耐乏PressJapan. 全日本貧乏協議会

おぞよもん暮らし 今井うさ

連載新着2017年4月24日

第38回 桜と父の面影。

 琵琶湖疎水に桜の花びらが浮かび出したら、春本番。先日はそれに誘われるように、久しぶりに疎水沿いを散策した。桜の帯に遭遇しながら、時折、こぼれてくる花びらをそっと手にして、ただただ桜だけを見る時間がとてつもなく贅沢なものに思えた。

 歳をとるにつれて、桜に対する気持ちは変化するもので、若い頃は「春が来た!うれしいな!」くらいにしか思えなかったものに、近年は少し滲んだ感情が加わるようになった。水面をゆれる花影に2年前に逝った父の横顔が急に浮かんできて、気持ちの片隅が何とも言えず切なく、少しとまどう自分がいた。

 ふと思い出したことがある。
 半年前、実家で父の手帳を見つけた。手帳といっても大きさはA4サイズ。1枚にひと月分のカレンダーが印刷されていて、1年分を厚紙の板に綴じる形式のものだった。父はそれをかなり愛用していて、廃盤になったときはだいぶ落ち込み、その後数年は自作していたものだった。1日いちにちのマスに細かな字でびっしりと、予定や今日の出来事を書いていた。
 父の部屋でそれを見たとき、一瞬自分のものと錯覚しそうになったくらい、私の手帳と字体は、父そっくりだった。全く意識していなかったところで、父がすぐそばにいてくれたような気がしたもので、急にとてつもなく泣けてきた。お葬式の時は号泣せず、母に責められたものだが、私にもこんなに涙があったんだなと思うくらいだった。

 新年度、手帳に年度始めの予定を書きこみ、容赦なく迫ってくる仕事に青くなったり赤くなったりする今日この頃。終電も近くなった時間、手帳に貼った桜の花びらにふれながら、時折、父に問いかけている。
「ねぇ、父さん。私は父さんが遺した宿題、ちゃんと向き合えてるやろか、ちゃんと頑張れてるやろか。」

 きっと「まだまだ、これからやなぁ!」と言われそうだが、今年も桜を見られたこと、生きていることに感謝して走っていけたらと思う。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。 現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。
著者のウェブサイト
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