貧乏日記

May 03, 2012 23:04

 鰹を口に出来るのはいつになるだろう。

 遅ればせながら、平成二三年度冬季灯油統計を算出した。購入総額は13,338円、使用量は162リットル。一リットルの平均価格は82.33円であった。十八リットルを使い切る平均日数は約十五日。十一月が暖かくて使用開始は遅かったが、春が遅かったために使用量は予想を上回った。

 ちなみに、平成二二年度は144リットル、10,870円、リッター平均75.49円。前回の日記、いや、日記ではなくなっているがそれは置いておくとして、前回に触れた通りかなり少ない。昼に起きて夜に寝ればより少なくはなるだろうけれど、無理だ。

 来季、リッター百円超えも杞憂ではない気がする。

 

Feb 19, 2012 04:01

 寒い。

 あと数週間を乗り切れば暖かさにほっとする夜もあるのだろうと、家の中で白い息を吐きながら暮らす。こんな時間に起きていなければ、ここまで寒いと思うこともないのだろうけれど、二〇時に寝たら一時に目が覚めてしまったのだから仕方が無い。

 去年はいつごろから暖かくなったかと、灯油の購入履歴を見返す。ああ、そういえば大震災のごたごたで灯油を買うのも面倒で、まだ寒い三月を火鉢だけで過ごしたのだった。朝、水を使うために五時半に起きるのも寒くて大変だったなあ、たしか。

 記憶の薄れるのは早いものだ。

 

Jan 07, 2012 02:08

酔仙  目の前が歪んでいる。

 小寒の日、酔仙の酒を呑む機会に恵まれた。昨年の大震災で大打撃を被った酒蔵で、とにもかくにも、ここの酒を呑めたことは嬉しくてたまらない。純米じゃないと悪酔いするのだけれど、こういうときは醸造用アルコールごと呑み干そうじゃないか。

 一口呑んで、酔仙のそれが感じられたときには嬉しくてたまらなかった。これならば、僕が二番目に大好きな酒もいずれ復活してくれるだろう。近隣のスーパーで酔仙の純米酒が買える日を心待ちにしよう。

 ああ、たぶん寝て起きたら二日酔いだ。

Jan 01, 2012 01:03

 お節を貰って帰宅。

 仲間で集まり、酒を呑みながらといういつも通りの年越し。聴いたこともない曲が流れ続けるラジオの紅白歌合戦と、それをかき消す笑い声。変わらぬ日々、変わる日々、そういったものを酒で流し込むのもまた、幸せなことだろうと思う。

 今年は、ちょこちょこと溜め込んだメモを組み立ててなにかしらを書いて耐乏PressJapan.で公開することになるような気がしなくもない。大した内容ではないけれど、そろそろ、憂さ晴らしには丁度よいかもしれない。もちろん、本当に書かれるかどうかの保証はないけれど。

 皆様にとっても、良い一年となりますように。

 

Nov 23, 2011 02:47

 あと一週間、行けるかどうか。

 昨年は一五日に灯油を買っている。前々年は、一二日に購入し、一八日からストーブを使用している。今年は暖かかったこともあり、まだ灯油購入はおろか、ストーブの点検・清掃すら行っていないけれど、そろそろ、この時間帯の寒さが厳しくなってきた。

 気温が五度を割り込むと指先が冷たくなり、火鉢の局地的な暖では辛くなる。湯飲みにお湯を注いだやつを握り締めながらでは、なにもできないし、知らずの内に噛み締めてしまう奥歯が痛い。だが、もしも今月を灯油なしで過ごせたならば、おそらくは記憶に残る年になるだろう。

 大震災や原発事故と共に刻まれる記憶だけれど。

 

Oct 28, 2011 00:38

双葉  今月中は火鉢でなんとか。

 夜になると足の先が縮こまるようになったが、アルバイト先のプランターでは、朝顔のこぼれた種が日中の暖かさで発芽している。日中に出かけて夜まで帰らない日など、なにを着て行けばよいのか、少ない洋服を眺め組み合わせを考えているうちに面倒になる。

 いっそ、一気に冬になってしまえば服装に困ることもなくなるのだけど、今年は灯油が高いからできるだけ暖かい日々が続くことが好ましくもある。去年は十一月に六七円だが、今年は現時点で七六円。円高なのにこの価格。つくづく、エネルギーに弱い国だ。

