僕の街の本屋事情
僕の街、石下町には大きめの本屋さんが二件ほどあります。実は、それ以外に本屋さんがあるのか、僕は知らないのです。大きめと申しましても、東京近郊にあるようなビルディングの立派な本屋さんではなく、売場の半分はビデオやCDにスペースをとられている状態ですから、本の数は少ないのです。そんな少ない本の売場においても、雑誌が多く扱われておりますから、文庫などはちょこっとしかありません。
たとえ立派な本屋さんがあったとしても、僕には定価で本を買うだけの財力はありません。自然と、古本屋を利用するのが日常になるわけですが、石下町には古本屋はありません。車で近隣の街へ出かけるといった状態なのですけれど、古本屋も件数は少なく、同じ本が並んだままの硬直状態が続くこともありまして、思うように本が手に入らない日々を過ごしているのです。
そこで、ここはひとつ、列車代を奮発いたしまして、東京へ古本を探しに出かけることにしました。おにぎりとカメラを持って、貧乏人は東京へと向かったのです。
電車じゃないです、関東鉄道
石下町には、関東鉄道常総線の駅があります。朝、八時の列車に乗るために、車で駅へ向かいました。路線バスなどという物が満足に行き渡っていない街ですから、駅にはちゃんと駐車場があります。駐車は無料ですので、これは有り難いことです。朝早くと夜遅くは無人駅なのですが、朝の八時ともなりますと、ちゃんと切符の販売機も動いているし、駅員さんも居ます。以前、まだ夜の明けきらない時間に利用したときは、切符を買わずに乗るとは知らずに列車を見送った経験もあります。東京から一番近い単線の列車は、電車ではなくディーゼル車両です。
ホームには、列車を待つたくさんの高校生がすでに群れていました。石下駅でこんなにも多くの人を見たのは初めてでした。若い人たちばかりでしたから、ホームのベンチには誰も座っていません。徹夜明けで朦朧としていた私は、ベンチに座って煙草を吸って過ごしました。列車の時間は調べておきましたから、5分もしないうちに、取手行きの上り列車がのんびりとあらわれます。こんな駅で下車する人がいて少し驚きましたが、やがてホームの人を全て飲み込んだ列車は、発車ベルもなしに走り出したのです。石下駅から列車に乗ったのは二回目でしたので、すこしわくわくしました。
今日は月曜日。週末に降った雪がまだ残っています。関東鉄道は電車ではなくディーゼル車ですから、それほどスピードは出ません。駅を出て、徐行運転のようにゆらゆらと走り出し、そのままの速度で次の駅に着いてしまいます。線路に沿って走る車に追い抜かれながら走る単線のディーゼル車は、やがて水海道という駅に到着します。関東鉄道は、取手−水海道間は複線ですが、それ以降は単線です。石下から「取手行き」と書かれた列車に乗ったとしても、水海道で乗り換えなければならないのです。石下から取手まで、車なら30〜40分で行ける距離を約一時間かけて走りますから、座席に腰掛けて一眠りしたいところですけれど、乗り換えがあるのでそうもいかないのです。車なら、どんなに時間がかかっても40分の距離を行く列車の切符代は、970円です。
とにもかくにも、一両編成から二両編成に乗り換え、列車は取手へと走り出したのです。車窓からの風景は、徐々に都会色を帯びて行きます。
JRって、やっぱり凄いです
取手駅に着くと、それだけで十分に都会を味わえます。関東鉄道のホームは、どこか色褪せたような雰囲気がするのですけれど、改札を抜けると、今まで乗っていた列車からは想像もつかないような立派な改札に出会います。自動改札なのです。どきどきしながら切符を入れると、切符はシュッと吸い込まれていきます。かつては毎日のように行っていた自動改札へ切符を喰わせるという行為も、二年も離れていましたから、緊張してしまいました。失敗したらどうしようという気持ちでいっぱいです。JRの券売機も懐かしかったのですが、タッチパネルの中でお辞儀をするイラストにまたもや戸惑いを感じたのです。石下から取手までは970円もかかりますが、それよりも距離のある取手−秋葉原は690円です。都会を感じられる値段です。
JRの自動改札も無事に抜けることができ、常磐線のホームを探しました。ホームに下りたときには電車が居たのですけれど、間に合いませんでした。しかしなんと、別のホームには、既に上野行きの電車がとまっているではありませんか。凄いなあと思いました。電車の時間なんて気にしなくても済むのです。行けば、間もなく電車が来るのです。JRって凄いなあと感じました。次は逃したくないと思いましたから、すぐにホームを移動して電車に乗り込みました。でも、ちょっとワサワサとした感じがして、どうも落ち着かないなという思いもありました。ゆっくりと煙草でも吸いながらという気持ちがすっかりとどこかへ行ってしまうような、不安な感覚がしました。
