| 貧乏日記 |
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| 平成十六年十二月 |
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[Dec 31,2004 17:42]
今年最後かな。 やり残しの多い一年で、もうぼろぼろという感じだ。まだキーボードを打つと指が痛むのが厄介である。水仕事も辛い。酒を呑んでも痛みのないことは不幸中の幸いだ。 玄関を出れば雪景色という、出かけなくても旅気分の大晦日。けれど今年はまるで年末という気分がない。年明けならわかるけれど、年末にこれほどの大雪を関東平野で見ることになるとは。 子供達には嬉しい正月となるだろうか。 [Dec 29,2004 00:43]
雪に囲まれた我が借家はとにかく寒い。こうなると、残念だが降参して布団に潜り込む以外の選択肢はないのだ。粋な計らいで雪見酒をしてきたから、横になればあっという間に夢の中だろう。 ここで風邪を引けば、年末に予想される淡い振舞酒の期待が現実となっても堪能できない。この寒さで風邪を引くわけにはいかない理由として、これほど立派なものは他にない。
たとえ傷の治りが遅くとも。 [Dec 29,2004 00:43] 天気予報にみぞれの三文字。 ふと、小豆を煮てお汁粉を作りたくなったのだけれど、どう考えたって缶詰を買った方が安い。おそらく、種から育てたとしても缶詰の方が安い。ドーナツ化現象の勉強は食欲が発端でもかまわないのだ。 だが、ドーナツではお汁粉気分を紛らわせることはできない。ここしばらく早起きが続き、この時間には薄れ行く意識の中、焦げ目の付いた餅が目の前でちらつく。 小さくても、ちゃんとしたあんこの詰まった国がよい。 [Dec 27,2004 02:26] 出血は止まった。 中学時代の仲間から『生きてますか』とメールが来た。ああ、もうそんな時期か。なぜか卒業後も付き合いのある三人で年に一回、正月に会って酒を呑むのが行事化して何年になるだろう。 年賀状ではなく、顔を突き合わせて元気なのを確かめるのは楽しいことだ。別に普段は電話どころかメールすらよこさぬ間柄なのに、なぜか近くに感じる連中。思い出じゃなく、今を生きているからこその付き合いなのかもしれない。 生きてますか……。その答えは来年早々にでも形にしてやるよ。 [Dec 24,2004 21:14] 貧乏日記、聖夜の特別編。 指を切った。切ったと言うよりは、一部が削げた。爪の一部と共に。話は、一時間ほど遡る。 腹が減ったので、夕飯を作っていた。半額になっていたのを保護したキャベツがあったので、干し肉を削って野菜炒めを作ろうと考えていた。昨日干した鰺もよい感じに仕上がったし、酒もある。クリスマスイブを一人静かに過ごすには十分なラインナップだ。ちなみに、鶏肉はアルバイト先で揚げ続けて嫌になっているから、少なくとも年内には見たくない。 僕の台所には包丁が四本ある。少しずつ買い揃えた柳刃、菜切り、小出刃、それに昔から使っている切れ味の悪いステンレス製の文化包丁だ。他の三本は使ったらすぐに洗って拭かなければならないが、文化包丁は放置しておいても錆びない。そのとき、台所にはたまたま布巾代わりの清潔なタオルが無く、つい面倒で文化包丁を手にした。干し肉が、残り僅かで削りにくい。小出刃ならすいすい削れるが、まあ、大量に削るわけでもないからと、作業を続けた。 文化包丁が、反乱した。いや、道具を擬人化して罪を押しつけるのはよくない。作業に適さない道具を選んだ僕が悪いのだ。つい、力を込めすぎた次の瞬間には、干し肉ではなく、人肉、僕の指先にざっくりと刃が突き刺さっていた。やってしまった。一瞬で、すべてを理解した。痛みは感じない。タオルを持ってくるというただそれだけの僅かな手間を惜しんで下らない失敗を呼び込んでしまったことに対する心の痛みの方が大きい。刃を外す。痛みはない。点検のために指先に触れたとき、初めて痛覚が刺激された。 指先の肉、グラム換算にすれば一、二グラムという程度だろうか。もちろん量ったわけではないから正確なところは不明だけれど、肉と爪の一部が指先にぶら下がっている。触ったことで血が滲みだしたから、流しの制空権内に指を移動。まもなく、血の一滴が音もなく流しの水滴に溶け込んでいった。写真に納めようとも考えたが、撮影準備などしたら部屋中が血で染まりそうなので諦めた。 この程度の怪我ならば、血さえ止まればなんの問題もない。だが、今回は厄介なことに、切れ味の悪い文化包丁が途中で止まってしまったために肉片がぶら下がっているのだ。その肉片には、やはり切り取られた爪が十分の一ほど付いている。指の先端を斜めから背開きにしたような感じである。付いているといっても、そのまま押さえ込んで無事にくっつくとは思えない程度にえぐられてもいるから、治療の第一弾としてはこれを排除せねば。ちょっと触ってみる。まずい、割とくっついている部分が多い。これだと、刃物で完全に切除という自宅で簡単手術状態ではないか。でも、刃物で自分の身を傷つけるには抵抗がある。不慮の事故ならば致し方がないが、自分の指先に自分の意思で刃を当て、すっと引く勇気は出ない。ならば、方法はひとつ。僕は、無傷な場所まで裂けないようにしっかりと押さえ込みつつ、ぶらぶらを引きちぎった。ここで絶叫するほど痛ければネタとしても嬉しいのだけれど、決行までに蓄えた勇気の量からすればがっかりという程度の鈍痛しかなかった。 さて、引きちぎった後も血は流れ続け、止まる気配がない。傷を消毒し、絆創膏を巻き付け、その上からティッシュでぐるぐるに包み、最後にセロハンテープで固定。遠目には骨折に見えなくもない。 多くの恋人達が愛を囁く聖なる夜。僕の指も、赤と白のクリスマスカラーとなった。これだけ出血があると、酒は控えた方がよいのだろうか。 メリークリスマス!
