耐乏PressJapan.
Mar.
2002
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 2002年3月号目次

特集
シリーズ・和空間の創造  長火鉢兼簡易囲炉裏構想


 連載記事

  シゲ君の嗚呼、高校三年間(10)


 投稿記事

  貧評会
  貧者の知恵
  貧乏料理
  読者の声
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  編集後記/次号のお知らせ


 特集

シリーズ・和空間の創造
長火鉢兼簡易囲炉裏構想
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和室から得られる安らぎは、西洋風のそれとは明らかに違います。ソファーとガラステーブルのリビングで暮らすことが本当に安らげるというのなら、靴を履いたまま家に上がるべきです。和室をより心地よい空間にするための構想という遊びの一端をご覧ください。
特集タイトル写真

●長火鉢兼簡易囲炉裏なる空想物
 今回、長火鉢兼簡易囲炉裏などという訳のわからないものを構想するに至ったには、若干の訳がある。事の始まりは、三月中旬に行ったパソコンの移設であった。
 私の借りている平屋の一軒家は、四畳半と六畳の二間がある。今までは、パソコンを四畳半に置き、六畳には書斎を設けていた。布団を敷いて寝るのも六畳間であった。パソコンというのは、どうも視界に入るだけで人を不快にさせる効果がある。大きなディスプレイ、ベージュ色の無粋な本体、一目でそれとわかるLEDの光、あちらこちらと這い回るケーブルの類。部屋というものにくつろぎを求めた場合、パソコン一式があるだけで気分を酷く害されてしまう。書斎とパソコンを分離させておくことは、書斎で本を読む場合には必要な処置であったのだ。
 ところが最近、書斎とパソコンを往来しながらの作業が増えてしまった。ちょっとしたトラブルに見舞われて、発刊時期も、そもそも、出してくれる出版社すらも未定になってしまったのだが、本を書いていたりする。原稿は電子メールで送稿するため、どうしてもパソコンで書かなければならないのだけれど、調べものや原稿の骨組みを考え書きなぐるのは書斎での仕事だ。この行き来が頻繁になるとともに、ふたつの部屋は資料に溢れ、元来ものぐさな私の性格もあり、落ち着いて飯を喰う場所も無いという無惨な状況を生みだした。これではいかんということになり、原稿書きをスムーズに行い、飯くらいはゆっくりと喰えるよう、書斎のあった六畳間にパソコンを移すことになったのである。

 おかげで、六畳間はなんとも落ち着かない部屋になってしまったのだけれど、四畳半には電話機がぽつんと置かれているだけになった。四畳半というのは、言うまでもなく、四畳と半分である。半分の畳は、部屋の隅にぽつんと収まっている。半畳……。

 前々から、長火鉢が欲しいだの、囲炉裏があればだの言っていた私の頭の中に、突然ふっと沸いて出たのが、この長火鉢兼簡易囲炉裏構想なのである。
 真夜中であったが、周り近所を気にする必要もない一軒家である。ラジオから流れる深夜便を聴きながら、畳をえいっと剥がし、半畳が真ん中になるように移動してみた。
 この半畳部分にすっぽりと収まるような、囲炉裏としても使える巨大火鉢を作ってみたいというのが、今月の特集なのだ。
●半畳と言っても大きいが
 畳というのは、畳職人が現場合わせで作業しないと段差や隙間ができてしまう。きちんと納められていた畳をえいやっとひっぺがして半畳が真ん中に来るように移したところ、動かした一畳半の畳は高低差や隙間ができてしまった。向きを変えたり踏んづけたりでなんとか転ばない程度にはなったけれど、やはり完璧とは言えない。特に、真ん中の半畳は酷いのだけれど、これは構想を実行すときには取り外してしまう物なのでしばらくは我慢である。

