おぞよもん暮らし
 木々から新しい緑が芽吹いたこの時期は、澄んだ風がやわらかな光をまとっている。梅雨に入る前の束の間のひととき、風が私を外へといざなおうとしているようだ。こんな時はただただ、そぞろ歩きがしたくなる。

鴨の親子  京都の東山界隈には、琵琶湖疏水から分岐して鴨川へと流れる白川の下流がある。仁王門通からは東へと歩き、蹴上や南禅寺のほうへ何となく歩いてみようかと思っていたのだが、しだれ柳の緑が鮮やかだったのと、石橋の古びた感じに魅かれて白川を下っていくことにした。

 最初に出会ったのは鴨の親子。子鴨が5匹、流れに逆らって泳いだり、また流れに身を任せて母鴨の前を通りすぎたりを幾度も繰り返している。しばらく眺めていると、近くのお寺のお坊さんが足を止め、「もうだいぶ大きなったなぁ。卵が烏にとられそうになっていて、お母さんはたいへんやったんや。」と教えてくれた。母鴨は川の真ん中でじっと立ち、いたずらっ子な小鴨の様子を見ていたが、やがて川べりの茂みに行くと小鴨もそれについていき、やがて身体をくっつけあって昼寝に入っていった。母鴨もくちばしを自分の羽の間にうずめて休憩体勢になったのを見ると一安心したので、また歩き出すことにした。

蛍  次に出会ったのは、両手でカメラを抱え、じっと見つめる丸い瞳と赤い頬、キュロットが印象的なお姉さん。熱心に写真を撮ったはるなあと思うていたら、観光の方ですか?と声をかけてきてくれた。「あのっ、ここの柳には今、蛍がいるんです。この時期しか見れないんです。もし、散策されるんだったら、こういうのを見るのもおもしろいと思います。」と言い、柳の葉にいた蛍を教えてくれた。私が撮りやすいように、風に流れる柳の葉を手でおさえて下さりつつ、「ここに来たら、今年も蛍がいました。だから、こういうの、見てもらうのもいいかなと思って。この時期限定だし、見ることができて本当にうれしいです!」とお姉さん。私は蛍を知ることができたのもうれしかったが、こうやって自分がうれしいということを教えてくれたことに気持ちの奥が温かくなった。
 蛍は柳の葉の裏側でじっとしていて、時折、風にゆられていた。もし今日、このお姉さんと出会わなければ、私はここにいる蛍の存在を知らないまま、この場を通り過ぎていたのだろう。でも今日の出会いで、来年この時期に散策すれば、蛍とお姉さんにまた会えるかもしれないという楽しみができた。

白川  知恩院の塔柱を横手に見つつ、東大路通を渡り、そのまま川沿いをたどっていくと花見小路に出る。そこを少し下り、小さな通りに入ると川の向こうに人通りの多い風情のある橋が見えた。
 すると、後ろから「巽橋や。サスペンスもののロケでよう使われとる。」と声がかかった。ふりかえると年季の入ったベージュの中折れ帽をかぶったおじさんが橋を指さしている。おじさんはそのまま通り過ぎていったのだが、「あの橋行くには…さっきの道、戻るしかないか」という私のつぶやきが聞こえたようだ。少し離れたところから、「こっちから行けるで」と再び声が。おじさんは町屋と町屋の間、ひと一人通るのがやっとの薄暗い図子をずんずんと行く。このまま時間をも遡れてしまうのでは錯覚しそうになったとき、ぱっと視界が開け、巽橋と辰巳稲荷に出た。ありがとうございましたとお辞儀をすると、おじさんは軽く手をあげて、稲荷の人ごみにまぎれていった。
 辰巳稲荷の界隈は祇園白川とも呼ばれている。観光客も多くあえては行かないところだったのだが、たまにはよいかもしれないと思いつつ、そのまま鴨川へとそぞろ歩いた。

 三十路を過ぎてから確実に変わったことがある。それは、今この時間の流れや、出会い、出来事について、同じことは二度とはないこと、だからこそかけがえのない貴重なことなんだと思うようになってきたことだ。今日のそぞろ歩きの中で出会った人々とも一期一会。そして、せせらぎの音、溢れるような柳の緑、そこに息づく蛍の姿など一瞬一瞬を切り取って大事に持っていきたいと思うのだ。心に刻まれた一瞬のきらめきや記憶は、これからも私の心を温かくする。風が呼んでいるこの季節、今度はどこをそぞろ歩こうか。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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