おぞよもん暮らし
 卒業式用の袴を試着した。大学を卒業して数年が経つのに試着するなんて、思ってもみなかった事である。事の始まりは、鴨川を小一時間ほど散歩し、冷え切った身体を温めるだけに入ったショッピングモール。成人式で振袖姿の女性もちらほら見かけ、そのまぶしさに圧倒されぎみだったので、早々に帰途につこうとしたところ、卒業式レンタル用袴コーナーの看板が目についた。

 卒業式と聞くと、少し泣きたくなる。今を貧乏とすれば、学生時代は「ど」貧乏だったわけで、わたしは今にも増してきりつめた生活をしていた。定食屋を覗くと切なくなるので、出来る限り通らず、一日二合の米か薩摩芋を主食にしていた。食生活はさして変わっていなかったりするのだが、今と違うのは気持ち的にほとんど余裕がなかったことだ。そんなわたしでも、卒業式が近づき、思い入れのある学生生活を晴れ姿で締めくくりたいという気持ちを持っていた。生活の大部分をかけた卒業論文が表彰されることになったのも、その気持ちに拍車をかけていた。実際、アルバイトの中からコツコツお金を貯めていて、ほんの少し無理をすれば、後は清水の舞台から飛び降りるだけだった。
 周囲の友達がどんどん衣装の予約を済ましていく中、わたしは貯めたお金を机の抽斗から出し、じっと考えた。迷うことなく袴姿で式に臨む予定でいた。しかしあらためて大金を前にして、躊躇したのである。当時、わたしは地方の大学院に進学が決まっていた。新居は敷金・礼金なしの家賃一万円アパートとはいえ、引越しや当面の生活を考えると何かと物入りだ。一日で引越し代以上のお金が出て行く・・・。わたしは一週間ほど、そのお金を抽斗から出しては仕舞い、出しては仕舞いして考えた。

 結局、卒業式は学会やアルバイトでさんざん着慣らしたスーツ、そしていつものリュックで出席した。ちなみにスーツは四点セット七千円だったはずだ。靴だけは先輩から借りた。自分の靴はボンドで補強したものの、底が外れるおそれがあったからだ。一足の靴をとことんはきつぶすわたしは何度か底が外れる経験をしている。さすがに式で蟹歩きのような真似はしたくなかった。
 いつもの自分が一番いいと言い聞かせたものの、わたし以外は社会人学生をのぞき、全員きれいな袴姿。思わずこみあげるものがあった。妹のようにかわいがってくれはった先輩たちが上等な靴を貸し、花束を持たせてくれはったから笑顔で乗り切れたようなものだった。

 そんな事々を思い出すから、卒業式は苦手だ。しかし心の片隅にまだ袴への憧れがあるせいか、苦手なくせに目が行ってしまう。袴レンタルコーナーの看板に「試着できます」と書いてあるのを見て足を向けた。そして手にとりつつ、「わたしならこんなの着たいなぁ」と選んでしまう自分がいた。担当のおばさんは肝っ玉母ちゃんという風貌。「まあお嬢ちゃん、卒業式?」という問いに思わず「ええ、ちょっと見にきただけなんです」と答えてしまった。そして、相談しつつあれこれ選ぶこと数分。おばさんは張り切って、半襟や帯を変えつつ御合わせをしてくれはった。その熱心さにかなり申し訳ない気持ちになりつつも、袴選びはこんな感じなんや…と実際の卒業式の前には味わえなかったものを追体験している気分だった。もし、あの頃、心にわだかまりなく素直に「うちは着たいんや!」と踏み出せていたら、晴れがましいて、こんなうれしい気持ちがしたんやろなと思った。
 「田舎のお母はんに、こんな感じやて見せたいさかい。。」と言うと、おばさんは喜んでわたしのPHSで写真を撮ってくれはった。すっかり卒業生になりきって説明を聞き、試着もして、わたしは心の中でずっと持ち続けていた、消えそうでなかなか消えなかった、涙の結晶のようなものが少し溶けていったような気がした。写真は母や知人に送り、わたしの宝物の一つとして、今も時々見ている。そして、おばさんほんまにごめんなさい、ほんまにありがとうとつぶやいている。

 成人式は、着物を勧める両親に「振袖を着せるお金があるならノートPCにカンパしてくれ」と可愛げのない事を言い、黒の平服で出席した。卒業式は上記のいきさつでスーツだった。しかし、ハレの日は一度しか来ない。ある京都人は言っていた。「しぶぅこぶぅ(=質素倹約して) 生活するんは、ハレの日の贅沢のためや」。普段はかなりつつましく暮らしつつも、ハレの日は自分が働いて得たお金を出し惜しみせず、見事なくらいあでやかに決める。使うところにはきちんと使うのだ。社会人になり、貧乏ながらもある程度生活の術をつけた今ならできそうな気がする。清水さんの舞台は、日頃の質素倹約から出来るものなんである。
 生活のメリハリ、人生のメリハリ。その付け方が上手な人にこれからはなりたい。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
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