タイトル写真 耐乏Press Japan.
全日本貧乏協議会
Jul.
2001

目次
特集

 

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 これ、もらいました(感涙)(4)
 発掘!!貧乏図書(3)

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 読者の声


 編集後記/次号のお知らせ

特集
特集タイトル
米に青と書いて精
貧乏人にとって、米とはなんなのか。米に対する想いには、貧乏の精神を垣間見ることもある。今月の特集は、貧乏人にとって大切なのは米であるという熱血レポート。
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●貧乏人、米を切らす

 米が切れた。

 貧乏人は米を喰えと言う持論通り、僕は米を喰ってきた。
 しかも、もらった米だ。おととしの米だ。

 20キロ近くあった米も、喰えば無くなってしまう。このあたりに、人生の儚さとか無情とか、過ぎ去った日々とか、いろいろと重なる想いもある。

 そんな米が、そう、命をつなぐための米を切らしてから、1ヶ月を越えた。

 日本で暮らすならば、主食には米を喰うのが一番安いし、日本人の体にもあっている。そのところは、2000年3月号でも触れたとおりだ。
 でも、経済的に辛いときに切れてしまうと、買えない物は買えない。
 安いときに買いだめておいた小麦粉で暮らすこと1ヶ月と半月。

 もう、限界だ。

 なんというか、米のないことがすべてをマイナスな方向に引きずり込んでしまう気がする。気がするというか、きっとそうに違いない。この1ヶ月半、精神の不安定感を味わっているのは、もはや米がないからだと言い切れる。
 米への想い。限界だという心理から捻り出す、米に対する想いを、今月は考察してみる。

●帰りたくない

 米がないと、家に帰るのも憂鬱だ。

 米さえあるならば、颯爽と帰宅したのち、手洗い・うがいを律儀に済ませたりしたのちに、それはもう流れるような動作で米櫃の「1合」をえいっと押し下げることになる。
 6号の土鍋にざっと米をあけ、自炊生活6年で培った繊細かつ豪快な手つきで研ぐ。前の晩に機嫌が良かったりすれば、研いだ米を冷蔵庫で寝かせてある場合もあるから、そんなときは、よしよし、良くやったぞ昨日の自分、などと過去を誉めながらも土鍋に米をあけ、水を加えるのだ。
 米があれば、帰宅後30分ちょっとで食卓にご飯が運ばれる。納豆と味噌汁があれば、これでぞわっとご飯をかき込むという充実が僕を満たしてくれる。
 それなのに、いまの僕には米がない。

 僕にはご飯を美味しく炊く技術があるのに、米がないのだ。この場合、もしもお米があったならなのだ。西田敏之とは若干の違いがあるのだ。

 僕は日本人として、米の飯を喰って生きてきた。お米の国の人間だ。
 家に帰ってから、小麦粉のストックを使ってあれやこれやと主食を作るのは、たまには良いかもしれない。食のバリエーションを広げるという意味においては、良い。しかし、常食にすることは、日本人には不似合いなのだ。
 そりゃ、小麦粉が主食という文化圏も世界には広く分布している。粉ということになると、だいぶ広い。しかし、ここは日本であり、米の国だ。米を、粒のまま喰う国だ。家に帰って、几帳面に手洗いやらうがいやらを済ませたあとに粉をこねこねというのは、少なくともあまりうきうきがない。
 小麦粉というのは、「あ〜、たまにはラーメンでも喰いたいなあ」などという気分の時に、余裕を持ってこねこねするものだ。米を切らし、粉を主食とするような行為は、家に帰るという行為を萎えさせてしまうのだ。粉をこねなければ腹を満たせないと考えただけでも、もう、うんざりなのだ。

 粉食と粒食の間には、食文化の違いという大きな壁がある気がする。
 いや、ある。

 だいいち、粉は腹のたまりはよいが、腹持ちはよろしくない。
 米によって得られる満腹感とは、なにかが違うのだ。

 そんなわけで、家に帰るのが憂鬱な1ヶ月半を、僕は過ごした。

●排泄が困難になる

 米がないと、家に帰るのが億劫になる。

 かといって、ほかに帰る場所もないので、家に帰って、小麦粉を喰う日々。
 いちいち麺を打つのも面倒であるから、大抵はお好み焼き系統に走ることになる。汁物が欲しいときは、すいとんになる。いずれにせよ、飽きる。