もう、通勤時間としては遅い時間でしたから、スーツ姿の人は疎らでした。座席に座って発車を待つ人々は、ゲームをしたり、携帯電話を忙しく指で押したりと、さまざまです。先ほどの電車が出て行ってからそれほど時間は経っていませんけれど、発車を知らせる音楽が鳴って、ドアが閉まり、僕の乗った電車も走り出しました。電車の力強さを感じさせる加速で、あっという間に取手駅を後にします。少し眠ろうかと思いましたが、窓の外に広がる風景に愕然としてしまって、眠れませんでした。なにしろ、速いなあと思ったのです。電車が、家々の屋根を下に走っていたかと思えば、すぐに潜るようにしてコンクリートの谷間を走るというようなことが目まぐるしく繰り返されて、驚かずには居られませんでした。遠くの方に、川口の超高層マンションが見えました。
秋葉原から、神田神保町まで歩きました
上野で京浜東北線に乗り換え、秋葉原に着きました。緊張しながら自動改札へ切符を入れようとしましたところ、うまく入れることができず、ちょっとまごまごとしてしまいました。電気街口から表に出ますと、駅はビルに囲まれていて東京に来たのだということが実感できます。晴れているのに、ビルに囲まれているのでお日様が見当たりません。まだ、目覚めきっていない電気街を吹いてくる風が、無機質な臭いと一緒に体にまとわりつくようにしてきますし、陽も遮られていますから、寒かったです。
ここから神保町までは、30分ほど歩けばよいはずです。地下鉄を使うともっと早く着きますし、疲れないのが魅力ですけれど、だいいちお金がかかります。秋葉原から神保町までには、空襲を逃れた建物もありますから、ぷらぷらと歩くのも良いかなと考えたのです。きらびやかな電気街を抜け、神保町へ向かいました。
秋葉原から神田神保町までには美味しいものがいっぱいあります。鰻も甘味も良いですが、なんといっても蕎麦なんざあ、食べたいなあと思ってしまうのです。ああ、食べたいとは思うのですけれど、予算が限られております今回の東京行きでは、残念ながら食べることは叶わないのでした。いつの日か、蕎麦味噌で一杯、蕎麦がきでもう一杯、最後にせいろ二枚なんてことをおごってもらいたいなあと考えながら、傍らを通り過ぎました。
靖国通りに出ると、東京に来たんだという気持ちが改めてこみあげてきました。ああ、僕は今、東京を歩いているのです。
いきなり見つかるのです
大きな道路の脇に、これまた大きな歩道。どきどきしながら横断歩道を渡り、携帯電話をかけながら歩いているかと思えば急に立ち止まるスーツ姿にぶつかったりしながら歩いていくと、古本屋が現れ始めました。とりあえず、十分に広い裏通りにあった古本屋さんに入ってみると、入り口に無造作に積まれた岩波新書の中に、探していた本がいきなり見つかりました。200円でしたから、いつも100円で買っている僕には一瞬のためらいもありました。けれど、高いだろうということはあらかじめ覚悟をしていたので、購入することにしました。この本屋さん、熱心に本を読む男性客が店の中程に固まっておりましたので、最初にはさすが東京だなあと感じたのですけれど、その熱心さの訳は間もなく、僕もそこへ行ったときに判明しました。お店の半分以上は、性風俗に関する書籍や原色の雑誌を専門に陳列されていたのです。そのお店で、手頃な辞書も500円で見つけたのですが、これは、他の本屋さんも見てみようと思いましたので、そのときは岩波新書だけを購入しました。
街を進めば進むほど、古本屋が。東京って、凄いですね。相変わらず陽が当たらなくて寒いですけれど、列車代をかけてやってきた東京ですから、徹夜明けの体を引きずるように歩きました。
美術関連の書籍が充実している古本屋で、好きな写真家の写真集を探してみましたけれど、残念ながら見つかりませんでした。見つかっても、他の写真集に付けられた値段からすれば、きっと手のでない物だったでしょうから、仕方がありません。もとより今回は、写真集を買うだけの資金は用意できていませんし、あきらめてはおりました。
さすがに東京の古本屋だと思うのは、ディスプレイの凝りようでしょうか。こういう街を歩いているだけで、なんだか賢くなったような気がするのですから不思議です。でも、ビルとビルの隙間から風が吹いてきて、陽も当たらないものですから寒いから参ってしまいます。徹夜明けでしたから、トイレも近いのです。なぜ、寝ていないとトイレに行きたくなるのかはよくわかりませんけれど、とにかく、トイレのありそうなビルはないかと辺りを見回しまして、三省堂書店にて用を済ませることが、三回ほどありました。
公園を探しました
神田神保町に到着したのが10時半くらいでしたでしょうか。それから2時間あまり、古本屋に入ってはじいっと背文字を読みながら上下左右することを続けていましたから、さすがに疲れました。ここらでお昼御飯にしようと思いまして、公園を探しました。東京の地理は皆目見当もつきませんから、地図を立ち読みいたしましたところ、どうやら水道橋駅の方に公園があるようです。お昼時なので背広姿の人も多く見られる街を、公園を探して歩きました。
ここらを曲がった辺りだろうかと見当をつけて路地を曲がりますと、確かに、遠くの方に緑が見えました。ビルの立ち並ぶ陽の当たらない寒い街の中で、陽を浴びて伸びをしているような緑がビルに負けまいと立っています。路地に入ってしまいますと、ビルに囲まれて陽の当たる時間が短いようですので週末に降った雪が凍ったまま残っている場所が多く、用心をしながら公園へとたどり着いたのです。