[Dec 23,2004 23:40] 寒い。 いままで、ちょこちょこっと大工仕事を手伝ってきたのだけれど、これがついにほぼ完成に至った。作っていたのはアトリエのはずだが、どう見ても寿司屋に見えるからおかしい。 大工仕事は苦手分野なのだけど、見たりやったりをできたおかげで随分と勉強になった。要するに、道具を揃えるか、時間を掛けるか、金で片づけるかのみっつしかないのだ。 道具は借り、時間を掛けて材料を集めるのがいちばんだな。 [Dec 21,2004 22:58] ここ数日でいきなり寒くなったと思ったら冬至なのだ。 人の家で風呂に案内されると湯船に柚子が浮かんでいた。肩までしっかりつかりながら柚子を引き寄せ香りを楽しむと、必ず豆腐が喰いたくなるのはどういう理屈だろう。味噌だれがあれば最高だ。 だが、今夜は風呂が済んだらおでんの登場である。ちゃんとカボチャの煮物も用意してあるあたりが冬至していて嬉しい。これでこの冬は風邪知らずで居られそうだ。いまでも体がほかほかしている気がする。 業務連絡:カウンター完了。 [Dec 19,2004 23:01]
自分の家ではなく、人の家に作る塀だから、材料費も道具も他人のもの。おおよその作り方も含めすべて揃っているから、言われるままにひたすらコーススレッドで止めていくだけ。あっというまに真新しい古い壁は完成する。経験を積めば、簡単な指示で勝手に動けるようになる。 けれど、これを自分のテリトリーでやるとなるとえらい大変だ。まず、どこに作るか。材料費をどう捻出するか。道具を誰からどれだけ借りるか。釘は借りるわけにもいかないのが辛い。つまり、一般人の会社勤めと僕の塀作りはイコールだ。 給料代わりに酒の一杯と白い御飯という差異はあるけれど。 [Dec 18,2004 01:23] 北風は冬の匂い。 なのにどうだろう。いまだに室内を飛び交う蚊がいるという事実。そして、そいつにいま、血を吸われたという事実。とうに仕舞い込んだかゆみ止めを掘り起こし、患部に塗りつける現実。 手はかさかさで、傷の治りも悪いのは冬の証だ。歳を取ったせいもあるだろうが、さっきだって、鍋をごちそうになってうきうきだったのだから冬には違いない。半纏だって着ているじゃないか。 しまった、まだ股引を穿いていなかったから刺されたのか。 [Dec 16,2004 23:24] ほろ酔いってのは至極だなあ。 知人の家で塀を作ってきた。感心するほど立派なものじゃないけれど、昭和色の路地的情緒溢れる景観が完成。そのまま晩酌と夕飯をごちそうになり、強風に背を押されて帰宅。 なんて気分で作業をしていると、別の知人から「パソコンのパスワードが……」なんて電話がかかってきたりする。昭和から二十一世紀へひとっ飛び、マニュアルを読まない人がコンピュータを操る時代へ。 ちなみに、問題の解決法を思い出したのは電話を切ってからだったりする。 [Dec 08,2004 22:48] 胸焼けしなきゃいいけれど。 もやし炒めを作ろうと、まな板にもやしと葱を用意。ああ、大蒜も入れようかと、ひとかけらをまな板に乗せ、そのまま切り忘れた。皮すら剥かれぬそれは、そのまま熱された北京鍋に。 しゃくしゃくとしたもやしの食感に満足していると、突然、口の中にいがいがした違和感。噛み切れない異物の中から現れるほくほく感と背徳の匂い。大蒜の皮は、ちょっと炒めたくらいでは喰えないことがわかった。 揚げたら喰えるかもしれないなあ。 [Dec 06,2004 17:20] NHKがテレビジョンにとどめを刺したか。 天下の国営放送である。取材しようと想えばどこにでも入れるだけの力を有した組織なのだが、そこに生息する馬鹿どもには矜持がないらしい。過去の栄光を喰い潰すだけの蛆虫だ。 人の心を動かしたいと働く人間が居たとすれば、そんなのは幻想だ。早く勘違いに気付いて他の道を行く方がよい。遺跡になってしまった以上、それは歴史であり、今ではないのだから。 次に終わるのは、ラジオか、新聞か。 [Dec 02,2004 02:41] 灯油一リットル五〇円って。 紅葉ロケの現像が上がったので、骨董品の域に達したフィルムスキャナで取り込んだ。が、しかし。中央に虹色の横線が入るわ、RGBの三色でぶれるところがあるわで、かなり問題ある働きしかしてくれない。 レンズの汚れかもしれないので明日以降にばらして掃除をしてみるけれど、もし駄目なら他の手段を考えるしかない。フラットベッドスキャナの蛍光灯を外せば、ライトビューアが透過原稿ユニットにならないかな。 うまくいけば四×五も取り込めるし。
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| 平成十六年十一月 |
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[Nov 30,2004 23:13]
ボジョレーヌーボーを呑んだ。 今年はもう呑めないかと想っていたのだけれど、訳あって枕木を運び、ペンキを塗り、お使いに出かけ、そこで同行者がふと手にしたのが、お祭り騒ぎ的デザインの瓶だったのだ。 旨いなあ、鍋。うわ、生牡蠣に鰹のたたきまで。そんな食卓にはボジョレーヌーボー。一口含んでひじきの煮物を喰う。雪花菜をボジョレーで流し込む。日本の食卓に、遠い異国の収穫祭が一本。 ここ数年、ボジョレーが旨く感じられるのは輸送手段の向上だろうか。 [Nov 29,2004 08:36]
この界隈で唯一、本屋らしい書店には新明解国語辞典第六版が鎮座していた。ああ、これが噂の六版か。そっと手に取る。そろっと箱からだし、ページを捲る。読みふけりそうになり、慌てて元に戻す。 言葉は生き物と言うけれど、手元の第五版もまだ現役だ。背表紙の文字は消え、開くと分裂しそうになり、箱はとうに朽ちて裏から和紙で補強してあるけれど、まだ読める。愛着は、共に歩んだ第五版の方が上のようだ。
