タイトル写真 耐乏Press Japan.
10 Oct.
2000

全日本貧乏協議会


CONTENTS OCT.2000
●特集

 私とコンビニ

●連載記事

  西つくばファッション通信(2)
  
貧乏大全第1巻
  新・貧乏物語(8)
  貧乏彩時記(5)
 短期連載コラム
  うさちんの
  ちょっと北の国から(3)
最終回

 
●投稿記事

 貧者の知恵
 貧乏料理
 貧乏臭辞典
 読者の声


 編集後記/次号のお知らせ


●特集

今月の特集 私とコンビニ

●みんな、便利だって言ってる

記事とは関係ありません コンビニエンスストア。便利なお店という意味らしいです。みんなから、コンビニって呼ばれています。親しみが込められているのかも知れません。昔のコンビニは、朝7時から夜11時まで営業しているだけでも便利だと言われていたのに、いつの間にか24時間365日の営業が当たり前になりました。それは、もっと便利になったということでしょうか。今や、私の街・石下町でもコンビニがいっぱいあります。私の街の人口は約25,000人ですけれど、すでに10件以上のコンビニがあります。ほとんどが、24時間365日営業です。

 コンビニで扱われている商品は、本当にいろいろです。弁当をはじめとする食料品、生活雑貨、雑誌、テレビゲームソフト、その他。これらの商品を、いつでも買えることが便利だって思われているからこそ、コンビニがここまで発展したのでしょう。日本全国で増え続けているのだから、そういうことなのでしょう。

 私は貧乏なので、いくらみんなが便利だと思っているから発展しているコンビニでも、気軽に利用することはできません。なぜかというと、お金がないからです。コンビニは、24時間365日というサービスを提供してくれる代わりに、定価で物を売っています。定価というのは、その商品の一番高い値段です。富士山の缶ビールとか、売れっ子アイドルが無名だった頃のあらまあ!的グラビアなどの例を除けば、一番高い値段が定価です。それでは、貧乏でお金のない私には利用できません。

 みんなが便利だといって利用しているコンビニを、貧乏な私にも利用する手だてはないのか。今月の特集は、『私とコンビニ』と題して、私にもできるコンビニの利用を考えてみました。

 物は買えるのでしょうか。

●買えないコンビニ弁当

記事とは関係ありません コンビニでよく売れる商品といえば、どうやら弁当のようです。コンビニ弁当は、1日に3回お店に届くそうですから、いつ行ってもお弁当が置いてあります。24時間365日、コンビニにお金さえ持っていけば、ペコペコのお腹をいっぱいにできます。

 家でお米を炊いて食べると、洗い物まで含めれば1時間かかります。お米を炊かずに簡単に済ませても、15分くらい。コンビニで弁当を買って食べることにすると、買い物は5分もあれば十分に弁当選びができるし、レジを済ませることもできます。業務用の強力な電子レンジであったかくしてもらった弁当は、5分もあれば食べ終わります。洗い物は必要ありません。容器をゴミ箱に押し込めば、終わりです。わざわざ、弁当を買うためだけにコンビニに出かけたとしても、15分ほどで全てが終わります。都会に住んでいる人なら、もっと短いかも知れません。

 コンビニ弁当は、安いものだと400円以内。だいたい、500円前後というのが今の主流だって、テレビでやっていました。私は貧乏なので、400円の弁当を利用するとした場合、生活を支えてくれているアルバイトの時給が770円ですから、約0.52時間。31分12秒を1回の弁当に使うことになります。

 コンビニ弁当で食事を済ませた場合の15分に、弁当代を稼ぐためのアルバイト時間31分12秒をたしても、46分12秒です。これは自炊の1時間よりも優れていると錯覚するかも知れませんが、自炊していると、料理が上手になります。400円のコンビニ弁当は量が少ないですけれど、自炊なら安い材料でも量だけはいっぱい作れるので、お腹をいっぱいにできます。電子レンジで暖められた御飯よりは、土鍋で炊いた御飯の方が、食欲以外のものまで満たされている気がするのです。

 コンビニ弁当を買うためにアルバイトを31分12秒するよりは、400円の半分以下のコストで自炊する1時間の方が、自分の時間を有効に使っているのではないかと、私は考えることにしました。

 コンビニ弁当は、買えないことに決定しました。

●公共料金の支払い

 私は、各種料金を銀行口座から引き落とされるのが好きではありません。できるだけ、支払票を持っていって自分で支払うことにしています。引き落とし日に絶対に引き落とされてしまう口座振替では、どうしようもなくお金がないとき、支払を延ばすことができません。やろうと思えば、口座からお金を全部、一時的に引き出しておくことで支払を延ばせますが、それも面倒ですし、手元に全財産(と言っても僅かですが)を置いておくのも心配です。

