子供とプラモデルと牛丼
僕のアルバイト先はスーパーに入っているファーストフード店で、業界最大手ではないけれど、それなりに知名度は高いハンバーガーチェーン店です。だけれど、僕はハンバーガーを作ったことは一度もなく、ハンバーガーショップの制服を着て、ラーメンやたこ焼き、うどんや焼きそば、それにカレーライスなんかを扱っています。
詳しく説明するにはスペースが足りないので割愛しますが、まあとにかくスーパー内の店なので、訪れる客は買い物客ということがほとんど。主婦単体、主婦複数、主婦と子供、夫婦もしくは家族、などという客層が多いのですけれど、このほかによくある組み合わせとしては、おじいちゃんもしくはおばあちゃんとその孫、というのがあります。
その日も、おばあちゃんに連れられた小学校低学年くらいであろう男の子が、買ってもらったばかりのプラモデルを手にしてやってきました。男の子は、おばあちゃんに買ってもらったらしいプラモデルにすっかりと気を持って行かれています。こういうのも、よくある光景です。
自分の子供はすでに孫をこしらえるくらいに大きくなって、嫁にはなにかと邪魔者扱いされたりするし、自分の息子には「まあまあ、悪気があるわけじゃあないんだから」などとなだめられたりはするものの結局はなんの問題解決にはならず、したがって可愛いのは孫だけ、などというのは主婦向け週刊誌の見出しから受けるステレオタイプなおばあちゃん像なのであって、実際にはみんなで仲良く暮らしていると信じたいところです。それはさておいたとしても、やはりおばあちゃんにとって孫というのは可愛いらしく、おばあちゃんに連れられている孫というのは、けっこうな確率で手には買ってもらったばかりのおもちゃが握られていたりするのです。
確かその日も、そういったおばあちゃんと孫の組み合わせで店に食事にやってきました。
「ほら、何がいい」
おばあちゃんが、店のメニューを指さしながら男の子に聞くのですが、男の子にとっては、今は食べ物なんてどうでもよく、今すぐにでもプラモデルを作りたいといった感じで、すでに箱を開けていました。
「作るのは食べてから」「ほら、牛丼もあるよ。牛丼にするか」というおばあちゃんのちょっと急がせ気味の問。男の子は上の空で、うん、と言ったか言わないかという微妙な仕草です。
おばあちゃんが、いそいそと牛丼を注文。ファーストフードであるからには、こちらは「ご一緒にドリンクはいかがですか」と、すかさずの営業を加えます。えーと、ほら、ジュースはなにがいい。おばあちゃんの問いは、隙を見てさっとカウンターから離れてしまい、既に椅子に座ってプラモデルの箱を完全に開けてしまった男の子には聞こえていないようです。
アルバイト先で使っている小さいノートに「子供、プラモデル、牛丼」と走り書きしてあるのを思い出して、記憶をたどってみました。この孫を連れたおばあちゃんが来たのは、ノートの前後の書き込み内容から判断すると、五月だったはずです。
接客業などしていると、客を観察するのが面白い時もあります。ノートに走り書きまでしてとどめて置いたところを見ると、このおばあちゃんと孫との出来事が、僕にはよほど興味深く思えたのでしょう。
このおばあちゃんは結局、牛丼とソーダを購入して孫の元へ持っていったということも、しっかり思い出せました。
男の子は、すでにプラモデルを取り出して、手で強引にひとつひとつのパーツをむしり取りながら組立に夢中になっていました。食事をさせようとするおばあちゃんの言葉にも、男の子は我関せずの様子。
結局、この牛丼は割り箸で若干のかき混ぜ跡を付けただけで返却口に帰ってきたのでした。
メロンソーダの行方は、ちょっと思い出せません。
こうして、食事として提供したはずの牛丼は、生ゴミを入れるかごの中にどっさと捨てられることになりました。店は、きちんと料金をもらっているのだから、牛丼を販売したことになります。それは、統計として、牛丼が消費されたことにされるのでしょう。人気商品を探る方法は、販売数であり、捨てられた数は考慮されません。お金をだし、商品を購入した「お客様」が、その商品を食べ物として摂取するのか、食べずに立ち去るのかは、お客様の自由なのですから。
