貧乏人、米を切らす
米が切れた。
貧乏人は米を喰えと言う持論通り、僕は米を喰ってきた。
しかも、もらった米だ。おととしの米だ。
20キロ近くあった米も、喰えば無くなってしまう。このあたりに、人生の儚さとか無情とか、過ぎ去った日々とか、いろいろと重なる想いもある。
そんな米が、そう、命をつなぐための米を切らしてから、1ヶ月を越えた。
日本で暮らすならば、主食には米を喰うのが一番安いし、日本人の体にもあっている。そのところは、2000年3月号でも触れたとおりだ。
でも、経済的に辛いときに切れてしまうと、買えない物は買えない。
安いときに買いだめておいた小麦粉で暮らすこと1ヶ月と半月。
もう、限界だ。
なんというか、米のないことがすべてをマイナスな方向に引きずり込んでしまう気がする。気がするというか、きっとそうに違いない。この1ヶ月半、精神の不安定感を味わっているのは、もはや米がないからだと言い切れる。
米への想い。限界だという心理から捻り出す、米に対する想いを、今月は考察してみる。
帰りたくない
米がないと、家に帰るのも憂鬱だ。
米さえあるならば、颯爽と帰宅したのち、手洗い・うがいを律儀に済ませたりしたのちに、それはもう流れるような動作で米櫃の「1合」をえいっと押し下げることになる。
6号の土鍋にざっと米をあけ、自炊生活6年で培った繊細かつ豪快な手つきで研ぐ。前の晩に機嫌が良かったりすれば、研いだ米を冷蔵庫で寝かせてある場合もあるから、そんなときは、よしよし、良くやったぞ昨日の自分、などと過去を誉めながらも土鍋に米をあけ、水を加えるのだ。
米があれば、帰宅後30分ちょっとで食卓にご飯が運ばれる。納豆と味噌汁があれば、これでぞわっとご飯をかき込むという充実が僕を満たしてくれる。
それなのに、いまの僕には米がない。
僕にはご飯を美味しく炊く技術があるのに、米がないのだ。この場合、もしもお米があったならなのだ。西田敏之とは若干の違いがあるのだ。
僕は日本人として、米の飯を喰って生きてきた。お米の国の人間だ。
家に帰ってから、小麦粉のストックを使ってあれやこれやと主食を作るのは、たまには良いかもしれない。食のバリエーションを広げるという意味においては、良い。しかし、常食にすることは、日本人には不似合いなのだ。
そりゃ、小麦粉が主食という文化圏も世界には広く分布している。粉ということになると、だいぶ広い。しかし、ここは日本であり、米の国だ。米を、粒のまま喰う国だ。家に帰って、几帳面に手洗いやらうがいやらを済ませたあとに粉をこねこねというのは、少なくともあまりうきうきがない。
小麦粉というのは、「あ〜、たまにはラーメンでも喰いたいなあ」などという気分の時に、余裕を持ってこねこねするものだ。米を切らし、粉を主食とするような行為は、家に帰るという行為を萎えさせてしまうのだ。粉をこねなければ腹を満たせないと考えただけでも、もう、うんざりなのだ。
粉食と粒食の間には、食文化の違いという大きな壁がある気がする。
いや、ある。
だいいち、粉は腹のたまりはよいが、腹持ちはよろしくない。
米によって得られる満腹感とは、なにかが違うのだ。
そんなわけで、家に帰るのが憂鬱な1ヶ月半を、僕は過ごした。
排泄が困難になる
米がないと、家に帰るのが億劫になる。
かといって、ほかに帰る場所もないので、家に帰って、小麦粉を喰う日々。
いちいち麺を打つのも面倒であるから、大抵はお好み焼き系統に走ることになる。汁物が欲しいときは、すいとんになる。いずれにせよ、飽きる。
米を切らして、徐々に僕を困らせるにいたったのが、排泄の問題だ。
キャベツが安いときなどに買って、これを大量に加えたお好み焼きなどを食べたりして過ごしても、出にくい。
