耐乏PressJapan.
Feb.
2002
---
 2002年2月号目次

特集
真偽 〜ごまめの歯軋り決定版〜


 連載記事

  これ、もらいました(感涙)(7)
  シゲ君の嗚呼、高校三年間(9)


 投稿記事

  貧評会
  貧者の知恵
  貧乏料理
  読者の声
---
  編集後記/次号のお知らせ


 特集

真偽
ごまめの歯軋り決定版 ---
なにを書こうと、所詮は貧乏人の戯言。だったら盛大に書こうじゃないの。三月恐慌説なんて笑い飛ばしてやろうじゃないの。普段着のノリをそのままどうぞ。
特集タイトル写真
 どうやら、世の中は大変らしい。

 不景気なのは苦しいことなのかもしれない。けれど、貧乏暮らしをしていると、どうもそれらの不景気やら不況やらという事実も関係なく思えてくるのだ。経済の混乱というやつは、蚊帳の外の話に思える。そもそも、経済というのはなんなのか。傾国債民などと冗談めかしている私だけれど、これは経国済民やら経世済民の略である。大学の経済学部なんてのを卒業した奴に「経済ってなに」と質問すると、哀れに思えるほど説明が長い。余りにも長いので、最初の方で何を言っていたかとか、そもそも自分がどんな質問をしたのか忘れてしまうほどに長い。それは、説明に中身がないことも意味しているのだ。まあ、世の中のことなどはどうでもよく、貧乏人にとって経済とは喰うことに他ならない。そう考えると、少なくとも私の経済はそれほどの打撃は受けておらず、去年の稲刈りで得た一俵半の米も安心できるだけの残りがある。家賃や光熱費を支払える程度のアルバイトもあるし、納豆も買える。最低限には喰えており、困ることと言えば車の調子が悪いことくらいだが、暖かくなってきたので自転車もさほど苦にならないし、隣町まで車で行かなければならないフィルムの買い出しも、ライトをつけずに済む昼間であれば、なんとか一回の充電でこなすことができる。オルタネータが不調な車でも、なんとか過ごせている。平成十一年度の税金を月々三千円の分割で支払っている以外は、さして金銭的な苦労は無い。好きなときに好きなだけ酒を呑む、というようなことはできないけれど、それでも毎晩、ちまちまと呑めるくらいの酒はあるし、煙草もある。いまのところ、ゴールデンバット以上の煙草を望む気持はない。世の中にはゴールデンバットよりも高い煙草しか存在しないが、ゴールデンバットよりも旨く感じられる煙草は無い。余計な味が多すぎるのだ。ゴールデンバットを煙管で吸いながら、深夜ラジオをぼんやりと聴く。流れてくるニュースは、暗い。これからも倒産が増えるのだろうか。企業の倒産が、貧乏人になんらかの影響を及ぼすのだろうか。そんなことは無いと考えている。スーパーが潰れても、他のスーパーがある。銀行や証券会社が潰れても、べつにさしたる影響もない。アルバイト先が潰れれば、他のアルバイトを探せばよい。最悪の場合でも、月に6万円あれば、インターネット環境を捨てるだけで十分に暮らせるし、もっと切りつめることもできる。その場合、このページも無くなることになるけれど、ウェブサイトなんて物は数だけで言えば星の数ほどある。このページが消えれば、どこかの誰かが、似たようなことを始めるだけだ。ただ、そんな最悪の場合など、そうそう訪れそうにもない。一件のスーパーが潰れれば、そこを利用していた客は他のスーパーに流れるだけだ。地元商店街が潤うかもしれない。銀行が潰れても、私の僅かな預金では、騒ぎ立てるような事態にはならない。大きな流れで見れば、銀行や証券会社が潰れることで、少なからず私の生活にも影響はあるのだろうけれど、あまりにも遠く、あまりにも小さい。企業の倒産よりも、躾されずに育った親が多すぎてペットのような子供が増えていることのほうがよっぽど気分が悪い。