さて、男の子は完成したプラモデルを手に持って、もう片方の手はおばあちゃんに繋がれて、店を後にしました。
プラモデルは、スーパーの玩具売場で販売されたものです。ニッパーとカッターでキレイに作りあげて大事に遊ぼうが、手でむしって組み立てて、その日の夜にはゴミに変わろうが、それは、スーパーとしてもさほど重要なことではないでしょう。
その男の子が、歪に組みあがったプラモデルを大切にするだろうかという点についても、まるまる食べ残した牛丼の行方を知る時が訪れるだろうかという点についても、これはもう、僕の個人的興味でしかないし、確かめることもできないのです。
喫茶店
きっさてん【喫茶店】
昔は不良のたまり場といわれたが、確かに、会社の中で正常に回転することができない不良品の歯車が多く集まっている。コーヒーおかわり自由の喫茶店で100杯のコーヒーを飲んだとしても、腹の足しにはならないが、そこで交わされる会話の中に、きらりと光るものがあれば、無駄とは言えない。注意しなければならないことは、鈍感な人間はこれらのきらりと光るものに気が付かないため、無駄金を使う結果になりかねない点である。また、さらに注意しなければならないのは、最近は古き良き喫茶店文化を継承する店が少ないという点である。
貧乏大辞典第一版に、僕は喫茶店についてこのように書きました。コーヒーと煙草の中からあらゆる出会いや能力が広がっていく場所が、僕にとっての喫茶店なのです。
五百円玉を握りしめて行けば、コーヒーとともにあらゆる情報が僕の頭に入り込んできて、大いに活性化される場所、それが喫茶店。
僕の通う喫茶店を、仮にLとしておきます。このLに来る人々というのが、じつに不良品ばかりなのです。
新・貧乏物語に勝手に出演してもらったシゲ君も、この店の常連です。この春から大学生になったけれど、まだあどけなさの残る顔と声で「世の中、間違ってるよね」なんてさらりと述べるあたり、すでにおかしな事になっているのです。
シゲ君は、高校2年生の夏に原付で茨城から青森の下北半島までを旅しました。本州最北端のガソリンスタンドで給油したという自信は、帰ってきてからの行動にひしひしとあらわれています。
神戸で小学生を殺害した酒鬼薔薇も、バスジャックした当時17歳の奴も、シゲ君と同い年です。満足するための方法を考えられないし、大人も教えてくれないんじゃないの−−シゲ君の発言だったかどうかは、今となっては記憶も曖昧ですけれど、彼の発言だったとしてもいっこうに不思議はないのです。
シゲ君の家族もLの常連で、特にシゲ君の父、ここでは便宜上シゲチチと呼ぶことにすしますが、このシゲチチがまた、強烈な人なのです。
その昔、バンドマンだったシゲチチは検問で免許証を見せろと言われて拒否。検問の目的と道路使用許可書、警官の所属と身分の提示を求め、それがなければ見せないと言い放ち、しまいには「もう行っていいから」と言った上役の警官には「人のことを停めておいて行っていいからとは何事だ!!」とブチ切れたそうです。その後、ずっとパトカーにつけられ、行った先の友人宅は一週間張り込みされたというのです。
職場では謎の人物とされていて、もはや誰も触ってこないという羨ましい境遇を確立しています。いくら暇だったからとはいえ、トイレに行く振りをしてブレーカを落とすなんてことは、優良品ならやらないでしょうね。機械の復旧までに30分かかったと嬉しそうに語るあたり、かなりの不良品です。
Lには、ちょっとした有名人もやってきます。カヌービルダーの今野薫氏もそのひとり。
今野氏とLのマスターは旧知の間柄なようで、たまにやって来ては嬉しそうに談笑しています。この人は安い物を見つけてくるのが得意で、物の価値を知らずに安売りされているキャンプ道具の欠品を指摘して買いたたいてくるという、良く言えば買い物上手なひとなのです。
一度、今野氏のカヌーツアーにカメラマンとして同行したことがあるのですが、カヌーから見た川の世界というのは実に素晴らしく、今でも思い出すことがあります。悠々としていて、時に険しく、そして優しく穏やかに水の上を走る景色というのは、贅沢なものでした。
