おぞよもん暮らし
 現在住んでいる物件は、小さいながらも風呂付きだ。今まで自分専用風呂どころか、専用トイレもなかった私にとって、風呂まである事は贅沢の極みであった。引越しも落ち着いた真夏のある日、初めてその風呂でシャワーを使った。まだガスの手続きをしていなかったため、水シャワーだったが、猛烈に感動したのを覚えている。

 それまでは、共同風呂、あるいはコインシャワーだった。共同風呂は二つの物件で経験しているが、ひるんだのは大学院時代に四ヶ月住んだボロ下宿のもの。女性は私一人だった。中が汚いのはともかく、問題は引き戸で、鍵はかかるが擦りガラスで結構透けた。一応私も女性なので、多少危機感を感じ、知人のアドバイスにもとづき、百円ショップで求めたタオル掛に洗濯鋏で大き目のバスタオルを折らずにつるして目隠しとした。
 脱衣スペースなんてものはもちろんないので、スーパーの袋にタオルと替え下着を入れて、浴室に持ち込み、なるべく床がぬれないように隅っこのほうでシャワーを浴び、超特急で着替えを済ませていた。浴室の前は共有の廊下と台所になっており、本来なら住人がよく通るはずだった。が、鉢合わせないように調整するのが暗黙の了解であり、また、こわいものは見たくなかったからか、シャワーの際に人影を見たのはたった一度きり。ダッシュで浴室前を通り過ぎ、トイレに行った後、またダッシュで自室に戻っていった。慣れた頃には目隠し用のタオルで身体を拭いてあがるようになっていた。

 次に住んだ物件に付属していたのは、五分間百円のコインシャワーで、慣れるまでが一苦労だった。よーいどん!の勢いで髪から洗い始める。そして身体に移り、石鹸をつけたところで、無常にもシャワーが止まる事もあった。そういう時は泣く泣く、そばの洗面台で水を汲み、おりゃぁっと気合を入れて流すしかない。少しでも長く熱いシャワーを浴びるために、台所の水道で髪を洗い、ぼたぼたの髪のままシャワー室に走ると「使用中」であったりもした。
 いちばん記憶に残っているのは、とある真冬の朝の事。土日、体調を崩して寝込み、シャワーが浴びられなかった私は、月曜の朝早くにシャワー室に走った。目に入ったのは衝撃的な貼り紙。『補強工事のため、火曜の夕方まで使用不可』。。。台所でお湯を沸かす余裕もなく、私は狭い流しに頭をつっこんで凍てついた水で髪を洗い、身体を拭いた。十分後、何とか身支度を整え、通勤のバスに乗り込んだが、鼻水が止まらなくて困った。

 現在もシャワーは五分と決めているが、お湯は自分で止めない限り出るし、自分に甘い私は少し長めに浴びてしまう事もある。お風呂につかるのは週一回。厳寒期は週二回程度だ。追い炊きはできないので、湯が冷めないように、重曹をひとつかみ入れ、上からアルミのシートをかぶせる。そして飲み物片手に、知人からもらっている一週間分の新聞や雑誌をひたすら読みながら過ごしている。時々みかんの皮を乾かしたものを入浴剤代わりに入れて、香りを楽しむことも覚えた。人目や時間や寒さ等を気にしなくてもよく、気分はまるでセレブだ。この話を人にすると「それで当たり前」と言われるのだが、そうなってしまうと何か悲しい。風呂でくつろぐ事などありえなかったから、今がセレブのようだし、極寒の水の冷たさを知っているから、お湯が本当に温かく感じる。そういうことを大事にしたいなと温かい風呂につかりながら思うのだった。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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