そんなわけで、茨城県民手帳を購入して帰路に。 [Nov 29,2004 08:36] Googleで調べ物をしたら真っ先に自分のページが出てきたときの複雑な気持ち。 そういえば、以前にネットで同じことを調べたときには心躍るような資料に巡り会えず、苦労したのだった。それに自分が書いたことが加わっても僕には役に立たないが、別の人にはとっかかりになるかもしれない。 膨大ながれきの中から玉を探すような感覚は、数年前からすればやや薄れてきた感じはあるけれど、まだまだ、出会えない情報も多い。中身はまだまだなのに、目次会社が世の中にしゃしゃり出る昨今なり、か。 出会えない出会い系の迷惑メールは数十倍になったけれど。 [Nov 27,2004 14:25] 昼間の風呂。 窓を開けるとふわっと風が入り、湯船から青い空が見える。石けんと風の臭いが混じり合うこの感覚は、ああ、露天風呂のそれにそっくりなのだなあと悦にいるひととき。 けれど、所詮はただのお湯。窓を開けたまま湯から出ればその体はあっという間に外気で冷やされ、石けんも泡立たないありさまだ。ぱたりと窓を閉め、再び湯船に身を浸す。 それでも、やっぱり窓を開けてみる。 [Nov 23,2004 23:35]
今年の紅葉はなかなかのものであった。おそらく十二月には出せるはずの耐乏PressJapan.でも写真を何点か公開する予定だけれど、ひとまず、デジカメの中からこの一枚を。 けれどまあ、問題なのはフィルムに映っているかどうかである。紅葉は大丈夫だとは思うけれど、逆光の海は勘と運まかせ。ちなみに、今回の旅路で最も紅葉がベストだなあと感じたのは松島近辺だった。
ちなみに、いちばん苦労したのはお菓子探しだったロケの旅。 [Nov 19,2004 21:26] がんばれ、接着剤。 がたの来ていた眼鏡が本格的に崩壊し始めたようで、とりあえず接着剤を用いてこれを修復するも、一日もたぬようである。ネジを外してワッシャーを噛ませれば直りそうだが、生憎、ネジは接着されているようだ。 とりあえず、この眼鏡のままで週末は撮影旅行である。ハードスケジュールが予想されるうえに野営の旅であるから、体力の維持と回復のためにいくつかの食材を仕入れてきた。腹さえ満たせば車中泊でも問題はない。 問題があれば死んでしまうだろうな、東北だし。 [Nov 13,2004 03:19] まさかラジオ深夜便でメケメケがかかるとは。 放送から様々な言葉が消去される昨今、クロンボは大丈夫なのだと知ることができた。これはひょっとして、気違いに刃物とかも大丈夫だろうか。跛とか盲打ちとかも平気かもしれない。 まあ、他にも言い方があるならば敢えて刺激的な言葉遣いをすることもないけれど、どうしてもその言葉が似合う瞬間もある。ま、問題があれば削除されるだろうから、適材適所で進めることにしよう。 ありがとう、ラジオ深夜便。ありがとう、国営放送。 [Nov 09,2004 22:48] 灯油を買ってきた。 灯油一リットル四七円。卵一パック二二八円。野菜も高いし厳しい冬になりそうだけれど、いままでならば市場に出回らなかった規格外の野菜や卵を見られるようになったのが救いだ。 卵Sサイズが十五個で一八〇円には喜び勇んで飛びついた。久しぶりに納豆へと落とされる卵。ああ、こんなにも濃厚な味わいだったのか。ちっちゃいけれど、納豆に入れるならかえって適量なのだSサイズ。 そういえば、もうすぐ猟期だなあ。 [Nov 05,2004 02:21] 手を伸ばせば火鉢にお湯のある生活。 今日、バイト先に職場体験と称して中学生がやってきて、少しだけ仕事をして帰っていった。僕の元にも三〇分ほど預けられたので、ラーメンとタコ焼きの組み立てを教えてみた。 現場がアルバイト主体の店で職場体験ってのも変な気がするけど、事務所で見た書類には『アイス屋さんがやりたい』の一行が。職業=夢という子供らしさと、職場体験という大人への準備が交差する中学生。 しかしまあ、教師も少しは考えた方がよいかと思うが面倒なのかな。 [Nov 04,2004 03:09] ブッシュか……。 来年は、おそらく色々なことがターニングポイントを迎えると感じるけれど、今回のアメリカ大統領選挙は、天秤を悪い方へ傾けた気がしてならない。あと四年、無事に過ぎればよいが。 日本の安全神話は崩壊したなんて言われているけれど、本当の崩壊はこれからやってくるだろう。それを食い止められるかどうか、来年から二〇一〇年までの動向が決定づけるのだけれど。 悪い方へ転がるのかな、やはり。
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| 平成十六年十月 |
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[Oct 30,2004 01:26]
あれを広大な平地で見たら怖いだろうな。 顔を出したばかりの妖艶な月に見とれながら自転車を漕いでいたら、側溝に落ちそうになった。夕暮れと共に寒さの降りてくるこの頃は、昼と夜の寒暖差も辛い。秋刀魚はいよいよ脂が落ち、終わりを予感させる。 そろそろ、ニットの帽子とマフラー、それに手袋を準備しなければならないなあ。スーパーの野菜売り場には、極々小さな大根が高値で並べられ、バイト先では野菜メニュー休止の通達を聞いた。 玉葱の葉を育てて葱代わりにするか。 [Oct 27,2004 22:51] 捕まった馬鹿なんか放置して被災地支援を。 とある解体現場で多くの時間を過ごしたせいで、出せると思っていた九月号も十一月号になろうとしている。けれど、そんな肉体の酷使は体重の二キロ増加という嬉しい結果へと繋がったのだ。 風呂、酒、飯が毎晩のように振る舞われ、喰ったエネルギーは翌日に消費される。そういうサイクルの中で体に残るのが、いままでのベルトではきついと感じられるほどの筋肉。最初、しこりかと思ったほどだ。 どうしよう、この無駄な筋肉。 [Oct 25,2004 02:04] 天麩羅をごちそうになった。 夜、焚き火に枯れ木の枝をくべると、小さな枝先や葉に火が燃え移ってなんとも言えぬ美しい煌めきを見せてくれる。例えるならば、そう、まるで枯れ木に花が咲くような感じだ。 というわけで、花咲爺さんってのは実は山火事を起こしたんじゃないかと思う。だってほら、灰を撒くわけだ。あの灰はまだ十分に火をおこせるだけの熱を持った灰だったんじゃなかろうか。 焼き芋に最適な灼けた灰で山火事で褒美。 [Oct 20,2004 20:11] コーヒーメーカーを貰った。 今季も火鉢に炭をおこすようになった。しばし喫茶店のない生活が続くので、インスタントコーヒーの日々だなあと思っていた矢先に文明の利器。