おぞよもん暮らし
 『人生至ル所抽斗アリ』と言うてはったのは向田邦子さん。この言葉、わたしの生活にはうってつけの言葉だと思っている。

 ほんの一時期、長崎で大学院生をしていたことがある。そのときわたしが住んでいたのは家賃一万円、四畳半一間、台所・風呂・トイレ共同のアパートだった。大家さんの家の一部を学生が住めるようにアパート化したもので、確か全部で五室あった。野郎ばかりで掃除をしている気配は全くなく、安さと大学の前にあることだけが取柄だった。慣れない土地柄も合わせて、引越し当初は泣いてしまったのを覚えている。

 布団を敷くだけでいっぱいになったあの部屋が、実は今の生活に結びついていたりする。四畳半と小さな押入ひとつの部屋に、冷蔵庫や布団など身の回りのもの全てを置かないといけないとしたらどうするか。生活必需品とは何なのか。あれから三回ほど引越を繰り返し、モノを整理する度に思い出すのが、長崎の一万円アパートなのだ。

 幸か不幸か、今はモノがあふれている時代である。わざわざ自分の家に置かなくても、ストックは外に大量にある。わざわざ内に持ち込んで家賃まで払ってあげる必要はないだろう。また、どんなに狭い物件だろうと、そこを住居としてではなく、ひとつの部屋としてとらえるとまたちがった考え方ができる。以前、知人に「うちの本棚は図書館で、庭は公園ねん」と話したことがある。そう考えると、周囲の環境がぐっと身近になって有効活用できる、加えてシンプルに生きていけるからうれしい。

 周囲の環境すべてを抽斗にしてみる。その抽斗がたくさんあり、必要なときに必要な分、的確に使っていける人が暮らし上手なのだと思う。たとえば食料品=スーパーではなく、大根葉ならあの八百屋さん、牛脂ならあの肉屋で分けてもらえる、もしくはこれならうちで作れるみたいに、一つひとつのモノに対する「いきつけ」の場があるとないでは大違いである。そして、うちにあるものはいとおしみながら最後まで大事に使う。人生至る所に抽斗を増やしながら、わたし自身も誰かの抽斗になれるように、「心」の中にたくさんの抽斗を持った人になりたいと思うのだ。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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