どうもだっけ、シゲです。
2001年の4月から書いている連載も、やっと、終わることになりました。
とても面倒でしたけれど、こうして読んでくれる人がいるというのも面白いなあと思って続けてこられました。
最後のお話は、16才の夏に行ったダーツの旅の後編であります。
3日目。国道4号を走り、お昼前には仙台に着きました。びっくりするほどの都会で、山中を駆け抜けてきたこととの差もあって、緊張しました。秋保温泉の少し先にある神ヶ根温泉というところで湯につかり、少し休憩。古いお風呂だったけど、一人でゆっくり入れたので心も体もリフレッシュ。
その後も4号を走ったのでありますが、仙台を過ぎると楽でした。金成町で、農家のおじさんに沼の隣の空き地を借りて一泊。この沼もおじさんの持ち物らしいのですが、山と夕日の映える、懐かしい感じの風景の中、オニヤンマが飛び交うという素敵な場所だったのであります。
4日目、田んぼの中から手を振るおじさんに見送られての出発となりました。この日は、冷麺を食べようと思っていたので、6時間ほど走って盛岡へ。う〜ん、嫌いな西瓜が乗っている。他に入っている物もなんだかよくわからない。僕には合わなかったなあ・・・。
で、なんとその日に目的地である安比高原に到着。証拠写真を撮りました。1日目にはどうなることかと心配した旅だったけど、なんだかあっけなく終わってしまいました。もう少し走ってみようと思い、三沢基地が近いという理由で青森行きを決定。旅は、もう少し続くことになったのであります。
この日は、一戸の鳥越旅館という素泊まり2,900円の宿で一泊。部屋は6畳一間で風呂・トイレ共同。なんとテレビ・クーラー付きで、隣のコンビニとは中で繋がっています。久しぶりに手足を伸ばして寝ることが出たのは良いけれど、4号沿いなので結構うるさいのが難点でした。
5日目。旅館での宿泊で体力も回復したので、無謀にも大間岬〜三沢というルートを計画。時間が無くて三沢までは行けませんでしたが、本州最北端に立つことが出来たのであります。本州最北端の給油所での給油も済ませ、来た道を戻りました。
この日、ちょっとしたトラブルもありました。むつ市で正体不明の虫に刺されてしまい、あわてて駆け込んだ板金屋さんで治療をしてもらいました。治療だけでも有り難かったのに、なんと、カレーと自家製のイカ飯(!)を御馳走になってしまいました。
その後、近道を教えてもらったのでありますが、困ったことにそこは林道。走り慣れていないので2時間くらいかかって国道に出ました。
前日と同じ旅館で一泊。
6日目は、小岩井農場へ。1日目、実はラジオでライブ情報を手に入れていたのであります。奥田民生、パフィー、スピッツなどが出ていましたから、並んでいる人も多かったです。後日知ったのですが、前日にはいとこも来ていたのでした。
この日は丸一日を農場で過ごしたのでありますが、アイスクリームなどの乳製品を食べなかったことはちょっと後悔しています。
金成町の、トラックのたまり場みたいなところの歩道で一泊。
7日目。朝から松島公園へ。ここで、古河から来たというおじさんに話しかけられ、新潟から来た人も交えて少し話をしました。松島基地ではブルーインパルスの格納庫を写真に撮りました。
この日から、4〜5日は、親戚の家に世話になり、のんびりしました。うちの婆さんの兄さんの家で、何年か前までは毎年、夏に遊びに来ていたのですが、今回は久しぶりの訪問となったのです。ちょうど、その家の孫が来ていて、かなり我が儘なクソ餓・・・いや、子供だったので、少し怒ったら僕の前ではおとなしくするようになりました。子供は、怖い物がないと駄目になるのだなあ、としみじみ思ったのであります。
こうして、僕の初めての旅は終わりました。最後、親戚の家からの帰路は9時間ぶっ通しで走ってしまいました。総走行距離約2,000キロ。ガソリン代は8,000円くらいでした。自分でも、世界が広がったと思ったし、まわりの大人からは「顔つきが変わった」と言われました。ちょっと嬉しい思い出です。
さて、そんな僕は、この原稿が発表される頃には、夏休みを利用して日本一周の旅の真っ最中なのであります。
子供として、怖い物を探しに行くのか、大人として何も怖くないことを証明しに行くのか、なんてことは分からないけれど、16才の夏に広がった世界は、もう少し広くなるはずです。
もしかしたら、どこかで逢えるかもしれません。
おわり
シゲ
|