デフレだそうです
なんでも、デフレスパイラルとかいう現象でにぎわっているそうで。
ハンバーガーが65円になってみたり、230円の牛丼が登場したり、100円ショップの取り扱う商品も、昔に比べればたいへん豊富になりました。
そういったことを、デフレ現象とか、デフレスパイラルと言っているようです。
物が安くなるというのは、貧乏人にとっては喜ばしい事態なのですけれど、どうもこのデフレという奴は怖がられているようです。
デフレとは、そんなに恐ろしいモノなのでしょうか。
貧乏人の生活に、デフレはどう関わってくるのでしょうか。
今月の特集は、貧乏生活とデフレについて、さわやかに綴ってみます。
デフレを怖がっているのはなぜか
デフレスパイラルというのは、あまり歓迎されていないようです。
なぜでしょうねえ。
大量生産される餌のようなものとはいえ、ハンバーガーが65円で買えてしまうのですから、この調子で全体的に物価が安くなれば、われわれ貧乏人の暮らしは飛躍的に向上すると考えられます。
物価が安くなれば、貧乏人だけでなくほかの人々も暮らしやすくなるかに思えます。
しかし、多くの人々が組織に属することで収入を得ている今、売値が安くなると、利益も減り、そのしわ寄せは人件費にかかってくるであろうから、結果として収入が減ったり、職を失ったりということが懸念されているようです。
本当でしょうか。
私のあやふやな記憶の中には、インフレで倒れた国はいくつか存在しています。
でも、デフレで倒れた国というのは、残念ながら私の記憶にはないのです。
だいたい、現時点ではまだ、ハンバーガー65円だの、牛丼230円だのということが目立って報道されているだけで、これは企業間競争の域を出ていません。
それを証拠に、ハンバーガー業界も牛丼業界も、業界最大手は低価格競争で収益を増やす結果が残りました。
辛い戦いをしているのは、低価格競争に引き込まれた体力のない第二位、第三位の企業なのです。
牛丼の場合、厳密に言えば、業界最大手が下位の企業に引き込まれた形だったようですが、最大手の力でねじ伏せちゃいました。
ずっと低価格の牛丼屋も、売り上げを伸ばしているらしいことは、最近の報道でも明らかになりました。
この一連のデフレ論争を引き起こしたのは、とあるハンバーガー屋です。
あそこが体力のない他社を潰すべく平日半額なんてことを始めたおかげで、私がアルバイトしている業界第二位だか三位だかの企業も巻き込まれて大変なことになっているのです。
これで売り上げが伸びなかったら!! ……アルバイトをかえればいいだけだから別に構わないです。
貧乏人は不況もデフレもへっちゃらなのです。
閑話休題。
低価格で売り上げが伸びるような状況をデフレと呼ぶのは、なんだか違う気がします。
結局、デフレとかいって怖がっているのは、デフレーションではなく、企業間競争による淘汰にすぎないんじゃないでしょうか。
それは、経済活動の上では、あるべき姿のように思えます。
この程度の不況を乗り切れない、力のない企業なんてものは、今のうちに淘汰されてしまった方が将来のためなのです。
その淘汰の中で、あらゆる分野で低価格化が進むのであれば、貧乏人にとっても喜ばしいことなのです。
仮にデフレスパイラルならば
まあ、ここはひとつ、高卒の私の持論よりも大学を出た経済学者さんたちのいうデフレスパイラルということにしておきましょう。
それでも、怖くないことに違いはありません。
物価が下がるということは、原材料の値段も下がるわけです。
マイラインによって、電話会社も値下げ合戦していたり、地価もそれなりに下がっているから店舗・事務所の維持費もデフレスパイラルに対応して下がるでしょう。
企業の活動に必要な費用自体が緩やかに下がっていくなら、何の問題がありましょうや。
所得の減少があったとしても、そういったバランスの中でのことなら、問題はありません。
マイラインによる値下げ合戦などでもわかるように、今まで不当に利益を上げていた部分が、やっと適正価格に近づいてきただけの部分もあります。
確かに、それによって収益は減るわけですし、しわ寄せもあるでしょう。
でも、それが本来の姿だというだけの話です。
しかし、あのマイライン狂想曲と呼ばれる一連の騒ぎにもあきれてしまいます。
あっちの方が安いとか、こっちの方が安いとか、この組み合わせの方が安いとか、いろいろ騒いでいるのは良いですが、登録すると、いずれは変更に800円もかかると言うじゃありませんか。
月に何万円も通話料を支払っているようなお金のある人ならともかく、着信専用状態に等しい貧乏人では、800円分の割引を受けるのに、どれほどの期間を必要とするでしょう。
自分で選ばないと、自動的にNTTに”投票”したことになるなどといっても、結局、今までと同じ使い方ってだけの話じゃありませんか。
私はインターネット接続でそれなりの通話料は支払っていますから、何ヶ月かすれば確かに恩恵があるのかもしれません。それでも、いつ環境が変わるともわからないものに、古い環境に縛られるなんてのは御免です。
なんで、世間の人々はあんなに縛られたがっているのでしょう。
いや、それはさておき。
もちろん、力のない衰弱した企業が、デフレスパイラルの中で倒れていく可能性もあります。
しかし、これは自然界にも存在する淘汰でしかありません。
倒れる企業があれば、成長する企業も存在します。
再就職できるかどうかは、能力の問題でしょう。
貧乏生活を楽しんでいるあなたなら、すぐになんとでもできるはずです。
年齢の問題で再就職が難しいなんて人もいるかもしれませんが、仕事を選ばなければいいだけです。
え、住宅ローンですか?