僕の体は、米を喰わないと便秘がちになるようなのだ。
なんだか、お腹の辺りが常に不安定で、ガスがぽふっと出たりはするけれど、トイレに行っても糞詰まりという次第だ。
粒食と粉食という違いはあるが、米も麦も穀物には違いない。同じ穀物でも、これほど違いが出るのかと、僕は日々のトイレで驚いた。
96年の食品成分表によれば、小麦粉100グラムあたりの食物繊維は2.5グラム。僕の愛して止まない米はというと、精白米については公表されていないが、玄米で3.4グラム、はいが精米で1.3グラムであるから、小麦粉より多いとは思えない。炊いたご飯の食物繊維は、0.4グラムである。
今時、DNAだのゲノムだのと、人のことをなんでも数値で解明しようと言う力ワザが流行りのようであるが、日本人と米、少なくとも僕と米とのあいだには、数値では言い表せないなにかがあるのだ。
これは、米のない生活で実感したことであって、裏付けだの証拠だのは関係ない。
僕は僕だ。
とにかく、米がないと排泄が困難になる。
力が出ない
米がないだけで、家に帰るのが億劫になり、排泄も困難。
家というのは、生きるための基本である。喰う場所であり、寝る場所でもある。
うきうきしながら「こめ〜」なんて歌いながら帰ることが出来ない1ヶ月と半月。
人は、喰ったら、出る。
これが困難な状況というのは、体のバランスも悪くなる。
これらの要因が重なってくれば、力が出なくなるのは当然であろう。
日本人は、農耕民族だ。
税金を米で納めてきた歴史のある国だ。
日本人にとって、米にはそれだけの価値があったのだ。
日本という国の力の源、少なくとも、僕にとっての力の源は、米だ。米あってこその肉だ。
うどんでは、すぐにお腹が空いてしまう。
うどんに納豆なんて、かけたくない。
さらに追い打ちをかけるように、今年の夏の早いこと。そして、暑いこと。
米がなければ、こんなにも暑い夏に立ち向かう気力など、僕には沸き起こらないのだ。
力の抜けきった日々は、辛く苦しいものであった。
頭の巡りが悪くなる
どういうわけか、米を喰わなくなると頭に靄がかかったようになる。
実は、僕はパソコンが嫌いである。
なのに、この1週間、知人からタダでもらってきたパソコンの設定に躍起になっているが、頭が働いてくれないので、パソコンまで不安定きわまりない。
再起動の連続だし、再インストールの連続だし、発熱量は多いし、もう、いやになった。
なにがタンザニアだ、まったく。
いままで使っていたパソコンは人に譲ったのだけれど、こいつまで言うことを聞かなくなっていた。
なんで、僕はここまで苦しみながらパソコンを使わなければいけないのか、真剣に考えた程だ。
インターネットでの発信をやめてしまえば、こんな辛さからは解放されると、本気で考えたくらいだ。だけど、まあ、一応は訳がある活動ゆえ、唇を噛みしめながらもパソコン放棄は思いとどまったのだ。
そろそろ個展の準備をしなければならないって時なのに、そっちの方も、まるで頭が働かず、体に力も入らないから、もう、お手上げ状態である。
そんな時に限って、大家の都合で同一敷地内移転なんて大事が舞い込んできたりもして、まあ、これはいつになるかはわからないけれど、とにかく考えることはいっぱいあるのに、頭は一杯なのだ。
米さえあれば、一気に片づくと、勝手に責任を押しつけてしまうくらいに頭が働かないのだ。
ただ、この件に関しては、米から出来た酒、しかも純米に限るのだが、その純米酒をタダで呑めたときだけは改善がみられるのだ。米の汁であるからには、やはり、米と頭の巡りの因果関係は立証されるのでは無かろうかと、酔いによる覚醒で唐突に叫んだりもした。
頭への栄養補給も、米であると考えたい。