カナディアンカヌーから自然を眺めていると、人間も優しくなれる気がしてきます。残念ながら、護岸のためのコンクリートなんかが露骨にぬりたくってある箇所などを通ると、日本であるという現実に引き戻されたりもするのですが、ふだんの生活では味わえない風景が、川にはあります。
カヌーで下った数時間は、とても短く感じられました。何カ所か、ひとりで漕ぐのが辛い場所などは僕もパドルを握らされて緊張もしました。そんな中、今野氏にカヌー犬として育てられた同乗者のモクは、我関せずといったでかい面でじっと進行方向を眺めていたのでした。
モクはもう老犬で、最近は長旅も辛そうにしているようだけれど、Lに来る若い客はまだまだ元気です。
今年、Lの常連がふたりほど結婚します。そのうちのひとりが、僕とアロハブラザーズを結成しているアロハ兄ことトシ小島です。
アロハ兄はとにかく酒を呑みます。血圧が300を越えても酒を呑んでしまいます。Lに来たときも、喫茶店なのに酒を五千円分くらい呑んでいきます。まわりがみんなコーヒーを呑んでいても、所構わずに酒を呑んではモノマネオンパレードで店全体を笑いの渦に巻き込んでくれます。
僕としては、そんなアロハ兄がたまにビールをおごってくれるのが嬉しいのだけれど、婚約者からしてみれば、酒の飲み過ぎは少々、いや、だいぶ気になっているようです。携帯電話に連絡が入る度に、飲み過ぎないようにと釘をドカドカ打ち付けられている姿は、すでに新婚さんです。
そんなアロハ兄は、らりぱっぱずどぉ〜んずというバンドのリーダーでもあり、「俺はロックンローラーだからよ」というのが口癖だけれど、酒を呑むと小林明を歌い出すのはどういうことだろうと思ったりもします。
ライブの時は、いつも見せない格好良いトシ小島を見せてくれるけれど、それでも酒は離さない。右手にマイク、左手にはバーボン。バーボンを呑みながら歌い続ける。考えてみると、素面で歌っているところを見たことがありません。
喫茶店Lにはまだまだ無数の不良品が訪れるけれど、それもこれも、みんなマスターの魅力にとりつかれてのことだろうと思います。このマスター、かつて耐乏PressJapan.にも、「鯖吉」というペンネームで寄稿してくた、あの人なのです。
稲刈り
「おー川上、良いバイトがあるけどやらねーか」
行きつけの喫茶店で、顔見知りの客が話しかけてきました。一見、五十過ぎのなんてことはなさそうなおぢさんなのだけれど、この店の客ときたら、肩書きの賭けないような人達ばかりで困ってしまいます。便宜上、このおぢさんのことは「謎の荒物屋」と呼ぶことにします。
謎の荒物屋さんから流れてくる仕事のほとんどは、肉体労働。頭脳労働専門の僕は、一応内容だけ聞いておいてから断るつもりでいました。
「稲刈りなんだけどよ、しかも手で刈るんだ」
この人、十年計画で自給自足を目論む謎の紳士なのですが、ついにそこまで行ってしまったのかと目の前がクラクラしました。しかしながら、これは大変に魅力的です。ベスト米愛好家を目指す僕にとって、稲刈り、しかも手刈りときたら、逃す手はありません。こうして、文弱な僕は米に釣られて不似合いな肉体労働へとかり出されてしまったのです。
なんでこの機械化農業万歳の時代に手で稲刈りなのかという点については、台風15号が原因でした。
一五年間ほったらかしにしておいた田んぼを久しぶりに復活させて、試しに米を作っているという話は聞いていたのですけれど、どうやら三反全部、豊作になったというのです。
稲作りをお願いしておいた農家が、二反は機械で刈ったのだけれど、残り一反を刈るというときに雨が降ってきてしまい、結局、稲の残ったまま田んぼが水没という最悪の事態に発展したというわけなのです。
一反。約九.九一七四アールと言われても、まるでピンときません。
遠目から見る分には、一反なんてそれほど広いとも思えませんが、田んぼを潰して分譲住宅にしてしまった所なんかを見ると、一反と思われるスペースに三〜四件の家がひしひしと建っていますから、考えれば十分に広大な面積なのです。