そういう人は、先を考えずに借金をこしらえた罰だと思って押しつぶされましょう。
「お昼御飯、安く済ませられるんだから、お小遣い減らしても良いわよね」などと圧力をかけられて困っているお父さんたちが居るかもしれませんけれど、それも、バランスだと思ってあきらめましょう。
「だったら、弁当を作ってくれ!!」と言えないお父さんは、自分で弁当を作るのも得策です。
食生活のバランスも重要です。
ともかく、仮に私たちの収入が下がっても、バランスの中で下がるだけであれば、まったく動じる必要はないのです。
怖いのは、中途半端
拓銀が潰れました。
銀行が潰れても、我々貧乏人には大したダメージはありません。
貧乏人には、ぬるま湯の中でなんの手も打てずに破綻した連中を眺めつつ、祝杯を挙げるくらいの気持ちが必要です。
だいたい、淘汰により、力無い企業が潰れるのは仕方がありません。
でも、政府は長銀を助けました。
これは、バランスを崩す愚かな対応であり、貧乏人としては怒り心頭といった出来事でした。
淘汰を不自然な形で妨げ、税金を湯水のようにあてがい、結果、現在の赤字国債による大借金に至ったのです。
借金は、滅びへの道だというのが貧乏人のテーゼであります。
長銀が潰れたくらいでは、貧乏人はびくともしませんが、国の借金が増えてしまっては、貧乏人にも大きく影響してきます。
国が破綻してしまっては、ねえ。
日本が破綻したときには、ジャパン州になるのか、日本省になるのか、それによって、我々貧乏人の生活にも大きな変革を求められるのです。
話が行き過ぎました。
あのとき、長銀も潰しておけば、一時的な波乱はあったかもしれませんが、傷はもっと浅かったはずです。
円高の時もそうでしたが、日本は、どうもバランスを欠く中途半端な対応を好むようです。
われわれ貧乏人の個人経済も、家庭経済も、会社の経営も、国際経済も、外交政策も、バランスが大切なのです。
冷戦というバランスを失ったあと、各地で地域紛争が起きているというのも、大きなバランスが失われたからなのです。
とにかく、日本はバランス感覚に欠けている国です。
今回のセーフガードも、それを裏付けています。
デフレだろうが、円高だろうが、輸入の増加だろうが、健全な企業は勝ち残るし、力無き企業は消え去るだけです。
失業者が増えるとかいうかもしれませんが、円高で潰れる企業がある分、儲かって仕方のない企業も出てきます。
淘汰は健全であり、脅威ではありません。
淘汰の中で、商品の値段が適正に近づき生活がしやすくなるのなら、これは貧乏人には歓迎すべきことなのです。
もしも、力無い企業が淘汰されていく状況に政府がちょっかいを出すようなことがあれば、要注意です。
過去の愚考を繰り返すのが、この国の政治の在り方のようですから。
デフレバンザイ!
