こんにちは。食べられる草が勝手に生えてくるよい季節となりましたところ、私が全日本貧乏協議会の会長を勝手に務めている川上卓也です。まあその、貧乏です。
……おや、茨城でも癪にさわる高校生ベスト5に入るという、シゲ君がきませんね。
「ここにいっとな」
びくうっ。迷彩服の上下を着て、雑草に身を潜めるんじゃありませんよ。もう少しでお迎えがくるところでしたよ。
「少しは草刈りをしないと、また虫のパラダイスになっちゃうぞ」
余計なお世話ですよ、まったく。私だって、全日本貧乏協議会の会長として多忙な毎日を送っているのです。だいたいにおいて仕方がないのですよ。言い訳ではありませんよ。
「忙しいって言う暇は、あるみたいだどな」
相変わらず癪にさわりますね、君。そういえば、シゲ君も4月から高校3年生でしたね。
「誰が舟木一夫だっての」
本当に高校生なのですか、君は。まあ、いい。初めて会ったのが中学3年生の時でしたから、あれから3年ですか。早いものですね。
「あの頃、会長はアホみたいな写真を撮っては喜んでたっけか」
ええい、まったくもって事実なだけに、癪にさわるのですよ。そういう君こそ……今と変わりありませんでしたね。
「本質を見失わないように生きているからな」
これは参りました。
◆第1部◆ 『貧乏の時代がやってきた』
◆第3章◆ 「考えることを放棄した90年代」
さてさて、バブル経済の終わりを迎えた90年代。マニュアル文化に浸った人々が、考えるという行為を放棄してしまった、という話である。バブル期に中流意識を定着させてしまった人々が、今度はマニュアル社会で埋没していくのであります。
「バブルの頃から、ポパイだのオリーブだのはあったけどな」
確かにそうでしたけれど、マニュアル文化が確立されたのは90年代なのですよ。何でだと思いますか、シゲ君。
「う〜ん……。あー、電算機かあ」
さすがは電子科だけのことはあって、一般受けしない言い回しをしますね。まあ、そのとおり、つまりはコンピュータの台頭です。コンピュータの台頭が顕著に現れたのは……
「1945年に米国陸軍の全面的バックアップを受けたペンシルバニア大学電気工学科のエッカートとモークリーが中心になってENIACを完成させた頃からかな」
いったい、何の話ですか。コンピュータの台頭は、バブルにあるんですよ。バブル経済のフロー部分を管理するために、コンピュータが普及していったわけです。もちろんバブルの頃は、パーソナルコンピュータくらい気軽に導入しちゃいましたし。
「会長も、PC-8801MC2なんてのを買ったもんな」
そんなことまで調べんでもよい。まあ、パソコンを買うのは簡単でも、使うのは簡単ではありません。パソコンに関するマニュアル本が増えてくるという次第ですね。会社なんかで、社員全員が思いのままに使うなんてのは不可能ですから、情報管理部なんてのが表計算のひな形を作って、使い方、つまりマニュアルを配るわけです。受け取った側は、パソコンなんてわからない。壊してしまうのが怖いから、マニュアルに沿って作業するだけ。つまり、与えられた作業手順がをこなすだけで、その手順がなんなのかは、わからない。知らないものは、自分で考えることができないということですね。
「知らないものは無いものと一緒だもんな」
良いことを言いますね、たまには。こうして、考えることができないままにコンピュータを道具として使うことが日常になり、今まで手書きだった報告書もワープロを使うようになる。人間というのは面白いもので、手書きだと「こんにちは」と書ける人が、ワープロでは「こんにちわ」なんて打ってしまうのです。
「実例があるのけ」
いやなつっこみをしますね。実例も、あるんですけれど、言いたいんですけれど……。
「後で教えてね」
まあ、きっとペンを握ればちゃんと書けるんでしょう。ワープロだと、頭の中で発音しながら打っているんでしょうね。考えながらワープロを操作するのが精一杯で、文章を考えるところまで神経が回らない。文章のレベルが下がると、世の中にも悪影響があるでしょうね。
「だから、学校で配るプリントって内容が変なんだな、きっと」
全員が国語教師ではありませんからね。コホン。さらに、パソコンを代表とするコンピュータ機器が売れるおかげで、安くて性能も良く、小型になる。市場の原理ですね。
「資本主義社会だものな」
で、世の中のあらゆるもののコンピュータ化が始まりましたし、コンピュータを搭載した機器も、小型・軽量・低価格になりました。その最たるものが、携帯電話です。
「世のお父さんたちは、i-modeの操作ができることにステータスを求めているみたいだな」
四苦八苦しているでしょうね。携帯電話の操作に必死で、話の内容まで考えられなかったり、運転中に事故を起こしたりもしますわ、そりゃ。ところで、携帯電話ってのは電波を利用する立派な無線機ですから、医療機器などに悪影響を及ぼします。それを防ぐために、ある会社が携帯電話を使えなくする装置を開発し、病院などで導入されました。
