貧乏日記

Dec 24, 2007 04:39

 春には戻る。

 冬至も終わり、年内の行事もあとは大晦日を残すのみとなった。世の中的にはクリスマスを経由するわけだが、鮮明に無関係だ。まあ、願うとすれば、町中のイルミネーションが撤去される日を心待ちにしているくらいである。

 電球がちらほら灯っている頃は微笑ましくもあったけれど、冬の夜、視界に入ってくる青と白のLEDは凍えるような寒さを連想させる。今にして思えば、暖色系の電球が織りなすささやかな“浮かれ”で済んでいた時代は幸せであったのだろう。

 好景気がミニスカートなら、不景気はLEDのツリーだ。

Dec 06, 2007 22:14

 豆腐、葱、白菜。

 年賀状とは無縁なので知らなかったのだが、購入枚数五〇枚ごとに各地の名産品の懸賞に応募するはがきがもらえるそうで、その応募はがきを二枚、年賀状を大漁に購入した知人が分けてくれた。一緒に渡されたカタログから真っ先に新潟を探すと、やっぱり米。まずはこれで一枚だ。

 もう一枚は、酒、もしくは肴になるものでも……と考えたのだけれど、そこで目に飛び込んできたのは福島のこしひかり。結局、酒はなかったのでこれで二枚目も決定し、近所のポストに投函。米さえあればなんとかなる。

 さて、鍋の準備にとりかかろう。

 

Nov 18, 2007 02:10

ボジョレーヌーボー  効果覿面。

 秋の深まりに寒さも磨かれ、夜を過ごすのも辛くなってくるけれど、深夜一時を過ぎたあたりで風呂に入り、火鉢で沸いたお湯で茶を飲めば、まだ、ストーブなしでも過ごせる程度。けれどまあ、どうせ使うことになるのだからと、灯油を一八リットルだけ購入しておいた。

 一リットル八二円という価格は、記憶の中にある二〇世紀末の最安値に比べおよそ三倍。過去の例からすれば一日の消費量は一・五リットルなので、一二三円を燃やす計算だ。一晩掛けて百円札が燃えていくわけだ。

 暗がりでも靴が履き放題。

Nov 15, 2007 02:18

 シュールを越える現実。

 宇宙から見た地球の写真というのは、大抵、美しいという感情を抱かせてくれるのだけれど、月周回衛星とやらの撮影した「地球の入り」の映像は、僕にとって気持ち悪いだけのものだった。あれからは、本能レベルでの拒否の感情しか得られない。

 地球の衛星軌道から写された地球に違和感や嫌悪感を抱かないのは、僕が小さな頃にはそれが存在したからだろうか。だとしたら、月から眺める地球の出やら地球の入りを抵抗なく受け入れられるこれからの人たちとは、コンセンサスのとりようがないかもしれない。それくらい、気色の悪い風景だった。

 というわけで、誰か憂さ晴らしに異国の収穫祭でも運んできておくれ、と狭い範囲に業務連絡。

Nov 09, 2007 05:07

 火鉢と股引。

 一杯呑んで、二時半くらいに帰宅。寝静まった町を歩いているときはまだ暖かく感じられたけど、明け方も間近という時間になると寒さがしんみりと足下から伝わってくる。まだストーブはしまったままだけれど、登場もまもなくなのだろうなあ。

 今年の冬は、灯油を買いに行くたびにため息をつくのだろう。それを燃やして暖をとるのだから、せめて少しでも他のエネルギーとして活用すべく、常に鍋をかけることになるのか。ああ、そうすると中身が必要になるわけで、買い物の頻度も上がって、あれ、なにかがおかしい、となるのかもしれない。

 まあ、今季も薬缶の指定席ということで。

 

Oct 18, 2007 14:24

 火曜日は東京に行ってきた。

 向かったのは、とある出版社の個室。お茶とケーキ、硝子製のゴージャスな灰皿、担当者の携帯電話番号の記されたメモ書きに、ノートパソコン。いいかげんに原稿をよこせという有形無形の圧力なのである。

 しかしながら、お昼はご馳走になれるし、おやつは出るし、神田明神は目の前だしで、なかなかに居心地がよかったりなんかして。これで部屋が畳だったら文句なしだなあ、なんて思いながら、非日常を楽しむことができた。

 〆切ってのは破ったほうが旨い気がしてならない。

 

Sep 07, 2007 22:29

 台風でうちだけ停電。

 昨夜、暴風の夜を静に過ごしていたら、突如の停電。ラジオでも各地での停電が報じられていたので、ああ、茨城も落ちたのかと思い窓の外を見ると、他の家には明かりが灯っている。台風でうちだけ停電というのは、実に二度目の出来事であった。

 今回は、この借家の特殊な電気配線が祟っての出来事だったために一晩を蝋燭で過ごしたのだけれど、現代の本は蝋燭の明かりには文字が小さすぎて読書は断念。それ以外は不自由だけど困難ではなかったが、閉め切りの部屋に蝋燭というのは、暗いくせに暑いというのが小憎らしくもある。