ちょっと悩んだが、価値ありと認めて引き取ってきた。 煙草とコーヒーをいつでも喫すことのできる環境は、コンセントを要する機器が増えたにもかかわらず、なんだかまた少し古めかしい雰囲気になったように思える。夜が、また少し楽しいものになりそうだ。 厠から戻ると、ふわっと感じられる豆の香り。 [Oct 18,2004 02:05] 終わりは、振り返ったときに始まりとなっているべきだ。 なんてことで、貧乏神髄のあとがきに出てくる店がやっと閉店した。今は亡き生活技術を読んだ方ならわかると思うけれど、あの鉄塊の処分方法を考えるだけでも大変な帰還を要したらしい。 やっぱり、自分の元におくのは木が一番だ。燃料にすれば終わりだし、きちんとした木ならばいくらでも再生できる。使われていた枕木は、四方八方へと広がっていくことだろう。 まあ、私の元へも何本か来るわけだが。 [Oct 04,2004 09:50]
雨が一日降り続くと、ジャンパーが必要なほどに寒く感じる。喫茶店では早くもストーブが稼働し、会話にも暖かさが増したように感じられた。北から吹く風に冬の臭いが混じるのも間近だろうか。 そんな中、京都帰りの知人が和菓子を持って店に入ってくる。桜餅の香りと落雁の上品な甘さがなんとも染み渡り、脳細胞にも程よい刺激が走る。他人がもたらすひとときの贅沢は、貧乏人を支える。
まあ、酒の方がより支えてくれるのだけれど。
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| 平成十六年九月 |
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[Sep 29,2004 05:15]
九月号は十月上旬には。 おそらく、それを含めても今年はあと二号で終わりそうである。来年はせめて隔月くらいの勢いは取り戻しておいて、再来年、大幅な改変にて頻繁な更新を目指したいと……思うだけはいくらでもできるのだ。 けれど、やりたいけれどやらずにいたことに関して、そろそろ布石だけでも打ち込んでおく時期かなあと感じたのだ。平成十八年は、リミッター解除で駆け抜ける年にする予定である。 創刊十年を踏み越えるための五年間にしなければ。 [Sep 28,2004 22:46] よいお月さんで。 空に薄雲がかかり、月を中心とした光の輪が浮かぶ秋の夜空。耳を澄ませば、虫の音がどこまでもどこまでも、連なるように聞こえてくる。蚊の群れも、最後の一仕事とばかり、五分間で五カ所の猛攻。 それにしたって、今年の石下町ではコオロギが大発生しているのだ。あの黒いのが、部屋の中にもひょっこり現れる。いかにも飛びはね専門と思われがちなコオロギだが、実は奴もかなりの速度で走るのである。 あれと見間違えて硬直すること既に三回。秋はまだ浅し。 [Sep 25,2004 03:54]
アルバイト帰りに秋刀魚を買い、準備から撤収まで一時間弱のひとり秋刀魚パーティー。一尾七八円に気をよくして、豪勢に二尾を七輪で楽しんだ。脂は雨垂れのように炭へと滴る。 もう少し安く手に入れられる機会が来れば、今年もまた刺身の練習ができる。古米ですし飯を作り、握りに挑戦するのも楽しそうだ。ああ、脂ののったにぎり鮨……撮影用にライトで照らすのは惜しいなあ。
天井の二〇ワットで長時間露光だな。 [Sep 21,2004 19:45]
週末は、解体作業を手伝ったり、稲刈りの撮影に出かけたりと体力勝負の日々であった。年齢を聞かれると数えで答えている僕だけれど、もう少しで、実年齢でも三十代。おどろくほどに体力がない。 体調がよければ大喰いも出来るけれど、いつでも山ほど喰える胃袋ではなくなってしまった。酒も、旨いやつが少しあれば満足。立つどころか、すでに枯れているかもしれない新人の三十代だ。
さて、身近な三十代は壊れた奴ばかりなわけであるが。 [Sep 15,2004 04:41] 収穫の秋。 周り近所の稲刈りはとっくに終わってしまったけれど、今年知り合った農業青年の田圃は十九日に稲刈りだそうで、田植えも撮影に行ったことだし、稲刈りにも御邪魔することにした。 秋刀魚もいよいよ九八円だし、大根が高いのはネックだけれど、そろそろ七輪の日々である。それが終わる頃、なんとなく肌寒い夜には火鉢でお湯を沸かすようになり、やがて冬がくる。 そろそろ、エジプト産コーヒーを仕入れなければ。 [Sep 10,2004 07:33]
隣の米工場からダクトが引っ込んだ。夜はうんうん動いていたから、僕がちょっと意識を飛ばしていた間に終わったのだろうか。ともかく、これでやっと僕の家にも秋のそよ風を招き入れられるのだ。 けれど、ここで安堵して窓全開は危険なのだ。去年は、終了後の大掃除という不意打ちで舞い上がった粉塵を招き入れてしまった。こまめに観察をして、掃除の終わりまでを見届けなければならない……今日も暑い。
雨が多かったせいか、残暑の白銀とはならず。 [Sep 10,2004 01:48]
ちっちゃくても、ちゃんと林檎の味がする。酸味の強さは、どことなく昔の林檎を思い出させる。かじったその場で赤く変色してしまうあたりも、品種改良された林檎にはない、古いタイプの林檎である。 作業中の、ちょっとした息抜きに林檎をかじる。大きな林檎だとそれこそ食事代わりになってしまうけれど、こんなちっちゃい林檎だと、少しだけ気力が充填されるかなあくらいの、程よい束の間をもたらしてくれる。
