おぞよもん暮らし
 休日は平日とはうって変わり二十三時間ほど布団にひきこもるため、私と布団とではどちらが布団かわからなくなっている事が多い。休みが明け、たとえば「どこか行きましたか?」と聞かれると「トイレ」としか言えない。布団の中で読書やネットサーフィンにふけり、何もしていないくせにお腹がすくのでお茶漬けなどを食べ、眠くなるとそのまま夜まで寝ている。その姿は「全くやる気のないさなぎ」かもしれない。そして、深夜はファミレスでこの原稿を書きながら過ごしていたりする。深夜のファミレスで適度な人の存在を感じ、パチパチと響くキータッチの無機質な音を聞きながら、原稿書きをするのは結構すきだ。そして未明に帰宅、また眠り、夜が明けたら仕事に行く。さなぎから抜けた全く別の顔の自分がいる。

 我ながら不健康の極みで、なまけもので出来そこないの「さなぎ」の私だが、無性にどこかに行ってみたくなる事がある。時間もお金もないのだが、そういう時はだいすきな電車にふらりと乗って近郊の琵琶湖や日本海沿いの街に出かけてみる。この間はたまたま青春十八切符があったので、夕暮れの海を見ようと、なんとなく電車を乗り継いだ先が福井県の敦賀市だった。京都からは約二時間の旅。車窓を流れる景色は新鮮で、ひたすら眺めていると日常の雑多事から離れていく感じだ。敦賀では自転車を借り、ゆっくりと街をめぐった。普段とちがう空気が体をすっきりと満たしていくのがわかった。

 夏は海水浴客でにぎわう海岸は、シーズンオフのせいでほとんど人がいない。海沿いを自転車を押して歩いていると、海に面してぽつんとベンチが置いてあった。「すきなだけ海を眺めていったらいいよ」と言っているようで、吸い寄せられるようにベンチに座った。空は残光のきらめきと薄い夕闇がまじりあい、目の前に広がる敦賀湾には夕暮れ空の色が溶けていた。波がおだやかに打ち寄せ、砂浜も暮色に染められていく。
 昔、誰かに「海はみんなの涙で出来ているんだよ」と言われたことがある。そのせいか、海はたくさんの人々の思いや涙をやさしく包み込んでいるような気がして、ただひたすらぼぉっと眺めるだけで安心感を覚える。海の塩からさは人生の様々なスパイスが混じっているようにも思え、いろいろな感情がごちゃまぜになった自分を受け止めてくれるような気がするのだ。砂浜にすいこまれた涙は、微笑むように波があらって海のひとしずくになっていく。

 学生の頃、滋賀県の博物館へ先輩たちと共にアルバイトに行っていた事がある。夕方、アルバイトを終えた後は外のデッキに並んで座り、夕暮れ空にきらめく琵琶湖を暗くなるまでただただ眺めるのが習慣だった。ある日、先輩のひとりがこうつぶやいた。
「こんな空を見てると、あのきらきら光っている遠いところ、そこに亡くなった親父がいるような気がするんだよなぁ。」この先輩の言葉が残っているからか、私も夕日にきらめく水平線の向こうに、今は亡き逢いたい人の面影を思い浮かべたりする。こんな私でも笑って見つめてくれていたらいいなと思う。
 日が完全に暮れた頃、前よりすっきりした気分で電車に乗り込む。ひざの上にはキオスクで買い求めた鯖寿司。ひとつふたつほおばるうちに、めげていてもお腹はすくんだなぁとおかしくなり、思わず笑ってしまいそうになった。

 職場で「うささんは悩んだり、へこんだりすることってあるん?」と真面目に聞かれたことがある。「そりゃあ、ひとつやふたつあるわ」と答えたところ、「へぇぇ、そうなんや!うささんはそういう事って全然あらへん人やと思った!」とまた真面目にびっくりされた事がある。良いのか悪いのかわからないが、とりあえず幸せそうに明るそうに見えているという事だろう。
 ふと油断すれば、「まぁいいか」の繰り返しで、流されていってしまいそうになる今日この頃。地に足を着けて生きようとすれば、泥くさい現実と直面してもがいたりする事もあるのだが、この現実が生活感や生きる力の原点であるのも事実。心が疲れたら、少し抜け出せばいいし、立ち止まってみればいい。私のように心行くまで布団化するのもいいし、お気に入りの空や海が見える場所に行ってみるのもいいかもしれない。どんなにお金があったとしても本当に心を癒してくれるものは買えないから、自分で見つけたささやかな幸せを大事に持っていたいと思う。
 ファミレスの片隅で海辺の特等席に座りにゆく日を思い描いていたら、明け方の空がなんとなく、あの海の色に似ているような気がした。

海辺の特等席

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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