ペットの方がよほど躾られているかもしれない。そんなことまで不況のせいだと言うのなら、あまりにも安っぽい国である。金がなければ何もできない馬鹿ばかりの国。救いようがない。金がない、金がない。そんなものは、生活が無駄に肥大化した結果である。金がないと言いながら忙しなく携帯電話を操作する高校生なんて不気味な生き物の存在自体が、この国の不味さを表している。金があればお洒落ができるという安易な発想は、ブランド物のバッグを買うことに直結している。大金でブランドを手に入れることにより、馬鹿をさらけ出すだけということに気がつけない。なぜ気がつけないのか。大人が馬鹿だからだ。
 今年は春が早いように感じる。野外での活動も苦にならなくなってきたので、庭に積んだままになっていた雑草の山を一時間ほどかけて燃やした。今は、ダイオキシンがどうのとうるさくて、庭でゴミを燃やすことすら規制されてしまう。けれど、昔はゴミを燃やしてエネルギーとして再利用していたのだし、屑拾いが居たくらいだ。自然の物を燃やすことでどんな害が出るというのか。プラスチックやら塩化ビニルやら、不自然なものが多すぎるのが悪いのだ。自然素材すら家庭内でリサイクルせずに捨ててしまうのがいけないのだ。ゴミを出すと金がかかる。地方自治体によって様々であるけれど、我が町は指定ゴミ袋が一枚五十円である。四十五リットルのゴミを処分するのに五十円も盗られてしまうのだからたまらない。ダイオキシンのでないクリーンな焼却場でゴミを燃やすために、これほど金がかかるのだ。粉石鹸なんてものは、今では使っている家庭など少ないであろう。かつて、粉石鹸は環境に悪いと言われていた。確かに、粉石鹸を使用したときの化学的酸素要求量や生物科学的酸素要求量は数値が高いのだけれど、石鹸は生分解生が良く、逆に合成洗剤は微生物に悪影響を与えるため、下水処理場の処理能力を大きく損なわせる。無洗米なんてものが環境に優しいなどという大言で売り出されているが、米のとぎ汁は本当に環境に悪かったのだろうか。無洗米工場は環境に優しいのだろうか。貧乏人が庭でゴミを燃やすことが、どれほど環境に影響を与えるのだろうか。原子力発電が必要なのは、意味もなく電気を喰らう物が多すぎるからだ。どれだけ多くの家庭で節電をすれば、大型スーパーの悪趣味なライトアップに使われる電力分をカバーできるのだろうか。環境問題という言葉を目にしたり耳にしたりするたびに、笑いたくなる。
 あまりにも偽物が多すぎる。外見は本物そっくりだから、それが本物だと思いこんで疑わない。そんな世の中が、シールの千社札なんて馬鹿なものを生み出す。シールにプリントされた千社札は、剥がれたら終わり。墨が残るわけではないので意味がない。時間軸を無視した見てくれだけの存在。偽物として、持ち物に貼って歩く程度なら文句も言えないが、そんな紛い物を疑いもせず本当に神社に貼ってしまうのは勘弁してほしい。意味がない上に金の無駄であるし、美観を損ねるだけだ。では、本物とはなんなのだろう。温度計付きのスモーカーは本物で、一斗缶の蓋を切って作ったスモーカーは偽物だろうか。一斗缶であろうが段ボールだろうが、スモークできれば良いのだ。この場合、一斗缶は本物の一斗缶である。では、百円ショップの竹の笊はどうだろう。おそらく、ほとんどが中国で作られたもので、船便で日本に届くものだ。竹という自然の素材ではあるが、自然物ゆえに虫がわく。どんな薬が使われているかわかったものではない。実際、百円ショップで売られている竹製品は、小物入れやマットとして売られており、野菜の水切りや干物を干すといった用途については触れられていない。いくら竹で作られた笊であっても、これでは本物とは言えない。百円ショップにも、有用な品はいくつか存在する。けれど、そんな僅かな商品のためにあれを肯定する気にはなれない。偽物の山であることに変わりはなく、あんなものを喜んで利用する人間が増えていることは信じがたい。枯れたセイタカアワダチソウでも刈ってきて、自分で編んだ方がましだ。本物の、セイタカアワダチソウで編んだ籠。
