| 貧乏日記 |
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| 平成十七年七月 |
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Jul 31,2005 20:31
暑い。 夏の演歌というのはどうしてこう、肌にぬっとりと張り付くのだろうか。ラジオを消し、静寂が戻ると途端に風を感じるようになる。雰囲気というのはとても大切なのだと感じる瞬間だ。 というわけで、新しい耐乏PressJapan.も追い込んでいるけれど、ちょっと他にも作業があるので完全に始まるのは下旬かもしれない。いまのうちなら、ブラウザごとの対応も間に合うかも。 暇があれば、NC4.7にも対応させたいのだが……iCabは無理だ。 Jul 28,2005 13:05 丑の日。 今年は特に鰻が高いらしいが、そんなことは貧乏人にとっちゃあ関係ない。僕の冷蔵庫には鶏胸肉があり、庭には山椒が植わっており、米だって備蓄は十分。これだったら、平賀源内のコピーライトに真っ向勝負を挑める。 鶏肉は薄く切ろう。で、砂糖と酒に漬け込んで柔らかくしよう。これを秘伝のタレで焼こう。箸でふわっと千切れるわけもないが、がんばれはしゃっと割けるくらいの質感は得られるはずではなかろうか。 重箱はないからアルマイトの弁当箱で代用しよう。 Jul 27,2005 18:48 通りかかった小学生は既にくろんぼだった。 今年の夏は、どういうわけか食欲がある。いつもなら、豆腐を買えば冷や奴と相場は決まっているけれど、台所の火力を活かして麻婆豆腐なんか作っていたりする。元気なのか、自暴自棄なのか。 火力といえば、鋳物のガスコンロ。ガス代にはそれほど影響もなく、むしろ短時間で煮るも炒めるも済んでしまうから便利で仕方がない。どうして、一般家庭はこれを捨て、偽りの便利に走ったのだろうか。 などといろいろ考えてもたどり着くのは同じ場所だ。 Jul 25,2005 01:00 いきなり変えてみる。 長らくの沈黙。月刊会報誌なのに最後に出たのが一年前。日記も月に数回。減っていくアクセス数。でも、これでいい。もう一歩、踏み込むためには必要な日々であったのだ。 七月号は、どうせ七月三五日くらいに出るだろう。これがひとつの終わりとなり、また、始まりにもなる。個人の力を最大限に発揮する環境。改めて、整備中である。 いざ、二〇一〇年の混沌へ向かって放とうではないか……貧乏を。 |
| 平成十七年六月 |
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[Jun 16,2005 23:29]
カチンと言ったきり静寂を保つエンジン。 十万キロを超えた車というのはどうにもデリケートだ。こまめなオイル交換のおかげでエンジンは走り込むごとに快適になっているけれど、セルモーターの反乱には備えがなかった。人生二度目の牽引である。 知人の軽自動車に牽かれる車内でクラッチを踏み、ギアを二速に入れ、キーを回し、クラッチを一気に繋ぐ。ぐぐぐうっという失速感と同時に各種警告ランプが消えてエンジンが始動する。人生初、押しがけならぬ引っ張られがけだ。 セルモーターの掃除だけで済めばよいけれど。 [Jun 08,2005 00:17] 恩賜の煙草が菓子に変わるという。 香料たっぷりの煙草しか吸えない人は不味いと言うが、わかる者が吸えば使われている煙草の葉が明らかに違うことは一呼吸で実感できる……らしい。あの素直な充実感は、ほかの煙草では得られないなにかなのだ……そうだ。 きっと、変わりに賜れるようになる菓子も旨いのだろうけれど、残念ながら片手落ちだろう。それに見合うお茶を煎れられる、もしくは点てられるかどうかとなると、僕には絶対に無理なのだから。 また吸いたいなあ……なんて思うらしい。 [Jun 01,2005 00:33] やべ、もう六月だ。 庭に出ると苺が喰える良い季節、ふと放置気味な庭を見れば、今年も馬鈴薯が勝手に育っている。去年は確か、隣の田圃で除草剤を撒かれたときに大打撃を受けたんだった。今年はどうなることやら。 先日、守谷市にある高い蕎麦屋で昼飯をご馳走になった。座敷からは狭いながらも庭が見え、その奥には鬼怒川の流れ。鶯がホロホロホロホロと長い囀りで楽しませてくれるという、他人の金で行くには良い店であった。 町中で鶯が啼かなくなって数年経つなあ。
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| 平成十七年五月 |
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[May 30,2005 01:26]
