第五回
ひきだし。
平成一七年一二月五日
『人生至ル所抽斗アリ』と言うてはったのは向田邦子さん。この言葉、わたしの生活にはうってつけの言葉だと思っている。
ほんの一時期、長崎で大学院生をしていたことがある。そのときわたしが住んでいたのは家賃一万円、四畳半一間、台所・風呂・トイレ共同のアパートだった。大家さんの家の一部を学生が住めるようにアパート化したもので、確か全部で五室あった。野郎ばかりで掃除をしている気配は全くなく、安さと大学の前にあることだけが取柄だった。慣れない土地柄も合わせて、引越し当初は泣いてしまったのを覚えている。
布団を敷くだけでいっぱいになったあの部屋が、実は今の生活に結びついていたりする。四畳半と小さな押入ひとつの部屋に、冷蔵庫や布団など身の回りのもの全てを置かないといけないとしたらどうするか。生活必需品とは何なのか。あれから三回ほど引越を繰り返し、モノを整理する度に思い出すのが、長崎の一万円アパートなのだ。
幸か不幸か、今はモノがあふれている時代である。わざわざ自分の家に置かなくても、ストックは外に大量にある。わざわざ内に持ち込んで家賃まで払ってあげる必要はないだろう。また、どんなに狭い物件だろうと、そこを住居としてではなく、ひとつの部屋としてとらえるとまたちがった考え方ができる。以前、知人に「うちの本棚は図書館で、庭は公園ねん」と話したことがある。そう考えると、周囲の環境がぐっと身近になって有効活用できる、加えてシンプルに生きていけるからうれしい。
周囲の環境すべてを抽斗にしてみる。その抽斗がたくさんあり、必要なときに必要な分、的確に使っていける人が暮らし上手なのだと思う。たとえば食料品=スーパーではなく、大根葉ならあの八百屋さん、牛脂ならあの肉屋で分けてもらえる、もしくはこれならうちで作れるみたいに、一つひとつのモノに対する「いきつけ」の場があるとないでは大違いである。そして、うちにあるものはいとおしみながら最後まで大事に使う。人生至る所に抽斗を増やしながら、わたし自身も誰かの抽斗になれるように、「心」の中にたくさんの抽斗を持った人になりたいと思うのだ。
筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。
過去のおぞよもん
第一回
はじめに
第二回
はねもん。
第三回
お芋さんのつる。
第四回
芋するめ。
第五回
ひきだし。
第六回
底冷えと暮らす。
第七回
想いのある部屋。
第八回
うち旅。
第九回
初めての袴。
第一〇回
心のポケット。
第一一回
水回りの話。トイレ編。
第一二回
水まわりの話。お風呂編。
第一三回
水まわりの話。洗濯編。
第一四回
『料る。』
第一五回
「カゴの中身と幸せの種」
第一六回
食い意地。
第一七回
「品」のある人。
第一八回
ご飯と生きる。
第一九回
海辺の特等席
第二〇回
深夜のファミレスにて
第二一回
根っこの食べ物。
第二二回
道草。
第二三回
ワンコインの贅沢。
第二四回
真夜中のホットケーキ。
第二五回
癒しの化粧。
第二六回
エンゲル係数。
第二七回
最近の思い。
第二八回
ラジオな日々。
第二九回
夏過ぎて。
第三〇回
小さな暮らし。
第三一回
言葉の架け橋。
第三二回
旅に出てみた。その1
第三三回
旅に出てみた。その2
第三四回
30代自称乙女のお化粧事情。
第三五回
そぞろ歩きへのいざない。
第三六回
祇園祭と夏の訪れ。
第三七回
清貧生活から見えてきたもの。
今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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