おぞよもん暮らし
 お金がかかる化粧をやめて数年になる。巷ではいろんな化粧品が出回り、OLだった頃は「無添加」とか「自然化粧品」という言葉に惹かれて手を出していたが、今は天然オイル以外すっぱりやめてしまった。ただ、人前に出て何やかんやしていることもあり、相手が見苦しくないように眉だけは書き、軽く白粉を付けるくらいだ。白粉に使っているのはコーンスターチ。小麦粉、片栗粉、白玉粉を試した後にたどり着いた。きめ細かくて伸びがいいし、何よりコストパフォーマンスが素晴らしい。1袋75円で3年はもつ。賞味期限があるかもしれないが、口に入れるのではないのでいいことにしている。

 私の知り合いのお婆は肌がきれいだ。きめがとても細かく、しわも少ない。本人は「何もかまってへん。めんどくさいことは嫌いや」という。このお婆は「うちは湿ったタオルが大嫌い」とも言い、顔を拭くのは1日1回。老人施設の中にも肌のきれいなお婆がいる。施設では朝・晩2回、おしぼりで顔を拭く他に、週2回の風呂があるだけだ。年頃の女性職員がお婆の顔を拭くたびにうらやましがっている。このお婆たちに共通するのは上げ膳据え膳であること、ストレスが年寄り向けになっている、あるいはストレスとして受け止める度合いが少なくなっていることだ。重度の認知症になってしまった老人は、家族や施設職員からの生活ケアを受ける中で子どもに帰り、肌が若返っていく人もいた。肌には一定の浄化作用があるので、その人に合った生活リズムと栄養があれば、手をかけなくてもある程度大丈夫ということなのかもしれない。

 先日亡くなった、うちの祖母も肌がとてもきれいな人だった。私より断然きめが細かく色が白い。祖母もここ十年で認知症が進み、子どもに帰っていった。急逝したので心の準備もなく、今も実感がわかない。死に目には間に合わず、すでに葬儀屋さんに整えられた状態での対面となった。認知症になった当初は記憶がどんどん抜け落ち、被害妄想も強く険しい顔をしていた。眉間にしわが寄り、驚くような暴言を吐く元気もあった。だが、進行するにつれて日本語もあやふやとなり、自分の名前にかろうじて「はい」と返事をするような感じとなってからは、落ち着いたきれいな表情になっていった。白髪も少なく、逆に黒くなっていったような気がする。
 葬儀社さんが最低限の化粧を施してくれていたのだが、黄色い面をつけたようになっていたので、祖母が持つ本来の肌に近い状態に戻すことにした。ベッドから落ちて出来てしまった目の上の痣も消すことにした。マッサージをして肌をほぐし、時間をかけて化粧を施していると、そこだけ時間がゆっくり流れるようだった。認知症の初期の頃、化粧の習慣は残っていたのだが、白粉をはたく度合いがわからなくなり「舞妓のお化け」のようになっていたのを思い出した。私たちがもう十分だと言うのに、さっき白粉をはたいたことを忘れ、真っ白になるまではたいていたのだ。その好きだった白粉をなじませ、冷たくなって血色が失われているので頬紅をさした。私の眉墨と母の口紅で仕上げをすると、まるで幼い子どもの寝顔のようになった。髪もオイルで整えたので艶が出た。母を筆頭に私や身内はやつれて老け込んでいたので、その場で一等きれいなのは祖母なのであった。
 名前を呼ぶと「はい」と応えてくれそうな表情に、近所のうるさ型の婆たちが一様に「ほんにまぁ…」「きれいな顔しとんさる…」と息をのんだ。自分で白粉をはたけなかった祖母はいくらか安心しただろうか。認知症でほとんどの記憶を失ってしまったが、十分な介護を受け、最後は「認知賞」と言い換えてもいいくらい穏やかな表情で旅立っていった。知り合いに「私も死んだときはあんなふうにしてねぇ」と言われ、私は救われる思いになった。

 心を癒す化粧があると思う。それは決してお金がかかるものではなく、その人を想う気持ちと手、最低限の小道具さえあればできるものだ。祖母から受け継いだものを確かめるように、私は自分の肌にゆっくり触れてみる。まだやつれが残っているし、毛穴も開きぎみで祖母には負ける。でも、ストレスにさらされながら生きている人はもちろん、亡くなってしまった人も、この手で何かをきっかけに純真無垢な表情にできたらいいなと思うと、少し元気が出てくるのだった。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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