やっと公園に着きましたけれど、お昼時ということもあって、ベンチはおろか、座れそうな場所はコンビニやファーストフードの包みを傍らにお昼を楽しむ老若男女で埋まっていました。公園は陽が十分に差し込んできますから、久しぶりに芯から暖められた心地がしました。けれども、もうしばらく経たないと座れそうにもありませんでしたから、おそらくは学校や会社の昼休みが終わるであろう13時過ぎまで、街の中を歩くことにしました。この頃になると、陽を浴びて気持ちも少し緩みましたから、空腹感が増してきました。早くお弁当にしたいなあなどと考えながら、学校の校庭がゴム張りだったりすることに驚いたりしながら歩きました。
塩むすびを食べました
13時を過ぎまして、そろそろ公園も空いているだろうと思いましたので再び訪れましたら、ベンチがひとつかふたつ、空いていました。ようやくお昼が食べられるとほっとしましたとき、家を出る際に水筒を忘れてきたのを思い出しました。自動販売機でお茶を買うのもどうかと躊躇したのですけれど、水分も摂らなければ具合が良くないと思いましたので、120円で温かいお茶を買いました。
朝の6時に握った塩むすびは、鞄の中で押し合いへし合いをしたらしいでこぼこを作っていましたが、東京にいるのだという高揚感と、歩き疲れと、お日様の見える公園の暖かさとが、何とも言えないほっとした気持ちにさせてくれていましたし、美味しく食べられました。握り飯というのは、何とも言えない安寧を与えてくれるものだと、食べる度に感じます。鞄の中にこれが入っていますと、なんだか出かけるという気分を更にふつふつと沸かせてくれるといいますか、包みを開いたときに感じる開放感といいますか、そこいらへんがなんとも幸せに感じられるのです。
公園には、鳩がたくさん住んでいました。きっとお昼時には、人々の食べるお弁当のおこぼれにあずかることもあるのでしょう。鳩にとっても、暖かくて、木もあって、これは、僕と同じように、ビルの間で電線にとまっているときよりも、ほっとしているのではないかなあなどと考えました。
お昼御飯を済ませた僕は、再び、古本屋巡りを再開しました。徹夜明けでしたから、ちょっとばかり眠くて歩くのが億劫でしたけれど、午前中は一冊しか見つかっていません。
やっぱり、疲れました
午後の散策を始めました。午後は、興味を抱くような本がたくさん見つかりました。「貧乏研究」なんて書籍は、僕の心をたいへんに動かしたのですけれど、7,000円という値札が、僕と「貧乏研究」との間に立ちはだかったのです。内容としては、貧乏線による第一級、第二級というようなものでしたから、既に持っている本と似ているということで、なんとか自分を納得させたものです。
この頃になりますと、背文字を読むこともなかなか難しいほどに疲れていました。15時を回った頃、最後にしようと思って入った店でも、なんだかぼうっとしていました。けれど、ここで、探していた本が唐突に目に飛び込んできたのです。突然の出来事でしたから、なんだか嘘のようにも感じられましたけれど、手にとって見ますと、確かに探していた本でした。昔、知人から借りていた小さな翻訳物の辞典なのですけれど、昔の本で、地元では見つからずにいたものです。500円でしたが、迷わずに買うことにいたしました。そのお店では、もうひとつ、岩波文庫で読みたいと思っていたものが全十巻1,500円でしたから、まあ、一冊150円ならよろしいかと感じて購入しました。
これで、神田神保町を後に、秋葉原まで歩いて戻り、列車で帰るだけとなりましたが、思ったよりも買い物が少なかったですから、最初の店で見つけた辞書を買って帰ることにいたしました。本は、2,700円分を買ったことになります。
東京は凄かったです
こうして、東京への小さな旅は終わりました。帰り道、まつやに入っていく人たちを羨ましく思いながら、秋葉原で電車に乗り、上野の常磐線ホームに着いたときには、すっかりと疲れてしまって、座りたいと思いました。でも、ホームには椅子がひとつもないとわかり、なんだかぐったりとして立ちつくしていました。
どうやら、東京の駅はすぐに電車が入ってきますから、ホームには椅子など無くても間もなく座れることにはなりました。座った途端に眠り込んでしまい、気がついたときには取手にいました。朝には十分に凄いなあと感じました取手の街にも、東京から戻ったばかりの僕には、なんだか、帰りつつあるという安心を感じました。
今回の出費で一番大きいのは、交通費でした。3,320円というのは、毎月八万円とか九万円のアルバイト代で生活している僕からすれば、大きな出費です。東京へは滅多に行けませんから、上野のカメラ店だとか、銀座のギャラリーだとか、そういった所も行きたかったのですけれど、一日では難しいです。
今度は、お金が貯まったら、一泊二日くらいで行ってみたいとは思います。それがいつになるかは、ちょっと今はわかりません。