おぞよもん暮らし
 また、深夜のファミレスに来てしまった。今日は5時台に家を出ないといけないけど、何だか寝付けないのでファミレスでこの原稿を書いてから出勤しようという魂胆である。周りを見渡せば、夜通し話が止まらないといった学生たち、一杯の飲み物の横で突っ伏す人たちと様々だ。全く異なる背景を持った人たちが、今、この空間に集っていることが何となく不思議に思えたりもする。
 気になるのは片隅でスーツケースを壁と体ではさんで、携帯をにぎりしめながら疲れた顔でうとうとしている女の子。ぱっと見ではあるが、私よりだいぶ若そうだ。人の事は言えないが、こんな時間に荷物を持ってどうしたのかな…単純に始発までの時間つぶしだったらいいんだけどな…と思う。

 この間、「ネットカフェ難民」という言葉を生み出した、日本テレビの水島ディレクターの講演を聴きにいった。日雇い派遣でその日の生活を何とかしのぎ、深夜の数時間をネットカフェで過ごす人たちを中心に「貧困」について取り上げたものだったが、胸に鉛のような重たさを抱えて帰ってきた。自分だって何か歯車が違えばそうなるかもしれない、心の闇の部分で抱える不安を見たような気がして、周りで漠然と起きている現象にはとても思えなかったからだ。
 人生にはいろんな道やステージがある。信じて歩いた先が崖っぷちだったり、落とし穴もあったりして、周りの人全てがねたましくなってしまうほどこわれてしまう事だってあるかもしれない。もし、家族や友達、職場にも受け皿がなくなってしまったら、自分がこの世の中にいてもいいんだと自分で思えなくなってしまったら…。正直、自分ひとりではどうすればいいのかわからない。ただ、今生きているところのほんの先に、どんなに小さくても灯火があれば少しは生きていけるような気がする。例えば「明日は、1回は心から笑顔になろう」とか、「来月は毎日、ご飯を食べられるようにしよう」とか。世間の風は冷たい時もあって、ふとした瞬間に何度も消えてしまいそうになるけれど、その灯火だけは両手でしっかり守っていきたいと思う。私自身、そう言い聞かせながら、不器用だけど何とか生きていたりする。時々、逃げだしたくなるときもあるけれど。

 「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の味はわからない。」これは詩人のゲーテの言葉だが、思い出したことがある。それは、極貧だった学生時代の頃。奨学金を借りてはいたものの、一日一食、食べられたらラッキーという時期があった。ある日、私の横で、友達がお昼を食べていた。私もかなりお腹がすいていたのだが、「先に済ませてしまった」と嘘をつき、他愛のない話をしながら本をパラパラめくっていた。友達が二個目のパンを一口食べたときだ。「うわ、これまずい…!」と言い、「もういいや」と一口食べただけのパンを屑かごに捨ててしまった。まずくてもパンが食べられるだけマシだと思った私はあっけにとられてしまい、友達とその後何を話したのか覚えていない。たぶん頭の中は、屑かごの中にある捨てられたパンの事でいっぱいだったのだと思う。友達が席をたった後、かなり葛藤しながらも、あまりの空腹に耐え切れずに、私は捨てられたパンを口にしてしまった。すごく情けなくて、悲しくて、でもお腹がすき過ぎていて、泣きながらも、久々のパンの味をかみしめながら食べた事だけ鮮明に覚えている。
 あれから、いろんな種類の涙を流してきたけれど、ひとつだけ言えるのは、それらが全て、今の私を作っているということ。どれが欠けても今の私はありえない。

 ひとりでは生きていけないから、周りの人々や何てことない出来事がとても愛しくてありがたく思える。そして、もし、私の何らかの表情や行動が誰かの小さな灯火のきっかけになればもっと幸せだと思う。今の私の夢は、傷ついた人に「生きるのも悪くないな」と思ってもらう、きっかけ作りのプロになる事。気持ちや夢だけではお腹いっぱいにはならないけれど、それがなかったら生きていけないのも事実。どんなに貧乏でも、めげる事があったとしても、それが人生の厚みを増してくれると信じたら、乗り切れそうな気がする。
 夢中になってこの原稿を書いていたら、先に書いたあの女の子の姿がない。今日一日のうち彼女にとって何か素敵な事がありますように、そして私も笑顔でいい仕事ができますように。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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