が出した本を見るような感じ、とでも申しましょうか。自分のこととして捉えることは、もう、できないのですね。
たしかに、本を出したことによって取材を受けたり、出さなければ出会うことの無かったであろう人々とお話をする機会があったりしたことは、楽しい出来事と言えます。
けれど、それはどれもこれも非日常であって、日常というやつは、なんら変わることなく日常だったりするのです。さて、ここで日常と申している日常というのは、日々、前進している……もしかしたら後退しているかもしれないけれど、とにかくも毎日同じ花を見たって違う感想を抱くというような、たとえ数ミリメートルでも動いている自分ということになるのでしょうか。
でしょうか、というのも無責任な話ですけれど、なにかしっくりくる表現を探す、というのも、日常の一齣なのです。
けれど。
貧乏神髄によって僕のことを知り、取材をしてくださる方々というのは、貧乏神髄というひとつの点を元に訪れます。この、貧乏神髄という名の点は、僕にとっては既に過去の出来事、ということになります。
取材をしていただく、という非日常は、どれも楽しいものでしたけれど、どこか後ろに引っ張られるような違和感があって、もどかしい気がしてしまうのです。いつまでも過去に縛られているような感じ、とでも申しましょうか。これはなんとも、不思議な気持ちになるものなのです。
自分が過去に行ったことというのは、それによって何かしらの責任問題が生じた場合、もちろん今の自分に降り懸かってきます。強制的に連帯保証人にされてしまう一番親しい他人、それが自分の過去、過去の自分なのでしょう。貧乏神髄に関する取材を受ける際、どうしても、連帯保証を快諾したら逃げられてしまった情けない債務者という気分で望んでしまうのは、気持ちが急ぎすぎているだけなのでしょうか。
というわけで、非日常という慣れない時間は増えましたけれど、日常は、相も変わらず流れております。
本で得た収入がアルバイトの賃金を上回れば、「職業:作家」と書けるのでしょうけれど、現時点では、「職業:アルバイト」。少しだけ、アルバイトの時間を減らせるようになったのは嬉しいですけれど、アルバイトをしないと暮らせませんから、テキトーに励んでおります。
冬の始まりと共に思い切って豚肉のブロックを買い、塩漬けにして一月ほど熟成させてから干し肉を作り、それを一年間、ちびちびと削って使う。なかなか卵の安売りに巡り会えずに通常価格で買うか、でも、百円の差は大きいなあ、と購入を躊躇する。納豆で元気を得る。食べ物を貰うと嬉しくて仕方がない。
そんな日常は、細々と続いているのです。
●イット革命っちゃあ、なんだ?
かつて森という総理大臣が存在した頃の日本では、IT革命という言葉が誉めそやされていました。そんな当時の補助金がやっと下りたのか、それともNTTの意地なのかはわかりませんけれど、小泉という総理大臣が崩壊していく様をラジオで聴けるようになった頃、僕の住む町にもADSLというやつが来ることになりました。
ダイヤルアップ接続で月に一万円ほど使っていた僕にとっては、絶対に来ないだろうと思っていたADSLの到来は嬉しいニュースでした。予約開始当日に申し込みをしたのは言うまでもありません。
これによって、僕のインターネット環境はどう変わるのか。
何時間使っても料金は定額だし、今までに比べれば低額。時計を気にせずに調べ物ができます。有り難い話です。
以上。
……これではブロードバンドに大して失礼かもしれませんから、もう少しだけ考えてみましょうか。
テレビを捨てた人間ですから、インターネットでテレビを観ようなんて気もありませんし、十二メガビットパーセコンドという速度にしたって、そんな大きなデータを持ってくる用事もありません。第一、パソコンが古いので、今のモデムだって読み込みが終わってからもブラウザの処理待ちで数分間、ということも珍しくありません。大容量の回線を活かせるだけの設備は持ち合わせていないのです。
貧乏神髄の原稿は全てメールで送信しましたけれど、今度からは、写真データも送れるようになる、という程度でしょうか。まあ、これは二冊目の声がかからなければ活かしようのない話です。
結局、使い放題の低額な定額、という以外の変化は無いのかもしれません。むしろ、ブロードバンドが日本に浸透していくことの方に、意味がありそうです。
今となっては懐かしい響きさえあるパソコン通信。あれからどこがどう変わったのかを考えると、それほどの進歩はないのではないかと感じられます。
パソコンをネットに繋ぐという行為がパソコン通信を指していた時代だって、電子メールはありました。現在、インターネット上で盛んに行われている掲示板でのやりとりも、パソコン通信だって行われていました。
