おぞよもん暮らし
 冒頭からご不浄の話で申し訳ないのだが、用を足していて、ぱっと見たらトイレットペーパーがない事が度々ある。過程はあまり気にされないでほしいが、こういう場合は室内でティッシュ代わりにしているトイレットペーパーを取ってくるか、在庫なしであれば、インド式に隣のシャワーで洗うかする。
 また別の話。飲みすぎと食べすぎで、夜中に気持ち悪くなり、上からも下からも排出し、気絶しそうになる事が年に数回ある。また、ストレスでお腹の調子がすぐれず、身体の出口に栓をしておきたい事は何度もある。これらの場合、トイレに長時間にわたり、こもるか通うかして、何とか危機を脱する。

 狭くて古く格安とはいえ、今は小さくても台所、ユニットバスと全て揃った物件に住んでいる。これまで住んだのはトイレ、風呂(もしくはコインシャワー)は必ず共同、そのうち二件は台所も共同で、それを思うと今はかなり恵まれている。上記のような場合は「ああ、部屋にトイレがあるってほんまにええことやね(涙)」と、感動すら覚える。
 例えばある物件は、各階ごと外の廊下のつきあたりに共同トイレがあった。これは「鍵」がないと用が足せない代物であった。入居者には部屋の鍵と一緒に「トイレの鍵」も持たされる。外部の者が使用しないようにとの事だが、内部の者にとってはこのうえなく不便なものであった。部屋の合鍵は作る気になっても、トイレの合鍵はもったいない。というわけで、トイレの鍵は一本で過ごしたが、整理と片付けが得意ではない私は、非常事態になって「ぎゃあー!!鍵、どこー!!」と叫んで探し回る事を何度か繰り返した。雪が舞い散るある夜、身体はトイレに急行せよと告げているにも関わらず、鍵が見つからなかった事がある。そしてお腹を抱えて公園のトイレに走り、何とか第一波をやり過ごし、後始末をしようとしたそのとき、、、!

歴史が動いた(by NHK)。ではなく、紙がなかった。。。その後のことはご想像におまかせするが、トイレが部屋にない事でえらいめにあった事例はいくつもある。わたしの整理整頓の悪さも要因のひとつではあるのだが。ちなみに冬は廊下のあちこちが凍る事もあり、トイレに猛ダッシュをかけると、スッテーンと転ぶこともしばしばであった。また共同なので、特に出勤時などは行きたいときに他の人が用を足していることも多く、用が大きいほうだったりするのか、なかなか空かず、やっぱり公園に走ることもあった。
 なので、今の部屋にトイレがある事を聞いた友人は感動のまなざしでのたまった。「何がうれしいかって、これでパンツ一丁でも、お腹がピーでも、すぐにトイレ行ける事やんな!」

 この原稿を書いている時間を見ると、丑三つ時を過ぎたあたり。この時間、用を足しにうちの外に出なくてもいいのはいつもうれしく思う。と同時に、もう以前の生活に戻るのは難しい自分を感じている。
 トイレが外にあった時。夜中に出るのは少しこわいので、二十二時を過ぎると出ようが出るまいがトイレに行き、それ以降は水分を控えた。間違っても週末の深夜、ラーメンをズルズル、酎ハイをグビグビ、つまみのキムチをバリバリ、そして喉がかわいて水をガバガバ飲む事はしなかった。行きたいときに何時でもすきなだけ行ける、うちの中のトイレ。まるで二十四時間営業のコンビニのようでもある。制約のない事はとても楽で便利だ。でも、その分、確実にたがが緩んでいるのも事実で、人が物質的な「豊かさ」に走るのはもしかしたら、こういう事の積み重ねなんだろうなと思う。
 自分に甘いわたしは目の前にトイレがあると禁欲的になれない。せめて以前の状態を思い出す事で、これ以上たがを緩ませてはいけないぞと、つい先ほどもトイレで反省する次第なのであった。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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