 とっとと寝るに限るか。

 

Jul 23, 2011 03:07

 秋の気配。

 細かい文字を読んでいるとき、知らずのうちに文字との間に距離をとっているのに気付いた。四十肩の次は眼、すなわち老眼だろうか。四十も過ぎればいつでも来いと身構えたろうけれど、さすがに少しの驚きはあったように思う。

 冷静に考えれば四十肩をやった以上は老眼が来たっておかしくもない。眼精疲労の線もあるが、遠くはぼやけることもなし。まあ、近いうちに老眼鏡を借りて真偽を確かめておけば、それなりに迎え入れられるだろう。

 こうなると、次は腰か。

 

Jun 19, 2011 22:10

棟梁  足も腰も膝もがたがた。

 相変わらず知人宅の復興作業。僕が行かなかった日にガレージの瓦を母屋へ移植する工事が行われており、今日は、禿げ上がったガレージを板金で覆う局面が展開された。傾斜の付いた屋根に登るのはおそらく初めての経験だ。最近、過去の記憶に自信がない。

 端に立つとぞわぞわと怖さが来るが、端に行かなきゃ問題ないのでひたすらインパクトドライバーでビスを打ち、本日の作業は終了。素人二人組で作業するよりも、唯一の本職が一人でひょいっとやるほうが二倍は早かったけれど、珍しい経験になった。

 明日は動けそうにないなあ。

Jun 14, 2011 00:25

 家の中に、カマキリらしいのが大量発生。

 黒くて小さいのが走り回っているから例のやつかと潰したトイレットペーパーには、黒い跡だけが残されていた。数時間後、また出たので注意深く観察すると、全長数ミリながらも見たことのある雄々しい立ち姿。どこからどうみても、カマキリだった。

 調べてみたら、幼虫の頃から成虫と大して変わらぬ姿らしい。やはりそうなのだろうけれど、まさか家の中で孵化したのか、それとも侵入経路があるのか、その辺は明らかになっていない。いろんな虫は出てくるが、こいつはもちろん初登場だ。

 仕方がない、掃除でもするか。

Jun 04, 2011 02:47

 わかっちゃいるけど。

 そう上手くいくもんでもないだろうとは思っていたが、ここまでとは予想の範疇を超えていた。馬鹿がしゃしゃり出て利用されるお手本として語り継がれることだろう。誰かの入れ知恵か、無能総理の機転なのかはわからないけど、人を欺くことにだけは脳を使えるらしい。

 会ったこともない人間をここまで憎めるのかと自分で感心するほど苛々が募っているが、まあ、どうにもならない。処方箋としては、もう、自分をニュースから隔離するしかない。やはり、人類にとって平和は害悪なのだろうか。それだけは否定したかった。

 あいつ、死なないかなって本気で思う。

 

Mar 07, 2011 22:13

筍  壁壊す者、垂木を切る者、なぜか炭をおこす者。

 昨日も知人の家を直しに出かけ、石膏ボード崩しを楽しんだ。地震で傷んだ家を直すためとはいえ、まだ見た目は綺麗な砂壁として成立しているのを剥がすってのは楽しい。

 できることなら、不測の事態に備え緊張感を持って望むべきなんだろうけれど、なぜか朝一番で掘り返された筍を刺身で喰いながら打ち合わせをし、昼には丸ごと焼いたのを頬張る。さすがに酒は呑まなかったが、さも当然のようにノンアルコールビールが持ち込まれ、楽しい素人大工は続く。

 体力回復に一日を要するのが難点か。

 

Apr 07, 2011 23:37

 これで、地震で外へ出たのは人生で二度目だ。

 もう、地震にもすっかり慣れてしまったけど、さっきのは揺れた途端に"来た"と感じた。手元のトランジスタラジオをひねると、緊急地震速報。慎重に玄関から出ると、遠くから、自動車の防犯装置が動作したらしい音が聞こえた。家はびりびりと音を立てていた。

 手に持ったままのラジオからは、津波警報のデータ音。さっき、喫茶店で一ヶ月後が危ないなんて話をしていたばかり。暗いから細部は不明なれど、家も問題なさそうだ。揺れが治まったので屋内に戻り、点検。なにも問題なし。