 半畳を取り払うことでできるくぼみは、深さ四五ミリ、縦横八八〇ミリという巨大なものだ。ここにすっぽりと入るだけの長火鉢となると、長火鉢と言うにはでかい。床板を剥がすことさえ出来れば、囲炉裏と呼べる大きさだ。まあしかし、借家なので本当に囲炉裏を作ってしまうわけにはいかない。結局は巨大長火鉢ということになるのだけれど、畳半畳分の火鉢であれば、簡易的な囲炉裏としても機能するようにできそうだ。

 日本人に生まれたからには、和室から感じる安らぎとか暖かさというものは大切にしたい。私の住む田舎町ですら、繁華な場所に出れば海の向こうから流入してきたもので溢れ、和を感じられる風景というのはほとんど残っていない。どこを向いても和であった時代と違い、自分の家の中に和という空間を創り、その中で過ごす時間というのは、現代人にとっては必要不可欠なる心の休息と言える。
 和文化の極まりといえば、江戸時代であろう。鎖国の時代であり、平和の続いた時代でもある。貿易も行われていたけれど、庶民からすれば関係のない話であったし、大きな破壊もなかった。純然たる和の文化が育まれていた時代だ。そんな中でも当時、世界一の都市であったと言われる江戸。多くの庶民が押し合いへし合い暮らしていた裏長屋なんてやつは、現代の貧乏人からみれば憧れの生活環境である。
 そんな長屋の家具類は、どれも小さく出来ていた。火事の多いことで有名な江戸であったから、いつでも家財道具を持ち出せる必要があったし、狭い長屋で機能的に暮らすには、すべての物がいつでも隅っこへ押しやれる必要があったのだ。そう考えると、畳半畳分の巨大火鉢というのは過ぎていると思われるかもしれない。けれど、現代では火事はあっても延焼など希だし、冷蔵庫や洗濯機など、持ち出すに適さない物は既に家庭に入り込んでいる。もし、江戸時代がそのまま続き、消防能力が向上したならば、目抜き通りに面したわりと大きな家になら、私の考えているような巨大火鉢が出現しても不思議はない。長火鉢兼簡易囲炉裏は、長火鉢の正統なる進化なのであると勝手に解釈してしまおう。
●漏れない・燃えないが絶対条件
 長火鉢兼簡易囲炉裏は、もちろん、中で炭を燃やすことになる。本当の囲炉裏のように薪を燃やすことは叶わないであろうけれど、火を扱うことに変わりはないのだから、耐火・耐熱に関しては考えすぎるくらいに考えなければならない。
 灰が漏れないこと、長火鉢兼簡易囲炉裏自体が燃えないことが絶対条件となる。

 江戸時代の長火鉢は、もちろん木製であったけれど、良い物は内側に銅板が打ってあって、木枠が焦げないようになっていたようだ。長火鉢兼簡易囲炉裏も、耐火には金属板を内側に用いることで解決できるだろう。実は、この内部の構造がいちばんのネックになっているのだけれど、これは後に述べるとする。
 中にはたっぷりの灰を入れてやる必要があるけれど、これは、田舎の強みでどうにでもなる。雑木林を歩けば、枝はいくらでも落ちているのだ。拾ってきて庭で燃やせば、灰はいくらでも作ることが出来る。
 また、床板や根太に熱が伝わるのも避けたい。これは、床板に耐火煉瓦を敷き詰めれば大丈夫だと思う。耐火煉瓦であれば一個一〇〇円以下で手に入るから、これくらいなら、タダで入手できなかった場合でもなんとか買うことが可能だ。

 いずれにせよ、灰が漏れないことと燃えないことは、内張りと底に気を使えばなんとかなるように思える。
●枠の設計案
 長火鉢兼簡易囲炉裏の枠については、現段階では下図のようにすれば良いと考えている。

