第六回
底冷えと暮らす。
平成一七年一二月一八日
底冷えがだんだん本格化してきた。京都は盆地になっているため、地面に冷気がたまり、体の芯から冷える。冬は凍てついた重い空気で氷のようになり、逆に夏は熱い空気で酸欠状態の金魚のようになる。寒い、暑いよりも「冷たい」「熱い」のほうが感覚的にはあっているような気がする。気候の面から言うと京都は決しておだやかな土地柄ではない。しかし、どんな気候であろうと「今日は寒おすなあ」などと言いもって、たおやかに、そしてしたたかに暮らすのが京都人なのである。
この時期、うちの中は外より若干ぬくいものの、吐く息は白い。帰ったらまず、小さなハロゲンヒーターをつけて、凍った指先と足先をとかす。オレンジ色の光を見つめながら、一日の出来事を何気なく反芻していたりする。そして、コートを半纏に着替え、分厚い毛糸の靴下をはき、マフラーは巻いたまま、ごはんを作り始める。本当は石油ストーブがほしいのだが、機密性が高すぎる狭い部屋のため、一人でいるときはハロゲンだけで乗り切る。2月の厳冬期、またはお人が見える時だけ、少し暖房を使う程度だ。ごはんを食べ、熱いシャワーをざっと浴びたら、すぐ布団に「避難」するか、着込むだけ着込み、ハロゲンを背負いながら卓袱台のパソコンにむかう。小さな電熱で芋するめや餅を焼いたりしながら、かじかみそうになる手をぬくめつつ、勉強したり、原稿を書いたりするのだ。
草木も眠る丑三つ時を過ぎると、温度が急激に下がるのがわかる。今ごろ、都大路は百鬼夜行かと思うほどの冷気がしのびよる。打っていたパソコンを急いで閉じて、布団にもぐりこむ。湯たんぽのやさしいぬくもりを抱えながら、布団の中で丸まって息をひそめるひとときがすきだ。幸せとは何かを述べよと言われたら、わたしは真っ先に、底冷えの闇を避け、布団の中で湯たんぽを抱えて丸まっていることと答えそうだ。ついでに休日、朝の冷気に身を縮めて「あ、今日はもう少し寝ててもええんやわ」と再度湯たんぽを抱え直して二度寝するのも、このうえない幸せである。
わたしの湯たんぽはアルミ製で、直火にかけることもできる。カバーは母のお手製。京都にいる娘が風邪をひかないようにと願ってくれているようでうれしい。世の中には電気毛布や行火といったものも出回っているが、夜中ずっとつけっぱなしで電気代がかかるのは精神衛生上と経済上よろしくないので、買わずじまいだ。その点、湯たんぽは電気いらずでちょうどよいぬくもりが続き、朝はそのお湯で顔を洗える。昨夜のぬくもりが じんわり残っていて、洗うのもつらくない。
冬の朝は出掛けに熱い番茶に七味とうがらしを少し浮かべたものをすする。これを飲むと身体がほかほかして元気が出る。底冷えを体感しながら暮らすことで生まれる、幸せやちょっとした充足感。こうしたもので気持ちをぬくめながら、これから一段と厳しくなる冬をしたたかに乗り切っていこうと思うのだ。
筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。
過去のおぞよもん
第一回
はじめに
第二回
はねもん。
第三回
お芋さんのつる。
第四回
芋するめ。
第五回
ひきだし。
第六回
底冷えと暮らす。
第七回
想いのある部屋。
第八回
うち旅。
第九回
初めての袴。
第一〇回
心のポケット。
第一一回
水回りの話。トイレ編。
第一二回
水まわりの話。お風呂編。
第一三回
水まわりの話。洗濯編。
第一四回
『料る。』
第一五回
「カゴの中身と幸せの種」
第一六回
食い意地。
第一七回
「品」のある人。
第一八回
ご飯と生きる。
第一九回
海辺の特等席
今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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