 多くの時間を仕事に費やし、稼いだ金で偽物ばかり手に入れるような生活をしていたら、金が足りないのは当たり前だし、ゴミだって大量に出る。一升瓶すら、消えようとしている。各家庭に一升瓶が何本かあれば、量り売りで醤油や酒を買ってくればゴミにならずに済む。日本は、そういう生活を捨てたのだ。逆に、ブームに乗ってワインが大量に輸入されている。輸入された瓶は、そのまま洗って再利用することができない。瓶だけ送り返すのでは馬鹿馬鹿しい。砕いてリサイクルするにも限界があるから、ワインの瓶は山になって放置される。再利用できていた一升瓶は需要がなくなってゴミに変わり、ワインという異国の酒を大量に輸入して再利用できないゴミを増加させる。豆腐はパックに入っているのが当たり前で、野菜は洗われてラップやビニル袋に入れられているのが当たり前だ。泥付き野菜を買ってきて、その泥を丁寧に落とし保管して、貯まったらその泥を家庭菜園に利用するなんてことは絶滅したかもしれない。野菜についているのはもちろん畑の土であるから、非常に優良な土である。農家は、多少野菜が盗まれても仕方がないと考えるらしい。けれど、もし畑の土を盗まれたとしたら、怒り狂うことだろう。畑の土には、莫大なコストがかかっているのだ。野菜に泥が付いてくるというのはなんともお得なことなのだけれど、スーパーでは泥付き野菜などにはお目にかかれない。もし、売られている野菜に泥が残っていたりしたら、苦情が寄せられるのかもしれない。キノコ類は洗ってしまうと風味が失われるから、汚れが気になるならば丁寧に拭き取らなければならないのだけれど、どうも世の人々は椎茸をじゃぶじゃぶと洗うようだ。そればかりか、じくを捨ててしまう。松茸のじくは喰っても椎茸のそれは捨ててしまう。人参の葉を天ぷらにするととても旨いのだけれど、葉の付いた人参というのはなかなか見かけない。しかたがないので、切り取ったヘタを栽培して葉を生やしてみるが、天ぷらにできるほどには育たず、せいぜい薬味に使う程度で終わる。人参も大根も、鮮度を保つために真っ先に葉が切り取られてしまう。そのくせ、泥はきれいに洗い流されてしまう。泥付きの方が、鮮度を保つことができるのに、泥は落とされる。十分に喰える、葉の部分は鮮度を保つために切られてしまう。これを矛盾と言わずになにが矛盾だろうか。
 多くの人々が矛盾だと感じないからこそ、成り立っていた。それが、崩壊しようとしているだけだ。貧乏人が何を言おうとごまめの歯軋りでしかないが、だからこそ、貧乏人は不況などとは無縁でいられるのだろう。もし、洗濯機が壊れたら、新しく買おうとは思わない。捨てるのにリサイクル料を払わされるのは癪に障るけれど、部品として解体してしまったならば、それは洗濯機なのだろうか。私は見たことがある。巨大な冷蔵庫をパワーショベルが潰している現場を。リサイクルという言葉自体が、偽物になりつつあるのではなかろうか。それを押し進めているのは、行政ではなかろうか。本当にリサイクルがしたければ、電化製品を規制する前にやるべきことがある。あれをリサイクル法と呼ぶこと自体、リサイクルという言葉を偽物にしてしまっているのだ。この国から本物が消える前に、偽物を氾濫させた経済が破綻してくれるのなら、逆に喜ぶべき事だ。勢い余って国が破綻してしまったならば、それは仕方がないと言うものだ。