さて、やるか。 [Sep 08,2004 02:17] 気がつくと台風が来ている。 はね出しの梨を大量に貰い、傷まないうちに喰わなければと夕食代わりにして出かけた先でも梨が出る。季節はすっかり秋に突入したけれど、僕の部屋には、まだ秋風は吹き込んでいない。 そろそろ作業も終わってもいいはずの、隣の米工場。今夜も、無機質な排気音と共に籾や糠を豪快に排出している。音だけでも暑苦しいが本当に暑い我が住まい。塩をなめながらの作業は明け方まで続くのだ。 気を抜くと、意識がなくなる。 [Sep 06,2004 04:24] 半年ぶりの発刊作業、どうやるのか忘れかけていた。 八月号をご覧頂ければわかるけれど、読者プレゼントというのは初の試みである。バリュークリックの広告代が二年掛けて規定の五千円に達したので、皆様へのささやかな還元である。 クリック単価は世相を反映して一五円から七円に下がり、クリックしても意味のない、一〇〇〇回表示されると一〇円なんていう広告に変わる始末。酒代が出ないなら、ページを汚すこともあるまい。 こっそりと、アマゾンのリンクは潜んでいるけれど。 [Sep 02,2004 19:46] こめんなさいあと二日くらい。 ちょっと前に、キャベツが安値で廃棄処分なんていうニュースを見たと思ったら、今度は浅間山の火山灰で大打撃だそうだ。洗えば喰えるといっても、コストを考えると商品としては成り立たないだろうなあ。 うって変わって耐乏PressJapanであるが、これはもう一点物、かつ非営利な会報誌であるから、人件費度外視である。気に入らないところを直しだすと、もう、時間とか考えずに没頭してしまうのだ。 ただより高い物はない。 [Sep 01,2004 15:22]
八月号を三十三日に出すべく作業をしていたけれど、今年もついに恒例の一週間ノンストップ二十四時間連続脱穀地獄が始まった。音が聞こえると共に。真夏よりも暑い締め切り生活である。 急激に吹き出す脂のような汗。籾殻や糠の粉がまだ回りきらないうちに急いで車に布団を積んだけれど、そんな短時間でも、粉塵が濡れた肌に付着して痒くなる。
水風呂を浴びたら緊急避難的外出だなあ。
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| 平成十六年八月 |
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[Aug 31,2004 17:53]
たいへん長らくももう少し。 八月号は、無事、八月三十三日に発刊できそうである。特集が大きすぎるのでひとつは前後編に分け、作業を後回しにするという姑息な手段も用いながらも、やっと形になってきた。 まあ、満月も見えたし、今年も残すところ四ヶ月。やり残しをできるだけ片づけながら、新たな歳を迎えるのも来月の話だ。蝉の音もどことなく掠れ気味な今宵、子供達も最後の追い込みだろう。 観察日記ひと月分の捏造とか大変だろうなあ。 [Aug 26,2004 01:10] 運転免許更新完了。 いま使っている眼鏡は、作ってから八年ほど経過している。コーティングが浮いたり剥げたりで光がよく反射するけれど、視力検査も突破できたし、使う上でなんら支障はない。 ところが。免許証に使う写真を撮る際、眼鏡は掛けても外してもよいと言われたのでそのままにしていたら、「汚れているから外して下さい」って言われた。なんて素直なんだろう、下妻警察署は。 五年後もこの眼鏡で行くことにした。 [Aug 20,2004 00:16] 暴風の中、野外で熟睡する人を見た。 喫茶店にコーヒーを飲みに行ったら、僕を待っていたのはコロッケと桐の下駄たっだ。あとは、帯があれば着物でふらふらとほっつき歩けるようになる。ここまで、出費は五百二十五円。 肋骨にひびが入った際にもらった晒もあるから、褌を作ることも可能だ。針も糸もある。問題は、僕自身の裁縫技術が伴わない点だろうか。試行錯誤しながら、縫い進めるとしよう。 風で家の壁が剥がれそうだから、これも後日に直そう。 [Aug 19,2004 02:47] ゴールド。 運転免許更新のお知らせが届いた。免許取得後二回目の書き換えで優良、つまりゴールド免許になるようだ。事故もなく、検挙されることもなく。アテネの金よりも現実的な金である。 誕生日の一ヶ月前までに、更新・講習手数料の二千九百五十円を用意しておかなければならない。これも、今後は五年ごとで済むと思えば少しは気が楽ではあるけれど、でも……。 なぜ免許更新如きで三千円も必要なのかは闇の中なのだろうか。 [Aug 18,2004 04:03] 秋めいてきた。 オリンピックといわれて真っ先に思い浮かべるのは、サマランチ会長だったりする。今は違う人が会長だけれど、その人の名前を僕は知らない。いつまで経っても、会長はサマランチなのだ。 もう、オリンピックの会長はサマランチという役職名にしてほしい。齋院の御方みたいな感じで、サマランチといえばオリンピック委員会の会長とすぐにわかるし。 ついでに、日本の女子水泳選手はぜんぶ前畑秀子。 [Aug 14,2004 00:21] ナベツネ辞任ですねと話題を振ったときの巨人ファンは満面の笑み。 どうやらお盆のようで、他県ナンバーの車をよく見かける。こういうときは、本当に注意をして運転しないと思わぬ事故に繋がるから大変である。法律は同じでも、マナーには地域差があるのだ。 なんてったって、ここは全国的にも悪名高いと噂の土浦ナンバー圏。きっちりと交通マナーを守られたりするとかえって危険だ。黄色で止まるとオカマを掘られる。歩行者を気にしてもたもたと左折をすると後続車が突っ込んでくる。舗装された農道はアウトバーンだ。 他の地域から車で帰郷の際はご注意を。 [Aug 09,2004 05:14] やっと疲れが抜けた。 東京というのは、通過するだけでも疲れる。電車の中は冷房でいっぱいで、駅に着くたびに、扉が開いて熱風が吹き込む。数秒ごとに体の温度計は上限と下限を行ったり来たりのせわしなさだ。 きっと、毎日をあの中で過ごせば体も適応するのだろうけれど、車窓に流れるコンクリートたちはむんむんと熱気を吸い込んでいる色をしていて、再びあれに慣れるのは、どうも脳が拒否してしまう。 人間って、無駄に凄いと感じる。 [Aug 07,2004 01:02] さて、どうなることやら。 お昼頃に起きて、飯を喰ったらふらふらと出かけ、夜には川崎の地に居る予定だ。準備不足は感じるけれど、どれだけ準備したって足りると言うこともない。勢いだけで生きていこう。 夜になると秋を感じられるようになってきたけれど、きっと東京に近づくと暑いのだろうなあ。念のために豆絞りはふたつ用意しよう。手荷物は最小にしたいけれど、カメラは持って行きたいし……。 エコーにするか。 [Aug 04,2004 04:45] 日の出の時刻が少し遅くなっただろうか。 今日も一日、暑そうな空をしている。七月と違って、夜はそれなりに涼しくなってくれるから嬉しいけれど、日中を凌ぐのはやはり辛い。豆腐の旨さを噛み締めながら夏の過ぎるを待つばかり。 今年は庭の作物が軒並み不作で、紫蘇もバジルも元気がない。トマトなんて、貰ってきた苗のまま、育ちもせず、枯れもせず、そういう苗に私はなりたいのかと憤りを感じるほど変化がないのだ。 今週末に向けて体力だけは戻しておこう。