 現在、東日本電信電話株式会社と東京電力株式会社の料金を、支払票で支払っています。これらの料金は、銀行、郵便局の他、コンビニでも支払うことができます。銀行や郵便局の窓口は、時間が限られています。私は、昼間寝て、夜起きる生活が好きなので、銀行や郵便局がやっている時間にはいけないことが多いですから、いちばん利用しやすいのが、24時間365日、いつでも支払のできるコンビニということになります。

 コンビニで支払っても、特別に手数料を取られるわけではありません。夜中でも、明け方でも、支払票に記載された金額を置いてくるだけで済みます。生活が不規則な私にとって、これはとても助かります。

 食事時を避ければ、コンビニのレジは空いています。時間帯を選べば、金融機関のように待たされることはありません。便利だなと感じます。ああ、コンビニって便利だったのですね。この便利なサービスの恩恵にあずかれるのも、お金を持っている人たちがコンビニの商品を買ってくれているからこそだと思うと、感謝せずにはいられません。

 コンビニで弁当を買うお金のある人たちに、感謝します。

日本海を追え!

まだ夜が明け切らぬ日本海側の小さな漁村に船でたどり着いた。振り返り見る暗い海には、明かりらしきものは見あたらない。漁師だと思われる数人の男が、小さな漁船で作業している。さしてこちらを気にかける様子はないようだ。ほったて小屋と、小さなクレーンがあるだけの港は、全てが暗い錆色だ。俺は煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせながらあてもなく歩き始めた。」 なんて小説があったとしましょう。この規模の村であるなら、人口は3,000人程度。若者の少ない過疎の村でしょう。どうやら男は、何者かから逃げているようですから、シチュエーション的にはそんな村でしょう。さてこの男は、どこで朝飯を摂るのでしょうか。
 おそらく、このまま小説として書き続ければ、朝食のことなんか無視してストーリーが進むことになるでしょう。しかし、実際には喰わなければ逃げる力も出ません。設定としては早い時間ですから、街の小さな食堂もやっていなければ、雑貨屋も荒物屋も閉まっていると想像できます。開いていたとしても、よそ者がうろついていればすぐにわかってしまうような狭い村でしょうから、食堂で飯を食うなんてことはできないでしょう。
 もし、こんな村にコンビニがあったら、男は迷わずに利用するかも知れません。しかし、こんな人口の少なく若者も居ないような過疎の村に、はたしてコンビニはあるでしょうか。おそらく、コンビニを建てたところで、売り上げはぱっとしないのではないでしょうか。
 日頃は蛍光灯でぴっかりとまぶしく誘惑を振りまいているコンビニ。いざ、何もない土地でコンビニでも良いからと探したところで見つからないコンビニ。コンビニの便利は、やっぱり売り上げのために振りまかれた便利なんですね。

●買えない生活雑貨

記事とは関係ありません 夜中に風呂へ入ろうとしたとき、ふと石鹸を切らしていることを思い出す。貰い忘れたのだ……。こんなときでもコンビニならば、24時間365日のサービスで、石鹸だけでなく、ボディーソープ、石鹸、洗顔なんちゃらでもなんでも揃えてくれています。ティッシュだって、シャープペンシルの芯だって、プリンタのインクでさえも、並べられています。24時間365日、コンビニは商品をいっぱい用意してくれていて、蛍光灯でまぶしく光っています。

 お金さえあるならば、風呂には石鹸がつきものだというので財布を握りしめ、コンビニへ行くこともできます。でも、私は貧乏でお金がないので、それができません。コンビニで、定価で物を買えるほど裕福じゃないのです。ディスカウントストアの特売を聞きつけ、財布の中身と相談しながらまとめ買いをすることが精一杯なのです。


記事とは関係ありません 最近では、コンビニでもプライベート商品という自社開発の商品を、スーパーより安い価格で売っている場合もあります。でも、コンビニのプライベート商品よりもディスカウントストアの特売の方が安いので、やっぱり私にはコンビニの石鹸は買えません。

 夜中、どうしても石鹸がなければ、タオルで汗を洗い流すだけでも1日くらい問題はありません。ティッシュだって、トイレのちり紙でも車の中に放り込んであるガソリンスタンドでもらったポケットティッシュでも、探せばなんとかなります。手ぬぐいで鼻をかんでも、洗えば問題ありません。そう考えれば、コンビニで売られている生活雑貨をどうしても夜中に購入する必要は、私にはありません。

