おぞよもん暮らし
祇園囃子が今年も京都に本格的な夏を運んできた。6月下旬から「こんな早うに暑なって、7月8月どないしましょう」というくらい暑かったが、祇園祭の巡行と同時に梅雨明けし、連日、体温と同じような気温が続いている。

京の夏といえば、なんといっても祇園祭。私にとっては一年の節目でもある。足を運び始めたのは社会人一年目の頃からで、以来、宵山に山鉾町をそぞろ歩き、祇園囃子に耳を傾けるのが習わしになった。

祇園囃子


山鉾町にある町屋のいくつかは、祇園祭の設えとなり、貴重な調度品を格子ごしに見ることができる。見ていると、後ろからカラコロとぽっくりの音。店出ししたばかりの舞妓さんが、挨拶回りで町屋に入っていった。思いがけず贅沢な目の保養になった。
宵山は、夕方から主な通りが歩行者天国になるため人が溢れる。一度に全ての山鉾を回るのは難しいので、人で溢れすぎていない山や鉾を二つ三つ回り、最後に長刀鉾を見て帰るのが定番になった。ここ十年程で大半の山鉾は見て回ったが、まだ知らないものもある。長い年月をかけて見ていくのも、楽しみの一つだ。

鉾全景


今年じっくり見たのは放下鉾。鉾のある町屋の二階の座敷はご神体を始めとして、屏風などの懸想品が設えてあり、囃子方がいる鉾の上部ともつながっている。座敷の窓枠にもたれて、始まったばかりのお囃子を聴く。笛・鉦・鼓の音、鉾の絢爛な飾りつけ、宵に鮮やかに浮かぶ駒方提灯の灯り、じんわりとした熱気を含んだ風。それら全てに包まれると、夏の訪れを肌で感じて、また新たに季節を重ねていこうという心持ちになるのが不思議だ。
お囃子と同じように、それぞれの山鉾町には厄除けのお守りやろうそくを売る童唄があり「ろうそく一丁、献じられましょう」という子どもたちの唄を聞きながら、お灯明台へ。この一年、健康に過ごせたことに感謝し、ろうそくに火を灯して、また明日から一年の無病息災を祈る。

帰り道は三条から四条まで鴨川沿いに納涼床を見ながら、カランコロンと下駄を鳴らし、なるべくゆっくり歩く。川面の風がほてった頬をさましていき、少しずつ熱気がぬけていった。
今日もうだるような暑さで、心身ともに溶けてしまいそうになる。でも、耳の奥にかすかに残っている祇園囃子が、気持ちだけでもしゃんとして夏を乗りきろうという気分にさせてくれるのだ。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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