枠の設計案
長火鉢兼簡易囲炉裏:枠の設計案

 半畳分のスペースは、八八〇×八八〇ミリメートルとなる。その四隅に柱として角材を配置し、同様の角材で柱を繋げば、しっかりとした土台になるはずだ。その枠の中に耐熱煉瓦を敷き詰めれば、おそらく床板を保護することは可能であろう。土台部分については、金属製の木ねじを使用しても問題ないと思われる。
 木枠は、どこかから廃材を貰ってくれば良いだろうけれど、もし手に入らなかったときには、ホームセンターでツーバイフォーの木材を求めれば安く済みそうだ。六フィート(約一八〇〇ミリメートル)の木材が、一八五円である。二、三本も買えば、十分足りそうだ。
 柱は、高さ三〇〇ミリを予定している。畳の厚さが四五ミリあるので、畳の上に出る部分は二五五ミリちょっとになる。畳にどっかりと座って使うにはちょうど良い高さではなかろうか。
 側面には、柱の高さから天板に使う板分だけ上に飛び出す形で手頃な板を打ち付ける。ここも、金属製のネジを使用して差し支えないだろう。柱にスリットを入れ、そこにはめ込む形であるならば分解が楽になるのだけれど、残念ながら私にはそこまでの腕は無いであろうから、却下した。
●天板は、蓋付きにする
 天板は板を二枚重ねて使用し、下の板よりも上の板の穴を大きくすることで蓋を閉められるようにする。そうすれば、火を使わないときには八八〇ミリ四方のテーブルとして使えるようになる。
 側面の板を柱よりも天板一枚分飛び出させるのは、天板の下板がちょうど収まるようにするため。その上にもう一枚、八八〇ミリ+側面の板分の大きさ四方に切った板を乗せれば、テーブル部分に余計な溝ができるのを防ぐことができる。
 ここまでくると、長火鉢兼簡易囲炉裏の外観はおおむね決まったことになる。

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長火鉢兼簡易囲炉裏:天板の設計案

 いちばん問題なのは、内部の構造をどうするかである。
●決め手に欠ける内部構造
 火を取り扱う物の設計である。灰を入れ、炭を燃やす内部の構造こそ、いちばん神経を注がなければならないのだけれど、面倒の多い部分でもある。
 真っ当に作るならば、銅板を手に入れ、内部にすっぽりと収まる箱に仕上げることだろう。コの字型に加工した銅板を組んで箱にし、溶接は機械がないので、セラミック粘土などで隙間を埋めれば灰も漏れないであろう。けれど、銅板となるとさすがに貰える可能性は低い。
 買うとしても、畳と同じくらいの大きさで千円ほどだから絶望的な価格ではない。ただ、これを加工する機械がないし、運搬も面倒である。ホームセンターで加工して貰えば運べる物になるけれど、工賃がかかる。できれば、安く済ませたい。

 他の物で代用できないかを考えているのだけれど、どうも決定打が出てこない。ステンレス製のバケツなら、安いし転用も可能であるけれど、一般に売られている一五リットルバケツでは小さい。既に持っている瀬戸火鉢を忍ばせるというのも考えたが、やはり小さいし、これはこれで書斎で使っている。燃えにくい板が手に入れば、その上で直接炭を燃やすわけでもないので内部を木にしてしまうことも選択肢として生まれるけれど、私は大工仕事が苦手である。内部構造に金属のネジや釘を使うと、それが熱を持って燃え出す可能性があるので、内部に木を使う場合は木を組む必要があるのだけれど、灰が漏れないように板を組むように仕上げる技術など持ち合わせていない。ここがいちばんの困りどころだ。
 安く、それでいて安全な内部構造。結局、これが決まらなければ実行に移せないのであった。

 その他の部分も、できれば新規に購入するのはネジと煉瓦くらいにしたい。どこかで、使われずに放置されている板でもあれば、程良く枯れた板が良い雰囲気を醸し出してくれるだろう。自分で買うとなるとせいぜいベニヤ板が限界だけれど、ベニヤ板では貧乏くさいだけだ。わざわざ手間と金をかけ、みるだけで苛立つ物を作るのでは話にならない。