 コンビニの生活雑貨は、買えないことに決定しました。

観察記録

記事とは関係ありません あらゆる生活スタイルに対応するコンビニでは、謎の行動を数多く見かけることができます。
 かごを持って、野菜、魚の切り身、総菜、漬け物を買っていく老齢の女性。老齢の女性などと面倒な言い回しはせず、おばあちゃんと書けば簡単なのですけれど、「あたしゃあんたみたいな孫、知らないよ」などと怒られてしまうので、やはりここは老齢の女性である。その老婆、いや、老婆というのもなんだか反感を買うのであるから、その女性、明らかにスーパーで買った方が安い品々を買って帰っていく。近所にスーパーがあるのにと不思議に思ってしまうのだけれど、私のように栄養は偏っているけれどまだ若いから健康な部類の人間からすれば近いと感じるスーパーだって、お年寄りからすれば遠いのでしょう。コンビニの幅広さを感じさせるシーンです。
 かと思えば、昼時に事務服を着た若い女性が、弁当コーナーの白米をひとつ残らずぐわっと抱えて買って帰るシーンなども。これは、いったいどうするつもりなのか、色々と想像が沸いてきます。会社で大量のレトルトカレーでも暖めているのか。おかずだけはあるけれど米がないのか。でも、事務服であるからにはどこかの事務所だろうし、そこでおかずだけあるというのも。なかなか深く考えてしまうのです。
記事とは関係ありません 夜、コンビニを外から見ると、必ず雑誌を立ち読みしている人が居ます。なんだか、孤独やら哀愁やらを感じるシーンなのですけれど、ふとコンビニに入って雑誌コーナーなどに行き、お、なんだか面白いタイトルだなあなどとすっと雑誌を手にとって開いた時点で、自分だってそのなんだか孤独やら哀愁やらを感じさせる側に立っているという事実に気がつくのです。
 う〜む、なかなかに複雑なのがコンビニ。

●水洗トイレ

記事とは関係ありません 私は、水洗トイレが大好きです。水洗トイレファンです。しかし残念なことに、私の住んでいるボロアパートは汲み取り式。水洗トイレを求めて、大きな用事は外出先で済ませることがほとんどというくらい、徹底した水洗トイレファンです。

 最近のコンビニは、気軽に利用してくださいという雰囲気のトイレが多いのが嬉しいです。昔は、掃除用具置き場の片隅に汚い便所が申し訳程度にあるだけで、店の人に断って「関係者以外立入禁止」なんてドアを開けて入ったものですけれど、最近はトイレすらもサービスに取り入れられているおかげで、最初から来店者が使うことを意識した作りになっています。

 コンビニで働く人は、トイレの掃除も大切な仕事のひとつです。トイレの壁に掛けられた掃除当番表には、日付、掃除した場所、掃除した人の名前が書いてあります。洋式・和式は場所によって違いますけれど、手洗い場には石鹸が置いてあるところが多いし、エアタオルかペーパータオルが設置されている場合も多いです。エアタオルだと顔が拭けないので、できればペーパータオルにして欲しいです。

 決してゆっくりできるトイレではありませんけれど、お腹の調子が悪いときには嬉しいです。車で走っていても、お腹の限界が訪れるまでには、次のコンビニがあります。パチンコ店のトイレよりも、過ごしやすいのではないでしょうか。パチンコ店との決定的な違いは、24時間365日、いつでも利用できるという便利さです。ああ、コンビニって便利だったのですね。清潔なトイレをいつでも利用できるのは、お金を持っている人たちがコンビニの商品を買ってくれているからこそだと思うと、感謝せずにはいられません。

 コンビニで生活雑貨を買うお金のある人たちに、感謝します。

トイレットペーパー

 コンビニでは、トイレットペーパーも売っています。トイレにはいると、商品棚では商品として売られているトイレットペーパーが、消耗品として山と積んであります。このギャップも、なかなかに味わいがあるではないでしょうか。
 「ああ、このトイレットペーパーを持ち帰れたら、少し助かるのだけれど。いやいや、そんなことをしてしまっては、私の貧乏が違う方向へと行ってしまうではないか」などと葛藤しながら用を足すというのが、コンビニのトイレなのかも知れません。

●情報端末

 最近では、コンビニに情報端末が置いてあって、チケットの予約や購入ができてしまいます。一度だけ、写真展の前売り券を購入したことがあり、200円だけ安かったので助かったことがありました。

 しかし、私は貧乏なので、頻繁に入場料の必要なところへ行くことはできません。飛行機には一度も乗ったことが無いし、移動手段は車だけです。高速道路なんて、使えません。写真展が頻繁に行われている東京は、駐車場が有料なのであまり行けません。車よりも電車の方が安いというのは都会の話です。私の街・石下町を走る関東鉄道は車よりも遅く、ガソリン代よりも料金が高いです。厳密に言うと、ディーゼルで走っているので、電車ではありません。日本で2番目に料金の高い路線らしいです。