米への愛が深まる
米のない1ヶ月と半月の日々、たまに、人の家でご飯、そう、米の飯をごちそうになったりもした。そのおかげで、僕にとって米の味が思い出にならずに済んだ。
陶器の茶碗に、白く輝く米の飯がふんわりと山を築いている。それが、僕の手に。米の温もりが、薄い茶碗から僕の手のひら全体に伝わってくる。暖かいのだ。
ぴかぴかしているお米に箸を入れると、もちっとしたお米ならではの感触が箸を通じて僕の指に伝わってくる。米が、指でも味わえるとは、米を切らしてからの辛く苦しい生活の中で初めて得た感覚だった。箸が、嬉しそうに米を持ち上げる。
口に運び込もうとするときに、僕の鼻には米から出る美味しい湯気、そしてほのかな米のかおりが届く。食欲をそそられる、なんとも清純な感覚に、僕は鼻一杯に米の香を吸い込ませてしまうのだ。
石下の米は旨い。どことなく、魚沼産のコシヒカリに似ている。似ているというか、そっくりだ。そう、書いちゃあいけないこともあるのだ。
そんな、旨い米を、とうとう口にしたときの感覚は、1ヶ月以上、米から遠ざかっていた僕にとっては衝撃なのである。
一粒一粒がもちっとして、絶妙の一体感かつ独立性を維持しながら、とにかく米の香りと甘味が口の中でくつろいでゆく。米の飯だけでも、茶碗1杯なんてそれだけで喰えてしまえるだけの実力は十分に感じられる。塩でもはらはらと振りかければ、3杯、4杯は確実である。
まずはすっぴんで1杯、塩でもう1杯、お茶などかけてしまってもう1杯。そんなことが可能なのも、米の凄みとしか言いようがない。すっぴん美人は、化粧をするとよりいっそう魅力が増すものなのだ。
日本では、外人が喰っているようなしっかりしたパンなど売っている店は少ない。というか、僕はそういうパン屋を見たことがない。どいつもこいつも、ふわっとした菓子みたいな食パンやバケットに似て非なるものばかりだ。
日本に来たドイツ人が、パン屋で買ったドイツ風パンを「ドイツ人はこんなふぬけなパンは喰っていない!!」と叫びながらブン投げたというのも、大いに頷ける話だ。
パンを主食とする国の人間は、パンに対しての愛情を持っている。
日本人が、米に対して愛情を持っているかどうかは、自給率の低下が物語っている感もあるが、少なくとも僕が抱いている米への愛は、本物であると信じたい。
米騒動の顛末
米よこせ運動から1ヶ月過ぎたが、一向に成果も出ず、米のない生活の限界を感じた僕は、少ない収入をやりくりして米を買うという選択を採ろうと諦めた。
これ以上、米のない生活をしていては、気が変になってしまいそうだ。この暑さのせいで、なにをやるにも気が集中しないのだけれど、これは、暑さだけでは片づけられない問題だとも、心の底から感じた。
そんなとき、とある読者の方から、本当に米が届いた。本当に届いてしまった。
こんなページでも、楽しんで読んでいると言ってくださる読者が存在し、そんな読者から、命をつなぐ大切な米が届けられたのだ。これを感動と言わずに、なにが感動であろう。なあ、小泉君。
また、パソコンをあげた二代目N女史からも、引き替えに米をもらえることになった。
(1週間経つが、まだ持ってこないのはどういうことだ)
とにもかくにも、僕にも運気が巡ってきたのかもしれない。
1ヶ月と半月以上ぶりに、6号土鍋で米を炊いた。じつに久しぶりである。ずいぶん長い間、米を炊いていなかったような、妙な違和感の中で、失敗するかなあなどと不安もありながら、米がくつくつと炊けていく音、立ち上る湯気、その芳香に、めまいすら感じた。
土鍋の中で光る白い米を見つめ、満足しながら茶碗に盛った。
自家製の塩辛を乗せようとしたが、最初の一口は、白いままの米の飯を口に運んだ。
米の味がしたものだ。