 古い家屋だけれど、平屋ってのは本当に強いと感じる。

Apr 03, 2011 22:07

壁張り  自動車ならあっという間の距離。

 アルバイトから帰ってきたらすぐに電話が鳴った。確か、今日は被災した知人宅の復興工事が行われているはずだから、いやな予感はあった。電話を取ると、宴会って言えばいいんですね、と相談する声。トンカチの音が響く宴会がどこの世界にあるのか。

 しかしまあ、宴会と言われたからにはそれ向きの格好で行くのが礼儀だろうと、楽器を担いで自転車で行ってやった。現場は二駅先だが、自転車だと果てしなく遠い。三〇分弱をかけて到着するも、大して受けることもなく、粛々とコーススレッドを打ってきた。

 明後日は筋肉痛が予想される。

Apr 01, 2011 00:35

 なにもやらずにたっぷり睡眠。

 東京電力の国有化なんて話もあるけれど、とりあえず、東北電力と合併させて東日本電力とし、福島第一原発の解体、被災地域の復興、電力供給の安定、そして国内電力の周波数統一を図るのがいいだろうと思ったりする。

 ライフラインは国が責任を持つべきだけど、いまの政治家や官僚にまかせても、くだらない政争に左右されて復興の妨げになるだけだ。電力会社は民間のまま、その他の大企業に自社発電所を建てさせたほうが安定供給への近道だろう。

 どのみち、無能な東電上層部の大粛正は必須だけど。

 

Mar 30, 2011 22:24

 余震、雷、雹。

 スーパーマーケットの品揃えに随分と変化がある。ほうれん草は東京産。その他の野菜も、全体的に西のものが多い。牛乳と卵も今までとメーカーが変わっている。納豆売り場は空。一家族二個までのビラがぽつんとあるだけだ。

 いつも行くスーパーなのに、まるで別の地方の同系列店に入ったような違和感がある。長野で入った平屋の小さなジャスコより違和感は小さいけれど、それは非日常だったから楽しめもしたのだ。

 ちなみに、そのジャスコは閉店したらしい。

Mar 25, 2011 05:24

 寒い。

 灯油が切れたので、ストーブにメタノールを少しだけ入れてみた。火力は弱いが、それなりに燃えている。同じ灯油を使う暖房でも、ファンヒーターに比べて非常時の応用力は高い。まあ、非常時というか、単に灯油を買いに行くのが面倒だったのだけれど。

 五〇ミリリットルほどだったから、あっという間に消えようとしているが、コスト的に割に合わないので諦めよう。火鉢にも炭が熾きているが、こいつも、一〇度を下回ると暖房としての主力にはなれない。暖かくなるほど炭をくべればあっというまにあの世が見える。

 それでも、お湯が沸くのはありがたい。

Mar 23, 2011 23:20

 家庭で味わうラドン風温泉。

 バケツでウランが臨界した頃、とあるラドン温泉でどこぞのおっさんと世間話をしたとき、放射能は怖いねぇ、なんて言っていたのを思い出した。今や、家庭でも放射線の混じった風呂に入れる時代だ。

 ホルミシス効果くらいで済めばよいが、放射線の怖いところは徐々に蝕まれることだ。特に、国の宝である子供には容赦なく襲いかかる。チェルノブイリの事故で、子供の甲状腺ガンが二〇〇倍だったか。細かい数字は忘れてしまったが。

 どこかの局で風が吹くときでも放映すればいいのに。

Mar 22, 2011 00:36

イカ大根  春分で一杯。

 瓦が、ないらしい。瓦屋から瓦が盗まれるくらいに。瓦屋根に大きな被害を受けた知人は、最長で五年は待ってもらうかもしれないと言われたそうだ。こうなると、中国でアイヤーって言いながら大量の瓦を焼くんだろうな。

 トラック運転手の知人は、宮城や福島へ物資を運んでいるというし、仮設住宅の屋根葺きの依頼が来た者もいる。僕の周りの小さな世界でも東北復興へ向けた動きは見られるが、原発事故さえなければ、もっと力強く動いただろうと思う。