「命に関わるもんな」
ところがですよ、これが電波法の「通信の妨害」にあたるとして、ケチを付けられてしまいました。
「馬鹿な話だよね、あれ」
う〜ん。無線機ですから、電波法の元で管理されるのは当たり前ですが、はっきり言って法律が現状に追いついていない典型ですよ、これは。こういう事例をみると、法自体のマニュアル化現象が起きている気がするのです。ここで、シゲ君に質問です。国家を形成する要素は何でしたっけ。
「簡単だよそんなの。国民・国土・法の3つでしょ」
さすが、単なる癪にさわる高校生ではありませんね。
「裏付けとなる知識がなきゃ、癪にさわれないからね」
はいはい。で、国民のマニュアル化、法のマニュアル化となれば、国家の要素のうち、2つがマニュアル文化に毒されてしまったことになります。
「国土はどうなるんだろうね」
土地の債券化、なんて話しもありますし、もしそうなったら、日本という国のどこに、アイデンティティを持てばよいのでしょうね。傾国債民の今、バブルによって古き良き日本文化は否定され、人々はマニュアルに縛られ、法すらもマニュアル的解釈しかしていない。新聞から思想が消え、数あわせの政治を行い、似て非なるゴミの大量生産・大量消費を繰り返す国。もう、気が変になりますよ。
「会長は元々、気が変だったけれどな」
あなた、一度すまきになって鬼怒川を下ってみますか。
先ほどシゲ君の放った失言も、ゴールデンバットの灰皿などという袖の下で丸く収まりましたし、話をまとめましょう。
「あう。ハックション」
おや、風邪ですか。髪の毛がびっしょりですね。現代の文明というのは、貧乏からの脱却のために築かれてきたものです。
「会長のよく言う、飢えと寒さ・飢えと乾きってやつだな」
シゲ君も、今月は少しおとなしくなりましたね。ふふ。まあ、日本は敗戦を迎え、国民は耐乏生活を強いられました。食べるものもなく、家もない人々。冬には飢えと寒さに、夏には飢えと乾きに襲われ続けていたわけです。河上肇博士が言うところの貧乏に戻ってしまったわけです。
「会長が、貧困・貧窮と言っているやつだな」
本当におとなしくなりましたね、君。石下橋から石下大橋まで流されただけなのに。で、その貧困や貧窮から脱却するために、日本人はすばらしい努力をしました。おかげで、高度経済成長が訪れ、日本は豊かになりました。
「オリンピック景気」
言葉数も少なくなりましたね、シゲ君。しかし、高度経済成長は、ちょっと行き過ぎてしまいました。なにもないところからのやり直しということもあって、経済を優先させすぎましたね。功利主義に走ってしまいました。その集大成が、バブルです。プラグマティックに物事をすすめ、過程を楽しむというゆかしさが消えてしまいました。
「過程=手間=コスト」
はい。プロセスを省くことで、効率を上げ結果だけを求めていく。なんだか、人間の存在が希薄になっているように感じられるじゃないですか。まず始めに人間ありきでなければ、主権在民だの民主主義だのということが考えられないわけです。
「おっしゃるとおりで」
人間の存在を二の次に考えた社会の中で、人々はアイデンティティという糧を失い、心が貧している。ここに、『一億総貧乏時代』の幕開けが宣言されたわけです。
「あー、これはこれは」
ん、少し調子が戻ってきましたね、シゲ君。こんな時代、いっそのこと、物質的には貧乏になることで、心の豊かさを取り戻そうじゃないですか。21世紀には、おそらく環境問題がより大きく取り上げられるでしょうし、そうなれば、環境優先にシフトして経済効率は落ちるはずです。
「取り返しがつかなくなるもんな」
経済効率が落ちれば、我々庶民の財布もいっそう冷え込みますよ。そんなとき、強く生きられるのが貧乏人だと、私は確信しているのですよ。ふふ。
「今月も、無事に書き上げたね」
書くって、何の話です。おかしなことを言いますね、君。
さて、こうして『新・貧乏物語』第1部は終了となり、来月からは第2部がスタートします。第2部は、『時間という商品』と題しまして、やはり3章構成でお話しします。
「何となく話が見えるな……いや、こっちの話」
聞かなかったことにしましょう。では、また来月に。
「本当に来月に出るの、この会報誌」
ほんっとうに癪にさわりますね、君。
「ところでさあ、毎月、『会長は帰るぞ』って言ってるけど、いつも自分のアパートでやってるじゃない。いったい、どこへ帰るのさ」
いや、終わってからもここにいるんですけれどね。あのようにして終わるお約束になっているのですよ。まあ、今月あたり、少し変えてみましょうか。
では、会長は草をむしるぞ
第3章 完
第1部 完
文責:全日本貧乏協議会会長 川上卓也