おぞよもん暮らし
 54000円。これがだいたい私がひとりで1ヶ月過ごす場合のお金である。格安の物件に住み、電気代は1年を通して1ヶ月1200〜3500円、ガス代1000〜1700円、水道代1500円、電話代2300円。あとは全て食費である。日用品や服は1年に数回程しか補充しないくせに、食品には財布の紐がゆるみっぱなしだ。ここ数ヶ月、財布の中の現金の使い道は全て食品といってよい。エンゲル係数を正確に計算したことはないが、はめを外せば、家賃を超える値段を食費に費やすことは簡単にできそうだからこわいものである。

 うちの父親は財布にお金があるとダメな性質だ。うれしくなって、すぐに使ってしまう。私は節約の才能を母親から受け継いだが、父親からは財布の中の現金に弱いDNAを刷り込まれた。例えば、先月の繰越分が意外と多かった月のことだ。サプライズのようにうれしくなり、財布にいつもより多い目の現金を入れた。そして、喜び勇んで業務用のスーパーで大人買いをし、フードコーナーでラーメンと天津飯のセットを食べた。頭では終始軍艦マーチが鳴っており、冷蔵庫とお腹は満たされて幸せの境地だったが、残金はあっという間に乏しくなった。なので、私はまちがっても1ヶ月分の食費をまるまる財布の中に入れたりはできない。1週間に1度ATMに行き、その週の食費をおろすようにしないと自滅するのが目に見えているからだ。
 ただ、現金にとことん弱いのと、根がかなり小人者なので、ATMには行くが大金をおろすことができない。三十路を過ぎても、福沢諭吉をATMから連れ出さないといけない時は少し動悸がする。夏目漱石が数人いる程度が身の丈にあっているのである。ちなみに財布から夏目漱石がいなくなったときが踏ん張りどころである。

 遠出するのは盆と正月くらいで、あとはずっと京都にいる。しかし、京都以外のところにも興味があるので、図書館から何冊も旅の本を借りてきては目を楽しませている。特に魚がうまい土地が好きである。相方にその本を見せながら、ひとしきりしゃべっていた。すると「さっきから、これきっとおいしい、これ食べたいの連発やで。おまえは食いもん以外、頭にないんか。」と一言。海に行こうとしないのに新鮮な魚を恋い、早起きがおそろしく苦手なくせに朝市にあこがれる。そして、地元の食材を使った汁や飯のにおいを想像すると、頭の中は「きっとおいしい」「食べたい」の単語で埋め尽くされるのである。
 なので、インターネットのお取り寄せは誘惑の賜物だ。ただ、使えるお金には限度があるため、専ら見るだけである。それでもついフラフラとボタンを押しそうな危険がそこかしこに用意されていて、うまくできているものだなと思う。買ったことはないが、もし宝くじが当たったら毎月でも「きっとおいしい」アンテナに引っかかった全国のうまいもんを取り寄せてしまうだろう。エンゲル係数がここぞとばかり跳ね上がり、人生が少し、体型がだいぶ変わるような気がしている。

 こんな私でもエンゲル係数が異常に少ない、というよりほとんどゼロに近いときがあった。
 お金がなく満足に食べられなかった学生時代は、親元から届く荷物が命の綱だった。気持ちが焦ってガムテープをうまくはがせないこと、一つひとつの包みを開けては小躍りしたい気持ちとしょっぱいものがこみあげてくることは今も変わらない。荷物には米や土のついた野菜、果物、私の好きなおやつに飲み物が入れてあり、私はその都度、どのように食べていけば、次の荷物まで飢えずに済むかを考えていた。
 社会人になってからは体が食べ物を受けつけず、今思えばどうやって生きていたのかさえ思い出せない空白の時期があった。どうにかこうにか長いトンネルを抜けて、食べ物をおいしいと感じるようになったのは鮮明に覚えていて、口にするもの全てに幸せを感じるようになった。味覚を始めとした五感が次々と復活し、これまで以上に生きていることを味わえるようになったし、貪欲に味わおうともしている。
 もしかすると今、その時の反動が続いているのかもしれない。とはいえ、エンゲル係数の値も体重も、もう十分すぎるほど取り返してきたはずなのだが、この反動はやみそうにない気配で困っているのである。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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