寒いような暑いような温さ加減。 動物ネタというのは、どうにも嫌なタイミングで現れては、民衆の話題を低俗化させていく。汚らしいアザラシもそうだったけれど、今度は立ち上がるパンダもどきか。 別に二本足で立ったところでそこまで騒がなくともいいだろうに。そんなに動物の立ち上がる姿が見たければ、冬直前の山に入れば目の前で貴重なのが見られるのだから。黒一色だけど、パンダに似てなくもないのが。 この陰で、政治家や官僚はなにをやらかすつもりなのだろう。 [May 29,2005 00:05] 今後の予定。 さんざん放置してきた月刊会報誌だけれど、おそらく、次に出るのは七月号になると思う。で、八月にはどでかい出来事を用意してしまおうではないか。構想だけは無駄に大きいのだ。 ここで少しだけその一端に触れるならば、今度の「変わる」はリミッター解除的なものであり、世界中とインタラクティブなマルチメディアが夢の技術で通信革命なのである。 ちなみに中学の頃、英語の成績は二だった。 [May 19,2005 00:03] 標準レンズでは裾野しか切り取れず。 夕刻の雨、西の空には沈みゆく太陽。まるで教科書通りの条件が生み出す巨大な虹を眺めながら、東へと進んだ。途中、車を路肩に止め、幼子をあやしながら話しかける母親。 田畑を抜け、やがて学園都市の喧噪にさしかかる頃には目を凝らさなければわからないくらいに消えてしまったけれど、何年ぶりかの巨大な虹は、空と大地の当たり前にあることを思い出させてくれた。 まあ、一晩中思索にふけっていると虹くらいいつでも幻視できるのだが。 [May 07,2005 18:50]
早いなあ、なんて言われたけれど、もう、なんとなく風も空も夏の雰囲気で、なにより、花粉を気にせずに窓を開け放てるようになった。ちょっと、窓の外に目と音のアクセントが欲しくなるのだ。 田圃の緑は日に日に濃くなるけれど、蛙の声は年々、弱々しくなっている気がする。航空防除があると、彼らの声はぴたっと止み、夜の静寂が寂しく沁みる。
久しぶりにラジオをつけるがこれも耳に入りはせず。 [May 07,2005 18:50]
雑誌の取材で、食材を提供するので七輪でなにか焼いてほしいと依頼があり、めざしでも一キロの肉塊でもなんでも焼く、と書いてみた結果がこれだ。ものは試しと言ってみるものだ。 三十分の働きでは百グラムも買えないという黒毛和牛のもも肉を、三本の枝で吊し、七輪に炭をおこしてじわじわ、じわじわ、じぶじぶ。これをナイフで削いで口に入れたときの肉々しさときたら、もう。
味付けはブランデーと砂糖。これがいちばん肉を肉にしてくれる。
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| 平成十七年四月 |
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[Apr 27,2005 03:33]
もうすべてが壊れているなあ。 小さいのはパソコンのウィルススキャンソフトの暴走から、大きいのはJR西日本の脱線事故まで、新聞社のページは暗い話ばかりだ。死にたくなければ、他人を信じないことしかないのだろうか。 パソコンの騒ぎだって、世の中はなんでもコンピュータ制御であるから人が死んでもおかしくはない。外部ネットから遮断されたシステムにメーカーの保守員が感染したパソコンを繋いでウィルス被害なんて話も過去にはあったことだ。 速度制限無視の石下郵便局も、事故を起こす前に改めて欲しいが無駄な望みだろうか。 [Apr 20,2005 04:57]
先日、知人のアトリエで馬のモツをごちそうになったときにふと、平和で豊かな状態というのは、旨い物を喰う機会を減らすのではないかと思った。雀は珍味扱いだし、猫や犬を喰うとなればなにかと五月蠅い。 牛肉は、外交上の理由でアメリカから危険なのを仕入れなきゃいけないし、減反の田圃で作られる麦は助成金目的だからいつまでも刈りとられずに放置される。少しばかり飢えた方が、食の根源には近づくのかもしれない。
自分の手で鶏を絞めたら、人なんか殺せやしないはずだ……正常なら。 [Apr 06,2005 22:52]
十年近く使い続けてきたガスレンジがとうとう駄目になり、常々、考えていた新戦力を投入することになった。なんとも贅沢な光景、鋳物のガスバーナーをふたつ新調である。 プロ用の厨房用品だけれど、ひねれば火のつく家庭用のガス台に比べれば圧倒的に安く、扱いは面倒。その分、能力は折り紙付きだ。立ち消えたら中毒死と隣り合わせの台所、誰か押しかけてきたって点火すらままならない鉄壁のガード。
徳用マッチ、台所に進出。 [Apr 01,2005 00:02] 日記を読みに来てびっくりした人、ごめんなさい。 今日から新たな生活を始めるひとも居るだろうけれど、それで大きく変わると思ったら大間違いだ。生活パターンが変わるだけで、人間としては年齢を重ねるだけの変化になど意味はない。 自分にはなにができるか、なんてことにしがみついても先はない。大切なのは、なにがしたいか、なにができるようになりたいかという志を持ち、それに向かって一歩を踏み出す行動である。 行動力があっても使わなければないのと同じなのだから。