 しばらくは、長火鉢兼簡易囲炉裏の内部に適した物を探しながらの生活になりそうだ。
●ぼーっとせずに過ごすための構想あれこれ
完成予想図  今月の特集は、長火鉢兼簡易囲炉裏を構想するところで終わる。
 このような類の構想は私の中にはいくつかあって、町中をぶらぶらするときも、なにか素材がないものだろうかと目を光らせながらのぶらぶらになっている。駐車場の隅で立ち枯れたセイタカアワダチソウ、町並みの美観を損ねる捨て看板、道ばたに捨てられた空き瓶。ちょっとした構想を頭の片隅に置いておくと、普段、風景として流してしまいそうなこれらのものたちが、「使えるよ!」と呼びかけてくれるのだ。
 枠に使う角材、側面に使える味わいある板、耐火煉瓦を買わずにすむ代案、そしてなんといっても内部構造に使えるアイデアや素材。そんなことを常に頭の片隅に住まわせながら歩いていれば、いずれ、思いもしなかった発想に出会えるかもしれない。なにもなくただ歩くだけと違って、ぷらぷらと移動すること自体が無駄な時間にならずに済むというのだから、毎日を面白く過ごせるのだ。
 今回の構想は、私の頭にある物の中でも大きな部類に入る。家に囲炉裏があれば、ちりちりと鯣を炙るその横で酒を燗できる。四畳半を憩いの空間にすることができるのだ。懐は一年中寒いけれど、寒いながらも安酒を買って家に帰れば心は潤う。いいなあ、囲炉裏。いいなあ、長火鉢。

 ちなみに、引っ越しをしてすぐに「井戸を掘りたい」と考えたこともあったが、あまりにも無謀であったために諦めた。

 連載記事

 嗚呼、高校三年間 第10回 ”箱根・湯河原弾丸ツアー”の巻の2

 シゲでございます。

 さて、今月は何を書くんだったっけか? と昔の奴を引っぱり出してきたところ、結核病棟シリーズの前にこの箱根・湯河原弾丸ツアーの前編だけ書いたのを思い出しました。やっと高校時代の話に戻るのであります。

 大観山ドライブインでの記念撮影後、予期せぬ出来事が!! というところからの続き。
 撮影後、問題児の門井、鈴木の両名が発進し、その後を追って僕と菱井も走り出しました。いつでも全力疾走の門井は、数秒後に発進した僕らにもその姿が見えないくらいに猛進していったらしく、一抹の不安がよぎったのでありますが、やっぱりというか当たり前というか、何事もなく卒業旅行を終えることなど不可能でした。
 3つ目のコーナーの入口で、「みたことのあるバイクが藪の中に倒れてるなあ」と思い、そのバイクの前で停車。門井と一緒に先発した鈴木君のバイクでした。とりあえず本人にケガはなく、菱井ちゃんと3人でバイクをレスキュー。幸い、バイクの破損は外装だけで済んでいたので、そのまま山を下ることにしました。
 そうです。このとき鈴木君のバイクを藪の中から引っぱり出したのは、事故った鈴木君本人と後発の私と菱井ちゃんの3人で、もちろん門井はその場にいなかったのであります。
 この旅行で一番の、いや日頃から天下一品の問題児である門井は、山を下ったところで「おっせぇなあ」という顔をしていました。後ろで転んだ鈴木君に全く気付きもせず、ひとり山を下っていたのです。行く末が心配でなりません。

 鈴木君のこともあり、どうしようかと思いながらも風呂だけは入ろうということで、観光会館のようなところで訪ねると、200円で入れるままねの湯という宿があることが判明。早速行ってみると、老舗のようなたたずまいと玄関までの30mの道がバイク1台と人ひとりがやっと通れる程度という狭さが穴場の雰囲気十分で、事実、地元の人たちが結構来ていました。外来は5時までということで、ちょうど5時を回ったところだったけれど、特別に入らせて頂けました。温泉でさっぱりと汗を洗い流し、今後の予定を相談。大事をとって、今日は帰ろうということになったのだけれど、時間はすでに午後6時。今にして思えば、ぜんぜん大事をとっていないのでした。