依頼された翌日、まだ田んぼは水没していて、それでも僕は米を助けたい一心で(=刈った分だけ自分の物という契約に踊らされて)、六九円のビーチサンダルを履いていざ稲刈りを始めました。
なかなか思うように歩けない不自由な環境で二〇束くらい刈ったのだけれど、通りかかった農家に「危険だからやめろ」と言われ、断念。あのまま続けていたら、米と引き替えに手首を落としていたかもしれず、手首を落とせばそりゃあ、確実に死ねると思われます。生きていてこその米なのですから、ここは仕方なく撤退しました。
翌日、アルバイトを終えて喫茶店でコーヒーを飲んでいると、謎の荒物屋さんがくたびれた様子で入ってきました。どうやら、この日は水も引き、稲刈りを始めたようなのです。おとな三人で、半反まで借り入れたということで、次の日は僕もアルバイトがありませんでしたから、残り半分を手伝うことになりました。
なにせ、自分で刈った分は僕の物です。米が手にはいるのですから、約束の日は朝から田んぼに出かけました。
すると、すでに謎の荒物屋さんから稲作りをお願いされていた農家の方が夫婦で準備をしていて、その日は農家の方に指導を受けながら、三人で稲刈りすることになりました。
農家のおじさんとおばさんは、背中に藁を背負って中腰になり、ざっざっざっざっと、あっという間に四株を刈り取って束にしていきます。まだ慣れない僕は、ざっざっざっで一株を刈るのがやっとでした。
東側から刈り始め、西側に到達すると「ああ、一列刈り取れたぁ」という喜びが沸いてくるのだけれど、ふと右を向くと、まだまだふさふさと稲の残る広大な田んぼが視界に入り込み、はっきりいってかなり気分が萎えました。手で稲刈りをするということの大変さは、この一日で体に焼き付けられました。
体験で稲刈りをしたことのある人もいるとおもいますが、僕は体験稲刈りではなく実践稲刈りなので、すべてを刈り終えなければならないのです。逃げ出したい気持でいっぱいでしたが、年老いた夫婦が黙々と刈り入れしているところで最年少の僕が先にまいってしまうのも、申し訳ない気持ちです。それに、なんてったってこの仕事の先には、刈り取った分だけの米が貰えるという素敵な特典がまっているのです。
くじけそうになったときは、「米一年分」という言葉を唱えれば元気になりました。
午後になると、僕も稲刈りがそれなりに様になり、農家の「ざっざっざっざ」に対して「ざっ、ざっ、ざっ、ざっ」くらいのペースで刈ることが出来ていました。「初めてなのに、ずいぶん上手くなったね」などと誉められるに至ると、体の疲れは酷いことになっていましたが、なんとか最後までやりとおせるという変な自信に支配されるようになりました。
自分でも、朝に比べて午後は刈り入れは上達し、楽にできるようになったと感じていました。けれど、もっと大変なのが、四株を一束として、それを四束まとめて縛った稲を田んぼから運び出す作業でした。
まだ水を吸って重くなった稲は、乾いた稲に比べて何倍にも重くなっていて、僕はひざが弱いので、この作業をやると右ひざが傷んで苦しみました。田んぼに車が入れれば、さぞかし楽だったでしょうけれど、まだ田んぼはぬかるんでおり、歩くだけでも体力を奪われるほどですから、車なんか入れません。
すべての稲を運び出せたとき、もう時計は六時になっていました。
ここ数年で味わったことのない体の消耗と、あぜ道にシートを広げて飲んだお茶の旨さ。すべてを終えた僕は、貴重な経験をさせてもらったことに感謝していました。なにしろ、米に対する愛情がよりいっそう深まったのです。
手で稲刈りなんて、農家の人でさえ二〇年ぶりだと話していたくらいの、今となっては酔狂な作業ですが、手で稲を刈っていると、田んぼに落ちた稲一本すら、しっかり拾って束ねるというのが当たり前になります。
食べ物は、粗末にしてはいけない。そんな簡単な言葉の大きさが、十分に理解できるのです。
稲刈りの報酬は、一俵半の米という形で僕の家に運び込まれました。
ここまで来ると、精米は一升瓶で行うべきだろうかなんて、真剣に考えています。
我が国の危機管理体制