 米を切らして、徐々に僕を困らせるにいたったのが、排泄の問題だ。
 キャベツが安いときなどに買って、これを大量に加えたお好み焼きなどを食べたりして過ごしても、出にくい。
 僕の体は、米を喰わないと便秘がちになるようなのだ。

 なんだか、お腹の辺りが常に不安定で、ガスがぽふっと出たりはするけれど、トイレに行っても糞詰まりという次第だ。

 粒食と粉食という違いはあるが、米も麦も穀物には違いない。同じ穀物でも、これほど違いが出るのかと、僕は日々のトイレで驚いた。
 96年の食品成分表によれば、小麦粉100グラムあたりの食物繊維は2.5グラム。僕の愛して止まない米はというと、精白米については公表されていないが、玄米で3.4グラム、はいが精米で1.3グラムであるから、小麦粉より多いとは思えない。炊いたご飯の食物繊維は、0.4グラムである。

 今時、DNAだのゲノムだのと、人のことをなんでも数値で解明しようと言う力ワザが流行りのようであるが、日本人と米、少なくとも僕と米とのあいだには、数値では言い表せないなにかがあるのだ。
 これは、米のない生活で実感したことであって、裏付けだの証拠だのは関係ない。
 僕は僕だ。

 とにかく、米がないと排泄が困難になる。

●力が出ない

 米がないだけで、家に帰るのが億劫になり、排泄も困難。

 家というのは、生きるための基本である。喰う場所であり、寝る場所でもある。
 うきうきしながら「こめ〜」なんて歌いながら帰ることが出来ない1ヶ月と半月。

 人は、喰ったら、出る。
 これが困難な状況というのは、体のバランスも悪くなる。

 これらの要因が重なってくれば、力が出なくなるのは当然であろう。

 日本人は、農耕民族だ。
 税金を米で納めてきた歴史のある国だ。

 日本人にとって、米にはそれだけの価値があったのだ。
 日本という国の力の源、少なくとも、僕にとっての力の源は、米だ。米あってこその肉だ。

 うどんでは、すぐにお腹が空いてしまう。
 うどんに納豆なんて、かけたくない。

 さらに追い打ちをかけるように、今年の夏の早いこと。そして、暑いこと。
 米がなければ、こんなにも暑い夏に立ち向かう気力など、僕には沸き起こらないのだ。

 力の抜けきった日々は、辛く苦しいものであった。

●頭の巡りが悪くなる

 どういうわけか、米を喰わなくなると頭に靄がかかったようになる。

 実は、僕はパソコンが嫌いである。
 なのに、この1週間、知人からタダでもらってきたパソコンの設定に躍起になっているが、頭が働いてくれないので、パソコンまで不安定きわまりない。
 再起動の連続だし、再インストールの連続だし、発熱量は多いし、もう、いやになった。
 なにがタンザニアだ、まったく。

 いままで使っていたパソコンは人に譲ったのだけれど、こいつまで言うことを聞かなくなっていた。
 なんで、僕はここまで苦しみながらパソコンを使わなければいけないのか、真剣に考えた程だ。
 インターネットでの発信をやめてしまえば、こんな辛さからは解放されると、本気で考えたくらいだ。だけど、まあ、一応は訳がある活動ゆえ、唇を噛みしめながらもパソコン放棄は思いとどまったのだ。

 そろそろ個展の準備をしなければならないって時なのに、そっちの方も、まるで頭が働かず、体に力も入らないから、もう、お手上げ状態である。
 そんな時に限って、大家の都合で同一敷地内移転なんて大事が舞い込んできたりもして、まあ、これはいつになるかはわからないけれど、とにかく考えることはいっぱいあるのに、頭は一杯なのだ。

 米さえあれば、一気に片づくと、勝手に責任を押しつけてしまうくらいに頭が働かないのだ。

 ただ、この件に関しては、米から出来た酒、しかも純米に限るのだが、その純米酒をタダで呑めたときだけは改善がみられるのだ。米の汁であるからには、やはり、米と頭の巡りの因果関係は立証されるのでは無かろうかと、酔いによる覚醒で唐突に叫んだりもした。

