耐乏PressJapan. 全日本貧乏協議会

なみだの湖sott sott

連載新着2018年10月17日

二章

ヒタヒタヒタ、ヒタヒタ……
サワサワ、サワサワサワ……

 湖と、おかと、空。ララちゃんは水にうかぶ大きな葉っぱの上にいました。葉っぱの上にじっと座って、ゆらゆらと湖の上をただよっています。今日はお日さまがぽかぽかと暖かくて、朝ごはんがすんでから、ずーっとこうして葉っぱの上に座っていました。聞こえてくるのは、湖がまるで暖かいお日さまをよろこんでいるように、のどかにただよう水音だけです。

ヒタヒタヒタ、ヒタヒタ……
サワサワ、サワサワサワ……

 葉っぱの上にのっているのは、ララちゃんだけではありませんでした。ララちゃんの座っているまわりには、何やら、まるい、ガラスのボールのような、いえ、もっとやわらかい、ぽよんとした感じの、すき通ったまるいものが、たくさん転がっています。きちんと積み上げられているものもあれば、むぞうさに散らばっているものもあります。ただ、どれも青や水色や黄みどり色にうつくしくかがやいて、それぞれの色がお日さまの光にすき通っていました。そのたくさんのまるいものはララちゃんの座っている葉っぱの上に、三十、いえ、五十個くらいはあるように見えます。ララちゃんはそのすき通ったまるいものにかこまれて、ただ座って、空をながめていました。
 湖を見下ろすおかの上には、林がひろがっており、たくさんの動物たちが暮らしていました。その中には、頭の上に赤いとさかをもつ大きな白い鳥や、小さな青いつばさをした鳥もいました。鳥たちはよく、湖を見下ろしてじまんの歌声をひびかせました。林に住む鳥たちの中には、わたり鳥もいました。かれらは雪の季節が近づくと、よく歌声をひびかせては、ほかの動物や草花たちに、しばらくのるすを知らせました。「また暖かくなったら会おうね。」とあいさつをしているのです。
 林の中から、白い大きな鳥が「ぴぃょーい……ぴょい、ぴょい」と鳴きました。その声は広い広い青空に、どこまでもまっすぐひびいて、湖の葉っぱの上にいる、ララちゃんの耳にも聞こえてきました。ララちゃんは葉っぱの上にただじっと座っていましたが、その大きなうるんだひとみから、大きな大きなしずくがおちました。そのしずくは、ぽよん、ころん、ころんと、足元におちました。黄色に少し水色をまぜたような色にすき通ったその玉は、きらきらとお日さまにかがやきながら、ほかの何十という玉といっしょに、葉っぱの上に転がりました。
 そう、このたくさんのうつくしい玉は、すべてララちゃんの大きなひとみから流れおちたしずくだったのです。ララちゃんは、うつくしい空を見ては「なんと、すばらしい青だろう。」と感じ、まっすぐにひびきわたる鳥たちの鳴き声を聞いては「あの歌声は、広い青空にとても似合うなぁ。私も、あんなうつくしい声で歌えたら……。あぁ、どうか、いつまでもここに、あのうつくしい声がひびきますように。」と感じ、林の緑や、湖のかがやきや、日の入りの空にひろがる、げんそう的な赤やむらさき色に感動しては、なみだを流さずにはいられないのでした。
 ララちゃんは、ほんとうは一日のほとんどを水の中ですごす動物でした。でもララちゃんは、水の中にいるのは、あまり好きではありませんでした。だって湖の底の方は、くらくてジトッとしていて、そこで暮らす動物たちが、あまり幸せそうに見えなかったのです。はんたいに、水面に近いところは、波にゆらゆらおされて、好きなように泳ぐには、たくさんのコツをおぼえなければならないし、何より大好きな鳥たちの歌声は、水の中まで聞こえてこないのです。だから、いつもこうして適当な大きさの葉っぱを見つけては、その上にあがり、朝から日がしずむまで、一人ですごしました。
 同じくらいの年の子たちは、だれもララちゃんの葉っぱの上には、あそびにきませんでした。だって、ララちゃんは水の中にいることがとても少ないので、みんなよりずっとずっと体が小さかったし、それに一日中、空やおかや水面をながめてじーっと座っているだけの女の子なんて、変わってると思われていたのです。しかも何やら不思議な玉を葉っぱの上にたくさんのせて。でも、ララちゃんはちっとも気にしていませんでした。人と話したり、みんなのわの中に入っていくのは苦手だったし、それに、一人で空や湖をながめたり、鳥たちの歌声に耳をすましているときが、何より大切で、幸せだったのです。