 連載記事

 これ、もらいました(感涙)
 記憶その7 1月・2月の貰い物


貰い物 読者のW様より、酒と乾物などを頂きました。なにしろ酒が嬉しかったのですけれど、ちょうど肋骨にヒビを入れて難儀していたとき、カルシウム豊富な乾物をたくさん贈ってくださったお心遣いに感謝いたします。美味しくいただいております。石鹸も重宝します。ありがとうございました。
---
貰い物 読者のK様より、インスタントコーヒーとチョコレートなどを頂きました。夜なべ作業の連続でしたので、なにより重宝いたしました。コーヒーで失われた鉄分を補給できるチョコレートも、一気に食べてしまいました。ありがとうございました。
---
貰い物 読者の、と申しますか某WebサイトのT様より、生チョコその他を頂きました。その他がメインだったのですけれど、ついでにチョコレートまで。むはむはと食べてしまいました。これで各種細菌に感染した際にも安心できます。ありがとうございました。
---
このコーナーは、皆様からいただきものを頂戴したときだけの不定期連載です。いや、その、定期連載にできればこれほど嬉しいことはありませんので、お気軽にお問い合わせください。いやあ、なんだか図々しいですけれど、まあ、その。
---
 嗚呼、高校三年間 第9回 ”結核病棟24時”の巻の3

 どうも〜シゲです。

 この連載も気がつけば9回目ということで、あの忌々しい新・貧乏物語と肩を並べるまでになりました。まだまだ続く予定なので、来月号が本当に出るのであれば確実に抜きます。

 というわけで、結核病棟24時もいよいよ最終回であります。

 入院生活にも慣れた5月に大部屋へ引っ越し、僕の入院生活もにぎわいました。そんな大部屋の人々はみんな、個性的なのでありました。

○たった5分で……

 引っ越し当時、大部屋にいたのはじいさんふたりと、インドネシア人ひとりでした。じいさんのうちひとりは終戦のときシベリアに連れていかれて、片方の足をなくした人で、もうひとりは、竹籤を編んで籠を作るのが趣味の人でした。シベリアじいさんはおしゃべりな人で、すぐに仲良くなりました。数日後、違う部屋のじいさんがなにやら騒いでいて、食堂にいってご飯を食べていたシベリアじいさんに「どーしたんでー?」と聞くと、「飯が来るのが5分遅れたって怒ってんだ」……。
 食べるくらいしか楽しみがないとはいえ、どーしよーもありません。

○趣味のエンジン磨き

 門井くんが見舞いに来たときのことです。2、3日前に冗談で「ひまだからエンジン持ってくればポート研磨してやっど」と言ったところ、こいつ、本当に持ってきやがったのであります。毛布にくるまれ、鞄に入れられたそれは、まさしくエンジン。目を疑う暇もありません。言ったからには磨かなければなりませんが、さすがに室内でやるわけにもいきません。屋上でエンジンを磨く毎日が過ぎ、オヤジには頭にタオルを巻いてエンジンを抱えながら移動する姿を外から目撃されてしまいましたが、ピカピカに仕上げてあげました。
 でもそのエンジン、まだ組んでません。いつになったら出来上がるんだろう。なあ、門井くん。

○結核外人

 最近、異人さんをよく見かけるようになりましたが、結核に国境なしというわけで、僕の入院中もブラジル人ひとりとインドネシア人ふたりが入院していました。後者の内ひとりは同じ病室だったのでありますが、彼は病院食、と言うより、和食が苦手らしく、よく残してはカップヌードルの海味を夜10時頃に食べていました。しばらくして彼は風邪を引いたのですが、吐きまくっていたので、夜食の食べ過ぎで胃が壊れたはないかと思ったくらいです。もうひとりのインドネシア人は、僕のオヤジが聞いたところによると、入院前は僕の家の近所で白菜を作っていたらしいのです。彼は日本食はなんでも好きで、特に漬け物が好物。国に帰って白菜を作るのが夢らしいです。
 僕は、彼らよりも先に退院してしまいましたが、今頃、どうしているんでしょう。

○食べ合わせにご注意!