 頭への栄養補給も、米であると考えたい。

●米への愛が深まる

 米のない1ヶ月と半月の日々、たまに、人の家でご飯、そう、米の飯をごちそうになったりもした。そのおかげで、僕にとって米の味が思い出にならずに済んだ。

 陶器の茶碗に、白く輝く米の飯がふんわりと山を築いている。それが、僕の手に。米の温もりが、薄い茶碗から僕の手のひら全体に伝わってくる。暖かいのだ。

 ぴかぴかしているお米に箸を入れると、もちっとしたお米ならではの感触が箸を通じて僕の指に伝わってくる。米が、指でも味わえるとは、米を切らしてからの辛く苦しい生活の中で初めて得た感覚だった。箸が、嬉しそうに米を持ち上げる。

 口に運び込もうとするときに、僕の鼻には米から出る美味しい湯気、そしてほのかな米のかおりが届く。食欲をそそられる、なんとも清純な感覚に、僕は鼻一杯に米の香を吸い込ませてしまうのだ。

 石下の米は旨い。どことなく、魚沼産のコシヒカリに似ている。似ているというか、そっくりだ。そう、書いちゃあいけないこともあるのだ。

 そんな、旨い米を、とうとう口にしたときの感覚は、1ヶ月以上、米から遠ざかっていた僕にとっては衝撃なのである。
 一粒一粒がもちっとして、絶妙の一体感かつ独立性を維持しながら、とにかく米の香りと甘味が口の中でくつろいでゆく。米の飯だけでも、茶碗1杯なんてそれだけで喰えてしまえるだけの実力は十分に感じられる。塩でもはらはらと振りかければ、3杯、4杯は確実である。

 まずはすっぴんで1杯、塩でもう1杯、お茶などかけてしまってもう1杯。そんなことが可能なのも、米の凄みとしか言いようがない。すっぴん美人は、化粧をするとよりいっそう魅力が増すものなのだ。

 日本では、外人が喰っているようなしっかりしたパンなど売っている店は少ない。というか、僕はそういうパン屋を見たことがない。どいつもこいつも、ふわっとした菓子みたいな食パンやバケットに似て非なるものばかりだ。
 日本に来たドイツ人が、パン屋で買ったドイツ風パンを「ドイツ人はこんなふぬけなパンは喰っていない!!」と叫びながらブン投げたというのも、大いに頷ける話だ。

 パンを主食とする国の人間は、パンに対しての愛情を持っている。
 日本人が、米に対して愛情を持っているかどうかは、自給率の低下が物語っている感もあるが、少なくとも僕が抱いている米への愛は、本物であると信じたい。

●米騒動の顛末

 米よこせ運動から1ヶ月過ぎたが、一向に成果も出ず、米のない生活の限界を感じた僕は、少ない収入をやりくりして米を買うという選択を採ろうと諦めた。

 これ以上、米のない生活をしていては、気が変になってしまいそうだ。この暑さのせいで、なにをやるにも気が集中しないのだけれど、これは、暑さだけでは片づけられない問題だとも、心の底から感じた。

 そんなとき、とある読者の方から、本当に米が届いた。本当に届いてしまった。
 こんなページでも、楽しんで読んでいると言ってくださる読者が存在し、そんな読者から、命をつなぐ大切な米が届けられたのだ。これを感動と言わずに、なにが感動であろう。なあ、小泉君。

 また、パソコンをあげた二代目N女史からも、引き替えに米をもらえることになった。
 (1週間経つが、まだ持ってこないのはどういうことだ)
 とにもかくにも、僕にも運気が巡ってきたのかもしれない。

米飯  1ヶ月と半月以上ぶりに、6号土鍋で米を炊いた。じつに久しぶりである。ずいぶん長い間、米を炊いていなかったような、妙な違和感の中で、失敗するかなあなどと不安もありながら、米がくつくつと炊けていく音、立ち上る湯気、その芳香に、めまいすら感じた。
 土鍋の中で光る白い米を見つめ、満足しながら茶碗に盛った。
 自家製の塩辛を乗せようとしたが、最初の一口は、白いままの米の飯を口に運んだ。

 米の味がしたものだ。


連載記事
これ、もらいました(感涙)
記憶その4 7月の貰い物

●1便目

 読者のS様より、食材・ビール券(!)をいただきました!!