 日没後も走り続け、厚木市内のガストで夕食。セットメニューを選んだ門井は、おねーさんの「ドリンクバーですか、マグナムドライですか」という問いに対しては即答でした。どちらを選んだかは、もうおわかりだと思いますが、間髪入れずに答えてしまう門井君、頭悪すぎます。
 夕食後も走り続け、やっぱり門井がはぐれて菱井ちゃんがキレかかった以外は何事もなく、16号を走り抜けて家に着いたのは深夜2時でした。

 こうして、1泊2日の予定だった卒業旅行は、気がつけば無謀な弾丸ツアーとなっていました。門井君の暴走ぶりにもあきらめがつくようになった、いろんな意味で”無鉄砲”な1日でした。

 こうして、この連載もいよいよ佳境に近づいてまいりました。あと2〜3回、16歳の夏の思い出を書いて、終わることになるのであります。

つづく
シゲ

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 投稿記事

 

私の父は、我が家の洗濯係。
まず、風呂の残り湯があれば、それをバケツで洗濯機に運ぶ。
全自動なのだが、洗濯の途中すすぎのために出てくる汚水をポリバケツにためておく。
すすぎの水は1回目までは残り湯から入れる。
2回目からは雨水タンクにためておいた雨水を使う。
(このタンクは兄が小遣いにあげた2万円で1個5,000円のタンクをまるまる4個買ってきた)
そしてためておいた洗濯汚水は水洗トイレへ。
トイレの脇には汚水をためておいたポリバケツがあってトイレタンクになくなったらそこから継ぎ足す。(手動)
洗濯汚水なので流すと、糖尿のようにぶくぶく汚い泡が立って流れてゆく。
しかも父が用を足すときは流さないので、次に入る家族が犠牲になる。
私はその不潔感が許せないのだが、普通に洗濯したりトイレを流したりすると、父は鬼のように怒るので耐えている。
父曰く、体を動かし、資源を大切にするという思想らしいが、「貧乏」とか「清貧」とかではなく「貧困」を感じる。
流されていない父の尿をトイレで発見する度、こんな家、今年こそ嫁に行って出て行ってやるとこころに誓う。(泣)
ぼんこ

今まで色々自分なりに節約をしてきましたが今回は自動車を運転するときのガソリンの節約術についてお話します(そもそも貧乏で車を持っていること自体が矛盾してますが)。
急ブレーキや急発進はやめましょう。また空ふかしもガソリンの無駄です。
走っているときは信号に気をつけてください。100m先の信号が赤に変わったらもうアクセルを踏んではいけません。車の惰性だけで走りましよう。走行中はむやみにブレーキを踏んではいけません。せっかく惰性がついたのに無駄になってしまいます。相手の車にあたる寸前まで我慢しましょう。
このようなことを心がけて運転すればが燃費のあがるのは間違いありません。

ひも爺
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 貧者の知恵 「衣」と「食」によって「住」はカバーできる

ども!
小生北の極寒の地に生息する者であります。
この冬、一般の方には理解不能の金字塔?を打ち立てましたのでご報告をと思いメールをいたしました。

その金字塔とは…
「この冬、暖房費を0円ですごした」というものです。

例年暖房費が7000円/月×5ヶ月ほどかかっていたのですが勿体無いので如何にかできないかと考え、 とりあえず我慢できるところまでは…と思って実行に移してみたところ、暖冬の恩恵にも恵まれて当初の目的を完遂することができました。

以下が私の取った方法です

●衣 1.上半身はお古のスキーウエア+半纏をを常時着用 2.下半身はスエットとジャージの二枚重
3.くつしたは三枚重が基本
4.それでも足りない時には厚手の毛布で下半身をカバー
5.それでもダメな時はタイツを着用
6.リーサルウェポンは寝袋と布団

