貧乏と酒
貧乏には、酒がよく似合います。
ましてや、こんな不景気な世の中では余計に似合ってしまうのです。失業率が5%を超えちゃいましたけれど、なんら対策のないまま年末を迎えようとしているという状況を肴に、ちびちびと家で呑む酒なんてやつは、これ最高です。
貧乏人があれやこれやと心配したところで、世の中なんて変わりゃしません。あーあ、大変だなあとつぶやきながら、しみしみと酒を呑む。良いですなあ。
いやその、なんだかんだと理由を付けて、ただ単に酒が呑みたいだけだと言われればそれまでなのでありますけれど、でも、サラリーマンだっておいそれと居酒屋に立ち寄れないくらいに寒い世の中ですから、こうなると、晩酌なんて言葉が、グッと来るではありませんか。
来年あたりは主婦向け雑誌でも晩酌についての特集とかが組まれちゃうと思うんですよ。不景気なわけだし、そうなると夫もまっすぐ帰ってくる。ヘタをすると、失業しちゃって一日中家でごろごろかもしれません。そんな状況で夫婦円満を築くには、なんてったって晩酌なのです。
貧乏人としては、ここで流行の最先端ってやつをまねてみて、うーむ、晩酌というのはなんともあれだね、などと、風呂上がりの一杯を楽しみたいところではありませんか。
酒なんてものは、貰い物があれば言うことはありません。純米酒なんかを貰った日には、いそいそと鰯なんぞを買ってしまって七輪様の出動になるのですけれど、家に一滴の酒もないときだってあります。そんなときは、やっぱり自分で買うしかない。酒屋は儲かるし、税金も納めてしまうのですから、これはもう立派な経済活動なのです。貧乏人だって、ときには胸を張って酒を呑んでしまうのです。
昔から、国民の酒と言えば焼酎ですけれど、やはり21世紀型の晩酌としては、洋酒が似合いそうな気分です。そう、ウイスキーなのです。昔は高嶺の花だったウイスキーも、サッチャーさんのおかげで今では安くなりました。だったらウイスキーなんぞをちびりとやりながら、旨い肴をちょびちょびとつまみたい気分なのです。
安いウイスキーと言えば、トリス。
トリスは、安いのが取り柄です。
トリスなら、ポケット瓶が260円ほどで手にはいるのです。明らかに安普請なプラスチック製ショットグラスにも、なんだかグッと来てしまいます。たとえ手ぶら状態であっても、遠足気分でストレートをちびちびと呑めてしまうのです。小銭をかき集めて酒屋へと走れば、チープな酔いを堪能できるのです。ポケット瓶180ミリリットルを一晩で呑み干せば、酒には多少自信のある人でも不意に二日酔いに見舞われるという、嬉しすぎるほど安上がりなウイスキーです。
今月の特集は、このトリスを楽しむ方法について、あれやこれやとやってみるのです。
トリスで晩酌の基本形
まあ、安酒なわけです。
だからといって肴を疎かにしてしまっては、晩酌という厳かな響きに申し訳が立ちませんから、肴には財布の許す範囲でこだわりを見せたいところです。
基本としては、塩辛、めざし、佃煮の三品があれば、晩酌としての体裁は整うと思われます。
塩辛は、刺身用のイカが安い時期に買ってきて自分で作るのが安くて旨いわけです。
作り方は簡単ですから、不精者の男でも、ちょっとのやる気で市販の塩辛なんか不味くて喰えないと言い放てるくらいのものがつくれます。
イカを裁いて、身と足は適度に切る。それを内臓、酒、塩で和えて瓶に詰め、冷蔵庫に入れておけば良いだけです。
塩が馴染むまでは一日一回はかき混ぜる必要がありますが、3日も経てば、ほったらかしでも大丈夫。早めに食べてしまうのであれば、塩はそれほど入れずに済みますけれど、長い間楽しむのであれば、塩はきつめに。
大きめの皿に、これら三品を少しずつ並べると、それだけで、なんだか贅沢な晩酌を味わえるのです。
寒さに勝つためのトリス
寒い冬、トリスで晩酌となれば、なんといってもお湯割り。
肴は、鍋が似合うでしょう。
アツアツの鍋をはふはふ言いながら喰うというのは、冬の醍醐味です。冬なんて、寒いし灯油は必要だしペンを持つ手は震えるしで、散々な季節なわけですけれど、湯気の立ち上る鍋をつっつくという贅沢を味わえる唯一の季節でもあるわけです。
アサリ鍋に、トリスのお湯割り。
考えただけでも、頭の中にはふたつの湯気がゆらゆらと。
お湯割りにすれば、トリスの味も誤魔化せるのですから、一石二鳥なわけです。
ここで、さらにおすすめなのがカラメル。
水と砂糖をフライパンで加熱し、色が変わり始めたらすぐに火を止めます。あまり煮詰めてしまうと常温でもかちかちになってしまうので要注意。このカラメルを、グラスにひとさじ、そこにトリスとお湯を注ぎ、軽く攪拌。
カラメルの甘さが、意外にもトリスの香りを引き立ててくれるのです。
鍋のほうは、砂を吐かせたアサリをさっと茹で、殻を取ります。これを、先ほどの煮汁に戻し、あり合わせの野菜を投入して出来上がり。冬の鍋にはポン酢が似合います。