三章

 「あぁ、つらい。……あぁ、いやだ。」
そんな言葉を、もう何度くりかえしたか、わかりませんでした。ココちゃんは街のはずれの大きな公園の中を走っていました。足どりは重く、歩いているのと、ほとんど変わりませんでした。
「雨、ふればよかったのに。」
空はスッキリとはれわたり、五月の春風がしずかにほおにあたります。
「なんでマラソン大会なんてあるの。マラソン大会なんて、だれが考えたの。あぁ、もういやだ。」
 ココちゃんは中学二年生。今日は学校のマラソン大会です。ココちゃんはマラソン大会なんて大きらいでした。お友達は先に行ってしまったので、ココちゃんは一人、重い足を一歩一歩ひきずりながら、ダラダラと進んでいました。
 走っている道の右手はずーっと下へつづく急な坂になっており、その先はうっそうとした森でした。走りながらチラチラと、森の木をながめてはいましたが、たくさんの大きな木がココちゃんを応援してくれていることに、気づくこともできませんでした。一人、また一人と、同じ運動着を着た生徒たちがココちゃんを追いぬいていきます。
「あーあ、まだまだ先は長いよ。」
 そのときでした。あせをふこうとポケットからとり出したタオルが、はらりとココちゃんの手からはなれて、あろうことか、森へつづく坂におちていってしまいました。
「あぁ!タオルが!」
そのタオルは、お友達どうしでおそろいでもっている大事な大事なタオルでした。みんなで色ちがいでそろえたのです。
「どうしよう、みんなにおこられちゃうよ。」
ガードレールから身をのり出して、下り坂をのぞきこみました。タオルは、大きな木の根元におちていました。
「あの場所なら、とりに行けるかもしれない。」
ココちゃんはあちこち見わたして、坂を下れそうなところをさがしました。たくさん木がはえているところは坂がゆるやかで、ココちゃんでもおりられそうです。
「よし、行ってみよう。」
 しっかり木につかまって、木の根っこに足をかけて、しんちょうに、しんちょうに、坂を下ります。
「マラソンより、こっちの方が楽しいぞ。」
子どものころ、家の庭で木のぼりをしてあそんだことを思い出しました。
 坂を下り、顔を上あげると、ココちゃんは森の中に一人でした。なんだか不思議な絵本の世界に迷いこんだみたいでワクワクします。
 ココちゃんはタオルをおとした場所へ急ぎました。不思議な森の中で見なれたタオルを手にすると、ふいに友達みんなのことを思い出しました。
「マラソンのとちゅうで森へタオルをひろいに行ったこと、あとで、じまんしちゃおうっと。」
 マラソンコースへもどろうとしたとき、ココちゃんはゴールの制限時間まで、まだまだたっぷりあることを思い出しました。
「もうちょっと森の中を歩いてみようかな。だいじょうぶよ。歩いた道をおぼえておけばいいんだもの。」
そう言って、一人で森の中を歩きはじめました。
 ココちゃんは森林散策が大好きでした。ワクワクしながら森の深く深くへと入っていきます。五月だというのに森の中はひんやりとした空気で、少し寒いくらいでした。マラソン大会だったこともわすれて、思いのままに森の中を歩きつづけました。
 とちゅう、小川がありました。雪どけ水が流れているためか、小川といっても流れは速く、小動物は流されてしまいそうに見えました。うちで飼っているミニチュアダックスフンドがここにいたら流されてしまうだろうか?なんて考えながら小川にそって歩いていきました。
 すると、小川の向こうから、なにやらヘンテコな、きのこのような子どもが、両手いっぱいに白っぽいボールのようなものをたくさんかかえて、こちらへ歩いてきます。
「なんだろう?」
ココちゃんは不思議に思いました。こんな森の中に子どもが一人で、しかもなんだか重そうなへんなボールをたくさんかかえて歩いてくるのです。ココちゃんは立ち止まって、近づいてくる子どもをじーっと見つめました。
 その子どもは、ほんとうにきのこのような姿に見えました。顔にたいして大きすぎる赤いベレーぼうをかぶり、首から下はずんどうで、細くてちっちゃい手足がその体からのびています。まるでちくわと、ちくわにささった割りばしのような、ずんどうな体と細くてたよりない手足でした。その子どものかかえているボールはとても重そうで(少なくともその子にとっては)、子どもは顔をまっ赤にして、わき目もふらずに一心に前を見て、その細いうでにかかえたものをとても大事そうに、一歩一歩、しんちょうに歩いてきます。
 ココちゃんは観察をつづけました。すると近づいてくるにつれ、さらにいろんなことがわかってきました。その子どもがかぶっているベレーぼうは、ぼうしなんかではなく、その子どもの頭そのものでした。そしてずんどうな体。まさに、きのこ子どもでした。そして、その子のかかえているボールは、ちょうど小さな子どもの、にぎりこぶしくらいの大きさで、ボールというより、とうめいな水ヨーヨーのような、すき通った色をしていました。その一つ一つの水ヨーヨーが日光をやわらかくうつして、白っぽく見えたのでした。
 この不思議な子どもは、このたくさんの水ヨーヨーをいったいどこへ、そして何のために運んでいるのか。さっぱりわかりませんが、まっ赤な顔で一心に歩く子どもを、だまって見送ることはできませんでした。
「あのー……、あのさ、なんていうか、それ、どこまで運ぶの?手伝おうか?」
話しかけてから、このきのこは言葉がわかるのだろうか?と、ふと不安になりました。子どもは立ち止まってココちゃんを見上げました。さっきまでまっ赤な顔をして一心に前を向いていた子どもは、キョトンとした顔でこちらを見ています。
「いや、なんだかすごく重そうだからさ。」ココちゃんは何が何やら、わからなくなっていいました。「運ぶの、たいへんじゃないかなと思って。」
子どもはまたびっくりしたような、キョトンとした顔でしばらくココちゃんを見ていましたが、ようやくモゴモゴとした声で、こういいました。
「……こんにちは」

筆者紹介:sottソット sottソット
1985年生まれ、富山出身、青森県在住。英国王立刺繍学校にて刺繍の基礎を学び、刺繍作家として活動。
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