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| 平成十六年七月 |
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[Jul 29,2004 00:35]
明けから暮れまで太陽の照り続けた一日、プレハブの基礎工事を見学してきた。職人の技というのは、見ているだけでも小さな発見の連続だから、一日中を過ごしても飽きることがない。 けれど、気がつくと体力は太陽に削り取られているというのがなんとも辛い。皮膚が驚いて熱を帯びているようで、雨の降り出した今でも、なんとなくぽわぽわとした暑さが蝕んでくる。
それがまた、忘れかけていた夏という心地よさであったり。 [Jul 26,2004 01:19] 甲子園か、それは気がつかなかった。 どうやら、茨城県代表は県立下妻二高となったらしい。常総学院を逆転で破っての勝利というから、実力に気力やら気迫を乗せられたのだろうと思う。市町村合併がなれば、同じ市の高校……ということになる。 そんな下妻二高は、映画『下妻物語』のロケ地である。原作に出てきた高校名は、さすがにロケに協力してもらうために出せなかったのだろうなあ。さらに言えば、最初、一高に頼んだけど断られたらしい。 今年は下妻な一年なのだろうか。 [Jul 23,2004 18:05] 過ごしやすい一日だが。 豆腐と素麺だけが唯一の栄養的な生活も今夜は改善できるだろうか、鶏肉をこってりと仕上げたやつをわさわさと喰えそうかな、そんな気がする夕暮れ時に、台所で、火を使ってみた。 途端に、熱気に押されてみるみると食欲がなくなっていく。さっきまでの気力はどこへいってしまったのだ。もう、秋まで食欲は戻ってこないのか。秋刀魚が貧乏人の口まで届くのはいつなのか。 今年は出始めから安めなので期待。 [Jul 22,2004 02:59] 涼しい。 昨夜はあまりの暑さで意識が朦朧としていたけれど、今夜はなんとか涼しくなってくれた。いくら夏だからとはいえ、日が沈んだならば地表は冷まされるべきだ。 田舎ですらコンクリートが増えたとはいえ、やっぱりまだまだ水田の隣に暮らすことは幸せなのだろうと思う。航空防除を境に蛙の声が途絶えてしまうとしても、ここは田舎なのだろうと感じさせてくれる。 いよいよ世紀末という気がするけれど。 [Jul 20,2004 11:39]
一大イベントなどと気合いを入れ、びくびくしながら出かけた先は、軽自動車検査協会なのであった。よいネタになるだろうとユーザー車検をやったのだけれど、あっという間に終わってしまった。 検査ラインでは初めてのことで戸惑ったけれど、どちらかといえば、写真を撮りながら初めて検査を受けるという無謀な試みのせいで大変だったような気もするし、なにしろ、気がついたら合格していたのだ。
こんな簡単なこと、どうやって広げりゃいいのか。 [Jul 20,2004 00:11] 体が痛い。 知人からエンジン付きの草刈機を借りて庭の雑草を一気に薙ぎ倒した。アクセルを緩めると止まるし、握り込むと体の隅々にまでエンジンの挙動が伝わってくるし、扱いには苦労させられた。 まあ、おかげで手作業ではとてもやりきれない面積を一気に片づけられた。刃の回転は、時に投石機となり脛に痣が残ったけれど、刈ったはずの雑草たちは、いずれまた、元通りになるのだろうなあ。 さて、寝て起きたら一大イベントだ。 [Jul 17,2004 00:53]
午後四時、アルバイト先が停電に見舞われた。丁度、車も走れないような猛雨と耳を劈く雷鳴に街が包まれた頃であったから、心構えは十分。停電と共にガスの元栓を閉め、ショータイムを眺めていた。 電力復旧までの一時間弱、テナントはまるで営業できず。スーパー自体は補助電源でなにごともなかったように営業。店子二の次という営業姿勢を知ることのできる数少ない機会であった。
停電で水道まで止まるなんてなんて素敵な危機管理能力だろう。 [Jul 14,2004 01:56] そうか、来週の月曜日は祝日だったのか。 たまにしかカレンダーを見ない生活なので、祝日のことはすこーんと抜けてしまう。十一月二三日は勤労感謝の日、とかは覚えているけれど、あの、月曜になっちゃう奴はまるで忘れる。 考えてみれば、あの、ハッピーマンデーとかいうやつは、生活を若干、複雑にさせているのではないだろうか。十月十日が体育の日というのは覚えられるが、十月の第○週の月曜日…では暦が不可欠になる。 うっかり祝日に行政関連の施設へ行くところだった。 [Jul 12,2004 19:54] 生は危険だから。 ここしばらく、突然の電話なんてのとはご無沙汰だったからすっかり不意打ちを喰らってしまったなあ。なんで茨城は投票率が低いのかなんて聞かれても、はっきり言って興味ないんだけれどなあ。 きっと、参議院の議員になにか求めても利益が薄いんでしょうとか、最初から誰が当選するかわかっている選挙なんか行かないでしょうとか、本音は言えなわなあ、ラジオじゃ。 ジャズでも聴きながら原稿を書くとするか。 [Jul 08,2004 23:15] 予想外のトラブルは覚悟していたが、やはりか。 今日は、なんとも旨い温泉饅頭をごちそうになった。なんだろう、こう、確かに温泉饅頭だなあと認識は出来るのだけれど、僕の知っている温泉饅頭とは、明らかに、ものが違うのだ。 まず、手触りが違う。指先で感触を楽しんでから口に含むと、皮と餡が一体となって押し寄せてきて、塩がよく利いていて、お茶にも負けないだけの力を持っているのだ。 今でも、鼻の奥に香ばしさが残っている気がするなあ。 [Jul 06,2004 02:24] 準備は着々と。 今日は、ちょっと離れた場所にあるリサイクルショップで着物を購入した。胸元に、近くで見なければ目立たない染みがあるのがマイナス査定だったのであろう。これくらいで手に入れば、洋服感覚だなあ。 少しずつ、ちょっと出かけたついでに探すことで、帯や足袋だって手に入るはず。もらえるのがいちばん嬉しいけれど、とりあえずは三千円以内で揃えばしめたものだ。 