 爪に火が灯るよりはましだろうけれど。

Sep 03,2007 00:04

 デジカメはとりあえず借りて確保。

 稲刈りが始まり、鶏の厩舎のような臭いを運ぶ風がちくちくと皮膚を刺激する。裏の家でも二四時間フル稼働での脱穀が始まっているから、迂闊に窓を開けると鼻の堤防が決壊する。

 鼻で、皮膚で、閉めきりの蒸し暑さで、秋の訪れを感じているのだから、あとは味覚で、文字通り、秋を噛みしめたいのだけれど、どこかから新米がもたらされるかどうかは気象予報よりも不透明なのがいかんともしがたい。

 ごく一部の知人の皆様、その、まあ、なんというか。

 

Aug 26,2007 21:49

 デジカメが壊れた。

 中古品であるから、買ったときから時代遅れなカメラではあったけれど、購入金額以上を稼いでくれた相棒的な存在でもある。しかしまあ、修理に出してまで使うだけの愛着はないというあたりが、ディジタルという性質に込められているような気がする。

 さあ、しかし、これがないと困るというのが回避不可能な現実であるから、いつかは購入に踏み切らなければならないにせよ、とりあえず、急場はどこかからなにかしらを借りて済ませられればと考える次第で。

 稼いだ分は酒と煙草に消えちゃっているからなあ……。

 

Jul 31,2007 00:03

 真夜中の雷雨。

 この季節は雨が降っても蒸し暑かったりするけれど、さすがにこれだけ降ると涼しい。時折、部屋に流れる夜風が肌寒さを感じさせるくらいで、ひさしぶりに熱々の料理を喰えそうな……というときに動物的な食材はなかったりする。

 紫蘇は喰い放題だし、海苔も貰い物のぱりっとしたいいやつがある。止め処なく流れる汗を豆絞りで拭きながら過ごす夜ならば、実に豪華な素麺を味わえるのだけれど、心は炊きたての米へと一直線なのである。

 というわけで、紫蘇と海苔の天麩羅にしよう。

 

Jun 18,2007 01:35

 月報になっているけれど。

 巷で話題らしい十円饅頭というのを何度か口にする機会があったのだけれど、僕にはどうにも違和感のある喰い物で、そんな原因はおそらく、名前と色形なのだろう。喰う度に、頭の中でちゃりん、と音がする気がする。

 金額を冠した喰い物は他にも存在するが、この饅頭は一口で食えるというところに抵抗感の根源があると考えられる。まるで、僕自身が貯金箱になったかのような気持ちにさせられてしまうのだ。

 一般には、下品なのは僕の方なのだろう。

 

May 30,2007 02:34

 油断をすると肌寒い夜。

 数年前、リサイクルショップで三百十五円の着物を購入して以来、なんとか安く一揃えをと頑張ってきたのだけれど、最近になって漸く帯を貰うことができた。これで、部屋の飾りから衣類へと昇格だ。

 普段から靴下は軍足を履いているので、雪駄や下駄を履くのに支障はない。襦袢はないけれど、大した着物ではないので肌着にステテコ、ついでに腹巻きでよいだろう。着物は袖丈が短く、これもまた貧乏人らしくて気に入っていたりもする。

 破れかけの唐傘でもあれば文句なしか。

 

Apr 20,2007 00:45

 穀雨。

 いつもならば黄金週間の頃に咲き始める八重桜もぼてぼてと咲き、土手の色も黄から緑へと変わり始めている。きっと、気がつけば今年も半分が過ぎ、やがて気の置けぬ仲間とラジオを聞きながら年越ししているのだろう。

 先週末の競馬のおこぼれでビールを呑みながら、漠然とそんなことを考える。月々6万円あれば暮らせるという、端から見れば不安定に思えるような暮らしの安定感。もっと細い綱を渡ってみたいなんていう誘惑が、地の底から湧いてくるような感覚。

 酒はいいなあ。

 

Mar 13,2007 23:39

 カレーを喰ってるときに飛び込んできたニュース

 今回のはチキンカレーで、仕込みの前日に鶏むね肉のチャーシューを作った際のスープを用い、具には鶏もも肉を使用するという豪華版だ。百グラム三八円と五五円の華麗なる競演。カレーだけに。

 まあ、鼠は喰ったことがないけれど、死骸を焼却したことならば数回あるわけで、その様を見て、ああ、鶏肉に似ているかもしれないなあ、なんて感じたことだけは、脳裏に刻まれているわけで。

 脂の滲み具合もそっくりなのだ。

 

Feb 24,2007 00:15

 すべて中押しのストレート防衛、とは。

 いよいよ花粉も盛大に飛び始め、梅もピークを折り返した感がある。桜並木のシルエットもぽわぽわとしてきて、蕾の膨らみを感じさせてくれる。菜の花や独活、蕗の薹の話題も聞かれ、粘膜以外は極めて快適な季節がやってきた。

 今年は、いろいろなことが前倒しでやってきそうな、そんな春。ひとまず、ホウ酸団子の生産は早めに行うべきだろう。去年はこれをさぼってしまい、いつも配っていた人々からさんざんに非難されたものだ。さっさと作って、包装しないと。