 それは、とある日の朝でした。起床の放送で目を覚まし、特にすることはないけれど今日も一日がんばるぞと朝御飯を取りに行くと、そこにはとんでもない事実が! 僕は数日前、朝食はパンとご飯のどちらが良いかという質問にパンと答えたので、きちんとパンが用意されていました。おかずは……ひじきの煮物でした。ひじきでパンを食えと? お前はひじきでパンが食えるのかと問いたくなる気持でした。幸い、マーガリンがあったのでパンはそれで食べられましたが、ひじきとは別々に食べたことは言うまでもありません。栄養価を考えてこうなったのでしょうけれど、栄養価以外は考えてないようです。ひじきでパンは食えないよ。

○気分はアウトロー!?

 シベリアじいさんが退院して間もなく、二十歳の青年が入ってきました。彼は沖縄の大きなホテルで働いていて、結核とわかり地元に帰ってきたということでした。とあるのどかな昼下がり、唐突に青年の散髪が始まりました。じつは、最初の標的は別室の早稲田大学生だったらしいのですが、沖縄青年が志願したために攻撃目標が変更されたのです。攻撃……はさみを握るのは看護婦さんです。散髪が始まると、「どうせ外出できないし、面倒くさいからモヒカンでいいや」と無謀なことを言い出した沖縄青年。どうして面倒だとモヒカンなのか理解不能ですが、看護婦の目は輝きを増し、はさみはバリカンに変わり、1時間後には立派なモヒカンになっていました。看護婦の笑い声より、記念写真を撮っていた彼の母親のほうが印象的な出来事でありました。

○嵐の七夕

 7月に入り、看護婦さんたちが七夕の会を開いてくれました。屋上に患者を集めて、いざ、というときになって雲行きが怪しくなり、15分も経つと見事に嵐に。刺激物は控えるようにと言う注意に対して「ワンカップは大丈夫け?」などと人の話をまるで聞かない人たちですから、日頃の行いは最悪。当たり前の結果かもしれません。スイカ割りのために結構な数が用意されたスイカは切り分けて配られましたが、老人率の高い病棟ですから消費が進まず、3分の1は廃棄処分になりました。生ものだから仕方がありませんし、勿体ないと思ったって僕ひとりでは食い切れません。
 嵐の七夕から数日後、検査結果が良好と言うことで、いきなり退院に。いきなり結核と言われての隔離病棟暮らしは、いきなり幕を閉じることになりました。

 7月半ばに退院する数日前、外泊の許可が出て一時的にシャバの空気を吸ったとき、迎えに来た友人には「出所してきたみたい」と言われました。他の人々の反応も、たいていはこのパターン。それよりも、陽ざしがすっかり夏になっていたのがショックなのでした。人生2度目の浦島太郎状態でありました。

結核病棟24時 完
でもこの連載はつづく

---
 投稿記事

 

夜、仕事から帰ってカップヌードルにお湯をいれたまま疲れたので寝てしまい、朝になってのびのびになったのをたべた。
これが大変おいしかった!
あきくん

私のかつての住まい・・・
家賃3万円
6畳間2つとキッチン&バス・トイレ
バス・トイレはユニットではなくタイルばりで窓付き。
冬は窓を開けて雪見が出来ました。
トイレは便座が真っ二つに割れており、座るとウニョーンと開いてしまい座れない。したがって中腰。(私は女なので苦労した)
雨漏り3ヶ所以上。洗面器やバケツを駆使して仕事へ出かける。
風呂のガス釜が不完全燃焼のまま気づかずに、半年以上使用し、気づいて修理したときにはガスやに言われた・・・・。
「おじさんだったらこんなのおそろしくて使えないよ〜」
バスタブは床が平らじゃないため、足が安定しておらず、普通に入ると傾くのでいつもバランスを取りながら入浴。
北海道なのに、なぜか巨大ゴキブリが出現!ショックで翌日は会社欠勤しました。
玄関の外は常にねこのおしっこの匂いが。
3年住みました。
おもしろかった。

エリー

4年前に一戸建てを買い、多額の住宅ローンを抱えています。
一方、給料は下がり、ローン貧乏です。(-_-)
我が家の貧乏生活は、銭湯です。
家で沸かすのは、ガス代と水道代がかかるので、週二回銭湯へ通ってます。
垢を思いっきり洗い流し、リフレッシュしています