 せっかくお金を持っている人たちがコンビニの商品を買ってくれているからこそ実現した情報端末の設置も、その恩恵にはあまり与れないでいます。閲覧は無料ですけれど、そこに表示されるものは商品ですから、手に入れるにはお金がいります。

 前売り券というのもくせ者です。当日券よりもいくらか安く購入できますから、いっけん貧乏な私にはぴったりだと思われるかも知れません。でも、もしその催し物に行くことができなかったら、大切なお金が期限の過ぎたチケットという、紙くずになってしまうのです。前売り券の購入には、何が何でも朝には起きるという固い意志と綿密なるスケジュール調整が必要なのです。

 コンビニの情報端末、私はあまり利用することはないと思います。

●貧乏とコンビニ

 コンビニは、お金を使わせようと必死にサービスを展開しています。お金を使わせるのに選ばれたのは、商品の売価を下げることではなく、24時間365日、いつでも利用できるというサービスによるものです。このサービスが人々に受け入れられ、お金のある人は、コンビニで定価の商品を数多く買っていきます。

 コンビニは、豊富な商品陳列で客を待ちます。一度、足を踏み入れると、ついつい変なものを手にしてしまい、いつの間にかかごを持っていたりするのでしょう。こうして、なにか1つ、100円のものを買いに行った人は、欲しいはずではなかったものを定価で購入してコンビニを後にするのでしょう。ああ、思えば昔のコンビニにはかごなんてありませんでした。かごの出現というのは、コンビニの繁栄を象徴しているのかも知れません。コンビニの商品陳列は、「ついでに」が計算されています。なにをどこに置けばついでに買って貰えるか、彼らは日夜、探っています。

 しかし、冷静に考えれば、必要のないものは必要ないと判断できるはずです。よそで買うべきものはよそで買うと判断できるはずです。私は考えてみた結果、コンビニで商品を購入することはできないという結論を出しました。

 この結論は、多くの貧乏人に共通するのではないでしょうか。貧乏人は、できるだけ金を使ってはいけません。乏しいのですから。ならば、金を使う場合であっても、最小限にとどめる必要があります。コンビニは、決して最小限ではありません。24時間365日という手間を売るコンビニは、自分の手間をかけることでお金を使わないようにする貧乏とは、相反するものではないでしょうか。

 私にとってのコンビニは、大きくて蛍光灯のまぶしい水洗トイレです。


●連載記事

西つくばファッション通信 第2回:秋を着飾る長袖シャツ
 10月に入り、肌寒い日も増えてきました。もう、長袖が必要な季節です。長袖は、布の面積が大きい分、お値段も高めですが、なんとか安く済ませたいもの。今月は、インド製の紳士長袖シャツをご紹介します。

インド製のシャツ
紳士長袖シャツ/綿100%/インド製/¥499/ファッション市場サンキ
 綿100%と贅沢なシャツですが、そこはインド製。「この製品はインド製の手織生地を使用しています。多少のネップや色ムラがありますが、これは手作業によって織られた生地の特性です」という注意書き付き。確かに頼りなげな印象も受けますが、そこは499円。ジャンパーでも羽織れば、ごまかせるでしょう。
 洗濯時の色落ちは必至。色落ちを見越した色選びも、重要な要素です。最初の数回は、たらいかバケツで個別に洗濯しましょう。

今月のお値段:¥499


新・貧乏物語

 10月にもなりますと、涼しいを通り越して寒いと感じられる日も増えております。体調には十分な注意が必要というこの時期、私が全日本貧乏協議会の会長を勝手に務めている川上卓也です。逆立ちしても鼻血も出ません。
 「会長ぉ〜」
 おや、その毎度毎度毎度お馴染みの呼び声、久しぶりに見る迷彩の上下。癪にさわる高校生、シゲ君ですね。
 「どうもだっけゃ」
 さて、この物語も、いよいよ今回を含めてあと2回となりました。思えば長い道のりでしたが、ゴールはすぐそこです。シノプシスを書いた紙も、すでにぼろぼろです。
 「内容も、その紙と比例しているんじゃないけ」
 こうして、シゲ君の癪にさわる発言の相手をするのもあと2回で済むと思えば、気も楽です。
 「つき合わされる方だって、あと2回だと思うとほっとすっとな」
 なんだか、気が合いますね。その調子で、さっさと終わらせてしまいましょう。さて、今月は自分に必要な道具についてのお話です。
プラスドライバー  「インパクトドライバー」
 はいはい。インパクトドライバーが必要なのですね。
 「買ってよ」
 なんで私がシゲ君にそんなものを買ってあげなければらならいのですか。そんなお金があるなら、米を買ってきますよ。
 「ドア修理のギャラ、まだなんだけどな」
 ごほっ、そんなこともありましたっけ。まあ、その話は後ほどと言うことで、さっさと本編に入りましょう。