 でもまあ、おかげで二年くらい持続するってのも判明したのだけれど。

Feb 09,2007 22:32

 心地よい雨音。

 知人が、ニコンの一眼レフ関連をすべて売却処分するというので、ニッコール HC 50mmだけ慌てて五千円で押さえた。原油高で財政は厳しいが、時には大きな決断も必要だ。

 さすがにF2は救ってあげられないが。FMが元気なうちは必要のないものだろう。余裕ができたらNIKOMAT FTnを修理してメインに戻したいし。

 結局、最初に手にしたカメラがいちばん馴染むのだ。

Feb 08,2007 00:09

 罠を仕掛ける感覚は鈍っていないようだ。

 四〇ワットの裸電球に照らされた書斎での作業中、押し入れから不穏な物音。数年ぶりに聞いたそれは、間違いなく畑鼠の活動を意味している。動いてくれなければ対処のしようもないのでしばらく放っておくと、目の端を走り抜ける小さな影。

 進路を音で把握し、数年前に使用した粘着シートの片割れを押し入れから取り出す。気配の記憶を辿り、適当なところに無造作に広げて待つこと一〇分。予想通りの進路で捕り物は終了し、背中に小さな悲鳴を聞きながらこの時を過ごしている。

 さすがに、平時に鼠を喰う気にはならない。

 

Jan 19,2007 03:45

 さすがに水道は苦しい。

 郵便受けにあった見慣れぬ封筒は。よく見れば、常総市水道局からの督促状であった。水道だけに水色の封書とは洒落ているなあなんて感心している場合ではない。どこへいったんだ、水道料金納入用の伝票は。

 未払いになっているのは一一月分だから、あきらかに支払いを忘れたままになっているのだ。そういえば、その月は随分と家計にゆとりがあったような記憶があるがそのせいか。資料の山を分け入り、はがきを探し出すのに一〇分。明日、忘れずに支払っておかなければ。

 カレー粉を買いたかったのだけれど、これは来月にしよう。

Jan 18,2007 00:10

 雨だけれど暖かい気もする。

 僕の住む茨城県は納豆で有名だし、野菜の直売所では藁に包まれた旨い納豆が売られていたりもする。でも、やっぱり本場は水戸なのか、石下界隈の一般家庭では特筆するほど納豆を喰うことはなかったらしいと知った。教えてくれたのは、スーパーの納豆売り場だ。

 突然訪れたわけのわからない納豆ブームとともに、納豆売り場は夜になればほとんど空。茨城ですらこんななのだから、納豆との結びつきが弱い地域のスーパーなんてのはきっと凄いことになっているのだろうと想像してしまう。なにかを摂取して痩せる、これを二律背反と言わずしてなんとするかと思わずにいられないのだけれど。

 むしろ、太るほど喰える日常に感謝すべきだと、ひっそり呟きたい。

Jan 15,2007 02:03

 この寒さもあと一月と少しだ。

 そういえば年賀はがきの抽選発表があったはずだなあと調べてみたけれど、当然のようにすべて当たらず。こういうのは数が肝心だが、今年届いた賀状九枚、内、くじ付きは七枚だから、調べるだけ無駄……と思いつつも確認してしまうのが人情というものか。

 しかしまあ、この日を過ぎれば年賀状も用済み。必要な情報を転記したら、感謝の気持ちを込めて庭で燃やしてお終い。少ない枚数とはいえ、このペースで十年過ぎれば九〇枚なんてことを考えると、毎年、こまめに燃やすべきなのだ。

 あ、どうせならすこし実験をしてみるかなあ。

Jan 11,2007 00:40

蚊遣り豚(術後)  蚊遣り修復。

 不注意から蚊遣り豚を屠殺してしまったのは、まだ秋だった頃。今日、漸く瞬間接着剤を購入して修復を試みたところ、なんとか実用に耐えてくれそうな程度には戻ってくれた。アルファシアノアクリレート様さまだ。

 そういえば、この蚊遣りをくれたのは先ほど会った知人の旦那だった。料理は好きなのに、米を研ぐのは「女のやることだから嫌い」らしいという話を聞いたのだけれど、帰ってきてから、そこにとても大切な心のあることに気付いてちょっと微笑ましかったりする。

 その旦那が年に一度だけ作る“デコレーション押し寿司”には、三十うん本のロウソクが灯るってな次第で。

Jan 10,2007 03:43

茶碗蒸し  Ryo Yamagata謹製茶碗蒸し。

 公式ウェブサイトの立ち上げに協力したりとかの縁で、ドラマーのRyoから新年会に招かれて一杯。自宅のスタジオでドラムを眺めながら本人の手料理をついばみ酒を呑んできた。

 スタジオというのは防音の関係で気密も高いから、室内はあっという間に煙草の煙で埋め尽くされ、ストロボを焚くと真っ白になる。まあ、気がつけば開始から八時間という長丁場だったのだし、二十畳だろうっが三十畳だろうが真っ白だったかもしれないのだけれど。

 いちばん驚いたのは、これが本年最初の日記だということだろうか。

 

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貧乏日記 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会 発行部数:979 冊
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