アメリカで起こり、アメリカが怒った同時多発テロ事件。
僕としては、危機管理体制とは何なのかを考えさせられる事件でした。
もし、あのようなテロが日本で行われた場合、日本政府がどう対応するのかを考えると、どうも、やられ放題になってしまうのではないかという結論に行き着いてしまいます。他になにかあるはずだと考え直しても、行き着く先は暗いのです。
例えば、旅客機がハイジャックされた場合です。
「総理、今連絡が入りまして、羽田発のへちま航空ぺけぺけ便が飛行中にハイジャックされたようです!!」
「それは大変だ。マスコミはまだ嗅ぎつけていないな」
「はい」
「なら、国土交通省のうちわ大臣に対応させなさい」
「あ、今入った情報によりますと、ぺけぺけ便は東京ネズミ村に突っ込んだ模様です。これはテロではないでしょうか!!」
「そんな馬鹿な。今話題のテロリストが潜伏している国のテレビでは、我が国のおしんが放送されて大人気だから我が国は大丈夫だと、保身党のちょんまげ議員が言ってたのに」
「テロリストなんて、他にもいっぱい居るのではないでしょうか」
「そうか。しかしこれではマスコミに隠し通すわけにもいかないなあ」
「ああ、総理、総理!! 新たな情報に寄りますと、かぼちゃ航空ほんわか便も、どうやらハイジャックされたようです。進路は、ここ永田町が目標のようです!!」
「それはいかん。我が党の議員にだけ、内密に避難命令を出さなければ」
「な、何を考えているのです総理。ここは自衛隊を出動させて、もしテロ行為に及ぶようならば、その前に迎撃すべきではないでしょうか」
「馬鹿を言ってはいかんよ。旅客機がハイジャックされた場合にそれを自衛隊機で撃っても良いなどと言う法は存在しないのだから、そんな命令を下したら私が責任をとらなければならないではないか!!」
「では、このまま永田町が火の海になってもよろしいのですか」
「だから、私はすぐに逃げるのだ」
「総理!! このまま飛行機テロになったとすれば、旅客機の乗員だけでなく、多くの市民が命を失うのです。人の命は数ではありませんが、ここは迎撃の命令を下すことが、あなたの責任ではありませんか!!」
「なら、旅客機の機長に連絡を取って、機長の責任で自爆させよう」
「機長なんかとっくに殺されているからここに突っ込もうとしているんですよ!!」
「なら、なら、スチュワーデスでも誰でもいいから、自爆させなさい。私の責任にはならん」
「ああ、総理、あなたはなんて人なんだ!!」
と、まあ、これはあくまでもフィクションですけれど、ああでもないこうでもないとやっているうちに既に手遅れという事態だけは避けて欲しいものです。
こんな話も思いつきました。
ある日、小さな漁村の爺さんが海岸を散歩していると、遠くから軍艦がやってくるのが見えました。あわてた爺さんは、駐在さんに事の次第を告げました。
「ちゅーざいさん、ちゅーざいさん、大変だよオラぁ、海の向こうさから軍艦がやってくるのを見ちまったんだよ」
「なんだよ爺さん、とうとう頭がぼっこわれちったんかあ」
「嘘でねーよ、だったら一緒に行って見たらよかっぺぇ」
爺さんと共に海岸に訪れた駐在さん。どうやら本当の話であるとわかり、公衆電話から警察署に電話します。
「へっぽこ村の駐在ですがあ、あの、海岸に他国の軍艦がいっぱい来てるんですがあ」
電話を受けた署員もぜんぜん信じてくれず、パトカーに乗って海岸へとやって来て、やっと本当の話であることがわかりました。
無線連絡を受けた他の署員も、あまりに信じられない話なので実際に見に来ました。
その報告を受けた署長も、とうてい信じられない話なので実際に見に来ました。
事の重大さに気がついた署長。もう、軍艦は目の前です。あわてた署長は、とりあえず海上保安庁に連絡し、自分の責任を果たしましたとさ。
僕なんかは一介の貧乏人ですから、我が国の危機管理体制がどうなっているかなんて知らされていませんし、こんな妄想のなかで不安におびえるくらいしかできません。
不審な人や物を見かけたときには警察に電話さえすれば、とりあえず僕の責任は果たしたことになるでしょうから。