企業間競争により物の値段が下がることは、我々の生活にも経済的ゆとりをもたらします。
歯ブラシも歯磨き粉も洗剤も、生活に必要な物が85円でいつでも買えるというのは、嬉しいことです。
現時点では、低価格化しているものがハンバーガーとか牛丼などのどうでもよい商品というのがいまいち嬉しくないという気持ちもありますが、衣食住に関わる商品の価格が下がるのは、貧乏人にとっては嬉しい現象です。
はやく、ほかの業界もデフレスパイラルとやらに巻き込まれて欲しいではありませんか。
まだ、平日半額で業績を伸ばせる程度の状況なのですから、日本には余力がたんまりとあるのです。
だって、どこかで不正行為が明るみになると、たいていは億単位なわけですよ。
すこしは、こちらにも回してくれないと、そりゃあ頭に来ますよ、まったく。
企業は、価格を下げることによる収益減を、企業努力で補う必要があります。
この際、真っ先に人件費に手をかけるような力のない企業には、消えてもらうべきです。
小泉純一郎の言う、痛みを伴う改革に、淘汰という概念が含まれているならば、多少のとまどいはあるにしても、我々貧乏人ならば容易に乗り越えられるはずです。
あ、デフレで収入が減ると、借金を抱えた貧乏人以下の人々が益々、汲々とすることになりますけれど、借金したくても出来ない貧乏人には無縁の話です。
車や住宅のローンを背負ってしまった人々は、デフレスパイラルは恐怖でしょうね。借金の額は変わらないのに、支払はどんどん困難な状況になるなんて。
ああ、借金を背負った人間が、「おれ、貧乏なんだよ」なんて言うことが増えるのでしょうか。
そんな言葉を聞いた真の貧乏人たるあなたは、そういった愚かな人々に対して「おまえなんか貧乏じゃない!!」と、マイナス生活者の貧乏に対する冒涜を粉砕していかなければならないのです。
それが面倒でしたら、「あ〜、そうだね」と相づちをしながら心の中でせせら笑っておきましょう。
とにもかくにも、貧乏人にとってデフレは怖くありません。
むしろ、歓迎すべき状態なのです。
われわれ貧乏人の生活は、経済上でのスパイラルというものとは無縁です。
貧乏というフィールドの中で、日々、くるくると同じ水準で回っているだけです。
多少の上下変動はあるにしても、貧乏という自己規律の幅の中での変動に過ぎません。
今、デフレを上手に活用し、売却時間を減らし、明るく楽しく豊かな貧乏生活を満喫する時代に突入したと言えるでしょう。
ニヤリ。
こんばんは、シゲです。
皆さんには、会長のせいで「癪にさわる高校生」という名前がひとり歩きしていることで知られてますが、本当は純で素直なのです。
しかも、4月からは大学生をやってます。先月から、高校3年間のおさらいをかねて始めた連載ですが、先月は挨拶だけで終わってしまいました。
今月から、本編を書きます。
今、大学にはバイクで通っているのでありすが、バイクに乗りたくなったのは高校の時なのであります。最初に乗ったバイクはハスラー。思い出があるバイクです。
ということで、とりあえずハスラーのお話。
■買いたいバイクはハスラー50
バイクに本当に乗りたくなったきっかけは、ある友人がCL50というスクランブラータイプ(舗装路から田んぼのあぜ道まで走れる)のバイクを買ったことにあります。話を聞いていると楽しそうで、前々から乗りたいと思っていただけにますます乗りたくなりました。
では、何に乗るかが問題。そこで、雑誌を見ながら機種選定を行いました。NS−1やNSR50などのレーサーレプリカは乗っている奴が多いし、友人と同じスクランブラーでは面白くないわけです。そこで、選択肢はオフローダーと決定。
オフローダーの候補は二機種で、ヤマハのDT50とスズキのハスラー50。写真に穴があくほど見比べて、ついにハスラー50に決めたのです。理由は、DT50のタイヤが小さくて格好悪かったからという一点が決め手でした。これで、欲しいバイクが決定したのであります。
■運命的な出会い
さて、それからしばらくして原付免許を取得。昭和58年1月生まれなので、高1の最後の方になってしまいました。欲しいバイクを買うために、夏休みからスーパーでアルバイトをしていたので軍資金も十分。なにせ、会長よりも貯金があるのであります。高校生という立場ではショップとの交渉でなめられることも考えて、親父といざ出陣! となりました。
とりあえず、土浦にあるKという店にいって聞いてみましたが、答えは”NO”。そうとなれば用もないので、土浦に向かう途中に学園(会長注:つくば学園都市のこと)で見かけたIサイクルという店に向かいました。この店、普通は見落としそうな自転車屋さんなのですが、とりあえず表の通りに車をとめて店をのぞいてみると……なんと、新車のTS50があるではありませんか!
しかし、いくら会長よりも貯金があるといってもさすがに予算オーバーだし、最初のバイクに新車を買うつもりもなかったので、店のおじさんにこう聞いてみました。
「中古のハスラー50ってありますか?」
つづく
シゲ