おぞよもん暮らし
 職場で「今井さんは心身ともに栄養が充実しているでしょうから、今度は運動をしてはどうですか」と言われた。端的に言えば、「太ったから運動せんとあかんのとちがう?」という事なのだろう。どんなにに忙しかろうと、財布が"無い布"なっていようと「おいしいもんが食べたい」と思う。帰り道はたいてい、冷蔵庫の残りものを想っていたりする。

 「料る」ということは「想う」だと思う。自分や相手、食材やそれを作ってくれた人々、また包丁や鍋、火といった道具まで思い遣る。もともと口が卑しいからか、食べ物の端の端までおいしく味わい尽くしたい私は、無意識のうちに料る事にこだわっていたりする。一つの食材でも二通りの料理方法で出せば、おいしさが倍になる。
 この間、閉店前のスーパーで天然ものの鯛あらを半額で仕入れた。めったにないごちそうである。日が新しくないので、火を通す必要があったが、身がぶ厚い部分はさっとあぶり、荒塩を少々まぶして鯛ステーキに。皮は細かく刻み少量の熱湯にくぐらし、七味ぽんずでいただく。頭のあらは、ねぎを多めに入れ、田舎みそで赤だし風にする。ここまで一つのフライパンで作るので、鯛ステーキや湯引きで出た油は全部赤だしに使える。細かい身は、研いだ米に入れ、だしこぶと一緒に炊き上げて鯛めしにし、久々のごちそうを食べ尽くしたのだった。

 うちの母親が昔、こんなことを言っていた。「おんなはね、相手と付き合うてるときは心をつかんで、結婚してからは胃袋をつかむのよ」。何と言っても基本は食。温かいご飯があるところへ男は帰ってくるのだという。わたしは不器用なので、心のつかみかたなんてものはわからない。しかし、ええもんを安く仕入れ、ごく簡単な料理方法で、相手の胃袋を「だます」ことはできるかもしれない。自分の味覚センサーと、基本の調味料、切れる包丁に、火加減、ものを食べ尽くす心意気。これらさえあれば何とかなるような気がしている。

 新鮮な素材が手に入ったときはうれしい。これをどう料理しようか、誰にふるまおうか、想うのは楽しい時間である。また、秋の夜長、ゆっくり料理本をながめるのも至福のときだ。うちにある素材を想い浮かべ、作り方をもっと簡単にして…と頭の中にレシピができたら、にわかにお腹がすいてくる。ご飯を想うより、自分の体型を想う必要があるのかもしれないが、今日も夜中、台所にたってしまった私であった。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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