酒がある、酒、酒
 海外の珍しいお菓子やお茶、スパイスなどなど、いっぱい送ってくださいました。スパイスは、夏バテ解消に大いに役立ちそうです。たまには気合いを入れて、カレールーを作ろうと思います。

酒、2本も酒 使い道いろいろ

 なんといっても、酒が入っているのが嬉しかったです。酒のつまみには、サルサソースが活躍することでしょう。こういう瓶詰は買うと高いけれど、あるととっても助かります。

使い道いろいろ

 なんと今回は、別便でビール券まで届いてしまったのです。毎日暑くて暑くていやになっちゃっておりますが、これで、発泡酒が手に入ります。風呂上がりなんぞにキンキンに冷やしたやつを一気に飲み干すなんてことが夢ではなくなります。
 S様、本当にありがとうございました。冷蔵庫で冷やした水を使って、美味しい水割りを呑んでいます。

●2便目
 読者のすみれママ様より、食材をいただきました!!

米、米、こめ〜

 米のない、長くて苦しい1ヶ月半とすこし。ああ、なんという幸運でしょうか。いま、こうして、米が10キロも届いたのです。米のある幸せな暮らしが、いま、こうして私の部屋に。

米 地域限定

 米の届いた夜、「米が手には入ったら、これで喰おう」と決めて仕込んでおいたイカの塩辛で飯を喰いました。ああ、米って、こんなに旨いものだったのですね。
 一緒に送ってくださった地域限定のラーメンも、ここはひとつ葱と紅生姜を仕入れてきて、美味しくいただかせていただきます。マヨネーズも、ちょうど切らしてしまったところでしたので、たいへんに助かりました。
 すみれママ様、本当にありがとうございました。毎日、ご飯のお焦げに満悦しております。


このコーナーは、皆様からいただきものを頂戴したときだけの不定期連載です。いや、その、定期連載にできればこれほど嬉しいことはありませんので、お気軽にお問い合わせください。いやあ、なんだか図々しいですけれど、まあ、その。

発掘!!貧乏図書3冊目:森の生活

森の生活
著者  ソーロー
訳者  神吉三郎
発行  1979年5月16日改版第1刷
発行所 岩波書店
※出版社および訳者の違いにより、様々な森の生活が出版されています
い夏がやってきてしまい、私も毎日、熱風にさらされながらの執筆で酷く傷んでおります。朽ち果ててしまう前に、なんとか書評を書かなければと踏ん張りました。今月は、湖水の描写が涼しげなソーロー(本によってはソロー)の森の生活をご紹介します。
の生活は、ソーローがウォールデン湖畔の森に小屋を建て、二年余のあいだ営んだ自給自足生活についての報告書です。森での生活に至る考え、文明から遊離した生活での自然との関わりなど、百年以上経った今でもアウトドアのバイブルとして古典化している作品です。
の本に記されているソーローの生活や考え方は、どうも、今の私と重なる部分が多いように思えるのです。百年以上も昔のアメリカを、ソーローは見事に考察しています。文明の中で生きる人々の、どこか疲れたような皮膚感覚は、今の日本と本質は変わっていない気がしてきます。1845年のソーローと、2001年の私。これをつないでいるキーワードは、紛れもなく貧乏なのです。
賃を払うために、また、端から見ればゴミの山のような家財を守るために、必死に働き続けなければならない人々を、ソーローは冷静に見抜いています。多くの人々が家賃として一年間に支払う金額で、自分の小屋を建てて暮らせるということを、ソーローは自ら実証しました。イースト無しのライ麦パン、自分で育てた豆、美しいウォールデン湖で汲んだ水、時にはネズミなども喰い、必要以上の物がなくても、文明を広く受け入れなくても、人としての暮らしが営める。1845年のソーローは、そんなことを美しい自然描写に織り交ぜて書いています。
の生活には、所々に貧乏という言葉が出てきます。文明の中で、小さな家にしがみつき、数多くの家財道具を大切に守るためだけの暮らし。私が常々、言い続けている貧乏くさい行為が百年以上も昔のアメリカですでに行われていたのです。そんな人々を、どこか距離を置いて眺め、自分は森と湖での自給自足で満足に暮らしている。この本のソーローこそ、私が言うところの貧乏、本物の貧乏人なのです。
て、2001年の私は今、過去の生活で貯まってしまった、生活の排泄物とでも言うべきゴミのような家財を、必要に迫られて一気に処分しています。貧乏生活を始める際、なるべくシンプルにと処分したつもりの荷物も、いまになって、やはりゴミの山でしかなかったという結論に達したのです。今日も、売値の付きようのない本棚、買ったときにはそれなりの金額を払ったものですが、とにかくこのゴミを知人が引き取っていきました。2001年の私、土手の下の生活は、ここから始まるのかもしれません。
が飛び、庭の向日葵では蟻が戦争している我がボロアパート。わずかな稼ぎで細々と活動する私の生活は、今を生きる貧乏人にとっての生きたバイブルになりえるのかは、これからが勝負です。煙草畑で大きく育つ煙草の葉を羨ましく眺めたり、うちわ片手にパンツ一丁でだらけたりしながら、ソーローと自分を重ね合わせてしまうこのどうしようもない妄想家は、依然、周りから変人扱いを受けているのです。

