おぞよもん暮らし

 かなり久しぶりにまとまった休みをとることができた。これを逃せば次はいつになるかわからない。めったに居住区から出ず、休みの日はトイレと風呂、足を伸ばしても近所の図書館くらいしか行かない私だが、たまには外に出なければという思いになった。貧乏人だって、時には旅には出てみたい!押入れに首をつっこみ、貯金箱のほぼ全額をはたいて、青春18切符を買った。

 青春18切符。あらためて手にすると、旅への実感がひしひしとわいてくる。24時間×5日間、JRの普通・快速が乗り放題というのだから、全国に行けるパスポートを手に入れたようなものだ。まずは京都を基点に東西南北、どこに行こうか、ひとしきり悩む。昔、ダーツの旅といった番組があったのを思い出し、ダーツはないので、目をつぶって日本地図を指さしてみることにする。しかし、指がとまったのは鳥取県沖。日本海の中心で「竹島は島根県です」と叫ぶのもよいのだが、冬はつらいので却下。さんざん迷った結果、和歌山県をぐるっと一周することに決めた。海と山を両方楽しめるような気がしたからだ。

 当日、6時台の電車に乗り込み大阪へ。朝早い電車はすいているかと思いきや、平日のためサラリーマンや学生が数多く乗っている。私は車窓の風景を眺めることに加えて、乗ってくる人たちを観察するのも好きだ。当たり前のことだが、それぞれの土地でいろいろな人が生活している。その生活風景を垣間見ることで、旅の実感を味わっていたりする。大阪からは紀州路快速で環状線から阪和線に入って南下する。堺や和泉〜という駅名を聞いて、大阪の南に来た気になる。堺市からは仁徳天皇陵を始めとした百舌古墳群をいくつか目にした。熊取という駅でようやく座れたので、前日に買っておいた塩パンで朝食にする。大阪と和歌山との県境にある和泉山脈を抜ければ、そこはもう和歌山県だ。

 和歌山県からは御坊行きの鈍行に乗り換えて紀勢本線をさらに南下していく。前の席には分厚いコートともんぺ、長靴姿ののおばあさんが座っていて、足元には大きなずた袋が2つ。この2つの袋の取っ手はタオルでつなげられてあり、まるで行商にでも行くような感じだ。ずた袋の1つには鎌らしき柄が2本出ている。「荷物があってごめんよぉ」と声をかけられたのをきっかけに、おばあさんの話がはずむ。「正月は親戚たちが帰ってくるでよぉ、草刈りをしとかなあかんでよぉ」ということで、だから鎌があるのかと納得。通販で買ったという草刈機も持ってきたとのこと。おばあさんが降りる際、肩に荷物をかけるのを手伝ったが、かなりの重さに私がバランスを崩してふらついた。おばあさんは、タオルで結わえた2つのずた袋を天秤のように持ち「気ぃつけてなあ!」と颯爽と降りていった。
 御坊までの途中、有田みかんで有名な有田市を通過。うちにあるみかんのダンボールにも有田と書いてあった。南の斜面に面して、みかんの段々畑になっている。平地にもみかん畑があり、木の下にはたくさんのみかんが落ちていたので、かなり拾いたくて仕方がなかった。

紀伊田辺行きの電車 御坊からは紀伊田辺行きの鈍行に乗り換える。印南という駅を過ぎたあたりから、車窓に太平洋が広がり、旅に出た実感がわいてくる。空は青く澄んでいて、波も見た目はおだやかだ。海が太陽の光をうけてきらきらと光っているのを見ながら、これだけでも来てよかったと思う。
 紀伊田辺で途中下車するが、特にこれといった目的はない。私はかなり大雑把な性格なので、基本的な時刻表だけ頭に入れて、現地の下調べはほとんどといっていいくらいしない。現地のことは現地の人に聴いている。観光案内所できれいな景色と温泉がないか尋ねると、2つともあるという。丸顔の優しいお姉さんがニコニコと説明してくれる。この街と景色が好きなんですということがにじみ出ていて、聴いているほうも気持ちがいい。駅前で今日納品されてきたばかりという新品の自転車に乗り、天神崎に向かう。冬とは思えない温かさで風から磯の香りがする。

天神崎の海 天神崎はナショナルトラスト運動で自然が保護された地らしい。途中、上品な雰囲気のおじいさんをつかまえて道を聞く。今まで何度も道を聞いてきたが、細かい道順から所要時間まで理路整然と説明され、なおかつ私の理解度を確認すべく復唱させてくださる方は初めてだった。教えられたとおり自転車をこぐこと3分、無事にかんぽの宿に到着。
 かんぽの宿は最上階が温泉になっており、景色がいいのと日帰り入浴ができる。目の前に広がる太平洋と島を見ながら、体と心にたまった垢をおとす。青春18切符の時期が来たら、鈍行を乗り継いで現地の風呂に入ってくるのを楽しみの一つにしてもいいなと思う。

天神崎の灯台  温泉に入ったあとは、自転車で天神崎を散策する。貝殻拾いをしたり、夕焼け雲が見えるまで浜辺に座って海を眺めた。空の向こうにまで海が広がっている。この景色を知っている人生と知らない人生とで、実質的な違いはないかもしれないが、いつかこの景色を思い出して心がほっこりすることがあるんだろうなとは思う。私の心のポケットにはいつか見た空と海がコレクションされていて、この景色も風や潮の音と一緒にしっかり焼き付けた。

 紀伊田辺からは鈍行に乗って、本日の宿がある太地に向かう。太地は無人駅で外は真っ暗だが、うろ覚えの地図を思い出し、車にひかれないように注意しながら国道42号線を歩くこと5分。大き目の一軒屋風の宿に到着する。宿はオーナーさん夫妻が全て手作りしたらしく居心地がいい。風呂・トイレ・洗面・冷蔵庫は共同だが、手作りのぬくもりと清潔さがあり、不便さは全く感じなかった。風呂に入った後、田辺のスーパーで買うてきた寿司を食べ、缶チューハイで一杯やり、親友へ手紙を書き今日拾った貝殻も入れて封をする。それから布団を敷いてぐっすりと眠った。(2に続く)


筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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