第3部 『時間を得る貧乏生活』
第2章 『自分に必要な道具』

 自分の時間を得るためには、自分を維持するためのコストを減らす必要があります。
 「最低限の衣食住だな」
 そして、得られた時間を使ってなにかを創り出すためには、なにがしかの道具が必要です。衣食住、そして道具。それ以外の物は、ゴミと言うことになります。
 「相変わらず、大げさな話だな」
 相変わらず引っかかりのある合いの手ですね、シゲ君。まあ、いい。しかしその道具でも、必要以上に高価な物を手に入れる必要はありませんというお話をします。
 「どうせ買えないことを正当化する気でしょ」
 進行を妨げないように。コホン。さて、私は写真家です。
 「自称だけれどね」
 名乗った者勝ちですよ、そんなもの。で、写真家と言うからには、当然、カメラは持っています。一眼レフと言えば聞こえは良いですけれど、5,000円で購入したNikomatFTnです。
にこまーと  「他人から見れば、あれこそゴミだと思われっと」
 確かに。ただ、私の写真テーマだと、三脚にレリーズで腰を据えて一写入魂ですから、オートフォーカスは必要ありませんし、モータードライブも内蔵露出計も不要です。F2あたりが欲しいですけれど、NikomatFTnがあれば、今のところは道具としては十分です。
 「大した写真を撮るわけでもないし」
 ええい、当たらずも遠からずなだけに癪にさわるのですよ、君。まったく。まあ、たとえ私が何十万もする高級カメラを買ったとしても、結局のところ、今と同じ使用方法でしょう。すると、高級多機能カメラを買う意味がありません。
 「写真をやっていない人間には、なんだかわからないぞ、この話」
 では、コンピュータの話でもしましょう。パソコンってのは、とってもお金がかかります。
 「会長のパソコンも、時代遅れだものな」
 内蔵モデムが14.4Kだった時代のパソコンですよ。だいいち、画面表示は640×480です。
 「だから、耐乏PressJapan.は大画面で見ると違和感があるんだな」
 どうしてそういう見方しかできないのです、君は。まあ、あのページもおかげさまで多くの読者が訪れてくれてます。だいいち、ウェブコンテンツなんてものは、まず内容ありきのはずですから、画面がちっちゃくったって、そんなもの二の次です。
 「世の中、G4なんてのが主流になってるでしょ」
 私が道具であるパソコンに求めている機能は、今使っている時代遅れでも十分に備わっています。何十万も出して新しいパソコンを買っても、そのパソコンでやることといえば、今と変わらないでしょう。そんな出費は無駄です。
 「パソコンを持っていない人間には、なんだかわからないぞ、この話」
七輪  では、アウトドアの話でもしましょう。野外バーベキューなんて、ブロックと網、炭と食材、少しの調理器具があればできます。タープなんか、工業用ビニルシートと棒2本、それにロープがあればいいでしょう。それを、何万円も出して揃えたとしても、やることは一緒でしょう。
 「アウトドア用品も、揃えるとボーナスくらいなくなるよね」
 アウトドア用に調理器具なんか揃えるからいけないんですよ。家で使っている道具を持っていけば、問題ないじゃないですか。キャンピングテーブルなんて、茣蓙敷いて座れば良いだけの話です。
 「それじゃ、お洒落じゃないから受けないんだよ」
 そんな人々は、一生懸命稼いだお金で分不相応なステータスを一生追い求めていればよいのです。着火剤がなければ炭に火をつけられないような人間が知ったかぶりをする恥ずかしさになど、気がつかなければ幸せでしょう。
 「おら、会長の方がよほど辛辣だと思うんだけどな」
 ちょっと、ヒートアップしてしまいましたでしょうかね。さて、お茶でも入れてきましょう。