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| 平成十七年三月 |
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[Mar 29,2005 17:44]
そんなになるのか。 さきほどメールにて、「発行部数888888を目撃」との報告を頂いた。時期によって増減もするし、始めの頃は一日数人であったから正確ではないが、年間で延べ十五万人が見に来てくれることになるのか。 そうすると、年末くらいには百万人であるから、構想中の企画を発動させるには丁度よい時期なのかもしれない。耐乏PressJapan.は変わる。そりゃあもう、ジャパンなのだから。 感謝の気持ちをHTMLに乗せて世界にお届け。 [Mar 25,2005 21:34] 避雷針のお話。 アルバイト先で、A0サイズのポスターをパネルに入れる仕事をやった。それようの作業台はあるけれど、生憎と別の作業に使われていたために、壁に立てかけてアクリル板を引き抜く。ばちばち。 さらに、アクリル板には保護用のビニルが貼られている。めりめりと剥がすことで、静電気がわらわらと貯められていく。巨大な雷雲のごときアクリル板を、一旦、下におろそうと腰よりちょっと下までおろした刹那……!。 雷様が持っていくのは臍ではないな、絶対。 [Mar 25,2005 00:41]
昨夜、知人のアトリエに行ったら懐かしい再会が。そう、これぞ僕にとっての恋心を端的に表現できる変哲のない旨さ、赤身の馬刺しである。ああ、このとろっとした触感と癖のなさ、噛み締めると滲み出る酷。日常の幸福を具現化したような奴だ。 僕には買えないけれど見かけることだけはできる霜降りの馬刺しにはない旨さが赤身にはある。あの冷たさは湿布の変わりにも使われたというけれど、喰った途端に湧く熱量はまさに恋心であろう。
柔らかい筋をガムのように噛み締めつつちびちび。 [Mar 23,2005 05:37] 雨の静寂を台無しにする馬鹿犬の遠吠え。 子供に対して思いを伝えるのはなにより難しい。言いたいことが多すぎて、相手を気遣う気持ちがすぐにどこかへ消え入りそうになるのだ。だが、もう考えないことにした。どうせ聞く奴は居ない、くらいの気持ちでやるしかない。 その次に大変なのは老人だろうなあ。積み上げてきたものがあるから、たとえそれがゴミの山でも自信たっぷりに他人の言葉を遮断する。砂の城の城主に足下の危うさを説いたところで誰が聞くのだろう。 まあ、それでやるのだ、数万人にひとりくらいの可能性にかけて。 [Mar 20,2005 03:57]
真夜中の米研ぎ中、花粉に誘われてくしゃみを一発。ざばざばと飛び散る米の音とともに手に伝わったのは、ぱっかりと土鍋の割れる鈍く重い感触であった。 この土鍋、ひびが入ってからかれこれ二年くらいは経っただろうか。米がひびに浸透して糊の役目を果たすから長持ちするのだけれど、それでも、限界はあるのだ。
蓋は茶碗として使おう。 [Mar 11,2005 01:04] 今度のアルバイトは器用貧乏要員。 梅が咲きそろうこの季節、花粉もこれでもかと飛びはね、この時間になってもくしゃみ連発。くわえた煙管が畳に落ち、慌てて拾い上げるなんてことの繰り返しだ。 困るのは、集中力がまるで出ないことだろう。ぼーっとしたまま、気が付けば一時間経っていたりする。メモも集めても、それを紡ぐことができない。日本から杉の木をなくすためだったら、百円までなら寄付しても言いと思えるくらいだ。 材木の輸入なんて禁止して杉を使ってほしい。
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| 平成十七年二月 |
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[Feb 24,2005 22:16]
最近はニュースからも縁遠い生活をしていて、車の移動中にふと耳にするニュースからも、聞き慣れない単語が大挙して押し寄せてくる。“あいちきゅうはく”ってのは本気でなんのことかわからなかった。 そんな中、”かねまつにっさんのうりん”という単語にだけはすぐに脳が反応した。なんのことはない、いつも使っている徳用マッチの会社である。釘は弱かったらしいが、マッチはいつものように着く。