 たとえ、政府が無能揃いでも。

Mar 20, 2011 22:55

 花粉が酷い。

 常々、ゆっくりたっぷり寝たいと思ったときに限って用もないのに電話をかけてくるタイミングの悪い奴がいたり集金が来たり防災無線が悲鳴を上げたりする。年明けからは花粉が加わり、最近は余震まである。今夜こそは十時間越えの睡眠を狙いたいが、どうなることやら。

 自分の布団で寝られる。風呂がある。水が出る。いつでも入れる。これがいかに幸せであるかは、感じずにはいられない。文明の力は自然の前に無力で、貧乏人がこれに打ち克つには文化しかない。でも、現代社会ではあらゆるものが高度な経済から切り離せない。

 再び、石油にあらずばエネルギーにあらずの時代が来る。

Mar 20, 2011 01:25

 街は戻りつつある。

 たっぷり寝ようと思ったのに、七時間で目覚めた。起きて、入浴、洗濯、炊事。飯を喰ったらまた眠くなったが、近所の小さなスーパーへ。一通り巡ったが、肉、魚、野菜、果物、カップ麺、パンなど、商品は十分に並んでいた。まあ、所々に空の棚もある。納豆は、あの詐欺番組以来のすっからかんだ。

 十七時頃、どうしようもなく眠くなったので床についたが、二時間後に余震で叩き起こされた。割と大きかったが、眠いのと、暗いのと、慣れとで、まあいいかと布団を被ってやり過ごした。それ以上は眠れず、この時間に至った。

 慣れちゃ不味いものもあるのだが。

Mar 18, 2011 23:29

 明日、水道が復旧するらしい。

 ガソリン協奏曲は続いているし、屋根の状況も強い雨が降るまではわからないけれど、水が自由になれば一息つける。今週は本を読む気にもなれず、アルバイトに出ずっぱりだったが、来週は少しのんびりしたい。髪が伸びたのでバリカンで刈りたい。

 いまだに街ごと孤立した地域がある。国が主導してくれなきゃ物資もエネルギーも行き渡らないのだけれど、権力の行使が保身を最優先にしているから、すべてが遅い。東北地方が独立を宣言して世界中の援助を直接受けた方がマシだとすら思える。

 自衛隊に命を差し出せと命令するのがあの馬鹿総理ではあまりに虚しい。

Mar 17, 2011 22:06

蛇口  震度を当てられるようになった。

 断水も悪いことばかりではなく、霞ヶ浦からの給水が絶たれたせいで水道水が旨くなった。蛇口をひねるだけで臭かった上水道が心地よく感じられる。まあ、一日二時間しか水が使えないことを考えたら臭くても復旧を望むのだけれど。

 気がつけば、震災から一週間。長いような短いような、時間の感覚が消失した感覚だが、報道でプルサーマルという言葉を聞いた記憶がない。僕が見逃し、聞き逃しているのかもしれないが、意図して伝えていない可能性もあるのだろう。

 原子力保安院も自衛隊も、毛髪の状態は隠蔽してるように見受けられるし。

Mar 17, 2011 00:37

 桜が咲いちゃったのに寒い。

 お世話になっている方の好意で一週間は動けるだけのガソリンを手に入れた。これで二週間弱は動ける。ガソリンは、まったく売られていないわけではないが、道が一本通れなくなるほどの行列に参加する必要がある。

 寝ようかと思ったら、福島の方からメールがあったので日記を書く気になった。自分自身のために、簡単なことでも、毎日、なにかしら書いておくべきだろうと、思い出したかのように貧乏日記を書いているけれど、余震だの断水だのでとにかく眠い。

 せめてものどんちゃん騒ぎだった予定もなくなったしなあ。

Mar 16, 2011 05:36

 非日常の知恵袋。

 石下地区東部は断水中で、午前六時台、午後六時台のそれぞれ一時間ずつしか水が出ない。けれど、定刻には全地区で水が使えるよう、給水は早めに始まる。僕のところは、五時半には水が出るようになるから、ここからが勝負の時間だ。

 今朝は、四時半から風呂を沸かし、五時半には入浴を終えた。しばらくして水が出るのを確認してから湯を抜き、新たな水を貯める。まだ水圧が足りないから、風呂を貯めている間は他の蛇口は使えないけど、それが終われば食器洗いや米の仕込みだ。