残り予算、二千四百七十五円。 [Jul 04,2004 23:39] さてと。 今日は朝から予定があったのだけれど、意識が戻ったらお昼近かったので断念。雨が降ってくれれば梅雨の写真を撮りたいのだけれど、相変わらず、秋晴れかと思うようなからっとした一日だった。 明日こそは朝に起き、土浦まで出かけてこなければならない。4〜7月号の発刊やら原稿やらなにやらと大きいのが溜まっているが、それより先に、7月中に終わらせなければならない私用が一件。 どうなることやら。 [Jul 02,2004 04:19] 田舎というのは怖いところだ。 久しぶりにアルバイトに出てみれば、どうやら僕には彼女が居ることになっているらしい。女性と仲睦まじく歩いているのを目撃されたようで、噂話が膨れあがるに至ったようだ。 それは仕事相手ですと言ったところで暴走する噂なんぞはどうすることもできぬわけで、だからといって、不機嫌そう歩いていれば別れ話でもしたのだろうと言われるのだろうなあ。 さて、休刊にちなんで休肝日でもつくるか。
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[Jun 28,2004 00:15]
土曜日、釣りに行ったから刺身を喰いに来いとの有難いお誘いを受けたのだけれど、やはり喰った分だけ労働奉仕が待っていた。翌日は朝から馬鈴薯を掘る、掘る、掘る。 きっと一夜明けて夕方くらいには筋肉痛が始まるだろうけれど、芋、胡瓜、大根、ピーマンなどなど、報酬もどっさり。肉も喰わせて貰えたし、刺身で日本酒をがばがば呑んだし。
そういえば、最近は二日酔いと無縁だなあ。 [Jun 25,2004 02:33] 体全体が筋肉痛。 水曜日に簡単な土木作業の手伝いをしたのだけれど、ふと視界に入った雑草を「あ、喰えるやつだ」と判別する程度の余裕はあった。もう、筋肉痛は翌日に出る体であるから、当日は元気なのだ。 現在、痛みに耐えながら四月に出すはずだった六月号を七月の頭には発刊したいなあと作業中。日々の自炊だけでなく、今後の特集記事で食を扱う際にも楽ができるという、必殺技のひとつになるはずだ。 ちなみに、八月号は企画済み。 [Jun 22,2004 23:43] 暑さにぐったり。 最近になって知ることのできた桜の屋根と白詰草の絨毯。すぐ側を川が流れているから、今日のような炎天下でも涼しいのが嬉しい。小さな木陰と土の冷たさは、蚊が居なければ文句なしだ。 今度は、虫除けとノートを持って出かけよう。そんなところで原稿なんぞ書いていると職務質問されそうだけれど、この辺の警察官にはそんな暇もないだろうなあと思う不穏な日々だ。 さて、少し気合いを入れるか。 [Jun 20,2004 05:02] 久しぶりに笑いすぎて死にそうになった。 呼吸困難、腹筋の激痛を伴うほどの笑いというのは、年に一回あるかないかである。今日は二年ぶりくらいの大笑いで、腹のよじれる痛みで辛うじて意識を失わずに済むような具合だった。 気の置けない仲間であるということもあったろうけれど、人目を気にせずに、鼻から麦茶や焼きそばを吹き出しながら笑い苦しんだ明け方の記憶は、きっと、明日になにかをうみだすことになると思う。 思い出は防空壕ではないのだ。 [Jun 16,2004 03:15] 忙しい一日だった。 パンクして大穴が空いた自転車を修理に持っていき、そのまま役場で住民票を購入。郵便局経由で帰宅後、ちょっとした工作と庭の草むしり。隣の田圃で畦に使用した除草剤が流れてきたらしく、農作物は大打撃。 愛しの半自生人参も枯れてしまったし、もらったルッコラも亡き草となってしまった。そんな話をちらっとしたら、庭の新たな住人として、トマトとバジルを迎えることとなった晴天の火曜日。 被害のなさそうな場所へ植えよう。 [Jun 14,2004 02:11]
シゲ君が喫茶店に持ち込んで、あれよあれよと皆ではまりこんだ。僕も二試合を行って一勝一敗。おそらく戦術はトップレベルだったと思うけれど、最後、賭に出て負けてしまった感じだ。 しかしまあ、生きているうちに軍人将棋を遊ぶ機会に恵まれるなどとは思ってもみなかった。話には聞いていたけれど、駒の配置が自由なだけに、どうやら、性格が現れるようだ。
司令部に軍旗を置くおっちょこちょいな茶人とか。 [Jun 11,2004 19:29] 『下妻物語』を観てきた。 知人から安く譲ってもらったチケットを持って日比谷へ。予告編だけで首が痛くなるのはさすがに運動不足を感じたが、本編は、あっという間に終わってしまったように感じた。 知っているところが多く出てくるので楽しめたけれど、欲を言えば、もう少し毒素のあるほうがよかった。実在する下妻という土地は、もっと、凄いところなのだ。 そんな下妻は、石下町と合併してよりパワーアップの予定。 [Jun 07,2004 11:52] 午後はお出かけ。 とある編集部から、フィルムの十本パックが届いた。そういえば、何ヶ月か前にいつも使っているフィルムを聞かれたっけなあと思いだす。言ってみるものだ。 自分で買うとなると六本パックが限界であるし、それだって、二、三ヶ月に一度のこと。車を借りて買い出しに行くと、学園都市のカメラ屋でも売り切れているから、最近は通信販売に頼っていた。 僕の気に入ったフィルムはそんなにマイナーなのだろうか。 [Jun 07,2004 00:31]
消防団員を務めるアロハ兄から「操法大会の集合写真を頼む」と言われ、軽い気持ちで了承したら七時間も拘束されてしまった。そうならそうと言ってくれれば準備できたのに。 けれどまあ、朝から日本酒とビールをしこたま呑み、撮影のギャラとしてクラシックラガーをケースでもえたから大きな収穫である。こうなると、きっといつでも駆けつけてしまいそうだ。