十本に一本は折れるのもいつも通りだ。 [Feb 22,2005 22:52] 体ぼろぼろ。 一度は治ったかと思われていた風邪がぶり返したのが先週末。肺の熱さと発熱から来る頭痛と目眩。市販薬はおろかピー■イ錠も効かず、ロキソ●ンとケフ▼ール、セルベッ■スを毎日服用。もう在庫が尽きるという頃に、ようやく治りはじめた気がする。 ボルTレンさえあれば多少の風邪などでは引いていないかのように活動できるけれど、こいつはどうも、インフルエンザだった場合には危険らしい。ということは、ボルTレン入手が容易いのは夏場だろうか。 空腹で薬を飲むと胃が荒れる歳になったってのは確認できた。 [Feb 16,2005 04:48] 震源近いな。 真下から突き上げられるような振動に、脳が即座に危険信号を発した。ストーブを消すころには家がひしゃげるような揺れ。玄関へ行くよりは窓から逃げた方が早いなあと、財布だけ握って窓を開け様子をうかがった。 揺れ始めに感じた危険は大きかったが、揺れ自体は逃げ出すまでいかずに収まってくれたからよかった。でも、次にでかいのが来たら問題だ。なにせ、そろそろ寝ないと体は限界である。 嫌な揺れだった。 [Feb 15,2005 02:04] 風邪が治っても花粉で体力回復せず。 猟期。猟銃免許を持つ人間が山に入り、鳥獣を撃ち、届けてくれる季節。市販されている家畜を屠殺した肉とは、根本的に肉としての感覚が違う。一目見て、自然を生き抜いてきたとわかる肉なのだ。 ものは試しと塩漬けにしたら、一晩で真っ黒。やはり、まるで勝手が違う。干したらどんな違いがわかるか。それを喰ったらどうだろうか。わくわくは、いまも冷蔵庫で育っている。 豚肉には戻れない体になってしまったら……という恐怖と共に。 [Feb 05,2005 16:44]
煙草を買いに行ったら、パッケージが変わっていた。緑一色だったカートンの包装は白基調に緑へと変わり、ああ、そういえば注意書きが大きくなるんだったなということを思い出した。 変なのになっちゃったなあ、なんて呟きながら帰宅。なんだか昔の知り合いが豹変してしまった姿と出会ったような違和感を感じながら包装を破くと……えーと、どちら様でしたでしょうか。
サラ金のティッシュみたいだ。
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| 平成十七年一月 |
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[Jan 26,2005 00:33]
朝六時起床があと二回も続くのか。 色温度無視、相反則不軌上等、カラーポジなのに「セピアフィルムですか?」と聞かれる仕上がりがモットーの僕が、商業的写真撮影の場で露出を測る。違和感は、疲労を増加させる作用もあるのだろうか。 もうひとつの違和感は、そんな僕を取り囲む物の数々。どんなに巨大でも薄く、どんなに濃い色遣いでも淡く、その場を去れば、記憶から失われていく世界たち。チェーン店の装飾品がそこにある。 今の日本がそこにある。 [Jan 24,2005 18:35] 毒々しい日々。 どうも家でひとり世界を構築する作業が続くと引き篭もり度が高くなって、体内に毒が溜まってくる。久しぶりに日記でも書こうかと試みてみたものの、到底、載せられない内容しか書けない。 いかんいかん。無駄に鋭利な刃物は戦しか産まない。すこし錆びさせないとなあ。でも、明日からの三日間はカメラマンの助手でとある大学に行かなければならない。また、毒を貯めて帰ってきそうだ。 看板に偽りありだよなあ、あの大学。 [Jan 20,2005 02:09] HTMLの久しぶりなことといったら。 貧乏談話室へのお返事を。干し肉を厚めに削ってぐらぐらと煮て、さます。この汁で米を炊く。出汁を取った干し肉も細かく刻んで投入。味付けは、一合に対し砂糖ひとつまみ、醤油一滴。 これが基本の炊き込み。どういう味か脳に刻んだら、次回からは好きな味付けで。甘めにするか、醤油感を出すか、ごま油を加えるか、バターで攻めるか。 たとえ洋風でも醤油一滴が貧乏流の極意。 [Jan 05,2005 01:40] また西暦なおし忘れてた。 電車というのは凄い。疲労感滲む老夫婦や一心不乱に携帯電話に情熱を注ぐ女性、つがいの若者、背広姿、安っぽい鬘、そういうものをわさっと一気に東京へ運んでしまうのだ。 そうしてたどり着いた上野駅。西郷隆盛像の下で旧友と待ち合わせ、一年ぶりかもしれない生ビールをごくり。しばらくぶりに掲げたジョッキの重いこと。酒をがぶがぶ呑むには腕力も必要なのだなあ。 来年は日本酒にしよう。 [Jan 01,2005 03:29] 謹賀貧年。 大いにただ酒を呑み、シャーベット状のアスファルトを踏みしめて帰ってきた。数時間後にはアルバイトをしているという事実が重くのしかかるも、いつも通りの平穏な大晦日は大団円のうちに終了した。 なんてったって、念願の碁盤が手に入ったのが嬉しい。あとは碁石を入手できれば、昨年には叶わなかった囲碁対局が可能になるのだ。昭和四拾五年製、本榧の碁盤は、傷だらけで真っ黒。 高くとも、活かせなければただのゴミ。
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耐乏Press Japan. 貧乏日記
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