アサリの出汁が十分にきいていて旨いので、鍋自体に味付けをするなら塩を少々でよろしいでしょう。溶き卵をふわふわと浮かべるのもおつです。
晩酌を堪能した後は、残った汁での雑炊が格別です。
春は草とトリス
寒さの冬が終われば、喰える草の季節。
春のトリスは、水割りでしょう。
セリのおひたしに鰹節をはらはらと乗せて喰うなんてのは最高の肴ですけれど、都会の貧乏人にはセリなんて高級品。そこで、おそらく日本全国津々浦々、どこにでも生えてくる草をおひたしにして、トリスの水割りを楽しんでみましょう。
春、トリスの水割りには、タンポポのおひたし。
多少クセのあるタンポポの葉っぱは、トリスとの相性も抜群です。
近所に自然の残っている地域にお住まいの貧乏人には、コゴミがおすすめです。
噴きだす汗にはハイボール
夏といえばビールか、せめて発泡酒となるのが普通ですけれど、夏だってトリスは楽しめます。
夏は、ちょっと贅沢にハイボールと冷や奴なんてのが最高です。
トリスを炭酸水で割り、冬の間に干しておいた蜜柑の皮を浮かべれば、これはもうお客様に出しても恥ずかしくないハイボールに仕上がります。
冷や奴にハイボール。開け放った窓からスウッと夏の夜風が入り込み、風鈴が涼しげに鳴る。
晩酌の前には、ぜひとも風呂に入っておきたいところです。
夏バテしていて食欲のない場合には、冷や奴にニンニクとショウガの擦ったやつを乗せて、醤油の他にゴマ油をたらり。そいつを肴にハイボールというのは、涼を楽しむのに最適です。
トリスみたいなお酒は苦手という女性に限っては、ハイボールに砂糖を入れることが許されます。貧乏人の宴会に招かれたなら、懐にそっと、角砂糖を忍ばせていきましょう。
虫の音を聞きながらのオンザロック
秋と言えば、味覚の秋と言うくらいですから、肴も豊富に出そろいます。
ここはちょいと奮発して、シイタケを仕入れてきましょう。
原木を手に入れて育てるのも一興です。
シイタケの石づきをむしり取ったら、これと野菜クズをみじん切りにして油で炒めます。味噌と醤油で味を付けたら、これをどんこに詰め、酒をたらします。
こいつを、出来るなら炭火でジワジワとあぶって喰うのがよろしいわけですが、なければガスコンロ+焼き網でも構いません。弱火で、焦げないようにじっくりとあぶりましょう。
詰め物がじくじくと言ってきたら出来上がり。裏返しては駄目です。
秋の味覚、シイタケを肴にオンザロック。
氷の音色が、虫の音と解け合う秋の夜長の晩酌。
生きているって、酒が呑めるって、素晴らしいなあ。
懐かしのトリスバーを家で再現
昭和30年代、トリスを呑ませる店が大流行しました。トリスバーです。
トリスバーにはサラリーマンや大学生が足を運び、お洒落な雰囲気の中でハイボールを呑みながら話に花を咲かせていたのです。
そんな雰囲気を味わいたいなら、つまみはバターピーナッツ。
フライパンにバターを少量溶かし、強火でピーナッツを炒めます。ピーナッツがしんなりしてきたら塩を適量ふり、紙の上にあけて冷ます。これだけで、市販のバタピーよりはぜんぜん旨いものが出来上がります。
書斎での作業には、ハイボールとバタピーというのが似合いです。
スタンドで光る裸電球の弱い光。この薄暗さが、バーの雰囲気に似ているような気もします。
ただし、目の前には真っ白な原稿用紙。
ああ、今夜も作業は滞り気味。
貧乏に乾杯
というわけで、今月の特集はトリスを取り上げてみました。
実際の所、他のウイスキーに比べるとトリスなんてのは安いだけが取り柄なのですけれど、酔っぱらってしまえば何を呑もうが関係なくなってくるわけですし、大切なのは雰囲気作りなのです。
これだけの晩酌メニューであれば、不意の来客にも対応できます。
塩辛もめざしも佃煮も、保存が利きます。寄せ鍋なんて、余り物冷凍物をぶち込むだけだし、タンポポなんて庭に生えているし、豆腐というのは、温度管理さえしっかりしていれば一ヶ月は余裕で保存できるし、シイタケは、原木を風呂場に吊しておけば食い放題。バターピーナッツなんて、すぐに作れます。バターは、5グラムくらいずつに切った物を冷凍しておけば良いのです。
長期保存の出来る肴と安い酒があれば、いつでも気軽に晩酌を楽しめる。
貧乏人だって、知恵ひとつで贅沢を味わえるのです。
晩酌を楽しんだあとは、しっかりと御飯を喰うのも忘れないようにしましょう。
貧乏人には酒がよく似合いますけれど、栄養不足になりがちな食生活の人間が深酒をすると、しんどいことになります。晩酌は、食前酒の拡張版としてほろ酔いを楽しむのがお洒落なのです。
今回ご紹介した晩酌の肴は、バターピーナッツ以外は御飯のおかずにもなるというのが、最大のポイントなのです。
一石二鳥の晩酌。酒を友とし、貧乏を楽しく過ごしましょう。