 ず、ず、ずずっ。
 「こういうのを、粗茶って言うんだな、きっと」
 白湯じゃないだけでマシでしょう。さて、道具について、まとめましょう。3つの例ではなかなかに理解しがたいとは思いますが、衣食住だけでなく、創作に必要な道具ですらも最低限にすることが、より時間を得るためには重要なのです。
 「必要な道具でさえ、買うという行為は消費されることになるわけだ」
 そういうことですね。物があふれている時代ですから、それぞれの用途にそれぞれ、道具が商品として売られています。そのことで、現代の人々は応用力を失っています。
 「空き缶潰し機」
 カタログからマニュアル、そして考えることのできなくなった時代、A+B=Cという発想は失われ、Cを買ってくるという状態です。
 「麻婆豆腐は、麻婆豆腐の素を買ってきて作る時代」
 道具を買う前に、手持ちの道具の組み合わせでなんとかできないか。そういう発想こそが、大切なお金を使わないための節約であり倹約だと、私は考えているのですが、世の中、どうもそうじゃないらしいのです。
 「洗濯機で風呂水を使うのに、専用ポンプを買ってくるわけだ」
 灯油ポンプじゃ駄目だろうかとか、考えればいいのです。中学生程度の知識があれば、ホース1本でも汲み上げられるじゃないですか。
 「よっぽど嫌いなんだな、風呂水ポンプ」
 ゴミを手に入れることで、自分の時間は失われていくのです。時間を失うことは、時を得る貧乏生活を根本から崩壊させるのですよ。
 「それにしては、会長はよく寝てっとな」
 ごほっ。貧乏人は、体が資本ですから。調子の悪いときは、寝てしまうのが一番なのですよ。さて、長いことやってきたこの『新・貧乏物語』も、いよいよ次回が最終回です。
 「どうやってまとめる気なのか、楽しみだな」
 本当の遊びとはなにか。それが最後の鍵になります。

 では、会長は帰るぞ

第2章 完
文責:全日本貧乏協議会会長 川上卓也


貧乏彩時記  〜第5回:秋を彩る栗御飯

10月12日
栗御飯  食欲の秋である。色々な美味しいものがあちらこちらに生えていたり落ちていたりと、春と共に嬉しい季節。秋の味覚を自分で拾いに行くことも楽しいけれど、誰かが拾ってきたものを分けて貰うのも、これまた嬉しい。そんな嬉しい今回の主役は、野生の栗だ。
 山で採ってきた栗は、売られている栗よりも味が詰まっていて旨い。そんな栗を、唐突に貰うことができたのだから、これは雀躍りどころの話ではない。もう、アルバイトで鍛えた声帯が窓ガラスをも震わせるほどの「うぉ〜」を響かせたいくらいに感動したのだけれど、迷惑なので「ひえぇ〜」にしておいた。このひえぇ〜と濃厚な秋の味覚を楽しむという段に、思い浮かんだのは炊き込み御飯であった。我が家には、やはり貰い物の新米が少しばかり残っている。新米などという貴重品は、なかなかむやみに食べられないものであるけれど、かといってずっと大事にしまっておくと古米になってしまう。いつ食べようか、いや勿体ないと日々私を悩ませていた新米も、この栗と共に炊かれるのであるならば本望ではないか。そういう熱のこもった思いが、栗御飯へと導いたのであろう。なにせ、新米と野生の栗である。なんとも旨そうな組み合わせを試さずにはいられないではないか。これは、むむっと眉間にしわを寄せながらナイフでちまちまと栗の皮をむき、ざっこざっこと米を研ぐ。栗の皮むきは一苦労であるけれど、これから食べられるであろう秋の味覚、栗御飯を思えばナイフを握る手にもギッと力がこもる。おっと、指まで剥きそうだ。
 栗御飯となるべく準備された米と栗を、土鍋で火にかける。やがてぶくぶくと泡を吹くから、火加減をする。旨いものを喰うための手順が、空腹をより際立たせていく。土鍋からのぼる一筋の湯気の中にほんのりと栗の存在が意識される。裸電球で暗く照らされた台所が、秋の雰囲気をより盛り立てている気にすらなってくる。時間をはかり、コンロの火を止める。
 10分間の我慢の末に蓋を取り上げると、ふうっと湯気が広がる。やがて湯気の向こうには、見ただけでも十分に旨い栗の炊き込み御飯ができあがっている。栗色のなんと鮮やかなことだろう。米も立っている。収穫の秋は、貰い物多き秋でもある。なかなかに嬉しくて旨い秋なのであった。


うさちんのちょっと北の国から だい3かい
オトモダチ。
今から1年半ほど前、私が専業主婦で貧しかった頃のこと。
主人の友人(独身男性・貧乏)が手土産なしで我家に遊び
にきた。(いや、根に持ってるわけじゃぁ・・・)
何の準備もしていなかった私は、数枚の小銭を握り締め、
慌ててスーパーへ食料を買いに走った。