一日三本としても、一週間のうはうは。 [Jun 05,2004 02:00] 笑い疲れる幸福。 話し始めた頃、月はまだ東の空でぷくっと大きく膨らんでいた。久しぶりに高揚感のある会話の機銃掃射の応酬が止み、さあ帰るか、という頃には、見上げた位置にある月夜。 楽しい時間にも終演は訪れる。ならば、このまま終わらせることなく、だらだらと続けるのでもなく、自分たちの手で踏み台を作ろう。長かったとも言えるし、いよいよとも言える。 単に、酒を呑む機会が増えるだけかもしれないけれど。 [Jun 02,2004 02:07] 手に肉刺ができた。 肉を刺すと書いて《まめ》である。家計を助け、お金では買えない旨さを育てるための労働によるもうひとつの成果というか、対価というか、手に刻まれるのは、痛みと痺れ。確かに、刺されたような痛みだ。 庭仕事にしろ、稲刈りにしろ、撮影に行った田植えにせよ、労働は体に痛みを与える。けれど、人は決して無力ではない。機械を借りればあっという間に終わることを人の手で行うことは、無駄ではないのだ。 作物を育てることが人も育ててきた時代は遠い過去なのかもしれないが。
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| 平成十六年五月 |
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[May 31,2004 03:24]
ハードな一日だった。 朝七時から出かけて田植えの撮影。かつて科学万博が開催された場所からほど近い田園にて行われた昔ながらの農作業。二時間ちょっとの間、太陽にひりひりと照らされ、体が重くなる。 お昼前には帰宅をし、風呂を沸かして久しぶりの散髪。すっきりした頭を撫でながら、明け方に握っておいたおにぎりと、労働のご褒美として発泡酒で昼食。ふわふわと眠くなり、しばし睡眠。 で、夜の予定に大遅刻という落ちと共にもうすぐ半年が終わる。 [May 29,2004 09:17] 石下町には時間軸のゆがみがある。 昨日、とある編集部より色校正用のゲラが届くので、なにかあれば午後二時までに……と連絡があった。しかしまあ、当然のように、相手の予想する時間に郵便物の来ないのは常だ。 さっき、郵便局の名札を下げた人が、速達と押された封筒を持ってきた。昨日のお届けのはずが漏れちゃって、と。怒ってもよい場面だけれど、速達料金を払ったのは僕ではないから。 速達で出せば、都会の普通郵便の感覚で届くと割り切ればよいだけだ。 [May 28,2004 10:54] ポジ郵送を忘れていた……来週だなあ。 一週間ほど前に岩手の酔仙という酒をごちそうになったのだが、これがまったくもって旨かった。味が濃いのだけれど、まったく飽きずに呑み続けられ、翌日もすっきりだった。 今まで、色々な酒をごちそうしてもらったけれど、数日経っても恋心の消えないのは影虎と酔仙だなあ。人生に何度もあることではないだろうから、こういう出会いは大切にしたい。 できれば、仕事の予定も大切にすべきだろうなあ。 [May 25,2004 10:59] 雑草との戦い。 去年、人参の花が見てみたいと傷みかけのやつを植えたけれど、ひとつだけ、こぼれた種が雑草の影ですくすくと育っていた。人参が自生する庭を目指せるかもしれない。 この調子だと、またなにか食べられる植物が不意に生えてくる可能性がある。雑草の隙間に、見たことのある葉っぱを見つけたときの感動は、計画して植えた時よりも大きいものである。 目指すは野生農業か。 [May 21,2004 04:22] アロハ兄にビールをごちそうになった。 田舎の町は、歩行者が極端に少ない。通勤通学の時間帯と老人の活動時間を除けば、ほとんど居ないと言っても言い過ぎではないような所だ。車の運転手も、歩行者の概念など希薄である。 こう何日も強い雨が降ると、道路の轍は雨水で一杯。暗い夜道を歩いて行けば、勢いよく走り去る車が織りなす水しぶきでずぶ濡れというのは当たり前の出来事でしかないのだ。 昨日が四台、今日は三台。 [May 12,2004 04:22] 雨、雨、雨、 昨夜の雨は、少しだけ夕立の匂いがして嬉しく暖かかった。強い風は水田の水面を揺らし、波紋を打ち消していく。蒸し暑さの中で埃の立つ匂いと、草の青。良い季節になった。 雨に打たれる楽しさがある季節には、どことなく、生姜の香りが似合う。冷や奴だなあ。紙パックでいいから、日本酒をきんきんに冷やして。もうすぐ、庭で紫蘇も取り放題かあ。 素晴らしい季節。 [May 12,2004 06:16] 貧乏大辞典への訪問者数が爆発。 デイリーポータルZという@niftyのサービスで紹介されたのをきっかけにいくつかのウェブサイトにも掲載して頂けたようで、昨日のアクセス数は四七五一件。驚くばかりだ。 とはいえ、すぐに下火になることも、喰いだめしてもいつかは腹の減ることも、わかっている。毎食毎食、粗末でも手間をかけて旨いと思える飯を喰うことの方が、よっぽど重要なのだ。 さて、寝るとしよう。 [May 10,2004 03:53] 今日も雨降り。 庭に竹林のある家というのはなんとも風情があるけれど、時々、なんの手入れもしていない竹林が家屋を哀れに取り囲んでいたりすると、ちょっと悲しくもなる。 適度に風が渡り、さやさやという音が体を包み込むような竹林というのは、本当に素敵だ。家人も満足であろうし、その脇を散歩する貧乏人だって、小さな悦を分けてもらえるのだから。 なにより、筍がもらえるとより嬉しいわけで。 [May 07,2004 03:05] 梅雨の前倒しな毎日。 年々早まっていく田植え時期、今年は黄金週間前の四月末には済んでしまい、小さな苗が縮こまりながらつんつんと立ち並んでいる。灰色の水田に、冷たい西風。 そんな今夜、米が尽きた。購入資金は貯めておいたので問題はないが、折りたたみ自転車で米を運ぶのはどうかと思う。明日の夜は、車を借りて米買いに走ろう。 久しぶりだなあ、米を買うのは。 [May 01,2004 05:02] 今年初めて蚊に刺される。 押入の薬箱ならぬ薬入れ段ボールをがさごそと掻き回し、四年前に購入した虫さされの薬を発掘。さすがに残りわずかな容量を裸電球にかざし、近日中に薬局へ向かわねばと思った。 実はホウ酸も在庫が切れ、今年はまだホウ酸団子を作っていない。自転車で片道十分かかる薬局へと走るのだ。他に必要なものはないか、あれこれ考えてから行かなければ。 さて、蚊取り線香の煙に包まれつつ寝よう。
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耐乏Press Japan. 貧乏日記
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