けれど、パソコン通信時代に比べれば、パソコンの普及率も、ネット人口も、比べ物にならないほどに増えています。パソコン通信時代の電子メールは、同じ通信サービスに加入している人にしか送ることができませんでしたから、送れる相手は限られていました。掲示板だって、パソコン通信と比べればその数は桁違いだし、規模も様々。一番大きいとされている掲示板群などは、たびたび、ニュースに話題を提供するほどの影響力を持つようになりました。使う人が多くなったことこそが、インターネットのもたらした最大の革命と言えます。
IT革命と言ったって、その上に乗せるものが無ければ意味はありません。テクノロジーを用いてインフォメーションするべきものがあったとしても、それを見てくれる人が居なければ、やはり無意味なものになります。
ネット人口の増加は、僕が本を出版したことにも大きく関わっています。ネット上の会報誌といったって、読者の皆様が居なければ無意味ですし、サーチエンジンの発展が無ければ、出版社の人間に発見され、掘り起こされることも無かったでしょう。利用者の多さ、規模の大きさは、インターネットというメディアのこれからを左右すると言い切れます。
では、なんでインターネットがここまで発展したのか、となると、おそらくは、見た目の奇麗さなのだと思います。ホームページというものの存在を知ったとき、僕も少なからず驚きました。これは、世界中のコンピュータが繋がっている、という以上のインパクトでしたし、当時会社勤めだった僕がボーナスを吐き出してマッキントッシュを買うきっかけにもなったくらいです。
いっくら通信速度に向上がみられたとしても、世界中の人々とメールのやりとりができるという利点があったとしても、文字だけの通信で有り続けたならば、パソコン雑誌以外で取り上げられるような状況は訪れなかったでしょうし、ADSLなんてものが登場することも無かったでしょう。世界中と繋がっている、という利点なんて、見た目の派手さよりは決め手に欠ける部分だと思われます。たとえ、インターネットが日本だけの閉鎖されたネットワークになってしまったとしても、それによってインターネットを利用しなくなる人の割合は、少ないように思えます。少なくとも、僕にとっては海外からの宣伝メールが届かなくなる、という利点の方が大きいくらいです。英語がまったく出来ないと言う事実は、与えられた技術を使いきれないという事実でもありますけれど、それでも、メディアとして役に立っているのですから優れ物です。
まあともかく、電話線とパソコンがあれば、色々な情報にアクセスできます。カタログとして使うこともできるし、料理のレシピだって写真入りで見られます。買い物もできるし、最近のブロードバンドというやつならば、テレビやラジオを楽しむこともできる。−−最近、パソコンも安くなってるし、ADSLなら何時間使っても料金は一定だし、あなたもやってみれば?−−。こうして、もっと多くの人々を巻き込むことができれば、インターネットはメディアとして更に力を持つようになります。個人のメッセージがより多くの人々に届くようになるならば、これは嬉しいことです。
ただ、問題も残っています。インターネットというメディアを利用する人間は、パソコンを使える環境にある人に限られてしまっています。利用者の偏りというのは、デメリットかもしれません。利用者が増えれば増えるほど、偏りも大きくなる可能性がありますから、インターネットに頼り切ってしまうことで新たな問題が生じることもあり得ます。ラジオやテレビ、紙媒体メディアとの最大の違いは、技術を要するという点であり、これは案外、大きなデメリットだなあ、と感じる次第です。
富士山でも携帯電話が繋がるというのも、IT革命と呼べるのでしょうか。ジャンパー姿で真冬に富士登山を試みた二人組が携帯電話で救助を求めた、というニュースには、ITという言葉の脆さを感じます。
何の装備も持たない二人の遭難者は、携帯電話のおかげで命を繋ぐことが出来ました。最新技術のおかげで死なずに済んだのですから、これは珍しくも携帯電話を誉めてあげなければならないでしょう。でも、真冬の富士山がどれほど寒いのか、という情報を事前に教えてあげることは、携帯電話でさえ叶わなかったのですね。
一九七五年にアルビントフラーが書いた「エコスパズム」。その原稿の一部は、ロンドンからニューヨークへ電話で送られたそうです。世紀が変わり、今では貧乏人でもパソコンを維持し、インターネットで原稿を送ったり、Webでメッセージを発信することが可能になりました。現時点では、発信をするにはもっとも安上がりなメディアだと考えていますから、これからも、貧乏な僕でもインターネット環境だけは手放さずにすむ程度は稼ごうと思っています。
間違った方向へ進まないことを祈りながら。
●ごまめの歯軋り2003年 〜歴史の値段〜
旧正田邸が取り壊されることになってしまいました。
一九三七年に建てられた小学校も、壊されてしまうのでしょうか。
少なからずの歴史を持つこれらの建築物は、お金がらみで消えようとしています。世界最古の漆は焼失、日本最古の日の丸は盗まれてしまう。日本の足跡は、国の保護を受けることなく消えてしまいました。