書評 全日本貧乏協議会会長 川上卓也


このコーナーでは、貧乏図書に関する紹介を広く募集しています。投稿記事と違い、必ず採用するかどうかはお約束できませんが、「あの本こそ紹介すべきだ。俺が(私が)書いてやる」という方がいらっしゃいましたら、お気軽にメールをください。

投稿記事
読者の声

貧乏を検索してここにたどり着きました。

わたしは現在広島に住んでいる貧乏ですが、大学生活をつくばで過ごしたために石下方面には何度も行ったことがあります。石毛城(?緑の城)は健在でしょうか。
石下のパチンコ屋で負けたことも懐かしく思い出されます。

その大学時代に住んでいたアパートもかなりの貧乏アパでした。
そこの風呂は共同風呂だったのですが、寒い夜わたしが風呂に湯を溜めながら一旦部屋に帰りそろそろかと思って風呂に下りてみると中国人が一家で入浴を楽しんでいたのはいい思い出です。

ホームページのほうまだ全部は読み切っていないのですがこれからもちびりちびり楽しみに読んでいかせていただきます。それでは。

投稿:ぽすし

石下でなく石を知っているあたり、かなりの石下通ですね(笑)。

ふるさと創生の1億円を元手に20億以上をかけて作られた緑色の豊田城は、年間2億円もの維持費を費やし、いまでも健在です。町民は、町民税のことを年貢と呼んでいます。
いまだに、よその土地から来た人に「あれ、ラブホテルですか?」と聞かれます。

ところで、ぽすしさんが住んでいたという貧乏アパート、どこにあるのでしょうか。共同風呂というのがかなり魅力的です。

学園都市は、いまだに地図が頭に入りません。必ず迷います。
特に、筑波大学の敷地に迷い込むと、もう、終わりです。

怪鳥


編集後記/次号のお知らせ
編集後記
庭の向日葵が、大輪の花を咲かせました。向日葵の見つめる先には、真夏の太陽がリアルに爆発しています。私も向日葵に負けないように、そろそろ双葉を卒業して背伸びでもしてみようかと思いましたが、向日葵の隣にはいまだに咲かぬ朝顔も。まあ、焦ってもろくなこともないし、ゆっくりのんびりと、夏をやり過ごしてから考えれば良いかな、なんて、出来の悪い朝顔を見ながら考えたりもするこの頃です。出来が悪いと言えば、新しくなったパソコン設備。タダでもらってきたとはいえ、強制再起動をしない日はありません。先ばかり追いかけていると、安定という基本が疎かになるようです。100円ショップのプラスチック製品みたいなパソコン作ってないで、もっとしっかりしてほしいもんです。(か)
次号のお知らせ
耐乏Press Japan. 2001年月号 2周年記念特大号 8月中旬発刊予定

特集

  本当に捨てるために

連載記事

  西つくばファッション通信(6)
  シゲ君の嗚呼、高校三年間(4)
  発掘!!貧乏図書(4)
  貧乏彩時記(7)

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