おぞよもん暮らし
 風呂なしの物件に住んでいた頃、週3回は銭湯に行っていました。常連のおばあさんとは互いの台所事情を話す仲。大根葉や芋のつるでごはんを食べていると言った私に、「うちのおぞよもんでも持っていき」と言うてくれはったことがあります。これが、私とおぞよもん、そして、京おんなの始末の精神にふれるきっかけでした。
 何度かいただいたのはおからや、お野菜の炊いたんです。

 おぞよとは、安価で量もわりとぎょうさんある、あまり気のはらないおかずをさします。
 たとえばおから、納豆、豆腐などの大豆もん、ひじきやあらめ、安い葉っぱもんや小魚等を使います。こういったものを差し出されるとき、「おくちよごしでかんにん(←お口を汚すようなものでごめんね)」と言われたのを覚えています。

 近頃は惣菜一般をおばんざいといいます。しかし昔はおばんざいと言うと、おぞよより材料がよく、一品もんとして成り立つものを指したようです。私も作ったおかずを一応、おばんざいと言いますが、卓袱台にあがるものは大抵「おぞよもん」。ただ、ちょっときばっておばんざいにすることもあります。ハレの日とケの日のように、区別することが生活のメリハリになるんです。

 どちらにしても、始末の精神が生きています。お金はかけない。でも、ちょっとの手間と時間はおしまない。そして、どんなもんでも、しっぽまでとことん使い切り、最後までおいしくいただく。これは食べ物だけでなく、他の物でも同じです。
 つつましく始末しながら暮らしていく中で感じる、私にとっての心のぬくもり。もし、この連載を読んでくれはる方が少しでもぬくくなってもらえたら、しあわせです。

筆者紹介:今井うさ
1979年生まれ。衣笠山のふもとで過ごした学生時代から、始末の精神と清貧生活にめざめる。
現在も京都のかたすみで、下駄をつっかけ、自転車をのりまわしながら、つつましく生息中。

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今井うさ おぞよもん暮らし 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会
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