形あるものいつかは……などと申しますし、これらの物に対する価値観も人それぞれです。そんなものを国で保護しようなんてことは税金の無駄! とお考えの方もいらっしゃるのかもしれませんけれど、東京の地下四〇メートルに高速道路を掘ることに比べれば微々たる金額です。いやまあ、貧乏人からすれば、それらを保護するに必要なお金の桁を数えるだけでも気が遠くなるのですけれど、日本の借金額を思えば、五億や十億なんて誤差の範囲です。
しかしまあ、たとえ誤差の範囲という金額であっても、積もれば山になってしまいます。ここいらへんの判断をする能力が無いのか、そもそも判断する気すら無いのか、どちらなのかはわかりませんけれど、表に出てこない小さな消失は、きっと日本全国各地で日々、行われているのかもしれません。
世界の歴史をひもとけば、歴史ある物が思想や宗教によって消されてしまった例は多く出てきます。それらの事例と今の日本を比較すると、最近の日本での出来事というのは不気味なほどに情けなく思えます。
行政に携わる人間が個人として思想を持つのは自由ですけれど、その思想によって歴史を蔑ろにしてしまうのは間違いです。思想は、未来を向いていなければならず、行政に携わる人間であるならば、この国に益をもたらすものでなければなりません。
政治家や官僚、中央から地方に至るまで、日本の行政には「歴史では喰えない」というコンセンサスが存在するのではないか、と勘ぐってしまいます。古い家を残すよりは高速道路を建設した方が金も動くし利権も生じる。そういった、拝金主義というイデオロギーによって歴史ある物が失われてしまうなんてことは、百年後、五百年後の人々が検証したならば、最も愚かな間違いとして教科書に載るのではないかと感じています。
経済力と豊かさは比例しないと言う結果は、すでに出ているのです。
今の日本の生活は、国内では得られない物によって支えられています。闇を照らすのも、車を走らせるのにも、他国からエネルギーを買ってこなければなりません。なのに、電気だってガスだって、お金さえ払えば使い放題です。この一月から東京電力が原子力発電所を停止していて、節電を呼びかけています。けれど、某田舎町にあるなんら歴史的根拠を持たないお城を模した地域交流センターは、夜になると煌々とライトアップされています。一地方の話とはいえ、行政にすら危機感は存在しません。
食べ物だって、海外から買っています。日本の食糧自給率は四割と低く、国内で賄えるのは米、一部の野菜、卵くらいなものです。それでも、街には世界中の食べ物が溢れています。
エネルギーも食料も、海外から買ってくれば良いという政策が罷り通るだけの経済力を持っているのですから、日本というのはとても豊かな国であるはずです。だったら、人々の心だって、もっと和やかであっても良いはずです。なのに、どこか殺伐とした閉塞感に満ちているのはなぜなのでしょう。歴史を蔑ろにしてでも新しい物を建てようとする。借金をしてでも国家予算を下げない。日本は、いまだに豊かさをお金で計っているのです。
お金に対する欲望には上限などありません。立派な大学を出た官僚達が、バブル経済がなんであったのかを把握できていないとは言わせたくありません。失速した機体を墜落させておきながら、ろくな修理もせずにまだまだ飛ばそうとしたって無理です。ふたたび急激な経済成長を夢見て、こんどは本当にアメリカを買ってしまおうと考えているのでしょうか。やれやれと、まずはお茶でも飲んでホッと一息した方が良いでしょうし、そのためには、墜落で散らばり火の着いてしまった残骸を消火して退かさないと邪魔です。墜落した飛行機のファーストクラスに座り続けてキャビアとシャンパンの出てくるのを待っていたって何の解決にもならないのです。まずはそのカーテンの奥から顔を出し、ビジネスクラスやエコノミーの惨状でも眺めたら如何でしょうか。
まあ、僕は貨物庫でひっそりと酒を呑んでますからご心配は無用ですけれど。
豊かさというのは、文化無くしては成立しません。歴史を大切にする気持ちがあれば、文化だって取り戻せるでしょうし、新たな文化の芽生えることもあるでしょう。そのくらいの経済力は、十分に残っていると思うのですけれど、なぜか、今の日本は壊すのが好きなようです。
オリンピックで長屋が壊されたときからまったく変わらず、離陸時の体制のまま墜落してしまったことくらいは気づいて欲しいものです。
●来月はちゃんとやります
というわけで、三本の繋がり無き文章でお茶を濁させていただきました。
幸い、取材やらなにやらでそこそこの稼ぎがありましたので、二月は一週間ほどアルバイトを休むことにしました。この一週間で一気に山積みの作業を片づけ、耐乏PressJapan.もかつてのペースに戻すつもりでおります。
これまで通り、二月号のくせに三月に出たりすることも十分に考えられる事態ではございますけれど、どうか、あきれることなくおつきあいください。
では、また来月に。
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