 仮に県からの給水が再開されても、次亜塩素酸が足りないらしいからまだ続くかもしれない。

Mar 14, 2011 22:19

 ガソリンスタンドは軒並み閉店。

 アルバイト先まで片道一四キロメートル。いざとなったら、自転車での通勤も視野に入れなければならないだろう。自動車ならば一本道だけど、自動車が前提の田舎だから、自転車では怖い場所がいくつもある。基本、田圃の中をゆっくり進むべきだ。

 カメラを片手にのんびり走るのもよいが、さすがにそんなに時間をかけるわけにも行かない。ルートは、予め調べておこう。放射性物質への対応を考えると面倒だけど、最悪は諦めるしかないわけだし。

 まあ、自転車で通勤するくらいなら休むに決まってるが。

Mar 13, 2011 23:01

 通水と停電の時間が重なるようだ。

 明日から輪番停電が始まるが、これが午前六時二〇分から一〇時まで。断水中の通水が午前六時から七時まで。僕には関係のないことだけれど、電気を多用する家庭、ましてやオール電化なんてところは、六時からの二〇分間が勝負になる……が、しかし。

 停電計画は定刻前に行われる可能性があると言うし、通水は、これまでの状況からすると時間になっても出ない場合が多い。さらに、水道ポンプも停電中なので自家発電を用いるから、トラブルがあれば水は来ない。

 不便だが困りはしない貧乏人、とはいえ疲労は蓄積されゆく。

Mar 12, 2011 21:04

 原子力発電所の爆発にはさすがにびびった。

 主文後回し的かつ意味不明瞭な談話朗読には腹が立ったが、政府発表が本当ならば、最悪の事態は先延ばしにできたということだろう。けれど、もう防御壁はない。まあ、あれだけ簡単に吹き飛ぶなら、元から役に立たなかったかもしれないが。

 とにかく、ブラジル・シンドロームが不謹慎な笑い話にできるよう祈るばかりだ。NHKの流す放射性物質からの防衛策は、シュールレアリズムの終焉を告げているのだろうなあ。

 さて、風呂の水で米を炊くとするか。

Mar 12, 2011 01:37

 米を炊いた直後でよかった。

 これだけ余震が多いと、常に身体が緊張して妙に疲れている。それでも、空腹に負けて飯でも喰うかと台所に立っていたその時、断水した。大地震の影響が、じわじわと伝ってくる。

 被災者は余震に怯える一夜を、なんてことが大きな地震の度に報道されるけれど、これを避難所で経験する辛さはちょっと想像できない。被災地から遠く、砂糖が被害を受けただけの家に居ても気が休まらないほどなのだから。

 そろそろ寝るか。

Mar 11, 2011 17:55

開けたばかりだったのに……  地震で建物の外へ避難したのは初めてだったか。

 アルバイトをしていたけれど、余震で仕事にならないので帰路につく。道すがら、三件ほどのお宅でブロック塀が崩壊しているのが目に入り、我が家は無事かとさすがに心配になった。帰宅し、周りを点検し、無事を確認して屋内へ。そこには、ささやかな被害が広がっていた。

 開けたばかりのきび砂糖。それを入れたコーヒーの空き缶が床でひしゃげていた。多くの方が被災し、茨城でもびっくりするほどの余震が続いている。このくらいで済んだならばむしろ幸運だと自分に言い聞かせているのではあるが……。

 明日は、バイト先で落ちて割れたiMacの処置だ。

Mar 06, 2011 23:28

景虎の箱  気がつけば三月。

 まあなんとも非道な世の中で、ニュースに目を通すのも億劫なのだけれど、それでも、旨い酒は旨い。好きな酒蔵の酒を二本並べ、あっちがいいだのこっちが口に合うだのと、適当なことを口にしてだらりんとしているのがいちばん幸せだ。

 明日は雨だというから、梅も散ってしまうだろう。また少し寒いかもしれないが、桜が開く頃になれば夜も随分と暖かくなるだろう。その頃には、梅の花なんて忘れてしまうものだ。きっと、憶えているのは酒のことばかりなのだし。

 今年は、良い米が穫れますように。

 

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貧乏日記 耐乏PressJapan.
発行:全日本貧乏協議会 発行部数:108451 冊
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