おぞよもん暮らし
 無類の食いしん坊である。といってもグルメには程遠く、食べ物への執着が人一倍強いといったほうがいいかもしれない。人が何かを食べていると途端に気になるし、「これ食べて」という言葉には非常に弱い。そして、食べ物はとことんまで食べつくさない気が済まない。


 野菜を刻んでいると、おっちょこちょいな私の性格が災いし、かけらが流しに落ちてしまうことがある。排水溝に落ちてしまったらあきらめるが、流し部分であれば拾い、さっと洗って食べてしまう。もし私がその落ちたかけらだったとしたら、切ないだろうなと思うからだ。本来なら食べられるはずなのに、私のせいで、それだけが流しで朽ち果てるのは哀しい。
 母親がよく言っていた。「落ちたもんを拾って食べたらあかんよ!」しかし、私の胃腸はもうある程度免疫がついているせいか、明らかに腐っているもの以外は大丈夫なようだ。

 小学生の頃の話だ。当時、私は両親と団地に住んでいた。習い事に行く途中、踊り場の階段の手すりに、大きな、見るからに甘そうなみかんが乗っているのを見つけた。手にとり、誰が落としたのかと考えをめぐらす。落ちた物を拾って食べてはいけないという母の言葉を思い出し、いったん戻して階段を降りたものの、やっぱりあきらめきれない。私は戻り、みかんをかばんに入れ、習い事に行く道すがら食べてしまった。とても甘くておいしかったが、心の中でちょっとどこか苦い味がしたのを覚えている。
 帰ると、母親に「ねぇ、手すりに大きなみかんがあったでしょ?」と聞かれた。階段に落ちていたので踊り場の手すりに置いたと言う。かなりどぎまぎしながら、なかば必死に「ううん、そんなん知らん!」と言い通したが、母親は私が食べたことをお見通しだったにちがいない。家族を窓から見送るのが習慣の母親は、私が階下に降りてくるのが遅いことに、そしてその理由に気がついていたはずだからだ。

 ちなみに両親の名誉のために言えば、私は両親と一緒に暮らしている間、食べ物に困った事は一度もない。それどころか一人っ子の私は、かなり手をかけて育ててもらった。母親の作る何種類ものおかずが好きで、ご飯はあまり好きではないという、いけすかない軟弱物であり、手作りのアップルパイやみかんの寒天、スイートポテトといったおやつも、独り占めできる身分であった。にもかかわらず、落し物のみかんを食べてしまったのは、私が単純に食い意地がはっていただけにすぎない。
 三つ子の魂、百まで。最近、私の基盤は「食い意地」なんだと開き直ることにしている。


 幸運なことに、人に何かをご馳走してもらう機会に恵まれる事がある。そういう時は相手の方にあまり負担をかけず、かつ、そこそこ満足感も得られる「無難」な線でいく。例えば、麺の出前をご馳走されるとしたら、卵とじうどん。かけうどんでもなく、鍋焼きうどんでもない。本当は具だくさんの鍋焼きを頼みたいし、鍋焼きでなければ、ご飯ものがほしいが、それを言うのはあつかましい。落ち着いてお品書きを見ながらも、食い意地をめまぐるしく働かせているのである。しかし、相手の方も心得ておられるのか、以下のように言って下さるのである。

「まぁ、そんなもん頼まんと、もっとええのん頼みよし」
「いえいえ、十分です、お気持ちありがとうございます」
「もっと食べられるやろし、栄養つけなあかんえ、ご飯もんもどうえ?」
「いやぁ、そんなん恐縮ですわ〜。」
「ええよ、ええよ、ほな、親子どんぶりとおうどんのセットにしよし、食べられるやろ?」
「はい、ほな、お言葉に甘えさせてもらいます、ありがとうございます」

心のどこかでこんなやりとりを期待していた自分のあさましさにあきれたりもするのだが、注文の電話でうれしそうに「親子どんぶりのセットをお願いします!」と言ってしまっているのである。が、世の中はそんなに甘くはない。「ウチでは、ご飯ものの出前はしてへんのですわ」という店員の言葉に撃墜し、「では…卵とじで…」と尻すぼみのように電話を切ったこともある。


 先日、職場の人からたくさんのジャガイモ、また別の人からはパンを頂戴した。「うささんなら食べてくれると思って」とおっしゃる。実家の母からは野菜を始めとした食糧が送られてくる。食い意地も迷惑にならない程度に、明るく発揮するのはいいかもしれない。
 以前、職場のえらいさんにご馳走になったとき、こんなことを言われた。
「今井さんは、何でも本当においしそうに食べるねぇ。」
食べ物は端の端までおいしく食べきること、くださった人においしかったと心からお礼を言うことも食い意地の中には入っていると思うのだ。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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