おぞよもん暮らし
 完璧な夜型だ。夕方に帰宅、玄関の扉を開けた後、すぐ次に開けるのは冷蔵庫の扉。玉こんにゃくの炊いたん等、昨日のおかずをつまみに一杯やり、まず布団にひっくり返る。二時間程度ぐっと眠ると昼間の疲れがやわらいでいる。シャワーを浴びたら、本格的に晩ご飯を食べて、またひっくり返る。そして、日付が変わる前に起きてからは丑三つ時まで何やかんやとしている。深夜の私の部屋は、ラジオの声、パソコンのキータッチの音、冷蔵庫のブーンという音、蛇口から時折ポタリと水が落ちる音、時計の針が時を刻む音がしている。最もくつろぎ、安心するひと時である。

 布団の上に寝そべり、パソコンを打ったり、調べもんをしていたりするだけなのだが、小腹がすいてくる。私はお腹がすくと、そのことしか考えられなくなるたちで、無性に何かを口に入れたくなってしまう。例え冷蔵庫の中身が乏しくても扉を開けに行ってしまう。よく作るのは、市販の細うどんを半分使った素うどん。出汁とうどんが熱々になったら、大きいマグカップに入れて少し葱をちらす。即席麺より早く作れるし、体がほっこりと温まり、お腹の虫も満足する一品だ。しかし、この間は出汁の中に削った固形ルーを入れてカレーうどんにしてしまい、夜中にカロリーオーバーという事態を引き起こしてしまったが。
 受験の頃、母親がよく夜食を作ってくれていた。もずくのスープ、とろりとした出汁がおいしいお粥さん、おじや、卵とじうどん、甘い葛湯。思い出すだけでお腹がすいてくる。夜中の台所には、なんてことない材料が変わる魔法がある。特に母親が作ってくれたものは、温かく、寒さも不安も溶かす心の味だった。当時はかみしめて食べるというより、空腹を満たすほうが大きかったので、今、この時間にもう一度食べてみたいと思ってみたりする。

 唐突に、深夜にだけ開店する食べ物屋をしている自分を空想した。いろんな思いや背景をせおったお客さんたちが数人やってくる。私は「今日は、里芋が入ったおじやがありますよ」と声をかける。ありあわせのものばかりだからメニューは日によってさまざまだ。お客さんはそんな何てことない夜食を食べて、ほぉっと一息つく。店の中は、温かい湯気と少しほどけた表情、時折ぽつりぽつりと聴こえる物語がある。片隅で小さくAMラジオが鳴っている。そしてお客さんは、来たときより少しほわっとした表情で「ほな、うささん、おやすみ。」と行って帰っていく。ちょっとお腹すいたなぁ、昔の味がなつかしいなぁ、温かい夜食が食べたいなぁ、何だか心がすうすうするなぁ…そう思ったときに、ちょっと心とお腹をみたすものがあれば、ぽっと小さな灯りがともるような感じになるような気がする。店の名前は何がいいかなぁ、定番メニューはやっぱりおうどんかなぁ…こんなことばかり空想しているから仕事がなかなか進まない。

 ある時、おいしそうなバターを手に入れることができた。夜中にふと、そのバターを思い出した。そうだ、ホットケーキを焼こう。熱々のホットケーキにバターをのせて、ジュワーっと溶け出したところへシロップをかけてほおばったら、なんて幸せなんだろう。時間は夜中の一時半過ぎ。備蓄用ケースから粉を取り出し、牛乳を入れてさっくりとかき混ぜたら、熱したフライパンの上でふうわりふうわりと、こがさないようにゆっくりと焼き上げていく。私はこんなときだけ丁寧な人間になる。表面がきつね色より少し濃い目になったら、火を止める。宝石みたいにつやつやしたバターをうやうやしく慎重にのせる。溶けたバターが蛍光灯に照らされて、細かくきらきらとしているところへシロップの衣を重ねる。きつね色が照りと艶を増した深みのある色に変わり、じんわりと染み込んでいく。「今日の夜食は、とっておきのバターを使った、ホットケーキですよ。」とつぶやいてみる。こんな時間に何してるんだろうと思ったりもするが、ホットケーキとバターの甘いにおいがただよう夜中の台所で、幸せをほおばる私だった。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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