スーパーから帰ってみると、主人が腹ペコの友人のために
キャベツの千切り(およそ1/2個)を皿に盛ってもてなしていた。
それをむさぼるように喰らう友人、、、。

千切りキャベツを目を血走らせて食べる友人も友人だが、
キャベツの千切りしか出せなかった我家も我家である。

教訓 〜 類は友を呼んじゃう。

筆者紹介:うさちん

 節約術集積サイト『節約倶楽部』の主催者。テレビで紹介されるほどの人気サイトを運営する、節約主婦のカリスマである。

 多忙なスケジュールを日々こなしながらも連載を書いてくれてありがとうございました。これからも、なにか書いて貰えると助かります。


●投稿記事

貧者の知恵

防寒の知恵2段飛び
 これから徐々に寒くなっていきますね。
寒い冬の夜。たくさん着込んで寝るのも良いですが、ペットボトルにお湯を入れて、湯たんぽ代わりに足の間に挟んで寝ると、ぐっすり眠れます。
 そして、朝。程良くぬるいペットボトルの中の水で顔を洗う。これで、冷たい水道水で洗わなくてすみます。
 これぞ、一石二鳥です!!

投稿:tonton


貧乏料理

冷蔵庫 VS 圧力鍋
冷蔵庫レスの生活の記事を拝見致しました。私も冷蔵庫は嫌いです。ある時期は使用しておりませんでした。それでも肉も食べましたし煮物も食べました。一人暮しですので煮物を作れば3日は持ちます。 さて、どうしていたか!!ですが...使用したものは圧力鍋でございます。なぜ、冷蔵庫が必用かといえば「腐る」からですよね。「腐る」って事は空気中に居る菌や黴が食品に落下して増殖する。ということですね。もし、菌が落下しなければ、あるいは菌が増殖しなければ腐る現象は発生しません。冷蔵庫は低温によって菌の増殖を押さえるのですね。このプロセスを考えれば圧力鍋によって腐敗を防止可能なのです。 方法は1.普通に調理する。2.ふつうに食べる。3.あまりものは圧力鍋に入れてそのまま加熱して加圧する。4.決して蓋をあけずに次の食事まで放置。これだけのことです。ここで特別なことは、食べた後に圧力鍋の蓋をして一度加熱する事なのです。これで空気中の落下菌や箸についた菌が死んでしまいますから食品は腐らないのです。

投稿:まるまりにゃんこ


貧乏臭辞典

携帯電話のメール 携帯電話でメールしているのを見ると変に思います。携帯でメールを出すとすぐに返事が来て、またメールを返す若い人をみると、こう思います。

電話機なんだから電話すればいいのに。

投稿:ピンクぶーたん


読者の声

先月、洋服を買いすぎてごはんを食べられなくなったのですが、これは貧乏には該当しないのでしょうか?

この間は、素麺をゆでて、卵、塩コショウなどと一緒に炒めて食べていました。結構おいしかったし、これからの事も考え、常時ストックとして買っておくことにしました。

九月号を読んで、納豆を食べたくなりました。

投稿:かつ。

同じ服を二度と着られないような世界もありますし、そうしなければのし上がれない世界もあります。洋服を買いすぎてお金を使い果たすことが必要なのか浪費なのかは、その人の生きる世界によりますよね。

胡麻油で豆板醤と生姜、大蒜、挽肉を炒めて辛みを出し、そこへ素麺を入れて手早く混ぜ合わせると美味しいです。ただ、豆板醤と挽肉が金銭的に入手困難なので、私は滅多に食べられません。

今日も、納豆です。

服は貰い物で済ませる編集者

初めましてレイジです。今日ぼくは、貧乏人が可哀想という風な考えを持っている自分を再発見して当惑しています。まー自分も何年か前は痛いほどの貧乏を味わったのだけれど、病気になり、今実家に戻っていて食うに困らぬ生活をしているといつの間にかあのころの情熱?ヲ忘れていて、あの頃とはまるで違う生活、足下〜の再出発をすべく努力をしている。努力をしているので今のこの自分ヲ好きでいる。でも今日家庭の味しか知らなかったガキのころの貧乏に対する(生まれながらにして、、家庭の事情とかで)価値観からあまり変わっていないような自分に正直怖さを感じています。いやいや、愚痴なのかな?これは。それでは失礼します。何か共に分かち合える意見下さい、求めても良いかな?

