おぞよもん暮らし
 ひどい風邪を引いた。咳が全く止まらず、横隔膜や肋骨が痛い。時々コンコンッとするくらいなら、まだかわいいものだ。しかし、体を折り曲げ四六時中グォッホン、グォッホン、グェッ…と胃が飛び出しそうな激しい咳と痰では、我ながら「ええ加減にせえよ」と言いたくなる。

 眠れぬ夜はつらい。とりあえず食べ物に走ることしか思い浮かばず、24時間営業のスーパーに行く。深夜の外出に気がひけたが、部屋で咳ばかりしているのが耐えられなくなってしまった。
 店内には七、八人の客。風邪にも関わらず、いつものくせで人の買い物カゴを何気なく観察してしまう。自分の前に並んでいる人のカゴの中身を見て、献立や嗜好を想像するのは私の癖。カゴの中はその人の暮らしや幸せが表れているような気がするのだ。「こだわりのある食生活したはるんやな」とか「お菓子がほんま中心なんやろな」とか、自分のことは思い切り棚に上げて勝手に決め付けているから、見られている人は気の毒かもしれない。

 後ろで少し甲高い声がし、バタバタと2人の小さい子どもが走ってきた。思わず、口をぽかんと開けて見てしまう。母親が子どもを連れて買い物に来ているのだ。傷んだ茶髪と肌の荒れ、ブランド物一色の姿が少し気になる。子どもも茶髪、ブランド物の上下を身につけている。ファッションに疎すぎる私でも見た事があるから相当な代物なのだろう。カゴの中身はインスタントラーメンやおにぎり、チョコレートやポテトチップス。もし、もし私なら、ブランド物にかけるお金があるなら、もう少し食生活を豊かにしたいと思うが、ご本人さんたちにとっては余計なお世話だ。子どもたちのあごや体の線の細さが気になりつつも、とりあえずレジに急いだ。

 レジは込んでいた。前に並ぶおじさんのカゴには、アルミの入れ物に入ったうどんが三つ、卵六個に、するめ。帰ったらお湯をわかし、うどんの中には卵を入れ、それができるまでの間、するめをつまんで一杯するのだろうか。くたびれた背広に縒れたズボン。白髪の多い髪や、横顔のしわが疲れを連想させた。そのおじさんが財布を開けた時、定期入れになった部分に写真がはさんであるのが見えた。おじさんとはあまりにも対照的な明るく若々しい笑顔の青年。強く焚かれたカメラのフラッシュのようにとびこんできた。店を出ると、おじさんは闇にとけて煙草の火だけが頼りなげに小さく遠ざかるのが見えた。真冬のホタルは一見わびしげだったが、心の中にはあの笑顔があるのかもしれないと思うと少しほっとする自分がいた。

 ちなみに私は賞味期限ぎりぎりの明太子を半額で買い、家路を急いだ。ひどい咳と熱でぼぉっとした顔にさんざん着つくしたジャージ姿。人が見ても自分が見ても全く冴えないヨレヨレなのだが、食べもんに関してはこんな状態でも貪欲だ。たくましいというか浅ましいというか、しんどいときこそ、ちょっと贅沢をして、栄養をとりたいと思ってしまう。例えば、熱で乾燥している口や喉にしみわたっていくお粥やおうどんの味はやさしく、格別なものがある。
 高熱であまり感覚のない体で米を研ぎ、お粥に仕上げる。頭の中には買ってきた明太子で炊き立てのお粥を食べる事しか頭にない。米一粒ひとつぶが水気をたっぷり含み、できあがるまで約二十分。明太子をほんの少し上に乗せ、ゆっくりと口に運ぶ。お粥の甘味と明太子の辛味がふんわり口に広がり、ほろほろと喉元を通っていく。これが食べたかったんだ、あぁ幸せや…と思わず目を細める、その瞬間だけは熱が下がったようで咳もおさまっているから食べ物の威力はすごいものだ。

 人にはそれぞれ抱えている背景があり、覚える幸せの形もそれぞれだ。そんな人間模様を観察しながら、自分の幸せって何やろう?と考えてみる。毎日のご飯や、台所に立つ事、お日さんのにおいがする布団にくるまる事、ガンダムのモビルスーツを研究する事など結構たくさんある。そういうものを自分の内に持って、お金がなかろうが、ひどい風邪をひいていようが、ぼちぼち暮らしていれば、幸せ満開でなくても、不幸にはならないと思うのだ。
 こんな事をいろいろ考えながらお粥を食べ終わったら、また咳が再開してきた。幸せの種やおもしろいネタはあちこち転がっているし、考えようでどうとでもなるのだが、このひどい咳はどうしてくれようか。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

ホームへ戻る このコンテンツのホームへ このページのトップへ
---
今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
COPYRIGHT © Takuya Kawakami. ALL RIGHTS RESERVED.
掲載されている写真・文章等の無断転載は硬くお断り致します
takuya.kawakami@gmail.com