●食 1.炊事は自炊し換気扇の使用は厳禁
2.大好きな鍋系をカセットコンロで摂取することにより室温が2〜5度もアップ。
3.水は4リッターの焼酎の容器に汲み置きして日当たりのよい場所に放置
  外気温+20度が平均レベルで、室温+10度までは(外気温−20度)
4.乾麺の茹汁は別容器に移して暫く放置する

以上、古の十二単の実証と人間の適応能力の晴らしさを実感できた楽しい冬だったように思いますが如何でしょうか。

もしあなたに時間的・気分的に余裕があるのなら一度くらい体験しても良いかと思いますが…。

PS.今度の冬はフツーに過ごせる方に労力を使いたいと思っています。

それではまた!

えぎゅたむ

 私など、関東平野に住んでいるくせに、厚着では作業が出来ないからと灯油に頼ってしまう毎日でしたのに、北国で暖房費ゼロというのは凄いですね。
 換気せずに炊事をするというのは、気密性の高い集合住宅ならより効果があると思いますけれど、壁紙が剥がれたりする場合があるので真似をしてみようと言う方は注意が必要ですね。借家だと、暖房費以上の出費になる危険性があります。
会長
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 貧乏料理

冷凍餃子20個入り150円を買いました。
焼いて食べるのが普通ですが、たまたま4個ほど冷凍庫に残っていました。
ご飯も残っていたので思い付きでチャーハンを作ってみました。
  1. ご飯を炒める。
  2. 解凍した餃子を入れてつぶしながら炒める。
  3. 手持ちの調味料と、あればきざみ長ネギを入れて炒める。
気持ち悪そうですが、これがなかなか。
大衆中華料理や味の炒飯の完成でした。
一人分なら餃子1個でもいけます、多分。
エリー
面白いアイデアですね。
応用すれば、餃子1〜2個をばらしてお湯に溶かして即席ワンタン風スープになりそうです。
味が弱ければ醤油や塩を足し、胡麻油やラー油をたらせば香りも出ますね、多分。
会長
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 読者の声
 〜お聞かせください、あなたの声〜

かいちょおおお!!
残高、多過ぎですぅ〜!!48618円なんて、大富豪じゃないですか〜。
読者を腐らせちゃだめですってば。こう、あの、3200円とかじゃないと・・・。(^^;)
なんてね。(笑)
1990年が、賞味期限のなめこの缶詰を捨てようと開けたら、大丈夫そうだったので、(笑)なめこ丼にして食べました。おいしかった。
伊東家の食卓貧乏編

残高は、更新のタイミングで最高9万円くらいにはなります。
家賃を支払った今、残高は大きく減っております。残りも、間もなく消えて無くなるでしょう(笑)。

缶詰ってのは本当に丈夫なので助かります。この前も、90年代に賞味期限の切れたクラムチャウダーでスパゲティを食べましたが、満腹で心地よくなれました。
缶詰は偉大です。

会長
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 編集後記/次号のお知らせ

 編集後記
桜が満開になったとたんに雨が続いています。せっかく晴れたかと思えば、すでに散り時。寂しいものです。花粉だけは、雨が降ってもどこからともなく忍び寄ってきます。ピークを過ぎたのか、少しだけ楽にはなりましたが、今年は酷い目に遭ってます。まあ、とにもかくにも4月が目の前。多くの方が、これを読んでいるときにはすでに4月になっていることでしょう。新年度です。税金の季節です。私にも、住民税と軽自動車税が待っています。集めた税金を使う側の人々の混乱ぶりは、ますます加速しそうですね。(か)
 次号のお知らせ
耐乏Press Japan.月号(4月下旬発刊)
特集:未定 連載記事:シゲ君の嗚呼、高校三年間(11) 投稿記事:皆様からの投稿をお待ちしております
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耐乏Press 耐乏Press Japan. 2002年3月号 発行:全日本貧乏協議会(taku3@jh.net) 発行部数:16714 冊
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