投稿:レイジ

貧乏なんて、よっぽどの物好きでなければイヤなはず。貧乏がイヤでつらいと思っているのに、貧乏から抜け出せない人が居たなら、それは可哀想なのかもしれません。

私は、明るい未来のために貧乏をエンジョイしていますから、どうも痛いと感じたことはありません。鈍感なだけでしょうか。

ただ、冬は寒いです。灯油が余っていたら分けてくれる人を求めています。

米を貰うと嬉しくて仕方がない編集者

初めてこのページに来ました。とてもためになりますね。
私は遠距離恋愛で月に交通費を7万円も負担しています。彼に収入がないので。
それから通信費も結構かかります。だから平日は貧乏暮らししています。洗濯は1週間に1回。一人(平日)のご飯は貧乏ご飯(週末の余り物で暮らす)。
乾飯は、やりたいな。と思っていたのですが、やっている人がいることが分かって感動しました。今度やってみます。

投稿:遠恋貧乏

月の交通費だけで私の月収に匹敵……。

大昔の農民などは、嫁を貰うにもせいぜい隣の部落からという狭い世界だったのに、今では全国規模で遠距離恋愛。世の中、便利になったのかも知れませんけれど、その分、誰かが利益を得ているのですね。

ところで、遠距離って何キロメートル以上を指すのか、私は聞いたことがありません。明確な定義ってあるのでしょうか。

乾し飯を1kg所有している編集者

私は学生で、デザイナーを目指しております。学費を自分で3年間払ってきました、年間120万円で、死ぬほどバイトざんまいの毎日でした。しかし、こんな超ハードな日々も来月でおしまい。学費の支払いが終わるのです。長いようで短かった、パン工場でのアルバイト。最初は、学校もバイトもすごくやめたかったけど、今はもう、自分のしてきた事に後悔はないです。たくさんの人生の先輩方に出会えた事がとても勉強になりました。

今日はじめて、このページを見つけました。とても素敵なページだと思いました。もっとたくさんの貧乏特集してください。心は錦で行きましょう。

投稿:骨と皮

デザインの世界って、学校を出てからデザインで喰える人なんて1000人にひとりかふたりと聞いたことがあります。そんな世界で必死にアルバイトをしながら勉強してきたのですから、有名になってお金持ちになれるといいですね。

これからも、貧乏特集していきます。当協議会の会長が金持ちになる日は、当分というか永遠に訪れないともっぱらの噂です。

確かにボロを着ている編集者

我が家では、家の無駄なもののことを「エントロ君」(学生の頃倫理で習った「エントロピー」から、これは精神的な無駄というような意味だったと思います)と呼び、忌み嫌っています。

その心は、売っても二束三文にもならず、貧乏人にとって、持っていても何の足しにもならないと言うことです。

それからドラクエブームをにらみ、「貧者の石」なるものも考えましたが、これはイマイチかも知れません。「石」を「意志」「遺志」などに置き換えれば、何か哲学的です。

投稿:或る主婦の節約生活? 木綿

不確かなものというのは無駄な出費に化ける可能性を秘めていますから、エントロ君というのはなんとも素敵な表現かも知れません。

貧者の意志、これだけで連載のタイトルになりそうです。新・貧乏物語が終わってしまうと、次の連載を考えなければならず、苦労しています。

考えなきゃ、考えなきゃと思いつつも、意志が弱いためか、いつの間にか寝てしまっている毎日でありまして……。

パラドックスとパララックスに悩む編集者

素敵なサイトを見つけた。
私も触発された。
もう、仕事中に買い食いはしないでおこう…

缶ジュース一杯が納豆三パックの価値があるなんて…知らなかった。

投稿:もが

缶ジュースを買うくらいなら、納豆や豆腐を買った方が、お腹の足しになります。ただ、仕事中に納豆や豆腐を食べるのは難しいかも知れません。

家で煎餅を作っていくとか、ひまわりの種をフィルムケースに入れて持ち歩くとか、工夫が必要になると思います。ほし納豆を机の引き出しに忍ばせるのも、ナイスかもしれません。

缶ビールは大好きな編集者


●編集後記/次号のお知らせ

編集後記

■次号のお知らせでは毎月中旬発刊となっている当会報誌ですが、実際には下旬になるのが約束でした。奢ってもらい、酔っぱらって帰ると、編集なんてできません。■しかし、今月号は違います。なんと、予定通りに中旬発刊という快挙を成し遂げました。これは、奢ってもらう回数が減っていることを意味するのかも知れません。■これは、少し問題です。このまま奢ってもらえないと、自分で購入した安酒を呑むことになります。二日酔いは確実であり、編集の遅れは勿論、アルバイトに行けないなんてことも考えられます。■編集アイデアは、旨い酒で酔わないと出てきません。名のある酒蔵の方、ぜひ投資代わりに純米大吟醸を。(か)
次号のお知らせ
耐乏Press Japan. 2000年11月号 11月中旬発刊予定

●特集

 未定

●連載記事

 西つくばファッション通信(3)
 新・貧乏物語(9) 最終回
 貧乏彩時記(6)

 
●投稿記事

耐乏PressJapan.では、皆様からの投稿をお待ちしております。詳しくはトップページをご覧ください。



耐乏Press 耐乏Press Japan. 発行:全日本貧乏協議会(taku3@jh.net) 発行部数:36298 冊
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