浜っ子
---
 貧者の知恵 少ない予算で酔っ払うには、あらかじめ見つけておいた酒の自動販売機に全速力でダッシュしてワンカップを買い、一気に飲み、ここが大事なのですが、また全速力で自宅に戻る。
きいて、きいて目が回ります。
あきくん
もし、部屋を暖めなくてはならないようなペットを飼っていたりするなら、ストーブをつけなくてはなりませんが、一人暮しで、自分の体さえ温まればいいのなら、ストーブはつけなくても大丈夫ですよ。
500mlのペットボトルを2本用意。
そして、そのペットボトル2本を入れて背中に背負えるような、軽い小さな布袋を作る。(紐は長くして、腰のあたりに袋がくるようにする。)
お湯を沸かして、ペットボトルに入れて口を閉め、袋に入れて背負い、ついでにその上から、上着をはおる。これで2時間は、あったかー。
カッコ悪いので人にはこの姿は見せたくない…でも灯油を節約できる!
伊東家の食卓貧乏編
---
 貧乏料理

上にやかんを、置くタイプの石油ストーブで、
おいしい焼き芋が、つくれます。
まず、ぬれた新聞紙で、芋を包み、
さらに、アルミホイルで、包みます。
それを、ストーブのうえにのせ、1時間くらいすれば、できあがります。
(途中1回くらいひっくり返してください。)

じゃがいもでもできるかもしれませんね。

ぽすとはうす
---
 読者の声
 〜お聞かせください、あなたの声〜

はじめまして。貧乏で検索してここにたどり着きました。
突然ですが、真空パックとかレトルトの食品って賞味期限から一年くらいたってても平気だったりします。
あと缶詰なんかは2,3年は大丈夫でした。
僕は今、日雇いの土木でその日暮らしをしています。家は家賃1万4千円!!地方都市なので家賃安くてたすかります。

テレビも持ってません。音楽も半分壊れたポータブルCDプレーヤーで聴いてます。

そのぼろアパートで唯一輝いているのが、サラリーマン時代に大ローンの末購入したこのパソコンです。
当初は、プリンタやデジカメ、モバイルノートなので、外付けCDドライブなどがあったのですが、サラリーマンをやめてローンが組めなくなったとたん次々と逝ってしまい、今では本体と外付けフロッピーのみとなってしまいました。
デジカメないので、写真おくれないのが残念です。
もし、まかり間違ってデジカメが手に入った暁には、ぼくのわびさび部屋の画像送ります。

こんな僕はまだまだ甘いでしょうか?
これからも楽しみに読ませていただきます。

インザーギ
---
 編集後記/次号のお知らせ

 編集後記
いやはや、1月号をお休みさせていただいたばかりか、2月号の発刊が3月という大失態。貧乏日記の更新すら疎かになってしまっていて申し訳ありません。1月号を捨ててまで挑んだものがありまして。たとえ残らなくても、密度の濃い時間を過ごせましたから、確実にパワーアップはしております。3月号の内容はまったく未定ですけれど、できれば3月下旬には発刊できるようにしたいところです。最大の敵は、なんといっても花粉症。暖かくなってきたし、窓を開けると気持がよいのに、それをやってしまうと一晩中苦しむ結果になってしまいます。苦しい。植えすぎたんですよ、杉。そんなこんなで、本年もよろしくお願い申し上げます。(か)
 次号のお知らせ
耐乏Press Japan.月号(3月下旬発刊)
特集:未定 連載記事:シゲ君の嗚呼、高校三年間(10) 投稿記事:皆様からの投稿をお待ちしております
---
 トップページに戻る
---
耐乏Press 耐乏Press Japan. 2002年2月号 発行:全日本貧乏協議会(taku3@jh.net) 発行部数:14734 冊
COPYRIGHT (c) 2002 Takuya Kawakami. ALL RIGHTS RESERVED.